episode.28-3

ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべて、私達を取り囲み、近づいてくる男子生徒達……。


………私は隣から放たれる戦闘民族特有の殺気に、彼らの死を覚悟した。


シシリィ、お願いだから、被害は最小限、最小限でお願い〜〜っ!


私が心の中で祈っていたその時、大きな声で彼らを制止する声が上がった。


「いい加減にしなさいよっ!

嘘でしょっ!信じられないっ!!」


そう言いながら、何人かの生徒がフィーネさんのファンクラブを掻き分け乱入してきた。


「これがお貴族様のやり方って訳っ!

なんて低俗で、下品なのっ!」


その女生徒と私達を守るように、何人かの男子生徒がファンクラブと私達の間に立ちはだかる。


「私達、庶民だからお貴族様の問題に口出し出来ないと思って、黙って見てたけど……。

あんた達、最低よっ!寄ってたかって女性を囲んで、明後日な事を言いたい放題、それを正論で返されたら、なにっ?服をひん剥くっ?

最低最悪っ!しかも、犯罪だからっ!それっ!」


その女生徒に犯罪と言われ、ファンクラブの面々はハッとした顔をして、慌てて私達から離れた。


「それから、そこのフィーネ・ヤドヴィカっ!

何が非力な男爵令嬢よっ!何が弱い者虐めよっ!

いつも弱い者虐めしているのは、貴女の方じゃないっ!

私達庶民を毎日バカにして、物を壊したり、盗んだり、貴族だからと偉そうにしてっ!

手を出された事だってあるわっ!

私の友達は貴女に階段から突き落とされて、骨折してまだ学園に戻れずにいるっ!

彼女が成績優秀だから気に入らないって、ただの八つ当たりじゃないっ!」


その女生徒がビシッとフィーネさんを指差して言った内容に、私は驚きで目を見開いた。


嘘でしょ……。

なんて事なの……。


その女生徒は、ガクッと肩を落として続ける。


「それなのに、あんたの家は、学園関係者を金の力で黙らせて、たかが庶民だからと、自己責任の事故で終わらせたのよ………」


私はシシリィと目を合わせた。

お互いの瞳の奥に、怒りの炎がゆらめいている。


女生徒は私を守るようにバッと両手を広げた。


「それに、キティ様はあんたら低俗な貴族と違って、本物よっ!

キティ様は、私達の孤児院に多額の寄付をして下さり、度々ご訪問して下さった。

小さな子供達に絵本を読んでくれたり、一緒に遊んでくれたり、お世話をしてくれたり。

高貴なご身分なのに、それをちっとも表に出されず、チビ達の本当の姉のように接してくれたのよっ!」


あ゛〜〜〜〜〜っ!!!

それ、トップシークレットゥーーーッ!


ち、違うんです、違うんですっ!

幼い妹が恋しくて、ついつい孤児院の幼児達に手をっ!手を出してしまいましたっ!

ごめんなさい〜〜〜っ!

つい、頬っぺたプニプニしちゃいましたーーーっ!

ごめんなさい〜〜〜っ!


一緒にお絵描きしたり、追いかけっこしたり、食事の手伝いとか、お昼寝寝かしつけとか、全部自分へのご褒美です、ありがとうございました。


もう、悔いは無いです。

あんだけ遊び倒させて頂き、一生の良い思い出が出来ました。

お巡りさんっ!私ですっ!


私の脳内はパニック状態で、サンバと阿波踊りのカーニバルだったが、もちろん、表情には一切出さない。


そしてその女生徒は、キッとフィーネさん達4人を睨んだ。


「あんた達にそんな事出来るっ?

出来ないわよね?庶民だからと私達を踏み付けにして高笑いしてるあんた達に、そんな事出来る訳ないっ!

キティ様こそが本物の貴族よっ!

あんた達偽物がいくら傷付けようとしたって、足元にも及ばない、本物の貴族様よっ!」


女生徒の言葉に、フィーネさんがどす黒い顔で目を吊り上げた。


「うるさいっ!庶民の分際でっ!

私は貴族よっ!貴族はあんたら庶民に何をしたっていいのよっ!

私に偉そーにしないでよっ!

孤児院臭いんだよっ!

とっととこの学園を出て行きなっ!」


そう言って、彼女の身体を思い切り突き飛ばした。


私は咄嗟に彼女の身体を支えようと手を伸ばしたけど、一瞬早く、シシリィが彼女の身体を抱いて支えた。


うん、まぁ、私じゃ下敷きになって一緒に倒れちゃうだけなんだけど……。

格好良すぎんのよ、この公爵令嬢っ!


それにしても、もう……許せないっ!

フィーネさん、貴女はヒロインの風上にも置けないわ……。


いいえ、ヒロインどころか、貴族としても、人間としても、到底許されるものじゃないわっ!


お前の血は何色だあぁぁぁぁっ!!


怒りが腹の底から、湧いてくるっ!

私は女生徒の前に進み出て、絶対0度の眼差しでフィーネさん達を睨み付けた。


こちとら、ブリザードの妹ぞ?


「フィーネ・ヤドヴィカ、乱暴な振る舞いは許しませんよ。

貴女は大変な心得違いをなさっています。

民は国の宝です。彼等がいるから、国が有るのです。

貴族とて、民の1人。

人より多くの物を持つ物は、それだけの責任を果たさねばなりません。

貴族だから偉いのではありません。

人より重い責任を負い、それを全うするからこそ尊ばれるのです。

貴女は貴女に課せられた貴族という責任は放棄し、貴族という権威だけは行使する。

それはとても浅ましい行為です。

恥を知りなさい。

良いですか?ここは王立学園です。

何故この学園が生徒の自治に委ねられているか分かりますか?

ここは学園という名の政治の場なのです。

皆が正しき施政者となる事を、ここで学ばなければいけません。

ここに在籍する一人一人が将来この国を担い、この国の宝である民を守っていく役割があります。

この学園の生徒であるからには、国を支える支柱である事を自覚していなければなりません。

貴族も庶民も関係無く、共に国を担う仲間として、手を取り合い、支え合う。

ここはそんな大事なことを学ぶ為の学園です。

貴女のなさっている事は学園の理念を汚す行為だわ。

これ以上、この学園で恥を晒すなら、ヤドヴィカ男爵令嬢、学園を去るのは貴女の方ですっ!」


キッパリと私が言い切ると、辺りがシンッと静まり返った。

誰も動かない。

ただ1人、シシリィだけが満足気に微笑んでいた………。



ややして、ワァッと歓声が巻き起こり、拍手の音が響いた。


成り行きを見守っていた他の生徒達が皆んな、私に向かって拍手を贈っている。


「キティ様ーっ!素敵っ!」


「感動しましたっ!貴女様こそ、未来の王子妃に相応しいっ!」


「なんて清廉潔白なお美しさっ!」


「高貴なる魂に祝福あれっ!」


皆んな口々に私への賛美の言葉を口にした。


フィーネさん達4人とファンクラブの生徒達は面食らってオロオロと狼狽えている。


そこへ、シシリィが扇の奥の口元をニヤリと歪めて追撃する。


「ところで、貴方達。

もちろん、この廊下にも記録魔法が設置されている事はご存じよね?

学園の生徒の安全を守る為だもの、当然の事ですわよね?

映像だけで無く、しっかり音声も残りますから、ご安心なさって。

最近は顔認証も出来るようになりましたからね、皆さんの身元を取りこぼしたりなんかしませんから、その辺も安心でしてよ?」


シシリィの言葉にファンクラブの面々が悲鳴を上げて、それぞれ散り散りに逃げ出した。


いつの間にか、アーバン様の姿も無くなっている。


残されたのは、呆然と辺りを見回すフィーネさんと、腰を抜かしてお互いを抱きしめ合うマリエッタさんとヴァイオレットさん。


私はにっこり、淑女の笑みを浮かべ、フィーネさんに声を掛けた。


「それでは、フィーネさん。

私への誤解も解けたようですし、これで失礼致しますね。

くれぐれも、今後はこのような事の無きよう、お気をつけ下さいましね。

それから、一般入学の生徒にご迷惑をお掛けするのもやめて下さいね。

もし、まだ続けるようなら、こちらで貴女の退学手続きを進めさせて頂きますから、そのおつもりで」


フィーネさんは再び顔を赤黒くして私を睨んだが、プルプル震えているだけで、もう何も言い返してはこなかった。


なんつってーー!

そんな権限私には無いけどねーー!


私は心の中でベッと舌を出した。


「あるわよ」


扇の中でシシリィが小声で答える。


えっ!あんのっ⁈

ってか何っ⁈エスパーッ!


「あんたはクラウスの婚約者なんだから、一部クラウスの決裁を代行出来るの。

学園の決裁であれば、ほぼほぼ可能よ?」


わぁっ!私一気に独裁者に近づいちゃったわっ!

決裁なんて怖くて出来ませんけどっ?


カタカタと震えそうになる自分を、必死に抑えた。


シシリィは私達を庇ってくれた女生徒に優しく声を掛ける。


「貴女には聞きたい事がありますので、放課後、生徒会室に来て頂くわ。

貴女のお友達の件を、金の力で黙認したという学園関係者にとても興味がありますの。

事情を知っているお友達も、何人連れて来ても構いません。

良いかしら?」


「はいっ!ありがとうございますっ!」


シシリィの言葉に、女生徒と他にも何人かの一般生徒が力強く頷いた。


私はその女生徒の手を両手で握り、親愛を込めて微笑む。


「先程は、危ないところを助けて頂き、本当に感謝致します。

貴女の勇気ある行動を、私一生忘れませんわ」


私がじっと目を見つめ、そう言うと、女生徒は頬を染めてモジモジと答える。


「いえっ、そんな……私なんかにはもったいないお言葉です。

キティ様のお役に立てて、私こそ光栄です」


まぁ……そんなご謙遜を……。

正しくは私の後ろにいる超一級戦闘民族から、ひ弱な男子生徒を何人も助けたのだから、貴女は何人もの人間の命を助けた英雄なのよ……?


本当に、謙虚な方だわ。


「では、後ほど、生徒会室でお待ちしていますわね」


最後にそう言って私がにっこり微笑むと、彼女はますます真っ赤に顔を染めた。



私が振り返ると、廊下の左右に生徒達が分かれ、皆んな一斉に最上級の礼をする。


私は皆んなに微笑んで、口を開いた。


「皆さん、急に訪問した上に、このような騒ぎを起こして申し訳ありませんでした。

私はもう失礼致しますから、皆さんどうぞお楽になさって」


けれど、誰1人顔を上げない。


シシリィを見上げると、無理無理とばかりに首を振られる。


……仕方ない。

こうなれば、私がとっとと退場するしか無い。


私は優雅にしずしずと、しかし淑女に許された最高速度でその場を去る事にした。


生徒達の中を通り過ぎる時、皆んなが口々に同じ言葉を口にした。


「高貴なる魂に祝福あれ。

我らの王子妃キティ様に幸いあれ」


……いやまだ王子妃じゃ無いんだけどーーと冷や汗を流しながら、淑女マッハ(遅い)でその場を後にした。






「もういいわよ」


シシリィに言われて、私はやっと肩の力を抜いた。

足が途端に震え、いやもう暴れ出す。

サンバと阿波踊りミックスで、筋肉が悲鳴を上げている。


「シ、シシリィ、私もう歩けないかも……」


そう弱音を吐いた瞬間ーー。


「キティたそっ!」


男の人の声がして、誰かが走り寄ってくる……。


誰っ?何っ?たそ?


私の前に、例のテッド・シャックルフォード子爵令息が現れた。


子爵令息は、鼻息荒く私に近付いてくる。


咄嗟にシシリィが防御魔法を展開して、彼がそれ以上近付けないようにしてくれた。


シシリィの魔法の壁を叩きながら、彼は目を血走らせ、ニヘラッと笑った。


「ねぇ、キティたそ、おかしいよ……。

君はそんなキャラ設定じゃないんだ。

君はもっとおバカで我儘で何も分からない愚かな人間なんだよ?

だから僕が側にいてあげなきゃ、いけないんだ。

だって、そうでしょ?

君はバカだから、直ぐに死んじゃう。

それを防げるのは、僕だけなんだよ?

だから君は僕から離れちゃいけないんだ……」


私はそう言う彼の、焦点の合ってない目を見て、ゾッと鳥肌を立てた。


シシリィの強固な魔法壁に何度も打ち付けられた彼の拳から血が飛び散った。


「キティたそっ!キティたそっ!

これを退けて、僕の所に来てよっ!

君は、賢そうに喋ったりしないっ!

君は、他の女みたいに取り澄ましたりしないっ!

君は、どこまでもおバカで、非力じゃないといけないっ!

間違いはっ!正さなきゃいけないっ!」


私は彼の言葉にピクっと眉の端を上げた。


また、この言葉だわ。

フィーネさんも、前回の騒ぎの時に聞き取り調査で同じ事を口にしている。

その資料を読ませてもらった私は、ちゃんと覚えていた。


『自分こそがクラウスの恋人に、そして婚約者になるべきだ。

間違いは正すべき』



……何が間違いなのかしら?

私が原作のキティらしく無い事?

クラウス様が私を婚約者に選んだ事?

私がSクラスに在籍している事?

私が皆んなから嫌われていない事?

兄妹仲が良い事?

次作の悪役令嬢、シシリィと親友な事?


何が間違いだと、誰が決めるの?

貴方達が決めるの?


私は、この世界で生きている。

ちゃんと生きている。

一己の人間なのに?


私の事を貴方達がどうして決めるのっ!



私は腹の底から冷たい声を出した。


「……お黙りなさい」


私の気迫に、シャックルフォードはヒュッと息を呑む。


「貴方に発言を許した覚えはなくてよ……。

そこの者……お控えなさい」


私の冷たい視線に、シャックルフォードはズルズルと膝を突き、何やらぶつぶつと聞き取れない言葉を呟き始めた。


私はそんな彼に背を向け、スタスタと歩き去る。


振り返る事は無かった……。








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




シシリアはシャックルフォードの異常な気配に、片眉を上げた。


「エリク」


彼女が呼ぶと、何処からともなく従者が現れた。


「書き記しておきなさい」


「はっ」


シシリアはキティの後を追い、その場を去った。


残された従者は、シャックルフォードの目の前に立ち、彼の呟きを一語一句洩らさず、書き記していった………。



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