第032話 ラウール公爵家邸で一休みする


 夜の王都、その空を駆ける。

 やっぱこれ気持ちいいな。

 ワイヤーフックと組み合わせて立体的な動きができる。

 

『いいいいやっっふううぅうう!』


『マスター、調子にのっているところ申し訳ないですけど、どちらにむかっているんですか?』


『え? しらん!』


『…………』


 なにその無言。

 怖いんだけど。

 だって夜の町を滑空するの気持ちいいんだもんよ。

 

『マスター、戻りますよ』


『どこに?』


『ノートス公爵家ですよ』


『なにしに戻るのさ』


『……え?』


『……え?』


 どうにも先生の考えていることはよくわからん。

 

『いや、さっき書棚とか机とかぜんぶ押収したでしょうが!』


『……あああっ! 忘れてた!』


『……そうです! これが私の知っているマスターです!』


 なんだよ。

 その言い草は。

 

 忘れっぽいってことかよ!

 そのとおりだよ!

 

 だって楽しかったんだもん!

 

『いいから、帰りますよ。こっちで幾つか証拠は見つけましたから、それを公爵家に渡して対処してもらいましょう』


『うい!』


 了解した。

 では、行こうぞ、相棒よ!


『マスター、そっちは逆方向です! 回れ右をして急ぎましょう!』


 なんかスペルディアの扱い方が子ども向けになっているのは気のせいか?

 ちくしょう。

 

 ワイヤーフックを使って王都の闇を駆ける。

 うん、格好良い。

 空の散歩を楽しんでいると、あっという間に到着してしまった。

 

 ここからでも大公邸が燃えているのがわかる。

 だって、夜空の色がちがってるんだもの。

 

『マスター。公爵家に入る前に転送装置から資料を』


『おうよ!』


 バサバサっと紙が落ちてくる。

 うへえ、けっこうな量だ。


『それ全部模造品ですからね。原本はこちらで管理しておきます』


『つまり……なくしても大丈夫ってこと?』


『そのとおりです!』


 片手で資料を抱えるように持つ。

 ドンドンと公爵家の裏口を叩く。

 すぐさまテテテと足音が聞こえてきた。


 うむ。

 よく訓練されておる使用人たちだ。

 

「お待ちしておりました、ラウール様!」


 見知った顔の従僕だ。

 よほど慌ててたのか、肩で息をしている。

 

「悪いね、何度も」

 

 と言いながら、ずかずかと邸内に入っていく。

 もう勝手知ったる我が家のようなもんだ。

 だって、見知らぬ実家よりもかよってるんだもんよ!

 

「あ、そうそう。悪いんだけどさ、ちょっと飯食わせてくれないかな?」


 歩きながら従僕に声をかける。


「……食事ですか?」


「ああと……なんかこう軽く食べられるのでいいからさ。飲み物と一緒に頼むよ」


「承知しました。刀自様から最大限に便宜を図るようにと託かっておりますので。では、お部屋に案内しましたら、厨房に指示をだしておきます」


 刀自ってなんじゃい?

 誰のこと?

 

『刀自とは女性当主や老齢の婦人に対する敬称です。つまりリゼッタ様のことを指していますね』


 ああ、あのご婦人か。

 納得だ。

 

 むふふ。

 ついに憧れの公爵家の飯だ。

 ずっと狙ってたけど、タイミングが合わなかったからな。

 

 おっちゃんに邪魔されてたはずだ。

 おのれ、おっちゃんめ。

 持たざる者のくせに。

 

『ローマン氏は持たざる者ではありませんよ。マスターと一緒にしてはいけません!』


『きいいぃいいい! なんてことを言うのかしら! この人工知能端末は!』


 アテクシ、ハンカチがあれば端っこを噛みしめてますわよ!


「失礼いたします。ラウール様をお連れしました」


 おっと。

 バカなことをやっている間に到着したみたいだ。

 

 相も変わらず豪華な部屋にとおされる。

 そこには公爵家のイケメン当主とご婦人の二人がいた。

 

「ええと……さっきぶり!」


 書類を持ってない方の手を軽くあげる。

 だってこんなときの挨拶なんてどうやったらいいかわからん。

 ついでにご婦人たちの前にあるテーブルに、書類をどんと置いた。


「……」


 無言でオレを見つめる二人だ。

 

「……これがええと……資料?」


 説明しながら、オレは空いている席に座った。

 ふかふかで座り心地がいいソファだ。


「ラウール、順を追って話してくれないかい?」


 ご婦人がオレを真っ直ぐに見て言う。

 イケメン当主は資料を手に取っている。

 

「おでん……オンデーヌ大公家に行って魔人と戦ったんだけどさ、ちょおっと手違いがあって燃えちゃった!」


 てへぺろしてみる。

 だが、ご婦人は表情を変えない。

 むしろ先を話せって言われているみたいだ。

 

『先生! 先生! 続きをおなしゃす!』


『どおれ、私の指示通りに口を開くがいいです。』

 

 ということで、喋る内容はスペルディア先生に任せた。

 さすが、わかりやすい説明だ。

 

 大公家にきた魔人を追って、エレアキニキ子爵家へ。

 そこを襲撃して、魔人と子爵本人を拉致。

 

 証拠になる資料をすべて押収して帰ってきた、と。

 しかも子爵家では誰にも見られていない。

 

 さらに補足情報として屋根上のオブジェまで報せておく。

 決定的な証拠ではないと付け加えるところが小憎らしい。

 

「ってことでやんす!」


 ご清聴ありがとうございました、と頭を下げた。

 そこへ食事を持った従僕が顔を見せる。

 

「ヴァレリアン様、リゼッタ様。ラウール様が所望されたゆえ、食事をお持ちしましたがよろしいでしょうか?」


 二人が首肯するのを確認してから、サイドテーブルに食事が置かれた。

 

 うひょう。

 美味そう。

 

 バゲットだったかな。

 フランスパンみたいなパンの間に肉と野菜がはさまってる。

 上からはたっぷり乳白色のソースがかかってて、見るからにこれは美味そうだ。

 

「いただきまあす!」


 ちゃんと一口サイズにカットしてあるのを素手でいく。

 ……うん。美味いなぁ。

 

 このソースはあれか、ヨーグルトかなにかかな。

 酸味があるけど、奥深い味わいだ。

 

「ラウール、よくやったね」


 ご婦人に褒められた。

 ニッコリ笑顔のおまけ付き。

 

「まぁあのくらいなら軽いって。魔人って言ってもあんま大したことないんだもん」


「ほう! 魔人を大したことないと!」


「ぜんぜんだよー。あいつら確かに強いかもしれんけど、戦い方がなってないもん! あ、ごめん。これおかわりね。もっといっぱい食べたい!」


 喋りながらもしっかり食べるオレだ。

 ほんとに美味いから、ぺろりといっちまった。

 

「ほおん。戦い方がなってない? どういうことか詳しく説明できるかい?」


「んーあいつらさー、どっちかっていうと人間なんだよね。魔物の方じゃない。だからさー確かに能力だけ見たら強いんだけど、使い方がわかってないんだよね」


 そうなのだ。

 あいつら、身体能力だけで戦ってるんだもん。


 そうじゃねえっての。

 戦いってのはもっとこう、あれだ。

 真正面からがっぷり四つにいくのはバカだけだぜ。


「なるほど……いいことを聞かせてもらった」


 にやりと悪そうな表情になるご婦人だ。

 なにかしら思うところがあったのかな。

 

 そこへ快活な笑い声があがった。

 イケメン当主様だ。

 

「ククク……母上、この資料があれば中央貴族どもを抹殺できますよ」


 オレとご婦人が話している間に読みこんでいたのだろう。

 もう全部の資料に目をとおしたイケメンが悪い顔をしている。

 

「……セレヒフゴーズ商国との繋がりは?」


「ええ、そちらも証明できます」


「わかった。北と東、西にも連絡をとるよ! 連絡を待ちわびてるだろうからね! 王国の大掃除だ!」


 ご婦人が力強く笑った。

 

「ふふ……楽しくなってきましたね!」


 ああ、やっぱり公爵家も脳筋だな。

 オレはちがうけど。

 

 ふぅ……メンタルが弱いからな。

 あんな悪巧みはできない。

 

『マスター。エレアキニキ子爵本人ですが、あと二日ほどでそちらにお返しできると伝えてください』


『返していいのか?』


『むしろ返して、恩を売る方がいいのです!』


 あいあい。

 ちょっと待ってねぇ。

 今、あの人たち悪い顔をしてるから。


 カップに注がれたお茶を飲み干す。

 密談している公爵家の二人は放っておいて、壁際の侍女さんを呼んで、おかわりをもらう。

 

 シルヴィーのお付きの人じゃない。

 べつの侍女さんだ。


「ねぇねぇ……このお茶美味しいけど、なんていうの?」


「こちらですか? こちらのお茶はペイコーですわ」


 ペイコー。

 なんだか初耳のお茶だ。

 

「ペイコーの中でも最高級の茶葉を使ったものですのよ。ペイコーの茶葉は新芽を使ったものが高級な品とされます」


 侍女さんが詳しく説明をしてくれる。

 説明しつつも、よどみなくお茶を淹れてくれるのがありがたい。


「その中で、最も希少なのが黄金色に輝く新芽なのですわ。この新芽のことをリーヤンと呼んでいますのよ。そして、今、淹れているのがリーヤンのみを使った、リーヤン・ペイコーになります」


 ほへえ。

 なんかすげー。

 

 すげーけど、リーヤン・ペイコーって。

 まぁチー・トーイツじゃないだけマシか。

 

 ずずず、と新しく淹れてもらったお茶を飲みながら、そんなことを考えるオレであった。

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