episode.3
皆さま、ご機嫌いかが?
牛乳は一気飲みしないのがお約束よ?
キティ・ドゥ・ローズでございますわ。
私が前世やり込んだ乙女ゲーム「キラおと」の世界の悪役令嬢キティに生まれ変わったと気付いてから、早幾数年……いえ嘘だけども。
まぁ、実際は数ヶ月程経ったところである。
「ふふっ…」
私は今日も今日とて大きな姿見の前で、二ヘラ〜っと笑う。
努力の甲斐あって、今や私の前髪は顔の半分をしっかり隠してくれる程に伸びたのだ。
視力に悪いとか、可愛いお顔を隠してしまうなんてとんでもない!とか言ってハサミ片手に追いかけてくるマリサをかわし、急に陰キャモードになった娘を嘆く父母を何とか宥めつつ……苦労して伸ばしたこの前髪………。
あ〜〜落ち着く。
そう、私は前世こんな見た目で過ごしていたのだ。
長い前髪で顔をほぼ隠し、存在感皆無の陰キャなボサ子。
それが転生前の私だ。
同じような令嬢達……もとい腐女子達と、教室の隅っこで乙女ゲームやアニメや漫画についてボソボソ語り合い、キャッキャッぐふふとそれなりに楽しい学校生活を送っていたが、重度のコミュ症で友達以外とはほぼ会話をした記憶がない。
そんな前世の姿をなぜ今世のキティで再現しているかと言うと、これもゲームの強制力を目眩ませ!ワタシキティチガウヨー大作戦の一貫なのである。
しかもこれは見た目改変どころか中身も改変出来ちゃうという優れもの。
この前髪を手に入れた事で私の中身が徐々に前世のボサ子に近付いていっている。
前世覚醒前のキティには悪いが、ここからはチワワからボサ子にクラスチェンジさせて頂く!
まぁ、覚醒前のキティの脳内は、我儘、癇癪、甘いお菓子、キラキラしたもの!程度の、人格形成前だったので、覚醒した今、前世寄りの人格になったところで問題ない筈……いや、たぶん。
グフフグフフと鏡の前でニマニマ笑いながら、どんどん「キラおと」のキティから離れていく姿に大満足の私。
今の姿を見て誰も、小ヌコ令嬢とかチワワ令嬢とは言えないだろう。
今やチワワというより、オールド・イングリッシュ・シープドッグである。
犬種の変更に成功しました!成功しましたよ、皆さま!
そう、もう私はキャンキャン吠え回らない!
吠える時は遠慮がちに、ワッフと一声上げるだけ!
このまま行けばきっと穏やかな未来が!見た目に合った穏やかで陰キャな未来が待ってるはず!………よね?
まぁ、これで本当に悲惨な未来を回避出来れば儲け物なのだが。
そこはいかんせん、異例づくしの名ばかり悪役令嬢キティである。
この程度で本気でかわせるとも思っていないのだけど……。
どうしてもゲーム通りの未来がきたら、なるべくなっるべく!怖い思いも痛い思いも最小限になればいいなぁ……と切に願うばかりだ。
「キティ、ちょっといいかな?」
柔らかなお兄様の声に、鏡の前でグフフ言っていた私はハッとして慌てて振り返った。
見られていたかしら?
「ふふふ、そんなに必死に鏡を見つめていなくても、キティは今日も可愛いよ」
バッチリ見られていた…。
花も綻ぶとはこの事かしら?まだ幼さが残る中性的なその顔で、お兄様は花のように微笑んでいる。
う、美しい…目がっ目がぁあ(以下略)。
お兄様はゆっくり近づいてくると私の髪を優しく撫でて、前髪に隠れたおでこにそっと口付けてくれた。
「キティ、少し可愛い顔を見せて?」
私が小さく頷くと、お兄様はそっと私の前髪を左右に分けて、優しく目を見つめてくる。
「本当にキティは可愛いね。僕の自慢の妹だよ」
そう言って柔らかく微笑んでくれた。
トゥンクッ…
胸がっ!胸が苦しいっ!
まだ8才の子供のくせに、なんなの?お兄様のこの人タラシぶり!
末恐ろしいわ…流石攻略対象者。
ちなみに何故かお兄様だけが私のイメチェンに反対しなかったのだ。
前髪をもっさり伸ばし始めても、今まで好んでいたどピンクフリフリペーパーコなドレスから、紺や深緑の落ち着いたワンピースに趣向が変わっていっても、何も言わなかった。
むしろ、進んで協力してくれていたような……はて?何故かしら。
「実はね、僕の友がキティに会いたいっていってるんだけど、どうかな?」
お兄様の言葉に、私はコテンッと首を傾げた。
はて?お兄様のお友達?
「彼にはキティと同じ歳の弟がいるんだけど、僕のように兄弟を可愛いと思えないって言うんだ。
弟と妹でどれだけ違うものなのか、見てみたいらしいよ」
お兄様は少し呆れたような溜息をつきながら、私を伺っている。
どうやらお兄様はそのお友達とやらに私を紹介するのは気が進まないらしい。
いつものお兄様ならそんなに気が進まない話なら、サラッと躱してしまいそうなものなのに…。
色々な何故?が頭に浮かび、私は再びコテンと首を傾げた。
その様子を見てお兄様はふふっと笑いながら続ける。
「悪い奴ではないんだけどね……キティを怖がらせたりはしないよ。
それに僕がちゃんと側にいるから」
お兄様のその言葉に、私は小さく頷き了承した。
別にお兄様のお友達にならいくら紹介されても構わないんだけど。
むしろこんな陰キャな妹をお友達に紹介して、お兄様の方が恥をかいたりしないかが心配なくらいだ。
お兄様についてトコトコと中庭に向かう。
中庭には色とりどりの花々が咲き乱れ、陽の光の下で美しく咲き誇っていた。
中央に置かれたテーブルにはティーセットが置かれていて、そこに1人の少年が座り優雅に紅茶を楽しんでいる。
その時、少し強い風が吹き、少年の黄金に輝く髪が乱された。
太陽の下でキラキラと光るその美しい髪を呆然と私は眺める。
自分のもっさりした前髪が先ほどの風で一瞬巻き上がってしまった事にも気付けないほどに、私はその少年の姿に驚愕していた。
キラキラ輝く金髪、まるで彫刻のようなその顔はまだ幼さを残し、そのアンバランスさが余計に妖しい美しさを醸し出している。
そのアイスブルーの瞳にじっと射抜かれ、私は足の震えを止める事が出来ない。
歯の根が合わず、ガチガチと音が鳴る。
もう、足や歯だけじゃない、恐怖で身体全身が震える。
そう、恐怖、で震えているのだ。
今、私の目の前で優雅に微笑む超絶美少年こそ、このアインデル王国の第二王子。
クラウス・フォン・アインデル。
その人だったのだから。
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