第033話 ラウール色んな意味で衝撃を受ける


 ふぅ……と息を吐く。

 今のオレに満腹はない。

 が、満足した。

 

 五杯目のお茶のおかわりを飲む。

 うん、このお茶は本当に美味いな。


 渋みと苦みと甘みのバランスがいい。

 あとこう鼻に抜けてくる花の香りっぽいのが楽しいんだ。

 

「満足したかい、ラウール」


 ご婦人に声をかけられて笑顔で答える。

 

「いやあ、ごちそうさまでした。このお茶の葉っぱ、ちょっとだけでいいから欲しいでやんす」


 ははっと軽やかに笑うご婦人だ。


「美味しいだろ? 私の趣味さ。あとで持たせるよ。シルヴェーヌの分もね。で、ラウール、ちょっと確認したいんだがいいかい?」


 ご婦人の言葉の前半部分が終わったところで侍女さんが出て行く。

 きっと茶葉の用意をしてくれるんだろう。

 

 イケメン公爵様はずっと無言だ。

 資料とにらめっこしている。


「なんですのん?」


「中央貴族とのゴタゴタはこっちで処理できる。あんたが持ってきてくれた証拠のお陰さ。あと、エレアキニキの身柄はこっちに引き渡してくれるかい?」


「ああ、うん。大丈夫。ええとね、数日後には引き渡せ……」


『マスター! 緊急事態です!』


『んあ?』


 おっと、いかん。

 完全にスイッチを切ってたな。


『なにボケた返事をしているんですか! いいですか! すぐに辺境に戻ります!』


 その言葉で頭の芯が冷えていく。

 スペルディアの次の言葉が予想できたからだ。


大侵攻スタンピードが発生しました!』


 何も言わずに立ち上がった。


「ラ、ラウール? どうしたんだい?」


「クソがっ! 大侵攻スタンピードだっ!」


 完全に気を抜いていた。

 まさかあの魔人どもの動きがこんなに早いなんて。

 

大侵攻スタンピード!?」


 イケメン公爵様も顔をあげて驚いている。

 こうして見ると、ご婦人と似たところがあるな。

 今はそんなこと言ってる場合じゃねえ。


「悪い! オレ、帰らなきゃ」


「ああ! 了解した! こちらからも辺境伯に早馬をだす。なんとか持ちこたえておくれよ」


「うちの親父殿とお袋様がいるから、なんとかなると思うけど」


「……母上、シルヴェーヌのことはどうします?」


 イケメン公爵様だ。

 確かにシルヴィーの扱いが問題かな。

 

 おっちゃんの商会に居てもらうか。

 だが、オレが居ないと襲撃されたときに困るだろう。


『マスター! シルヴェーヌ様からの言づてです』


 え? なに?

 なんか嫌な予感しかしないんだけど?

 

『わたくしもラウールに同行します、と』


「いやいやいやいや! それはダメでしょう!」


 おっと、いかん。

 つい声にでてしまった。

 

「ラウール? なにを言っているんだ?」


 ご婦人である。

 

「ええと……うちの使い魔が言ってましてね。そのおたくのお嬢さんがオレに同行したいって」


「はあああああん!?」


 イケメン公爵様が声をあげた。

 くしゃりと髪を掴む。

 

「まったく! あれは誰に似たんだか!」


 誰に言うでもなく、天井を見て叫ぶ。


「……母親だねぇ」


 ご婦人がボソリと呟いた。

 そういやシルヴィーが言ってたっけ?

 お母様はかつて辺境でうんたらかんたらって。


 なんか女傑っぽい感じ。

 それを言うなら、目の前にいるご婦人だってそうだ。

 うちのお袋様も……ウ……アタマガ……。

 

『マスター! 最速で戻るのならあのモードを使わなければいけません』


 ああ――あの二輪車スタイルね。

 ってことはシルヴィーにバレるってことか。

 

『スペルディア、乗り物ねえの?』


『現時点ではありませんね。素材が揃えばなんとかできるのですが……正直、今から素材を揃えても時間的な猶予がありませんよ』


 なら、シルヴィーは置いていくか。

 いや――それも無理っぽいな。

 

 おっちゃんの商会の場所は相手にバレていると思った方がいい。

 公爵家に戻っても同じだろう。

 

「……あの、聞いてもいいかな?」


 イケメン公爵様とご婦人を見る。

 

「誤魔化さないでほしいんだけど、魔人と戦える戦力がある?」


 オレの問いに公爵様は目を閉じた。

 ご婦人は顎に手を当てている。

 

「……うちにも手練れの戦士はいる。が、恐らくは魔人とは五分といったところだろうね」

 

「ってことは複数の魔人で襲撃をかけられたら?」


「まぁ数で対抗するしかないだろうねぇ」


 苦笑するご婦人だ。

 あまり自信はないのかな?

 

 まぁオレが言うのもなんだけど、派手に襲撃されるようなことはないようにも思うんだよね。

 だって、あいつら正体隠してたんだから、目立つわけにはいかないだろ?


『スペルディア、わかる範囲でいい。王都内に魔人と思しき存在はいるか?』


 いちおう先生に確認をとっておく。


『現状、こちらでは確認できていません。マスターは既に七人の魔人を倒しています。敵組織の規模はわかりませんが、それなりに数は減らしたのではないでしょうか』


『加えて辺境で大侵攻スタンピードを起こしたかもしれない魔人もいる? いや、時期的には自然発生と考えた方がいいか?』


『確証はありません。が、王都に出立する以前にできる範囲でオーマ大森林を偵察していましたが、そのときに不審な影はありませんでしたよ』


『……ってことは、オレが王都を離れるのは問題なさそうだな。あとはシルヴィーをどうするかだけど』


 これが本当に大きな問題だ。

 万が一を考えた場合は、連れて行った方がいい。

 オレが側にいれば、シルヴィーを守ることはできるからな。


 だが――問題はオレが本当に魔人の類いと思われる可能性もあるってことか。

 シルヴィーにはサイボーグなんて理解できないだろうからな。


「ラウール!」


 ご婦人に大きな声で呼ばれた。

 考え事してたから、ちょっとビックリだ。

 

「あんた、本気でシルヴェーヌと婚約するかい?」


「ええと、どういうこと?」


「シルヴェーヌとの婚約は偽装だった。が、今の状況だとそっちの方が都合がよくないか? 仮にこれから魔人の襲撃があったとしよう。私たちは全力で抵抗するが、負ける可能性もある。ならば――ノートスの血を繋ぐ意味でもシルヴェーヌはラウールに任せた方がいい」


 一気に言い放つご婦人だ。

 隣にいる公爵様は渋い表情を作っている。


「ああ――うん。その理屈はわかるけど、本当にいいの? 魔人に連れ去られたって言っても、あんだけの美人さんなんだ。それこそ引く手あまたじゃないの?」


 純粋な疑問だ。

 シルヴィーはもう戻れない的なことを言ってたけど。

 オレはそう思わないんだよね。


「その引く手あまたが有象無象ならば意味がない。ラウール、あんたになら孫娘を任せていいって言ってんだよ」


 ニィと悪い表情で微笑むご婦人だ。

 やっぱり、この人は女傑っぽい。

 うちのお袋様に雰囲気が似ている気がする。

 

「ってことは?」


「あんたにくれてやるんだ。辺境につれていきな。命を懸けても守ってくれるんだろう?」


 ああ、クソ。

 こういう言い方をされたら弱いんだよな。

 頭をボリボリと掻く。

 

「わかった! でも、シルヴィーが嫌だって言うかもしれないよ」


 オレの言葉にハッとした表情になるイケメン公爵様だ。

 そりゃそうだろう。

 あんなに可愛い娘を、オレにって納得いかんはずだ。


「ハハ! そのときはそのときさ!」


『スペルディア! シルヴィーに今の話は?』


『お伝えします。それとマスター』


『ん?』


『これは勘なんですけど、シルヴェーヌ様はマスターのことを受けいれてくださると思いますよ』


 んー人工知能の端末なのに勘ときたか。

 もはやよくわからんな。

 

『まぁとりあえず、商会に戻るわ』


『承知しました。案内します』


 ってことで、公爵家邸をお暇した。

 ご婦人とイケメン公爵様ととりあえずの別れを告げて。

 

 オレは再び王都の闇を駆けるのであった。

 おっちゃんの商会目指して。

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