episode.5
この国の第二王子の膝の上からごめん遊ばせ。
キティ・ドゥ・ローズで御座います。
あらあら、皆さま。
微笑ましそうに見ていないで、助けて下さらない?
タイトルよく見て!この王子!普通じゃないのよおぉぉぉぉっ!
私を膝の上にちょこんと乗せ、クラウス王子はとてもご機嫌な様子だ。
対して私は先程からプルプルプルと震えが止まらない。
顔を覗き込まれている気配がするが、私は頑なに自分の膝の上でギュッと握った両手から視線を離さなかった。
「どうする?ノワール?」
何だかひと昔前に一世風靡した某CMのように、クラウス王子はお兄様に問いかける。
ちょっと待って!あのCMもチワワじゃないっ⁈
そんなまさか……今の私は立派なオールド・イングリッシュ・シープドッグの筈!
その証であるもっさり前髪を慌てて両手でワサワサ確認して、私はホッと安堵の溜息をついた。
良かった……ちゃんともっさりしてる……。
「どうする、とは、何がですか?」
お兄様にしては大変珍しい、苛立った声色に、私はビクッと体を強ばらせた。
美人の苛立った様子には何とも言えない迫力がある。
舌打ちしそうなお兄様なんて、初めて見る。
お兄様のその様子を楽しそうに笑いながら見ているクラウス王子……。
ちょっと心臓強過ぎない?
「これは俺が連れて帰った方が良くないか?」
「ダメに決まっていますっ!」
クラウス王子の言葉に被せるようにお兄様が大きな声で否定する。
おおっ…お兄様の大声、初めて聞いた。
「そうか……ダメかぁ……」
何だか心底残念そうなクラウス王子。
クラウス王子は私の髪に顔を埋め、スリスリし始めた。
丁度耳の後ろ辺りをスリスリしている。
あっ……分かるぅ。
幼児のその辺り、至福なのよねぇ。
もう、ふっわふわでぬくぬくの良い匂いで癖になるよね。
ちなみに疲れ目には頭頂部から少し後ろ辺りのカーブが丁度良い感じ。
じわ〜っと暖かくて、疲れた目を良い感じに癒してくれるわよ。
そんな幼児あるあるを私がドヤ顔で語って(脳内)いる間も、クラウス王子は私の髪にスリスリハムハムスンスンしまくっている。
……ハムハム……?……スンスン……?
えっ?えっ?えっ?
ちょっとっ⁈甘噛みされてないっ?匂いも嗅がれてないっ?
ひいぃぃぃぃっっっ!
ゾワゾワ〜とした感覚が背中を駆け上る。
変な汗が噴き出してきて、私は慌ててお兄様に目だけで助けを求めた。
いや、しまった!
私の目は自らで作り上げたもっさり前髪のせいで完全に隠れてしまっている。
どうしよう……これじゃあお兄様に気づいてもらえない。
あぁ正に自業自得……。
不敬覚悟で自分で言う?
でも何て?私は犬じゃありませんから、ハムハムスンスンしないで下さいっ!とか?
う〜ん……何かいまいち弱いような……。
もっと強気に言ってもいいんじゃない?
いくらこの国の王子とはいえ……いくら私がまだ小さいからって……ハムハムスンスンされてる訳だし………。
何すんのよっ!この変態王子っ!とか?
お〜っ!何かキティっぽい!すごくキティっぽくないっ?
……そこまで考えて、私はハッと青ざめた。
いやいやいやいやっ!駄目じゃんっ!
こんなに苦労してキティから離れようとしてるのにっ!
何故!よりにもよって今っ!本来のキティがひょっこりハンしてくるのよっ!
キティっ!恐ろしい子……っ!
とっさにキティっぽい言葉を口にしなくて良かった……。
今後はもっと気をつけないと……。
と、私が決意を新たにしていると、ベリッと私の頭からクラウス王子の顔が剥がされた。
た、助かったの?
もちろん、私の危機を言わずとも察して、私からクラウス王子を引き剥がしてくれたのは、超絶美人、パーフェクトブラザー、ノワールお兄様だ!私のっ!(←強調)
「さっきからうちのキティに何をしているんですか?」
こめかみに青筋を立て、クラウス王子に向かってに〜ごりっと笑うお兄様。
クラウス王子の口を押さえている掌にも青筋が立っている。
まぁ、お兄様っ………素敵です。
だか、これには流石にムッとしたように、クラウス王子が非難がましい声を上げる。
「なんだよ、どうせお前もこれくらい毎日してるだろ?」
クラウス王子の言葉にお兄様は一瞬ぐっと言葉を詰まらせ、でも直ぐに言い返してくれた。
「っ……僕は兄妹なのでいいんですっ!」
そうよそうよ!私とお兄様は兄妹だものっ!お兄様は良いのよ!(洗脳済)
だが、クラウス王子は私達2人の非難の目(1人は分厚い前髪越し)にも負けず、グイッと再び私を自分の胸の中に取り返し……。
にや〜っと楽しそうに笑った。
「なるほど……兄妹ならいいと……。
なら、それ以上ならもっと愛でまくれる訳だな?」
そのクラウス王子の言葉に、お兄様はハッとして、直後頭痛がするかのように自分の額を押さえた。
大丈夫かしら?お兄様ぁ。
ウルウルした目(分厚い前髪に隠れていてもちろん見えない)で心配そうにお兄様を見つめていると、ややしてお兄様は腰に手を当て、はぁぁぁぁぁぁ〜と、それはそれは海よりも谷底よりも深い溜息をついた。
「うちのキティはいけません。怖がりで人見知りで繊細な子なんです。
お願いですから、変な気を起こさないで下さい……その代わり……」
お兄様はそこまで言って、言い淀む。
そのお兄様を見ながら、クラウス王子はにやにやと笑っている。
「その代わり?」
楽しそうにお兄様の言葉の続きを促すクラウス王子。
「……っ!その代わりっ!僕と同等程度、あくまで兄妹程度に、キティの事を可愛がる事は………っ許容しましょう……」
しっかりために溜めて、お兄様は血を吐くように最後の言葉を力なく紡いだ。
お兄様のその言葉にクラウス王子は満足そうに、にっこり笑って頷いた。
……が、その目の奥がまだ何かを企むように揺らめいた事にお兄様は気付いていない……。
分厚い前髪の奥で何が起きているのか分からず、ただオロオロしていた私だけがそれに気付いてしまった。
途端、暖かな春の陽気であるにも関わらず、急に全身を妙な寒気が襲ってきたのだ。
な……なに?なにっ?
ってかそもそもクラウス王子ってこんなキャラだったかしら?
お兄様の許可が出た事を良いことに、クラウス王子は再び私の髪に顔を埋めて、スリスリハムハムスンスンし出したので、そっちの生理的な寒気も合わさって、私だけ極寒地帯に放り込まれたように、プルプルガクガクと寒さを耐える事になる。
あの……皆さま?ホントに……微笑ましそうに見てないで……たぁすけてぇ………!
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