episode.32
皆さま、クリスマスはいつもどのようにお過ごしでしょうか?
私は前世では家族と過ごしておりました。
恋人とクリスマスディナー?
コイビト?何それおいしいの?
学園でどうやら命を狙われているらしい私は、しかしとても平穏にもの凄く平和な日々を送っていた。
平和過ぎて、うっかり命を狙われている事を忘れて過ごしている時もあるくらいだ。
呑気すぎると笑わないでっ!
だって本当に平和そのものなんだもんっ!
いつものように何事も無く教室に着くと、何だか中が騒がしい。
シシリアが私を背に庇い、ゆっくりと中を覗く。
「あっ、シシリア様っ!」
涙声の女生徒が、蒼白な顔でシシリィを振り返った。
生徒達が次々とシシリィに気付いて助けを求めるように見つめてくる。
「皆さま、どうかいたしましたの?」
シシリアが聞くと、リィナ様が涙目で教壇を指差した。
リィナ様の指差した先の、教壇の上に、よくよく見ると小さな蛙がちょこんと乗っていた。
よく見る緑色ではなく、赤黒い色をしている。
珍しい色だなぁ、でも蛙なんかでこんなに騒いじゃうなんて、やっぱり皆んなやんごとないご身分の方々なのね〜。
前世から虫や蛙や爬虫類系が平気な私は、ここは私がサクッと捕まえて逃してあげましょうと一歩前に出て、直ぐにシシリィに肩を捕まれ止められた。
「キティ様、絶対にそこから動かないで下さいまし。
良いですか?一歩も動いてはなりません」
いつものおふざけじゃ無いシシリィの真面目な表情に、私は驚いて息を飲み、頷いた。
か、蛙に大げさ過ぎない?
確かにこの世界では見た事ないから、すごく珍しいのかも知れないけど。
でも、シシリィは前世でよく見ていたと思うんだけど……。
シシリィは素早く教壇を魔法防壁で包み込んだ。
そして、何も無い空間から密閉型の小瓶を取り出す。
その小瓶を浮遊魔法で教壇の魔法壁内に進入させ、蛙を浮かせると小瓶の中に入れ蓋を閉めた。
シシリィが蛙を確保すると同時に、教室中から歓声が上がった。
「シシリア様っ!ありがとうございますっ!」
「あんな恐ろしい生き物、初めて見ましたわっ!」
「私もです、あれは魔物ですの?」
………蛙だよ。
私は騒めくクラスメイト達に、やれやれと肩を上げた。
これだから箱入りさん達は、ふっ。
チラッとシシリィを見ると、蛙を捕まえた小瓶をまた何も無い空間に、今度は消していた。
それ、空間魔法じゃないの?
めっちゃ便利なやつ。
赤髪の魔女様が、商人や運送人向けに開発したのよね。
いいな〜。
私も欲しかったけど、ある程度の魔力量が無いと扱えないんだよな〜。
チラッチラッとシシリィを物欲しそうに見るが、シシリィは自分の顎を掴み、何事か考え込んでいるようだ。
怒気をはらんだ瞳で、強く何もない空間を睨み付けていた。
ヒュゥーーーーッ……。
私は肺の奥まで空気を細く吸い込んだ。
こわっ!
シシリィさん、怖っ!
殺せるよ?その眼光だけで人が死ぬよ?
シシリィはギリッと奥歯を噛み締めながら、ボソッと呟いた。
「……あの女」
静かに怒りを募らせていく様が、もう、とにかく怖い。
未だかつてないシシリィの殺気にあてられて、私は気絶しそうなくらいビビり散らしていた。
いやもういっそ気絶してもいいのかも……。
怖すぎてさっきから私の足の震え、震度3。
「……シシリィ、あの女って、どっち?」
恐る恐る聞いてみると、シシリィはぱっと表情を緩めて、誤魔化すようにヒラヒラ手を振った。
「まぁ、どっちでも一緒一緒。
勝手にホイホイ引っ掛かってくれて、本当楽だわ〜」
腰に手をやり、左手の甲を口にそわせ、オーホッホッホと高笑いする、シシリィ。
何て正統なる悪役令嬢スタイルなんだっ!
これもその見た目あってこそ。
私がやっても、ハイハイ、悪役令嬢ごっこでしゅか?楽しそうですね〜?
と、あやされて終わる。絶対。
でも、先程までのシシリィの異常なまでの怒気をはらんだ瞳を思い出し、私は言いようの無い不安に駆られた。
一体シシリィは、何にあんなにも反応したんだろうか……。
「キティ、今年の冬祝祭は、2人きりで過ごさない?」
クラウス様に言われて、私は驚いて顔を上げた。
冬祝祭は、この王国の伝統的な行事だ。
もともとは帝国の行事だったものを、帝国の皇子だった初代国王がこの国にも根付かせた。
雪に閉ざされ、春まで家で過ごす事が増えるので、その前に皆んで集まって楽しんでおこう、というお祭りだ。
とはいえ、この国は帝国より穏やかな気候で、雪に閉ざされる事はほとんどない。
冬の間、雪はめったに降らず、多くて5回程度。
赤髪の魔女様の数々の発明品のお陰で魔法の発展していないこの国でも、冬でも暖かく過ごせているので、人の動きは何も変わらない。
それでも、建国当時からある年中行事として、12月の第二日曜日に冬祝祭は行われる。
王都では巨大な氷のオブジェが並び、屋台が出て、それはそれは大きなお祭りを行う。
今まで私は引き篭もりだったからお祭りに行った事はないけど、毎年この時期に感じる賑やかな雰囲気に心躍ったものだ。
お祭りとはいえ、元々は共に冬に閉ざされた家の中で過ごす事になる家族の絆を深める意味もこもっているので、基本、その日は家族で出かけるのだが……。
「一緒に貴族街に出て、祭り見物をするのはどうかな?」
何となく、王宮で2人きりのディナーを思い浮かべていた私は、クラウス様の言葉に、フンスフンスと頷いた。
産まれ変わってから社交界デビューまで引き篭もりだったし、学園に入学してからは何やかんや慌ただしく、今や学園内で命まで狙われている私は、実はまだ街に行った事がない。
常に誰かに警護されているご身分で、ちょっとプラっと街に遊びに行きたいんですけど、などと言える筈もなく……。
それがクラウス様と一緒に、初めて街に下りる事が出来るなんて。
私は興奮を隠す事が出来なかった。
冬祝祭当日。
私はお出かけ用のドレスでクラウス様と、王都にある貴族街に繰り出した。
お店のウィンドウが雪の結晶や雪だるまの飾りで飾られている。
美しい氷の彫刻が立ち並ぶ様は、まさに圧巻の一言に尽きる。
どれも細部まで美しく作り上げられていて、見ているだけで胸が詰まる程だった。
大きな書店の店先に置かれた氷彫刻の前には、一層人だかりが出来ていた。
気になった私は、近づいて、ピシャリと固まった。
う、う、う、〈うる魔女〉の氷彫刻っ!
しかも、オールスターズっ!
私は人垣の後ろをピョンコピョンコと飛び跳ねた。
もっと見たいっ!細部までっ!
直ぐに後ろから両脇を持ち上げられ、フワッと身体が浮く。
クラウス様が私が氷彫刻がよく見えるように抱き上げてくれたのだ。
「あ、ありがとうございます。クラウス様」
まるで日曜日のキャラクターショーに来ている親子のようだが、そこは気にしない。
気にしたら終わるっ!
私の淑女としての矜持がっ!
クラウス様のお陰で、私はたっぷりじっくり、〈うる魔女〉の氷彫刻を鑑賞出来た。
ああ……尊い……。
素敵な作品が素敵な氷彫刻に……。
素敵が渋滞していて、もう素敵。
私が両手を合わせ、厳かに作品と職人さんに祈りを捧げていると、クラウス様がふふっと笑った。
「そんなに気に入ったなら……」
私は慌ててクラウス様の口を両手で押さえた。
言わせね〜よ?
その私の掌を、クラウス様がペロッと舐める。
瞬間、私はボンッと真っ赤になって、頭から湯気を出した。
な、なめ、舐めたっ!
この人、舐めたっ!
「ふふ、楽しいね、キティ。
それにしても、これだけ氷彫刻が並んでいると、流石に冷えるね。
何か温かい物でも飲みに行こう」
そう言って、クラウス様は私を抱えたまま近くのカフェに入って行った。
温かいチョコレートミルク(更にマショマロ入り)を飲んで、私はほうっと息を吐いた。
思っていたより身体は冷えていたようだ。
〈うる魔女〉の氷彫刻に滾っていて、気付かなかった。
クラウス様はコーヒーを飲みながら、そんな私を嬉しそうに眺めていた。
「あの、クラウス様。今日は本当にありがとうございます。
私、街に来たのは初めてで、連れて来て頂けて、とても嬉しいです」
ペコっと頭を下げてからクラウス様を見ると、クラウス様は本当に嬉しそうに破顔していた。
「良かった、キティに喜んでもらえて。
俺はいつもキティを振り回してばかりだから、たまにはちゃんとした婚約者らしい事をしたかったんだ」
あっ、自覚はあったんですね。
私はクラウス様の言葉に、明後日な感想を抱く。
確かにクラウス様には出会った時から今日まで、ずっと振り回されっぱなしだ。
でもそれだって、今まで私が強く拒否する態度を示さなかったからだと思う。
クラウス様の婚約者になれば、婚約破棄、しいては断罪される可能性もあるのに……。
私は結局、クラウス様を本気で拒否する事は出来ずにいた。
立場の違いはあれど、クラウス様は人に無理強いを強いる人では無い。
……と、言うよりも、クラウス様はそこまで人に興味を持てないんじゃないか、と思う。
出会ったばかりの頃であれば、きっと私が本気でクラウス様の事を嫌がれば、あっさり私から離れていたんじゃないかと思う………いや、多分。
最初は推しだから拒否なんて出来る訳無いっ!って思っていたけど……。
クラウス様をゲームのキャラじゃ無い、一己の人間として心からお慕いしている、今なら分かる。
私は、無意識にでも分かっていたのだ。
私がクラウス様を拒否すれば、きっと彼は壊れてしまう。
常に優雅で気品を漂わせ、余裕のある雰囲気のクラウス様は、表面上は原作通りの理想の王子様だけど。
私が知っているクラウス様は、それとは全く違う。
何にも興味が湧かず、誰にも執着など無い。
常に乾いた日常を、自分も含め、遠目から眺めている。
だけど、そんな空虚を抱えた瞳に私を映す時だけ、光が灯る。
その瞳は、まるで飢えた獣のように光り、きっと私はクラウス様のその飢えを少しなりとも満たす事が出来ているのかも知れない。
もし私が今彼から離れてしまえば、クラウス様はその飢えを満たすため、とんでもない過ちを犯してしまうのでは無いか。
そんな不安が私を駆り立てる。
とても恐れ多い考えだとは、分かっている。
それでも私はその考えに、妙に確信を持っていた。
でも、一体何がクラウス様をそうさせたのか、それだけが分からない。
私は恐る恐る、クラウス様に今まで抑えていた疑問を投げかけた。
「……あの、クラウス様は本当に私が婚約者で宜しいのでしょうか?」
私の問いにクラウス様の眉がピクっと動いた。
「どうしたの?誰かに何か言われた……?」
怖い怖い怖いっ!笑顔が怖いっ!
私は慌てて首をブンブン振る。
「い、いえっ!誰かに何か言われた訳では決して無くっ!
……ただ何故私をお選びになって下さったのか、ふと不思議に思いまして……。
私は幼い頃よりとても臆病で、いつもオドオドしていますし、身長も低く、クラウス様のお隣に立っても、バランスが悪いですし……。
他国との交渉術や、人身掌握術の授業の成績は、とても良いとは言えません。
それで、どうして私を王子妃にとお求めになられたのかと思って」
言ってて情けないが、自分がクラウス様に不釣り合いな理由なら、まだまだある。
外見については、キティに産まれ変わってからこの低身長以外、卑下する箇所はあまり無いのだが……。
いかんせん、中身がボサ子だっ……。
転生に気付いたのが幼い頃だったせいで、それより長く生きていた、前世の頃の性格の方が濃い。
……いや、もうまんま、中身はボサ子。
転生に気付く前からキティは私の産まれ変わりなのだから、私要素はあったのかもしれないけど。
それでもキティのそれまでの生い立ちや家庭環境によって、前世とは違う人格形成を成しつつあったように思う。
家族への態度など、今の私では考えられないものだったし。
でも転生に気付いてからは、否応無しに前世に引っ張られてしまった。
中身がボサ子なのに、何故クラウス様は私を婚約者に選んだのだろう……。
どうしても、それが分からずにいる。
クラウス様は、ふぅっと溜息を吐いた。
「まさか、これほど俺の気持ちが伝わっていないなんて……。
努力が足りなかったようだね。
もっと頑張らないといけないな……」
そう言うと、そっと私の指に自分の指を絡ませ、その指先を口元に持っていくと、そこに軽く口付ける。
瞬間、私は人間湯沸かし器のように顔をボッと赤くした。
「い、いえ、お気持ちは、もう、もう充分頂いておりますっ!
これ、これ以上だなんて、そんな、恐れ多いっ!」
私は回らない舌を何とか叱咤激励して、クラウス様に言った。
「いや、キティはまだ分かっていない」
クラウス様は更に私の指先に口付ける。
「俺がどれほど君を愛しているか……。
どれほど、君でなければいけないか……」
指先をペロッと舐められ、私はふぎゃっと身体を跳ねさせた。
「わ、私でなければいけないのですか?
あの、それは何故なのでしょう?」
私は真っ赤になった顔を誤魔化すように、クラウス様に聞いた。
「……君に初めて会った時……。
風が吹いたんだ……」
クラウス様は急に懐かしそうに私の瞳をじっと見つめた。
そのアイスブルーの瞳に、私は吸い込まれるような錯覚を感じる。
「……風、ですか?」
私の呟きに、クラウス様は小さく頷いた。
「そう、風だよ。風が君の厚い前髪を巻き上げたんだ。
そして、垣間見たその美しいエメラルドグリーンの瞳を見た瞬間、思ったんだ」
クラウス様は一旦そこで言葉を切ると、私の手を愛おしそうに頬にあて、射抜くように私を見た。
「これは、俺のものだと」
狂気を孕んだその瞳の光に、私はピクリとも動けない。
「その瞳に宿る、強く正しく清らかな光に息を飲んだよ……。
だけど、もっと惹かれたのは、君の、全てを包み込むような光。
その瞳のずっと奥に、ありのままの俺を受け止めてくれるような、そんな慈愛を感じたんだ……。
思わず縋ってしまいたくなる程の、ね」
にっこり微笑むクラウス様に、私はホッと息を吐いたと同時に、ポロッと涙が溢れた。
「ど、どうしたのっ?キティ。
そんなに今の話が不快だった?」
オロオロと慌てるクラウス様に、私はフルフルと頭を振る。
……クラウス様は最初から、私を見ていてくれたのだろうか……?
キティの中で覚醒した、私という存在を。
自分がクラウス様の言うような高尚な存在だとは、思えない。
思えないけど……。
クラウス様が、もしも、もしも私という存在に気付いて、認めてくれたのだとしたら……。
ううん、私は私。
キティに産まれ変わったんじゃ無い。
この世界に産まれてから、ずっと……。
私は私だったんだ。
産まれて直ぐに家族から引き離されたのも。
それで、家族と大きな溝が出来てしまったのも。
寂しさを紛らわす為、我儘と癇癪に逃げていたのも。
そして、前世を思い出し、今日まで生きてきたのも。
ずーと、私は私のままだった。
キティの人生を生きているんじゃ無い。
私は私の人生を生きているんだ。
まるで呪縛が解けたように、私は自分の身体が軽くなったのを感じた。
この先、シナリオ通りに数々の死が私を襲うかもしれない……。
それでも、私は生きて、その運命に抗う。
そして、もし運命に絡め取られても、私は最後まで私のままで死んでやる。
だってその運命は、キティの運命じゃない。
私の運命なんだからっ!
私はそっとクラウス様の手に、自分の手を重ねた。
「クラウス様、もし私がこの世から消えても」
「君を消してしまうようなこの世なんていらないね?
その、この世っていうものを、俺が消し炭にしてあげるよ」
あっ、ちょっと、最後まで言わせて。
被せてくるのが早いっ!
「キティ、君は消えたりしない。
ずっと俺の側にいるんだ。
どこにも行かせない……いいね?」
……どぅ、瞳孔が開いてらっしゃいます、殿下……。
「ひゃい……」
私はブルブル震えながら、反射的に答えた……。
あれ?ちょっと考えがまとまらない……。
なんかちょっと良い感じだったのに……。
怖いっ!まだ瞳孔開いてるっ!
「あの、ずっと、ずーっと、クラウス様のお側にいます、ね」
私はガクガク震えながら、最後少しだけ小首を傾げてみた。
クラウスはすぅっと瞳を元に戻すと、満足そうにニッコリ微笑んだ。
……ああ、生きているって素晴らしい。
うん、私、生きてるっ!
「いや、怖えーよっ!」
その時クラウス様の肩をガッシリ掴む手が現れた。
クラウス様は気配で察知していたのか、特に警戒などしていない。
「どんだけ重いんだ、お前はっ!」
ブルブル震えながらクラウス様の肩を掴んでそう言う、ジャン様。
「キティ様、申し訳ありません、この世界の命運を貴女のその細い肩一つに背負わせて……」
いや、怖い事言わないでっ!
私はそう言って胸の前で両手を組むミゲル様に、プルプルと頭を振った。
「キティ、今日は家族で過ごす日だからね。
迎えに来たよ」
春の日差しのように微笑むノワールお兄様。
「護衛も付けず、軽率すぎるな、クラウス」
「嫌だ、お兄様、コイツがいるのに護衛なんか……もう、耄碌されましたの?」
眉間を押さえ、苦い顔のレオネル様と、ニヤニヤ笑うシシリィ。
よく見たら、他のメンバーも揃っていて、結局生徒会メンバー、勢揃い。
カフェ中から、キャアキャアと黄色い声が……。
クラウス様だけだと恐れ多くて誰も声を上げられなかったようだけど(めっちゃチラチラ見られてたし、皆んな顔真っ赤にしてたけど)。
このメンバーが揃うと、なんか一気にアイドルステージ感が出て、今まで我慢していた淑女の皆さまから堪え切れない熱気が……。
「あらあら、騒がしちゃったわね。
祭り会場に戻りましょうか」
シシリィは困ったようにふふっと笑いながら、淑女達にヒラヒラと手を振った。
……途端に上がる黄色い声。
シシリィのファンクラブの8割が女性って……本当かもしれない。
これ以上はお店に迷惑を掛けてしまうので、私達は早々にカフェから撤収した。
外はもう日が暮れかかっている。
氷彫刻がライトアップされ、幻想的な景色に様変わりしていた。
皆んなでもう一度〈うる魔女〉の氷彫刻を見に行く。
ライトアップされた〈うる魔女〉は先程見た様子とは変わって、一段とファンタジー色が強く、私のオタ魂が震えた。
「ねぇ、モデルになったキャラの彫刻の前に、皆んなそれぞれ並んでくれない?」
シシリィに言われて、皆んな訳が分からず、それぞれの彫刻の前に並ぶ。
エリーさんが持つ小型記録魔法を指差して、シシリィがはしゃいで言った。
「せっかくだから、皆んなで記念写真といきましょーよ」
何だかんだ言って、皆んなシシリィには敵わない。
それぞれ、シシリィの望み通りに自分のキャラと同じポーズを取る。
クラウス様が彫刻と同じように私の手を握って、優しく微笑んだ。
私は頬を染めて、微笑み返した。
シシリィが謎の女剣士の前に立ち、同じポーズを取るのを見て、私は驚愕し、目を見開いた。
「な、な、なんで?」
震えながらシシリィを指差すと、シシリィは不思議そうに首を傾げた。
「なんでって、なんで?
このキャラのモデルは私だからじゃない」
言われて私は、ハッとした。
確かに、全体的に似てる。
女剣士は髪がショートカットだから、今まで思い付かなかったけど。
キリッとした涼やかな目元、スラっとした体躯、魅惑的なナイスバディ、そして、悠然と佇む、Gカップお胸大明神様っ!
私は自分がモデルになったヒロインの彫刻を見上げた。
確かに、確かに美少女なんだろうけど、顔は前髪で隠れてるし。
分かるのは低身長、ちんちくりんな事だけ。
ず、ズルくないっ⁈
私との格差、エグくないっ!
私が頬をパンパンに膨らませて拗ねていると、クラウス様が頭を優しく撫でてくれた。
「キティ、君がモデルになったヒロインの方がずっと魅力的だよ。
ほら、見てごらん、主人公もヒロインに夢中だ」
振り返った先には、手を繋いで笑い合う初々しい2人の姿。
私は主人公の嬉しそうな笑顔に、昔のクラウス様を重ねた。
クラウス様もあんな風に沢山笑ってくれた。
今は立場的に口を大きく開けて笑うなんて、なかなか無いけど。
あれくらいの時は、いつもあんな風に私の顔を覗き込むように笑っていた。
私は少しでもクラウス様を幸せな気持ちにしてこれたのかな?
そうだったらいいな。
これからも、本当なら、あんな風に2人で笑い合って生きていきたい。
「撮りますよー」
エリーさんの声に、私は慌てて前を向いた。
エリーさんの持つ小型記録魔法に向かって微笑んでいると、ふいにクラウス様が頬にキスをした。
カシャっ。
その瞬間を小型記録魔法に収められてしまった。
「もう、クラウス様っ!」
私が膨れて睨むと、クラウス様は楽しそうに笑った。
クラウス様が笑うと、何だかホッとする。
この笑顔を守りたいと、心の底からそう思えた。
その後皆んなで日が沈むまで祭りを楽しんだ。
生徒会メンバーで過ごす時間は、とても楽しく、あっという間に過ぎていく。
「なんか良いね、こうやって皆んなで過ごす時間……」
独り言のような私の言葉に、隣を歩くシシリィがニッと笑った。
「まぁね、私達はファミリーだから」
……シシリィが言うと、別のファミリーに聞こえる不思議。
「なに黄昏てんのよっ!
これからもっともっと、楽しい時間を皆んなで過ごすんだから、ねっ」
シシリィが言うと本当にそうなるような気がして、私も笑った。
これからも、沢山笑って皆んなと過ごしたい。
贅沢な願いかも知れないけど、私は本当に心からそう願った。
……だけど無情にも、私の運命の時は、刻一刻と近づいて来ていたのだ……。
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