第042話 ラウール不在の辺境でのこと


 ストラテスラ家本邸一階である。


「お姉ちゃん!」


 コリーヌの声が響いた。

 シルヴィーが、コリーヌに寄りかかっている。

 少しふらり、としているようだ。

 

「だ、大丈夫ですわ。まだ……」


 そんな二人のことを見るのは、怪我から回復した辺境の民や兵士だ。

 

「すげえ……」


「こんな回復の魔法みたことねえ」


「うおおお! 聖女様だ!」


 聖女様! 聖女様! とコールが起きる。

 ふっと笑うシルヴィーだ。

 

 やっぱりラウールはここで育っただけのことはある。

 そんな風に思ったのである。

 

 コリーヌの肩から手を放す。

 一人で立つシルヴィーが皆を見て、口を開いた。

 

「皆の献身こそがこの国の誉れです! 誇りなさい! ですが、私はあなたたちに申し訳なくも思います!」


 シルヴィーが頭を下げた。

 そんなシルヴィーの姿に、兵士や領民たちがざわつく。

 

「あなたたちは傷つき、倒れたのです。そんなあなたたちを私は魔法で治癒しました。そして、まだ戦えと言おうとしているのです。戦いはもうすぐ終わるのでしょう。ですが!」


 シルヴィーは再度、頭を下げた。

 

「あなたたちをまた戦場に送らねばなりません! それが領民たちの、この国の平和に繋がるとわかっているのだから! 本当に申し訳ありません!」


 ざわつく領民と兵士たちだが、その口を閉ざした。

 シルヴィーの言葉に耳を傾けたからだ。


「――ですが、あなたたちの力が必要なのです! お願いします。その力をわたくしに貸してください!」


 三度、シルヴィーは頭を下げた。

 その姿に兵士や領民たちから声があがる。

 

「お願いされなくたって力を貸すさ!」


「領主様がいちばん前で出張ってんだ、オレたちがサボれるかっての!」

 

「だはは! 聖女様がいてくれるなら、何度だって怪我できらあ!」


 その声はどんどん大きくなっていく。

 

「ありがとう、ありがとう……」


 シルヴィーの前で一致団結した領民と兵士たちだ。

 その士気はかなり高い。

 

 前代未聞の巨大な大侵攻スタンピードの前でも、いささかの衰えもないのだから。


「……お姉ちゃん、しゅごい」


 シンプルにコリーヌは感心していた。

 

「それに! 聖女様は美人だしな!」


「おうよ! 男なら女のためにがんばるってもんだ!」


 男どもの声を聞きながら、コリーヌが声をあげた。


「ぐぬぬ……悔しい。絶対にバインバインになってやるんだから!」


 そんな決意をする大物のコリーヌだ。

 

「しゃああ! いくぞ!」


 兵士たちが声をあげた。

 

「領民の男たちはこの救護所を守ってくれ!」


 兵士の一人がさらに声をあげる。

 

「この救護所がいちばんの要だからな!」


 さらに別の兵士が言う。


「いくぞ! 負傷者の回収と接敵する魔物への対処! 二班にわかれろ!」


 よく訓練されている兵士たちであった。

 

 一方で大侵攻スタンピードの本命になる隣領だ。

 兄鬼ことハンニバルとジャンヌの二人は、接敵する魔物を相手に戦っていた。

 

 率いるはハンニバル直属の少数精鋭の部隊である。

 さすがに戦闘力が高い。

 この部隊の要がジャンヌだ。

 

 数少ない回復の魔法を使い手だからである。

 

「ちぃっ! 数がバカみたいに多いな!」


 兄鬼ことハンニバルが叫んだ。

 叫びながらも、魔獣タイプの魔物を倒していた。

 

「クソ、こんなときにアルセーヌが……」


 と言いかけてやめる兄鬼だ。

 居なくなってわかる弟の実力の高さである。

 

 遠近魔法を使いこなして、縦横無尽に戦場を駆け回った弟だ。

 補助から魔物へのトドメまで、どんな役割もこなせたのである。

 

 この状況で最も欲しい戦力だと言えるだろう。

 

 だが――あいつは今、王都だからな。

  

 アルセーヌが居なくても、なんとかするさ。

 オレが居なくちゃダメなんだから、とか言われたくないしな。

 

 ふふ……と笑いがこみあげてくる兄鬼だ。

 まさか死んだと思ってた弟が生きていたなんてな。

 

 でも、心のどこかでは生きていると思っていたのだ。

 だって死んでも死なないような性格の弟だから。

 

 混成型の大型を相手にたった一人で戦った勇敢な弟だ。

 本当の英雄だと思う。

 

 大侵攻スタンピードの進行方向が変わったとわかったときは、本当に驚いたものだ。

 その後、アルセーヌが帰ってこないとなったときの空気は重かった。

 

 ひょっこり帰ってきそうな、でも、帰ってこない。

 親父殿もお袋様も口では言わないが、沈鬱な空気があった。

 それは領民たちも同じだ。

 

 それでも生き残ったのだから――とがんばってきた。

 子どもも産まれ、ジャンヌとも結婚をした。

 家族に恵まれたと思う。

 

 でも、どこかぽっかりと穴が空いているような感覚は拭えない。

 それが十二年の月日が経って埋まった。

 

 どれだけ月日が経っても弟は弟であった。

 それが本当に嬉しかったのだ。

 

 まぁ弟には悪いことをしたとは思うが、それはもう仕方ない。

 今さらどうにもならないことだ。

 

 ちらり、とジャンヌを見る兄鬼である。

 ジャンヌだってアルセーヌのことは気に懸けていた。

 マルギッテだってそうだ。

 

「ハンニバル! 上!」


 ジャンヌからの声に顔をあげる。

 嘴をひらいて、急降下してくる鳥形の魔物がいた。

 

「うらああああ!」


 足を引いて、身体を開く。

 突っこんできた魔物を躱して、その瞬間に正拳を入れた。

 どちゅと音がなって腹を貫く感触。

 

「やられるかよ!」


 瞬間、横合いから鋭い角を持った魔物が突っこんでくるのが見えた。

 ちぃ。

 だから数が多い乱戦はいやなんだ。

 

 この体勢からだと――ジャンヌ?


 兄鬼の前に身体を滑らせるジャンヌだ。

 一瞬で結界を構築する。

 

 だが、その結界は魔物の突進をとめられない。

 魔物の角がジャンヌに迫る。

 

「ジャンヌ! どけ!」


 ジャンヌの細い肩を掴んで力任せに後ろに引っぱるハンニバル。

 きゃっと声が聞こえるも、余裕がない。

 

 ぞぶり、と腹を貫かれた感触がした。

 でも痛くない。

 

 この程度で、どうにかなると思うなよ。

 ハンニバルの鉄槌が魔物の頭に決まった。

 

「バカ! なんでそんな無茶するのよ!」


 駆け寄ってジャンヌが兄鬼の腹に手をあてる。

 回復の魔法を使ったのだ。

 

「お前が怪我したら……アルセーヌに怒られるだろ?」


 額から脂汗を流す兄鬼である。

 

「バカ……本当にバカなんだから! 黙ってなさい! 皆、お願い、少しの間がんばって!」


 おう、と精鋭の部下たちから声がかかった。

 

 その瞬間である。

 空気を裂くような雷鳴が轟いてきた。


 何度も何度も轟いてきたのだ。

 その音に足がとまる魔物である。

 

「今だ! やれ!」


 兄鬼が号令をくだしたことで、我に返る部下たち。

 隙だらけになった魔物を屠っていく。


「……アルセーヌかな?」


 呟いて、意識を落とす兄鬼であった。

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