第034話 ラウールにシルヴェーヌは同行するのかい?


 上空から颯爽とグランツ商会の邸に降り立つ。

 まぁ屋根の上だけど。

 

 そのまま分子操作を使って屋根から邸内へ。

 きちんと穴を埋め戻しておくことも忘れない。

 オレは蛮族じゃないからな。

 

『……だったら玄関から入りましょうね』


 優しく諭すように言われると辛い。

 クソ……スペルディアめ。

 どんどん進化してないか。

 

「うおお! ら、ラウール?」


 いきなり天井から降ってきたオレに驚くおっちゃんだ。

 まぁ致し方なし。

 ササッと天井の穴を復元しておく。

 

「ごめんよ、おっちゃん。ちょっと急ぎでね」


『謝るくらいなら玄関からとあれだけ……』


 うるせえ、黙ってろ。

 まったく最近はツッコミの楽しさを覚えやがったな。


「おま……急ぎって? あれ? 天井に穴がねえ!」


 驚くおっちゃんの肩を叩く。


「おっちゃん、辺境で大侵攻スタンピードが起きた」


「はああ!? マジでか?」


 コクンと首肯してみせる。

 

「わかった。すぐに応援物資を送らせる準備にかかる」

 

 おっちゃんが部屋を急いで出て行く。

 残るはシルヴィーとネイネさんの二人。

 

「ネイネさん、ごめん。シルヴェーヌ様と二人にさせて。公爵様からの言づてがあるんだ」


 そんなオレにニコリと微笑みをくれるネイネさんだ。

 

「承知しました。ラウール様、私はなにもできませんが、辺境の無事をお祈りしております」


 きれいに頭を下げてから、部屋を出て行くネイネさん。

 その心遣いが嬉しかった。

 

 部屋の中に残るはシルヴィーとスペルディア。

 そしてオレの三人である。

 

「……お父様からの言づてですか?」


 シルヴィーが先に口を開く。

 

「ああ……公爵様とリゼッタ様の二人から。って、どこまで聞いているんだ?」


 先に確認するべきだったな。

 まちがった。


「委細承知しております。スペルディアから聞きました」


「……なるほど。じゃあ改めて聞く、シルヴィー本当にオレとくるのか?」


 真っ直ぐにシルヴェーヌの目を見る。

 きれいな瞳だ。

 その瞳もまたオレを見ていた。

 

「愚問ですわね! わたくしとて公爵家、いえ……この国の貴族に連なる者です。南部辺境団だけに大侵攻スタンピードを押しつけている現状を憂いているのです」


「そっか。なぁシルヴィー。今がな、平時ならオレは喜んで辺境に連れて行った。でもさ、今は大侵攻スタンピードが起きているんだ」


「――足手まといは要らないということですか? こう見えてもわたくし……」


 いや、ちがう。

 ちがうんだ。

 

 オレは首を横に振っていた。

 気分だけだが深呼吸をする。

 

「そういうことじゃないんだ。シルヴィー、前にも言ったと思うが、オレとスペルディアは大きな秘密を抱えている。その秘密を打ち明ける必要があるんだ」


 ――そう。

 ここから先は一時の感情にまかせるものじゃない。


 オレは仕方がなかった。

 だが、シルヴィーはまだ戻れる。


「――はっきり言うぞ。オレたちの秘密を聞いたら、もう後には戻れない。取り返しがつかないと考えてほしいんだ。これは脅しじゃない。本当なら――もっと時間をあげたいんだけどな」


 でも、それはできないんだ。

 もうすぐにでも出発したいから。

 

「――確かに言っていましたわね。あのときは棚あげになっていましたけど……まぁわたくしも考えてみましたの。ラウール、仮にわたくしがその秘密を知ったとしましょう」


「おう」


「そして、その秘密を知ったにもかかわらず退いた。その場合、あなたはどうしますか? 具体的に言いましょう。わたくしを害することを考えるのですか?」


 ――ああ。

 そこまでは考えてなかったな。

 さて、どうするか。

 

 秘密を守るという点に関して言えば、だ。

 漏れそうななら殺すしかない。

 生かしておけば、必ずどこかで漏れるのだから。

 

 その選択肢を……オレは取る。

 心を殺すことは慣れているのだから。

 人も魔物も同じだ。

 

 たとえ……親しくなったシルヴィーでも……。

 

『マスター、私から進言しておきます。私がウル=ディクレシア連邦を秘密にしようと考えたのは、信じてもらえないと思ったからです。この世界には魔法も魔物もなかった』


 そう……だな。

 

『そんな時代に科学の力を使って繁栄していた文明。今からだとどれだけ昔かすらわからない。そんな文明のことを信じてくれという方が無理です』


 スペルディアが続ける。


『説明を繰りかえすのも面倒ですしね。だから隠していたのですが、まぁ事ここに至っては明かすしかありません。あとはシルヴェーヌ様がどうでるかですが……マスター。私から言えることはひとつです。マスターの御心のままに』


 まったく。

 先生は……手強いなぁ。

 

「――シルヴィー。オレたちの秘密を知り、それを吹聴すると言うのなら――オレは誰であっても殺す」


 …………そう。

 ……殺す。


「っ……申し訳ありません」


 シルヴェーヌが深々と頭を下げた。

 

「あなたがそんな表情をするなんて……辛いことを聞いてしまいましたわね。ですが、その表情を見て決断いたしました」


 今度はシルヴィーがオレの目を真っ直ぐに見てくる。

 揺らぎのない力強い意思のこもった目だ。

 

「わたくし、あなたたちの秘密を知りたいですわ。そして、その秘密を守るためなら、この命を懸けましょう!」


 シルヴィーの持つ魔力が高まっていく。

 おっと。

 この魔力量はスゴいぞ。

 

 総量だけで言えば、前のオレとタメを張るんじゃないか?

 辺境一の魔力量だったんだけど。

 

「不変の契約を司る女神ティ=ムラー・ユー=カ・リーに申し奉る! 我が言に偽りあれば、その裁きに身を委ねる。我が言に偽りなくば、その加護を与えたもう!」


誓約オース!】


 うへぇ。

 こりゃ驚いた。

 神通之理法かみとおりのりほうが使えるのか。

 

 つか、さっきの約束を誓約にしちゃったのかよ。

 マジか。


『マスター、神通之理法かみとおりのりほうとは? 詳しく、詳しく、詳しく教えろください!』


 ふんす、ふんすと鼻息を荒くするスペルディアだ。

 

『神聖魔法ってわかるか?』


 まずは基本から確認する。


『あ、それは調査済みです。確か主に神殿で使われている魔法ですよね? 癒やしとか結界とかが中心だと調べがついています』


 うむ。

 なかなか勉強しておるじゃないか。

 では、教えてしんぜよう。


『そのとおり! その神聖魔法の中でもな、特殊な才能を持ったヤツしか使えないってのが神通之理法かみとおりのりほうだよ』


『ふむ』


『この世界には色んな神様がいるだろ? その神様の名前をあげて、その権能に対して力を貸してくれってやるの。要は神様の力を借りた魔法ってとこかな。で、魔法ってよりは神の御業って意味で理法って呼ばれてるわけ』


『ほおん。なかなか興味深いですね』


『まぁ神殿の中でも巫女とか一部の人たちしか使えないんだよね。あんまり詳しくはシルヴィーから聞いてくれ』


 オレが知ってることは全部話したからな。

 これ以上は知らん。


『信用なさるのですか?』


『さっきの神通之理法かみとおりのりほうの理法、あれはシルヴィーが言った言葉を守るためのもの。命を懸けて秘密を守るってことだな』


『もし破ったら?』


『不変の契約を司る女神から天罰がくだる』 

 

『……怖いですね。というか……神の実在が証明されているのですか……ふむ。これはまた興味深いです』


 おや?

 またなんだか不穏な感じがすることを。

 だが、今は突っこんでる場合じゃねえ。


「スペルディア、結界を張ってくれ」


「承知しました」


 結界じゃないけど、もう同じようなものだ。

 多次元障壁だっけか。

 念のためってやつだ。

 

「シルヴィー、オレはそのそんなに巧く話せないからよ、とりあえず最初から話すわ。あれは今から十二年前のことでな……」


 大侵攻スタンピードが起こって、その進行方向を変えたアルセーヌがオレだってこと。

 スペルディアとの出会い、古代の遺跡、太古の文明。

 それからのあれこれ。

 

 スペルディアの助言を受けながら、喋った。

 喋って、喋って。

 

 うん。

 なんでか知らんけど、オレはシルヴィーに頭を抱かれていた。

 

「らう……アルセーヌ。そう今だけはアルセーヌと呼びます。あなた、文字どおりに身体を張って救ったのですね。辺境を、民たちを、この王国を」


 ぽろりと冷たいものが落ちてきた。

 

「あなたとスペルディアとの関係。これは王国にとって僥倖であったと言わざるを得ません。アルセーヌ、あなたのような者こそが本物の貴族ですわ。そんなあなたが生き伸びたこと、わたくしは嬉しく思います」


 でも……とシルヴィーが言う。


「辛かったでしょう。痛かったでしょう。逃げ出したかったでしょう。あなたは大きな力を持っています。その力を正しく使うことは偉大です……が、アルセーヌ。あなたのことは誰が守るというのでしょう?」


 オレの頭に冷たいものがポタリポタリと落ちる。

 声が震えているのがわかった。


「すべてを守る英雄は、誰よりも傷ついているのです。その傷を誰に癒やしてもらうのですか。あなたはずっとがんばってきましたわ。先頭に立って、誰よりも傷つきながら戦ってきたのです」


 ならば! とシルヴィーの声が力強さを増した。


「わたくしがあなたを守りましょう。あなたを癒やしましょう。あなたという英雄を、わたくしが! わたくしが守護します!」


 その瞬間であった。

 なんだかシルヴィーがペカーと光る。

 

「なんですの、これ?」


 シルヴィー自身にもわからないようだ。

 だが、オレには理解できた。

 

 シルヴィーの身体と密着しているからか。

 その魔力が活性化しているのがわかった。

 

「え? あ? まさか!」


 シルヴィーが大きな声をあげた。


「なんか心当たりがあるのか?」

 

「たぶんですが……わたくし、何らかの神に認められたのだと思いますわ。きっと聖女になっているはずです」


 ……聖女?

 え? なにそれ?

 そんな職業というか、クラスみたいなのあるの?

 

『なら、きっとマスターはあれですね?』


『ほう、いちおう聞いておこうじゃないか、なんだね?』


『狂戦士の一択でしょうに!』


 のホホホと声をあげて笑うスペルディアだ。

 ぐぬぬ――となるオレ。

 

「さて、ラウール! 行きますわよ! 大侵攻スタンピードをなんとかしに!」


 切り替え早いなお嬢様。

 オレ、もうちょっと浸ってたいんだけど。

 まぁ仕方ない。

 

 シルヴィーから離れる。

 そして、お互いに顔を見た。


 ちょっと気恥ずかしい。

 無言で少しの間、見つめ合う。

 

 唐突に頬を赤らめて、ぷい、と顔をそらすシルヴィー。

 どちゃくそ可愛いんですけど。

 

 つい、にやけてしまうオレであった。

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