第031話 ラウールは怪盗として王都の闇を駆ける


 光学迷彩の機能を使って、コソコソと夜の王都を行く。

 ワイヤーフック様々だな。

 この機能が本当に便利だ。

 

『マスター、あの二つ先の角を左に折れた先が目的地のエレアキニキ子爵家邸ですね』


 ほおん。

 なんだろう。

 さっきの大公邸からすると、かなりこぢんまりした印象だ。

  

 でも、オレの前世の記憶からすると大きいかな。

 三階建てとかの低層マンションくらいはある。

 

 たぶんこの辺りってあんまり爵位が高くない貴族家が集まっていそうだ。

 でも、高級住宅地っぽい感じなんだよな。

 

 ってこたぁ。

 大公邸がどんだけデカかったんだって話だ。

 もう空き地になるから有効利用できるんじゃねえ?

 

『マスター。今の位置からだと三つ先の家です。屋根の上にオブジェが飾ってありますね。この意匠は見たことがありませんが……マスター、わかりますか?』


 ワイヤーフックの巻き取り機能を使って、軽やかに屋根に足をつける。

 もはや足音が鳴らない辺り、オレの怪盗も板についてきたんじゃなかろうか。


『これか……』


 確かに屋根の上にある変なオブジェだ。

 前世だと魔除けとかの意味で、こういうの飾ってあったんだっけか。

 

 シーサーにガーゴイル。

 他にもなにかあったかな。

 

『マスターには何に見えますか?』


 そう聞かれて、改めてオブジェを見る。

 全体的なフォルムだと、ガーゴイルが近いかな。

 背中に翼の生えた悪魔みたいなデザインだ。


『……悪魔ですか。マスターの記憶と照合すると……なるほど。確かに全体的な見た目としては似ていますね』


 ざっと周囲を見渡してみる。

 他の家の屋根にはこうした飾りがついていない。


『まぁ……だいたいな。こういう飾りってのは装飾的な意味が大きかったりするんだよ。あとは防火対策とか魔除けとか……そんな感じ? あ、そういや目印にもなるな』


 思いついたことを口にしていく。

 むふふ。

 

 今宵のオレはキレておるわ。

 キレッキレで怖いくらいだ。


『……あなた、マスターじゃありませんね?』


『おいおい! なに言ってくれてんのよ?』


『正体を見せろ、偽物め! はいやー!』


 って虫型の小型ドローンがオレを取り囲む。

 クソ、ジャンヌちゃんの真似しやがったな。

 

『いったい何を拾い食いしたのです! 正直に言いなさい!』


 わしゃ野良犬か。

 そんなことしてねーだろ。

 ずっと見てたんだから。

 

『……怪しいですね。あのマスターがそんなに頭を使えるはずがありません……』


 オレだって頭くらい使うわ。

 ……うん。

 脳筋じゃないんだもんにー!

 

『さて、そろそろ冗談はやめておきましょう。マスターのご賢察のとおりでした。周辺の家でこれと同じオブジェが飾られている家はすべて中央貴族のものと思われます』


 ほおん。

 ってことは目印ってことか。

 

 つうかこんな屋根の上なんて、ふつうは目につかないからな。

 空を飛んだり、屋根の上を行ったりしなきゃ。

 

『恐らくは魔人の協力者という目印なのでしょう。さて、では潰しますか!』


 おおう。

 今日のスペルディア先生は乗り気すぎて怖い。

 

『行くか。邸の中はどうなってる?』


『既に偵察用ドローンを忍びこませています。邸内の構造はほぼ把握できました。邸の当主と思われる人物、その家族、使用人たち。そして二人の魔人』


 スペルディア先生が解説してくれる。

 

『魔人と当主はどこに?』


『この真下です。恐らくは当主の執務室ですね。都合がよろしい』


『……ああ、そういうこと』


『はい。むこうはまだこちらのドローンに気づいていませんからね。マスター、まずは分子操作能力で屋根に穴を。そこから攻撃用のドローンを侵入させて拉致します!』


 はいはい。

 派手にいきたいとこなんだけどな。

 まぁ仕方ねえか。

 

 スペルディアの指示通りに分子操作能力で穴をあける。

 おうおう。

 執務室の中まで丸見えだわ。

 

 こういうときは魔力がなくなってよかったと思うね。

 隠密行動に向きすぎて、怖いくらいだ。

 

 屋根裏からコソッと覗く。

 さっきのサソリ女とゴリラ男。

 それになんちゃら子爵がいる。

 

『うわぁ……嫌な顔してるな、あいつ』


 ネズミを思わせる風貌だ。

 顔で人を判断するわけじゃないけど、なんか小物臭い。


『マスターも人のことは言えないと思いますけど?』


『やかましい』


『準備が整いしだい、やれ!』


『承知しました』


 音もなく、昏睡させる薬が放たれる。

 その影響でゴリラ男と子爵がバタリと倒れた。

 

 だが、サソリ女だ。

 

「ちぃ! なんだ! 敵襲か!」


 サソリ女がキョロキョロとしている。


『おいおい、どうなってんだ?』


『恐らくは針が外骨格を貫けなかったのかと推測します』


『あの殺虫剤みたいに噴霧できないのか?』


『無理です。仕方ありません、さぁマスター。やるがいいです! 実力行使です!』


『……仕方ねえな!』


 サソリ女の頭上からワイヤーフックを放つ。

 ばごんと音を立てる天井。

 

「なに!?」


 と言いつつも、反応が早い。

 ワイヤーフックから間一髪逃れるサソリ女だ。

 

「何者だっ!」


 同時に、サソリ女が姿を変えた。

 人の姿からサソリと融合したような姿へ。

 まるでセクシーじゃない。

 

 サソリ女が尻尾をこちらへむける。

 毒針だ。

 

 瞬間的に分子操作能力を使って、屋根に大穴をあける。

 毒針が発射された。

 同時に、オレの身体が重力に引かれて自由落下する。

 

「人間だと?」


 落ちていくオレの身体。

 むかってくるサソリ女の尻尾。

 

 腕を十字に組んでブロックだ。

 その勢いで壁へと飛ばされる。

 

 が、激突なんてしてやらない。

 姿勢制御をして、壁に足をつく。

 

 くらえ!


「フライング・クロスチョップ!」


 壁が脆い。

 ボコンと音を立てて盛大に凹んでしまった。

 だが、オレの身体を跳ばすには十分に使えたと思う。

 

 そのまま無防備なサソリ女の頭部に激突する。

 

「ぐはあ!」


 倒れこむサソリ女。

 まずは邪魔な尻尾を引っこ抜く。

 ぶちっとな。

 

「ぎぃやあああああ!」


 髪を掴んで持ち上げ、背後に回る。

 羽交い締めにする要領で、腕を組む。


 ふははは。

 いくぞ! 封印されし必殺技!

 

「ドラゴン・スープレックスだあああ!」


 ブリッジする要領で、サソリ女を頭から床に叩きつけた。

 がごん、と石畳の床が音を立てる。

 ついでに、ぼぎんと派手な音が重なった。

 

『マスター! 私兵が集まってきています。いまはそこの死体と部屋の物を回収して、身を隠してください』


 おうよ!

 転送装置を起動させて、サソリ女、ゴリラ男、子爵を回収。

 ついでに部屋の中にあった机やら書棚やら、一切合切も持っていく。

 

 もはや強盗だな。

 おっと、尻尾を忘れてた。

 しっかりとこれも回収して、と。

 

 さっき開けた大穴から屋根裏へ。

 コソコソと天井に開けた穴を修復しておく。

 

「ご当主様! ご無事ですか!」


 私兵たちの声が聞こえるのと、ほぼ同時だった。

 しっかり修復をして屋根へとでる。

 

「なんだ? どうなっている?」


「……隊長! ご当主様は?」


 私兵たちの声を確認しながら、オレはワイヤーフックを使って王都の闇に紛れるのだった。

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