episode.2

どうも、腹壊し令嬢キティでございま。

おざなりでごめんあそばせ。

顔から火が出るほど恥ずかしいの!慮って下さると大変ありがたいわ!


「キティ、本当にもう大丈夫なのかい?」


心配そうな緑の瞳に向かって、私はこくこくと頷いた。

今日はお兄様が様子を見に来てくれていた。

真紅の薔薇のような髪に、キティより深い緑の瞳。

整った顔立ちは幼いながらも既に出来上がっている。

このローズ家の跡取りであり、キティのたった1人の兄弟。

そして「キラおと」の攻略対象の1人。

王子の親友で次期侯爵。

優しく穏やかで中性的な見た目。

「優しい侯爵令息」

ノワール・ドゥ・ローズ。その人だ。


かつて友達と鼻の穴を広げてフガーフガー言っていた攻略対象を目の前にして、私はそのあまりの煌びやかさに目がチカチカする。

目がっ!目があぁぁぁぁっ!

両目を手で押さえてバタつく私をノワールお兄様が心配そうに見つめる。


「キティ?やっぱりまだ辛いんだね?」


その言葉に私はハッと顔を上げ、ぶんぶん首を振った。


「いいえ、お兄様。私はもう大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」


私のその言葉に今度はノワールお兄様がハッとした顔で言った。


「キティ、どうしたんだい?そんな風に畏まった言葉遣い、いつの間に出来るようになったの?」


眉根に小さな皺を寄せるノワールお兄様に私はしまった!と焦るが、そんな事はおくびにも顔に出さず、しれっと小首を傾げた。


「まぁ、お兄様。私もう6才なんですのよ、言葉遣いくらい改めましてよ。いつまでも赤ちゃんではないのでしゅから」


噛んではいない。ワザとだ。

得意気にふふんと顎を上げてノワールお兄様を見やると、お兄様はほっとしたように頷いた。


「そうだね、キティももう6才だものね。

淑女のような振る舞いに憧れてもおかしくないよね。

ごめんよ、どうしたなんて聞いて」


そう言ってノワールお兄様は私の髪を優しく撫でてくれた。


…っぶねー!良かった、噛んで正解だった!正解した!

そうしてノワールお兄様は、マリサに淑女の出てくる絵本でも読んでもらったのかな?なんて言いながら優しい目で私の髪を撫で続けてくれている。

兄とはいえ、美形にナデナデされて尊が止まらない!

撫でられているところから溶けていきそうだ。

前世最押しではないが、好きな攻略対象の1人だったノワールが兄である事は、この前後左右どこを見てもお先真っ暗なキティに生まれた唯一の癒しでもある。

仲良くしたい、是非とも仲良くし続けて癒され続けたい。

ちなみにこのノワールお兄様、どのルートでもキティの死を嘆き悲しんでくれるのだ。

断罪も没落もないキティの死は、実は悲しまれる事が多い。

王子や主人公さえも嘆いてくれるルートもある。

が、ちなみのちなみに惜しまれる事はない。

オイっ!


さて、牛乳がぶ飲み事件のせいで周囲に多大な心配をかけまくった私なのだか、この奇行には実は理由があった。

そう、数多の死を回避する為、キティであってキティでなくなれ大作戦である。


えっ?ちょっと何を言ってるか分からない?

いやいや、ですからね?

ワタシ、乙女ゲームの悪役令嬢チガクナレバイイって事なんですよ。

外見も中身も変わっちゃって、ゲームの強制力を目眩し!ワタシキティチガウヨー大作戦なんですよ!

あっ、ちょっと、可哀想なものを見る目で見ないで。

まぁ、若くして悲惨な死を意味なく遂げるキティは可哀想以外の何者でもないのですが。

でも足掻きたい!ちょっとは運命に足掻きたい!

ぶっちゃけ死にたくない。

死ぬって分かってるなら少しでも足掻きたくなるのが人間のサガってものじゃないでしょーか。

しかし、キティは割と足掻きようがないんですよ。

悪役令嬢とは名ばかりの、進行度にはほぼ影響しない小物だし。

注意するイベントとかないし。避けるべき婚約者もいないし。

これをかわせば破滅ルート回避!なるものが存在しない。

破滅ルート回避の為に賢く立ち回る意義もない。

ナイナイ尽くし、それがキティこと私の現状な訳で。

こうなったらもう、キティごと改変してしまえばどうよ?ってのが昨日腹痛と共にうんうん唸って捻り出した(汚くないよ)答えだった。


そこでまずは外見を変える努力の一歩が、昨日の牛乳がぶ飲み事件である。

そう、キティといえば低身長、低身長といえばキティ。

しかし今はまだ6才なのだ、これから身長が伸びる可能性だってある。

そこで牛乳の出番なのだ!

浴びる!私はこれから毎日牛乳を浴びる程飲む所存。

お腹を壊そうが、それでマリサとお兄様に心配をかけようが、浴びるったら浴びるのだ!


そして見上げるほどの高身長に成長し、ついでにトリプルAもGカップくらいに成長し、ボンキュッボンの魅惑のスタイル!妖艶な美女に成長した私は教養と気品も身につけた立派な高位貴族の淑女であり、立派な王道の悪役令嬢に……って!あかーんっ!


あっぶな!王道の悪役令嬢になってどうするっ⁈

そんなのになってオリジナルには無かった断罪イベントとかが発生したらどうすんのよっ⁈

次は断頭台まっしぐらとか洒落にならないって!


…ダメだ、欲張るヨクナイ。

目指せ!平均身長、平均バスト!

それだけでも充分、本来のキティから逸れるはず。

よし、流石に牛乳を浴びるのはやめよう。

程々に、健康的に、毎日続ければきっと、ささやかな願いくらい叶うはず。

Gとは言わないから…Eくらい………ねぇ?

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