episode.20
皆さま、ご機嫌よう。
この話、このまま私とシシリィの熱い友情物語にうっかり方向転換しないかしら……。
と、切に願っております。
キティ・ドゥ・ローズでございます。
「キティ侯爵令嬢様っ!」
私の足元で蹲り、土下座スタイルの男子生徒に私は一歩後ずさった。
「どうか、この哀れな男の願いを叶えていただきたくっ!
無礼を承知でお願いに参りましたっ!」
えっ!誰っ?なになにっ?
その男子生徒の大きな声に、周りに人が集まり始めた。
あっ、私今、めっちゃ悪役令嬢っぽくなってない?
権力をカサに着て理不尽なイチャモンつけて、どこぞの貴族子息を虐めてる、みたいになってない?
ちが、違うのよっ!
私はただ、教室から廊下に出ただけっ!
そしたら、これっ!
本当なのっ!信じてっ!
私は焦って周りを見渡した。
遠巻きに見ている他の生徒達がコソコソヒソヒソ小声で喋っている。
「まぁ、ご覧になって。
あの方、テッド・シャックルフォード様じゃない?
シャックルフォード子爵令息の」
「キティ様にどんなご用事かしら?」
「まぁ、キティ様……あんなに震えて。
まるでチワ、んんっ、幼児のように怯えてらっしゃるわ。
お可哀想に……」
ちょっと!今、チワワって言いそうにならなかった?
なったよねっ?絶対、チワワって言ってたよねっ?
あと、幼児って何っ?
言い直したところで、それも可笑しいからねっ!
同級生だからっ!
私達、同級生だからっ!
納得がいかず、私がむむむっと唸っていると、件のシャックルフォード子爵令息とやらが、尋常じゃない鼻息でジリジリ迫って来ていた。
ハァハァ言いながら迫られて、私は全身に鳥肌が立つ。
よくクラウス様に同じようにハァハァ言いながら迫られているけど、これはまったく違ーうっ!
顔か?所詮、ただしイケメンに限るのかっ?
私は怯えながら、その子爵令息の顔を見てみる……。
うん、顔は良い。
ボサボサ頭に丸渕眼鏡だけど、流石乙女ゲームの世界。
普通に顔は整っている。
でも、無理なもんは無理っ!
鼻息とか、怖すぎるっ!
やめて!来ないで!見ないでー!
私は内心大絶叫を上げつつ、後ずさった。
もう、後ろの窓に背中がピッタリ引っ付いちゃって、これ以上逃げ場が無いっ!てとこまで来た。
「どうか、一言っ!一言でいいので……」
そこでその子爵令息は一旦言葉を切り、ガバッと私を見上げた。
「お兄たん、らいすきっ!
と、言って頂けませんかっ!!」
……はっ?
「えっ、おにい……た、ん?」
思わず聞き返した私に、その子爵令息はぶるるっと震えて、涙目でこちらにむかって両手を広げてきた。
「キティたそ〜〜っ!」
ギャーーーッ!!!
違う違うっ!
今のは聞き返しただけっ!
反復しただけっ!だけだから〜〜っ!
もう駄目っ!抱きつかれるっ!
と、私は縮こまってギュッと目を瞑る。
次の瞬間……。
メキョッと人から発せられてはいけない音が、その子爵令息から聞こえてきた。
恐る恐る目を開くと、今まさに私に抱きつこうとしていた子爵令息の横顔をとても高価な靴が踏みつけているところだった。
私は、視線を上げていく。
あら、とっても長いおみ足ね。
スラっとした体躯。
美の女神に愛されたとしか思えない、ご尊顔。
クラウス様っ⁈
クラウス様がその美しい額に青筋を立て、子爵令息の顔を長い足で踏みつけていた。
「キティ!大丈夫かいっ!」
そのクラウス様の後ろから、ノワールお兄様が現れた。
「お兄様〜〜っ!」
私は必死になって、お兄様に抱きついた。
「ああ、可哀想に、キティ。
こんなに震えて、怖かったね」
私をギュッと抱きしめて、髪を優しく撫でてくれるお兄様に、私はうんうん頷いた。
「え〜〜ん(ガチのマジで)怖かったよ〜〜!」
思わず子供のように泣き付いてしまう。
淑女らしからぬ行為だけど、今は勘弁してほしい。
「おいお〜い、クラウス、そこまで。
学園で死人を出す気かぁ?」
止めている割には呑気な声で、ジャン様がダラダラと歩いてきて、クラウス様の肩を掴んで顔を覗き込んだ。
瞬間、ジャン様はギギギっとこちらを振り返り、冷や汗を流しながらクラウス様を指差して言った。
「悪い、キティ嬢。こっちを何とかしてくれ」
何の事かしら?
っとクラウス様の顔を覗き込んで、私もブワッと冷や汗が溢れ出た。
鬼神っ!
鬼神が目の前で今まさに、人の首を獲ろうとしてらっしゃるっ!
クラウス様は子爵令息を踏みつけている足にますます力を込めて、メキメキメキィッと不穏な音を立てている。
ノーーっ!首があり得ない角度まで曲がってるからっ!
子爵令息の首が、そのままじゃポッキリ折れちゃうから!
私は慌ててクラウス様の腕にしがみ付いた。
「……キティ……?」
やった!鬼神が人の心を理解しようとしているっ!
大丈夫っ!
怖くない、怖くないからねっ。
「クラウス様、助けて頂いてありがとうございます。
もう私は大丈夫なので、その辺でおやめ下さい」
ドキドキ……、人の言葉、理解出来るかな?
「……どうして?
どうしてキティがこんな奴を庇うの……?
そっか、キティの心が少しでもこいつに向かないように、今完全に塵も残さず消せばいいよね?」
……駄目だったーーっ!
何か、多分ラスボスクラスの魔物倒す時に使うっぽい魔法の詠唱始めてるーーっ!
私は涙目でジャン様達を振り返った。
そんな私にレオネル様が、小声で必死に伝えてくる。
「キティ嬢、その化け物の思考を完全に停止させるんだ。
正攻法じゃ無理だ」
正攻法じゃ……無理。
私は静かにレオネル様に頷いた。
今、この学園の、ううん、人類の存続は私にかかっているんだっ!
いいっ?キティ。
人類の為よ!
恥は捨てるのっ!
捨てるのよっ!
「クラウス様っ!……抱っこっ!」
私は鬼神に向かって両手を広げて、涙目で見上げた。
「キ、ティ……?」
鬼神は目を見開き、フラフラと私の方に向かってくる。
そう、そうよ。こっちよ。
こっちに来て。
やがて鬼神は私をヒョイっと抱き上げると、胸に顔を埋めてスリスリし始めた。
「ああ、キティ。
初めて自分から、俺に抱っこを強請ってくれたね?」
頬を染めて嬉しそうにはにかむ鬼神……じゃなくて、クラウス様。
私は人類を救った達成感とともに、自分の大事な何かを失った喪失感をも感じていた……。
いいの……、これで。
私1人の犠牲で人類が救われるなら……。
「ああ、キティ嬢……なんて慈愛に満ちたお顔なんだ……」
ミゲル様の感嘆の呟きに、私は静かに頷いた。
「で、どうするよ、こいつ?」
無粋なジャン様の声に、私はブスッと頬を膨らませた。
ちょっとーー、もうちょっと浸らせてよ。
私、アルマゲドン鎮めた功労者よ?
「校内の空気を乱しまくってくれたからな。
シャックルフォード子爵家に学園から正式に抗議して、謹慎処分が妥当だろう」
レオネル様の言葉にお兄様がにっこり微笑んだ。
「始末すれば良いだけだと思うけど?」
私のアルマゲドンレーダーがピコンピコン鳴り始める。
「王宮であれば、王子殿下の婚約者に対して働いた不敬罪で牢にくらい繋ぐところだか。
ここは博愛と平等を謳う学園内だからな。
まぁ、そうはいかんだろう」
レオネル様はやれやれと言った風に溜息をついた。
「じゃ〜まぁ、こいつは俺がとりあえず、護衛騎士の待機部屋にでも放り込んでくるわ」
ジャン様は首があり得ない方向に曲がってしまっている子爵令息をヒョイっと肩に担いで、スタスタ歩いて行く。
「手続きは早めが良いだろう、私も行こう」
その後をレオネル様が追いかけていった。
「ところで、シシリアは?」
「教員室に呼ばれて不在ですわ」
クラウス様の問いに私が答えると、残った3人は顔を見合わせて溜息をついた。
「本当、あいつそーゆーとこあるよな」
「ええ。肝心なところに居合わせ無いんですよね」
「そして後でぶーぶー言うからタチが悪い」
クラウス様、ミゲル様、ノワールお兄様がブツブツ言っているのを、私は小首を傾げて聞いていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「まぁっ!そんなオモシロ、いやいや、大変な事がっ?」
ちょっと、面白がってるじゃない。
私は頬を膨らませて、シシリィを睨んだ。
「あ〜ごめんごめん」
シシリィはニヘラっと笑ってクッキーを私の口の前に差し出した。
もうっ、美人とお菓子に騙されないんだからねっ!
と憤慨しつつ、私は差し出されたクッキーに食らいついた。もぐもぐ。
「でも、そのシャックルフォード某って、ちょっと怪しいわね」
シシリィの言葉に、私はクッキーを頬張りながら頷いた。
「だって、キティたそ、でしょ?」
そうなの、私もそれは流石に引っ掛かっていた。
そんな一部のアレな人達が『ちゃん』の最終形態に使うような言葉、この世界にあったかしら?
「まぁ、子爵以下になってくると、だいぶ私達の生活から程遠くなってくるから、そんな言葉がこの世界にも自然発生したのかも知れないけど……」
シシリィの言葉に、私は憤慨して言い返した。
「だとしても、語源が〝ちゃん〟なんて可笑しくない?
私の事をちゃん付けで呼ぶ人間なんて、居ないよね?」
私の言葉に、シシリィが苦笑いを返してきた。
「あ〜……申し訳ないんだけど、いる」
えっ?いるの?
お母様とかは昔の癖で、たまにキティちゃんって呼ぶけど、件の子爵令息は今までまったく面識が無かった相手よ?
訝しげな私の顔を見て、シシリィはゲンナリした顔をした。
「下位貴族や平民から見たら、高位貴族の令嬢はアイドルみたいなものよ。
アイツらがフラワー5なんて呼ばれてんのと一緒で、実は私達にもファンクラブが存在するの。
今まで引き篭もってたキティが王子殿下の婚約者になった事で、キティのファンクラブの会員は爆発的に増えたみたいよ?
確か、ロリッ子キティちゃんを見守る会?だったかしら?」
ちょっと待て。
いや、本当にちょっと待て。
100歩譲って、まぁファンクラブの存在は許容しよう。
だが、その会の名前、お前は駄目だ。
何故ロリッ子?どっからきた?ロリッ子?
違うよね?私、ロリッ子違うよね?
身長なんか、153㎝もあるのよ?
胸だってCカップもあんのよ?
どこにそんなロリッ子がいる?
ロリッ子の定義って知ってる?
それは、148㎝トリプルAカップツインテの事を言うのよ?
私とはこんなにもかけ離れた存在なのに、何故そんな二つ名が私につく訳?
額に青筋を立てて、クッキーを貪る私。
ちなみに今は学園のカフェテラスで、シシリィとティータイム中。
Sクラス生徒にだけ許された、他とは少し離れた場所にある席でお茶をしているが、念の為、シシリィの防音&幻影魔法は発動中だ。
「まぁまぁ、怒らないでよ。
仕方ないじゃない、ロリッ子なんだから?」
シシリィの言葉に私は血走った目を見開いた。
シシリィが座ったままちょっと後ずさる。
「はっ?そんな訳ないでしょ?
私、努力して、153㎝まで身長伸ばしたのよ?
胸だって、脱トリプルAだし、ツインテだってミニスカだって避けてる。
キャンキャン言わないように無口キャラで徹底してるし、チワワにも子ヌコにも見えないように動作だって気をつけてるのにっ!
それでっ!どーしてまだロリッ子とか言われる訳っ!」
ウガーーッ!と激昂する私の勢いに押されつつ、シシリィが納得するように頷いた。
「あ〜、それで原作キティとビジュアルがちょっと違うのね。
ああなる未来からよくそこまでの努力を……くっ、泣けるわ。
でもね、ごめんね、キティ……。
この世界の平均身長は、元の世界より10㎝程高いのは分かるわね?
……つまり、頑張って手に入れた貴女の今の身長だけど……。
ここでは、推定小5相当よ……」
痛々しそうに告げるシシリィに、私は絶望の声を上げた。
「小5っ⁈つまりは、11歳くらいって事?」
嘘だよねっ!
嘘だって言ってっ!
私の願い虚しく、シシリィは悲しそうに頷いた。
……そんな……。
私の今までの努力は一体……。
力無くヘナヘナと椅子に座る私。
それを痛ましそうな目で見ながら、シシリィが言った。
「そう、努力は認めるけど、貴女は未だロリッ子から脱せていない。
それどころか、その身長に華奢で小柄でふわふわの美少女。
更に、そこだけは成長を隠せていない胸、という付加価値まで加わってしまった……。
……もう、分かるわね。
今の貴女は、シャックルフォード某タイプの男を寄せ付ける、ロリッ子好きホイホイなのっ!
それは逃げられない運命なのよっ!!!
さぁ、キティ!己の本分を発揮して、今すぐ髪型をツインテに変えるべきよっ!
自分から逃げちゃ駄目っ!
ツインテが悪いんじゃ無いわっ!
むしろツインテは正義っ!
ロリッ子がツインテじゃない事こそ悪で罪よっ!
分かるわねっ⁈」
ズガシャーーンッ!!!
私はシシリィの言葉に、雷に打たれたようなショックを受けた。
……ロリッ子は逃げられない運命っ!
ロリッ子がツインテをしていないのは罪っ!
そうだわっ!そうよねっ!
全てはシシリィの言う通りっ!
私は今すぐツインテに……。
ってなるかーーいっ!!
「そもそも、私がロリッ子を良しとして無いのに、なんでわざわざツインテなんかにして寄せていくと思った?
ロリッ子完成形に自分からする訳無いよね?」
私の反撃に、シシリィはちっと舌打ちした。
やっぱり、勢いで言い包めようとしたわね……。
しかし、さっきのシシリィのあのロリキティへの熱量……。
なんだか前世でよく知ってる勢に似てたわね……。
私はハハ〜ンと笑って、シシリィを半目で見つめた。
「……そう言えば……。
まだ、シシリィの推しについて聞いた事無いわね。
ねぇ……シシリィの最推しって誰だったの?」
意地悪な言い方をすれば、シシリィは頬を膨らませてプイッと顔を背けた。
「なんでよ?教えてくれても良いんじゃない?」
私は両手で髪を左右に持ち上げて、即席ツインテにしてみた。
シシリィは思った通り、口を両手で押さえ、頬を染めた。
両目の奥に星が浮かび上がっている。
ホレホレッと色んな角度で見えるように頭を振ると、私のふわふわツインテがわっふわっふと揺れる。
シシリィはもう、涎を垂らさんばかりに私に食い付いてきた。
「……キティしゃまです……。
私の最推しは、キティ・ドゥ・ローズたんですっ……」
夢心地の体で白状するシシリィ。
私はバッと髪を持っていた手を離し、ビシィッとシシリィを指差して言った。
「はい、アウトーーッ!」
パッと夢から覚めたようにシシリィは一瞬驚いた顔をしてから、悔しそうにその美しい顔を歪めた。
「……くっ!汚いわよっ!」
友達を自分の欲望の為に騙そうとした奴に言われたく無いわっ!
私は両腕を胸の前で組んで、ジト目でシシリィを見つめた。
シシリィは罰が悪そうに両方の人差し指でイジイジしながら、唇を尖らせている。
「悪かったわよぅ……。
だって前世の最推しが美乳になってアップグレードしてるんだもんっ!
そのバージョンのツインテ見たいじゃん?
ツインテにして欲しいじゃん?」
くっ、気持ちが分からんでも無いっ!
が、駄目だ。
私の今までの努力をドブに捨てる訳にはいかん!
「だが、断る」
私は一切の感情を捨て、無情にシシリィの願いを切り捨てた。
シシリィはあんまりよ〜っと嘆きながら、テーブルに泣き伏した。
すまんな、友よ。
これだけは譲れんのよ……。
「ちょっと!あんたっ!!」
私とシシリィがギャーギャー言い合いしていると、1人の令嬢が私達に向かって大声を出した。
つまり、シシリィの作り出した幻影魔法で、お淑やかにお茶をしているように見えている、私達に、だ。
私とシシリィはその令嬢を確認すると、無言で頷き合い、居住まいを正した。
シシリィが静かに指を鳴らす。
シシリィのかけた魔法が解けた合図だ。
「余裕ぶってないで、ちょっとこっちを見なさいよっ!」
けたたましい喚き声に、シシリィは顔色も変えず、優雅にお茶を飲む。
私も真似して、動揺を隠し、スンとしてお茶を飲んだ。
「ちょっとっ!聞こえてんでしょっ!返事くらいしなさいよっ!」
随分とおかんむりの様子のヒロインが、私達に向かって喚き続けている。
シャックルフォード某の次はヒロイン来襲……。
何なの、今日は。
千客万来っ!バンザーイ!
「だからっ、ちょっとっ!無視してんじゃ無いわよっ!ふざけてんのっ⁈」
ついには地団駄を踏み出すヒロイン。
ああ、そんな可愛い見た目で……。
もう、見てられないっ!
私はおずおずとシシリィを見る。
シシリィは深い溜息をついて、口元を隠すようにバッと扇を広げた。
「貴女、先ずは名乗ってはいかが?」
やっと返ってきた反応に、ヒロインは腰に手を当て、ふんぞり返って答えた。
「私は、フィーネ・ヤドヴイカ。
ヤドヴイカ男爵家令嬢で、この世界の主人公よっ!」
あっちゃ〜っ!
私は内心頭を抱えてしまった。
自分で言っちゃったよ!
そこは秘していこう?
一気に中二病っぽくなっちゃうからぁっ!
ふんっと胸を反り返すフィーネ嬢をちらっと見て、シシリィはボソッと呟いた。
「名前はデフォルトね。
でもあの様子だと、やっぱり転生者で間違いないかしら?」
公爵令嬢モードのシシリィは、纏った高貴なオーラをフィーネ嬢に向け放つ。
そのオーラにフィーネ嬢が顔を引き攣らせ後ずさった。
ちょっ!オーラ自由自在っ⁈
そんな技使えるの?
私は驚きを隠す為、慌てて扇で口元を隠した。
「それで……そのヤドヴイカ男爵令嬢とやらが、私達に何か御用ですの?」
ギラリとシシリィに睨まれ、フィーネ嬢はぐっとたじろぐも、ぐっと体に力を込め、シシリィを睨み返した。
つっよっ!ヒロイン強っ!
シシリィの強者オーラにもめげないなんてっ!
私なんか、震えっぱなしよ?
スカートの中で、足、震えっぱなしよ?
「私はあんたみたいなモブ令嬢に用はないのよっ!
私が用があるのは……っ!」
フィーネ嬢はそこで私をキッと睨み、ビシッと指差した。
あうっ、痛いっ!当たってないけど、勢いが痛いっ!
「あんたよっ!悪役令嬢キティ・ドゥ・ローズっ!」
名指しされ、私は手に持った扇をプルプル震わせてしまった。
ちょっと、や〜〜だ〜〜。
このヒロイン怖い〜〜。
綺麗な顔で睨まれたらマジでビビるっ!
なんかもう、謝ろう。
うん。産まれてきてごめんなさい。
シシリィがフィーネ嬢の言葉に、ピクっと片眉を上げた。
「貴女、ちょっと行き過ぎてらっしゃるわね……」
さっきのオーラの100倍増しくらいの威圧を放ち、シシリィがフィーネ嬢を睨む。
流石にこれにはフィーネ嬢も黙って固まってしまった。
私?もちろんチビる手前よ?
当たり前じゃなくて?
「どこからご指摘すればいいのかも分からないくらいですわね……。
でもそうね、まずは、下位の貴族から上位の貴族に話しかけるのは、ルール違反でしてよ?
ましてや、私は公爵家、こちらのキティ様は侯爵家。
男爵家の方と話す事自体、あり得ませんのよ。
それから、さっきからの貴女の話し方。
とても貴族の令嬢とは思えない、酷いものね。
貴女に比べれば市井の商売人の方がよっぽどまともに話すわね。
とてもでは無いけど、貴族のご令嬢とは思えませんわ」
ゆっくりと噛み砕くようにシシリィは話しているのに、一切、口を挟む隙を与えない。
口を挟もうものならどんな目に合うか分からない威圧感があった。
「それから、貴女のキティ様への態度と暴言は不敬罪を問われても文句を言えなくてよ?
この方は畏れ多くも、第二王子殿下、クラウス様のご婚約者様ですのよ。
既に王宮に部屋を賜っていらっしゃる、尊きお方ですの。
キティ様への暴言は王族への不敬と見做されましてよ?
貴女、それを分かっていて?」
シシリィはパシッと扇を閉じて、ビッとその扇でフィーネ嬢を指した。
アワアワしていたフィーネ嬢は、シシリィの言葉にハッと我に変えると目を吊り上げた。
「だからっ!私はこの世界の主人公なんだからっ!
貴族のルールとか不敬罪とか、そ〜ゆ〜のは関係無いのっ!
そ〜ゆ〜のは全部、悪役令嬢のキティの役割でしょっ!
それよりそうよっ!何で悪役令嬢がクラウスの婚約者になってる訳っ!
おかしいじゃ無いっ!
あんたが何もしないせいで、私の出会いイベントは台無しだし!
いいからあんたは今すぐ私の為にキャンキャン言いなさいよっ!
今からでもいいから、私と攻略対象との出会いイベントをやり直しなさいっ!
あんたはこのゲームのただの駒なんだからっ!
ちゃんとゲーム通りに動きなさいよっ!!」
もの凄い勢いで詰め寄られ、私はポカ〜ンとしてしまった。
そりゃ、悪かったなぁって、一瞬は思ったけど。
私にだって、貴女が攻略を進めたら死亡率が上がるってゆ〜のっぴきならない事情があるのよ?
それをさぁ、そんな頭ごなしに怒らなくても……。
何だか私は微妙に腹が立ってきた。
確かに、前世ではとてもお世話になった相手よ。
ゲームではボサ子から美しいフィーネになりきって(ちなみにクラウス様の時だけデフォルトから自分の名前に変えてた、恥ずかし乙女)攻略対象達との恋に、優雅な学園生活に、それはそれはドップリと嵌らせて頂いていたわよ?
でもね、こちとらキティに生まれ変わったと気付いた時から、そりゃ〜〜苦労に苦労の連続だったの。
ただただ生き残る為、辛く厳しい淑女教育だって乗り越えてきたのよ?
それを、所作も何も身に付けなくても、ただただヒロインってだけで許されると思って、最低限貴族として対応してくれてるシシリィをモブ扱いしたり(こんな美し過ぎるモブはいない)失礼な事言ったり……。
ちょっと、流石に、あんまりじゃないっ?
私が何だかムカムカしてきて、フィーネ嬢にとにかく何か言い返そうと口を開いたその時。
「キティ、何か困り事かな?」
クラウス様の声に、私は驚いて、名前を呼ぼうとした……より早く。
「クラウス様ぁ〜〜」
甘ったるい声を上げて、フィーネ嬢がクラウス様の方に駆けて行く。
「聞いてくださいましっ!キティ様ったら酷いんですよっ!
私が男爵令嬢だからって、辛くあたるんですぅ!」
フィーネ嬢が甘えた声で訴える内容に、カフェに居合わせた他の生徒達が、一斉に首を横に振った。
あら?皆さま、ちゃんと聞いていてくれたのね。
そこはヒロイン補正が働かなかったらしい。
クラウス様は近寄ってきたフィーネ嬢を一瞥する。
私は急に胸がドキドキしてきた。
どうしよう……これが出会いイベントにカウントされたら……。
いよいよ、クラウス様とヒロインのイチャラブ学園ストーリーが始まっちゃう。
2人のそんな姿を見ても、私正気でいられるかしら?
嫉妬でおかしくなったりしないかな……。
不安で震える手をギュッと合わせる私に、シシリィが楽しそうに笑って言った。
「キティ様、どうかしら?
彼女のお望みを叶えて差し上げたら?」
私は目をパチクリさせて、シシリィを見た。
「彼女のお望み通り、キティ様の言いたい事を仰れば良いのですよ」
シシリィが、大丈夫だと力強く頷いてくれた。
訳が分からなかったけど、確かにこのまま言われっぱなしじゃ、気が済まない!
クラウス様に浮気される前に、言いたい事言ってスッキリしてやるっ!
お望みどおりキャンキャン言って、出会いイベントを達成させてやるわよっ!コンチキショーッ!
私は深呼吸をした後、扇をバッと口元の前で広げた。
「ちょっと、そこの、フィーネ?さんだったかしら?
その方に馴れ馴れしくするのはおやめ下さいまし」
ちょっと震え声だったけど、言えたっ!
私、言えたよっ!
「きゃっ!やだ怖〜い。
クラウス様ぁ、あれがあの人の本性なんですのよ?
あんな感じで私を虐めるんですぅ」
フィーネ嬢は私を見て嬉しそうにニヤ〜っと笑った後、クルッと振り返り、クラウス様に甘い声と仕草て擦り寄ろうとして……剣の柄に手をかけているジャン様に間に入られ、阻まれた。
私が興奮して肩を上下させていると、シシリィがいいぞいいぞもっとやれっ!といった感じで小さくパンチのジェスチャーをしている。
私はそんなシシリィにコクリと頷き、もう一度深呼吸をしてから、言った。
「先程から、許しもないのに尊いそのお名前を口にするのもおやめ下さい。不敬ですわよ。
その方は畏れ多くもこの国の第二王子殿下に在らせられます。
そして私の婚約者様でございます。
何の許しも無い貴女が、気安くお側に侍るなど、許されないのですよ?」
出来るだけ落ち着いて、私は粛々とそう告げた。
もちろん、スカートの中で足はカーニバルだ。
サンバ並みに震えている。
それでも言ってやったわっ!と私は達成感に内心ガッツポーズをした。
フィーネ嬢はますますニヤニヤ笑って、クルッとクラウス様に振り返ると、涙目でクラウス様を上目遣いで見つめた。
「クラウス様ぁ、私怖〜い。
助けて下さい〜。貴女のフィーネをあの悪女から庇って?」
未だ壁役になっているジャン様越しに、ぴょこぴょこ爪先立ちで、何とかクラウス様と目を合わせようとしている。
ちっ、邪魔なのよっ。と言う呟きまでハッキリ聞こえていますよ、フィーネ嬢。
……が、クラウス様。
私をガン見である。
フィーネ様には目もくれず、穴が空く程私をガン見……。
ちょっ?何っ?
何か不敬だった?不敬発動したっ?
まさかの序盤で断罪イベントっ⁈
理不尽過ぎないっ!
私がクラウス様の様子に、遂にキョロキョロおどおどし始めると、クラウス様は長い足を大股で繰り出し、一気に私と距離を縮めると、ヒョイっと抱き抱え、髪やら頬やらにチュッチュッとキスを繰り返す。
あっ、ちょっ!
人前っ!群衆の面前っ!
やめっ!やめーいっ!
私が涙目でシシリィを見ると、シシリィは我慢出来ないといった様子で、くっくっと肩を揺らして笑っている。
ちょっ!あんたがやれやれって焚き付けたんじゃないっ!
何で1番楽しんでるのよ〜っ!薄情者っ!
「どうしたの?キティ。
今日はすごくお喋りだね。凄く可愛い。
もっと俺とゆっくり2人きりでお喋りしよう、ね?」
そう言うと、クラウス様は私を抱き抱えたまま、スタスタと歩き出した。
「おい、おーい!クラウス。
このぶっ飛んだご令嬢どうすんだよ?」
ジャン様の声に、クラウス様は煩わしそうに足を止めて、興味無さそうにフィーネ嬢をチラッと見た。
「何だ?それは」
クラウス様の返事に、後ろからプッと噴き出す笑いが聞こえた。
もちろん、シシリィである。
「その方は、フィーネ・ヤドヴイカ男爵令嬢ですわ、クラウス様」
シシリィの返答に、クラウス様はおざなりに頷くと、感情の籠らない目でフィーネ様を見て、一言告げる。
「知らん。適当に処分しとけ」
それだけ言って、私にはニコニコ笑いかけながら、再びスタスタ歩き始めた。
「はぁ、先ずは周りに居た人間から聞き取りだな。
ノワール、ミゲル、手分けして頼む。
ジャンはその令嬢を護衛騎士と聞き取り室に連れて行っておいてくれ」
レオネル様の深い溜息に私は申し訳無さで一杯になった。
なんせ、私絡みで今日2回目の問題発生だ。
私が悪いんじゃ無いと思うけどっ!
思うけど、やはり居た堪れない……。
「ちょっと!何でよっ!ヒロインは私よっ!
クラウス様と結ばれるべきなのは、私っ!フィーネ・ヤドヴイカなのっ!
そいつはただの悪役令嬢なんだからっ!
騙されないでっ!クラウス様っ!」
フィーネ嬢は尚も喚き散らしている。
その言葉に、周りの温度が急激に下がった。
……最早、お馴染みのブリザードの気配。
「キティが、悪役令嬢?
しかも、可愛いキティを〝そいつ〟呼ばわり?」
……ああ、お兄様……!
ご令嬢相手にどうか、氷塊だけはっ!
ハラハラとしてクラウス様の肩越しに後ろの様子を覗いてみると、シシリィがヒラヒラと手を振りながら、悠然と微笑んでいた。
「キティ様〜ご機嫌よ〜う」
楽しそうなシシリィの声を後にして、私はクラウス様に連れ去られていった……。
はい、ドナドナド〜ナ〜……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ロリッ子美少女があの変態野郎にどんな目に遭わされるのか……考えただけで爆ぜるっ!
この背徳感が最高に尊っ!」
シシリィの呟きを、ジャンは聞こえなかった事にした……。
『また碌でも無い新しい呪文かよ……』
大いに勘違いしたまま……。
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