episode.4

皆さま!事件ですわ!

王子様に遭遇してしまいました。

ご機嫌よう、キティ・ドゥ・ローズでございます。



「やぁ、小さなレディ。初めまして、こんにちは。

私はクラウス・フォン・アインデル。

この国の第二王子だよ。

君の名前は?可愛いレディ」


そう言ってこちらにゆっくり近づいてくるクラウス王子に、私は恐怖のあまりノワールお兄様の後ろに完全に隠れてしまった。

震える手でお兄様の服をギュッと掴む。


「おや?怖がらせてしまったかな?」


少し悲しそうな声色に、身体がビクッと跳ねる。

ふ、不敬だったのでは?

この国の王子様が丁寧に挨拶してくれて、しかも名前まで聞いてくれてるのに…。

どうしよう?でもまだまともに顔を見る勇気がでない。

後ろでカタカタ震える私を庇うよに、ノワールお兄様がそっと肩に手を回してくれた。


「クラウス様、妹はとても人見知りだと教えておいたでしょう?」


そう言って、私を覗き込もうとしているクラウス王子から少し距離を取ってくれる。


「いや、まさか下の子を連れてくるとは思わなかったから、こんなに小さな子は物珍しくて、つい。

お前、妹が2人もいたんだな」


クラウス王子の言葉に私とお兄様は目を点にする。

えっ?どうゆう事?

ややして、お兄様がハッと我に返ると、クラウス王子に向かって言った。


「僕には妹は1人しかいませんよ。そしてこの子が僕の可愛い妹のキティです。

クラウス様の弟君、フリード 様と同じ歳で6才ですよ」


「はっ?」


お兄様の言葉に今度はクラウス王子の方が目が点になっている。


「えっ?ちょっ?フリード と同じ6才?小さ過ぎないか?」


そう言って私が居るであろう辺りを指差している。

ちょっと、失礼じゃないかしら?


私はこのままでは流石にお兄様に悪いと思い、おずおずとお兄様の背中から姿を見せ、ピョコンとクラウス王子にお辞儀をした。

スカートの両端をちょいっと持ち上げながら、ボソボソと小さな声で喋る。


「クラウス王子様にご挨拶致します。

キティ・ドゥ・ローズで御座います」


私の小さな声を聞き漏らすまいとするかのように、何故かクラウス王子は私の前にしゃがみ込み、ニコニコと笑っている。


「うん、上手にご挨拶出来たね」


そう言って私の頭を優しく撫でて、ハッとしたようにその自分の手をまじまじと見つめた。


「ノワール、いつもこれを独り占めしているのか?」


そう言って、お兄様を見上げる。

何故かその瞳には、嫉妬のようなものが混ざっているように見えた。


「独り占めだなんて人聞きの悪い、うちには父も母もいますし。

皆で愛でていますよ、ちゃんと」


こちらも何故か勝ち誇ったかのようなお兄様がそう返すと、クラウス王子は悔しそうに手をギュッと拳に握った。


「つまり、ローズ侯爵家で独占しているのだな?」


今度はその瞳に怒りの炎を宿し、クラウス王子は両手で私の髪を更に撫でる。

丁度耳の後ろ辺りの髪を両手でワサワサなでなでされて、私は思わず、はうっはうっはうっと意味の無い声を出してしまった。

それを聞いたクラウス王子が何故か自分の左胸辺りを押さえて俯いてしまった。


「くぅっ…」


とか言って何だか苦しそうだ。


ひとしきり私の髪をワサワサなでなでして満足したのか、クラウス王子はにっこり笑って立ち上がると、私に向かって左手を差し出してきた。 


「キティ、良かったら一緒に庭を散歩しないか?」


これ以上の不敬を働かないように、私はおずおずとその手に自分の手を伸ばした、瞬間。

視界が少し高くなり、誰かに抱き上げられた事に気付いた。


「キティはまだ小さいので、エスコートは不要ですよ」


そう言って私を抱き上げたノワールお兄様は、クラウス王子を置いてスタスタ歩き出してしまう。

えっ?ちょっ?お兄様!だ、大丈夫なの?これって!

1人アワアワ焦る私とは対照的に、お兄様はしれっと涼しい顔だ。


「ちぇっ、ちょっとくらい譲れよ」


少し後ろからクラウス王子の拗ねたような声が聞こえる。

良かった、お兄様の態度を気にもしていないみたい。

その声に振り返る事もせず、お兄様は平気で言い返す。


「無断で撫で回すのは、今後一切しないで頂きたい」


にこにこ笑っているけど、目がまったく笑っていないお兄様……。

そんなお顔もなさるんですね……素敵です。


庭から少し離れたところにある、侯爵邸自慢の人工池に着いても、お兄様は私を抱き抱えたままだ。

何故かクラウス王子が羨ましそうにじーっと見てくる。


「ノワールの言っていた通り、確かに妹という存在は弟とはまったく違って可愛いものなのだな」


何とかお兄様の隙をついて私の髪を撫でようとするクラウス王子を煩わしそうにしっしっと躱しながら、お兄様はにっこり微笑んだ。


「妹だから、ではありませんよ。うちのキティだから可愛いんです」


何だか、うちの、ってところが強調されていたような…?


お兄様の言葉にクラウス王子はニヤリと笑うと、楽しそうに言った。


「なるほど、確かにそうだな」


そのクラウス王子の笑顔にお兄様がギクリとしたように体を強ばらせた。

いつも優雅な姿勢を崩さないお兄様にしては珍しい。


「何を…企んでおいでです?」


恐る恐ると言った感じのお兄様の問いに、クラウス王子はその美しい顔をますますニヤリと歪める。


「さぁ…?何も?」


クラウス王子の惚けた様子にお兄様はますます体を強ばらせた。


「でも、そうだな……何も企んでほしくないなら、キティを少しくらい俺に貸してくれてもいいだろう?」


ニヤリとクラウス王子が笑って言うと、お兄様はそれはそれは深い海よりも深い溜息をつきながら、悔しそうにクラウス王子に私を無言で差し出した。


えっ!差し出しちゃうのっ?

私は慌ててお兄様とクラウス王子の顔を交互に見つめる。

クラウス王子は満足そうに私を受け取ると、スタスタと備え付けられた東屋に向かう。

その後ろを心配そうに追いかけながら、お兄様が言った。


「くれぐれも落とさないで下さいね」


クラウス王子はチラッとお兄様を振り返り、またニヤッと笑う。


「俺を誰だと思っている」


お兄様もそうだが、クラウス王子もまだ8才だと言うのに、いくら平均よりは小さめだとは言え、私を何なく抱えて涼しい顔をしている。

この世界の推定小2ってどうなってるの?

前世なら、まだ自分達が抱っこされてる側なんじゃないの?

私がそんな事を思っている間に、クラウス王子は東屋に着くとベンチにゆっくりと腰を下ろした。

私を抱えたまま。


そして私を自分の膝の上に乗せて、満足そうに笑った。

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