第009話 ラウール公爵家の令嬢と出会う


 さて、サイボーグのオレがメシを食えるのか。

 結論から言おう。

 

 食える。

 いや、食えるようにしたのだ。

 スペルディアが。

 

 当然だが最初はそんな機能があるわけもない。

 なんせ人工知能と機械の義体を使っているスペルディアだ。

 そもそも食事という概念は知っていても、それを解することはなかったってわけ。

 

 だが、オレは力説した。

 メシは人間の命だ、楽しみだ、と。

 食を楽しめない人生なんて人生ではないと。

 

 そりゃもう必死になって説明した。

 結果、オレの身体に搭載されたのだ。

 飲食できる機能が。

 

 色々と大変だったらしい。

 でも、そんなことは知らん。

 

 オレはメシの食えない人生など認めないからな。

 

 ちゃんと口に入れた物の味と温度、食感も楽しめる。

 その上で食った端から強力に消化されていくのだ。

 完全に消化された食べ物は、そのままエネルギーに変換されるって仕組みになっている。

 

 つまり、だ。

 今のオレに満腹はないのだ。

 逆に空腹もさほど感じないのが寂しい限り。

 空腹は最大のスパイスなんだもの。

 

「とりあえずどの辺まできたんだ?」


 夜である。

 何時かなんて野暮なことは言わない。

 こっちの世界では日が落ちたら夜なのだ。

 

 見上げれば満天の星空。

 ちょっとした丘の上に陣取って、オレと使い魔の二人はキャンプを張っている。

 

 本当はもっと便利なものもあるんだけどな。

 そういうのは使わない。

 人に見られたら大変なことになるからな。


 パチパチと薪が爆ぜる音を前にしてスペルディアに聞く。

 薪の上ではイノシシ型の魔物がまるっと焼かれている。

 

 焼けたところから、切って食べるのだ。

 即席で作ったスパイスも良い感じ。

 自分の料理の才能が怖いくらいだ。

 

「そうですね。マスターのご実家から王都までは、とりあえず北上していく感じだというのはご理解いただいてますね」


 おう、と答えながら、肉をむしって食べる。

 脂がとても甘い。

 噛み応えのある肉の固さもまた良し。

 

「徒歩でおよそ十日ほど進んだところで辺境伯の領地に入ります。そこから少しだけ進路を変えて東に。東に行くと港町があるので船に乗って領都に入ります」


「あーそういうのいいや。今の二輪車形態でどこまで行けるんだ?」


 どうせ聞いたってすぐに忘れる。

 興味のないことってそんなもんだ。

 

「そうですね。今日マスターが進んできた道は、商人たちや領内の人が使う道ではありません。そのため二輪車形態を使いましたが、ここからは難しくなりますね」


「ほおん。そこはさぁ連邦の技術力でなんとかならんのかね。例えば光学迷彩みたいな」


 また、焼けた肉をむしる。

 脂が多いところだけど、今のオレに胸焼けなんてない。

 たっぷりと香辛料をつけて、はむりといく。

 

 脂のやわらさかとジューシーな感覚がたまらない。

 思わず、指についた脂まで舐めちゃうくらいだ。


「光学迷彩……どういう技術なのです?」


「いやオレもよく知らんけどさ。光の屈折かなんかをうまいことやって周囲の景色と同化するみたいな?」


「なるほど、だいたい理解できました」


「え? 今ので理解できたの?」


「もちろんです。今、本体のデータベースで検索をかけておりますから、直ぐにでも回答が……」


 急に黙るなって。

 怖いだろ。


「結論がでました。マスター、一時間ほどあれば光学迷彩は実装可能です。ただ、できれば船で移動することをおすすめしておきます」


「なんで?」


「どこで見られているかわからないからですよ。移動してきた痕跡がない、そんな人物を信用できますか? それにマスターは届け出もしないといけないでしょう?」


 はて、と首を傾げてみる。

 

「貴族籍、いわゆる継承権の届け出ですよ。辺境伯領の領都で手続きしてこいって言われたでしょうに」


「なははー。忘れてた」


 濃い脂を洗い流すように、水筒に口をつける。

 この水筒はスペルディアお手製のやつだ。

 

 一定量の水がなくなると自動的に補給される。

 見た目はただの木製だけどな。


「その様子だと、冒険者組合の登録も忘れてるでしょう?」


「ばっか、そんな細けえこたぁいいんだよ。なんたってオレにはキミがいるじゃないか、スペルディアくん。頼りにしているんだからね!」


 ふんす、ふんすと鼻息を荒くする梟。

 なかなかちょろいヤツだ。

 

「まぁいいでしょう。マスター、このスペルディアにすべてお任せあれ」


「頼むわ」


 なんだかんだで愛いヤツだと思う。

 イノシシ型の魔物を平らげてから、眠りにつく。

 なんたって脳は生身だからな、眠らないとダメなんだ。

 

 そんな夜から、三十日ほどの時間が経っていた。

 辺境伯の領都に行って挨拶をして、手続きをする。

 

 初めて見たけど、けっこういい筋肉のおじさんだった。

 しっかり鍛えているって感じだ。

 辺境団の近況や大侵攻スタンピードのことなんかを情報共有しておくのも忘れない。

 

 手続きそのものはスムーズに終わった。

 アルセーヌのことは残念だったな、と言われたときは複雑な気分になったもんだ。

 

 なんたって本人なんだし。

 ちなみに冒険者組合には登録しなくてよくなった。

 

 辺境伯が気を利かせてくれたんだよね。

 通行手形みたいなものをだしてくれて、それを見せたらもう顔パスレベルで町に入れるってなもんだ。

 

 辺境伯領に入るまでは、オレの実家が用意した身分証明書みたいなものを使ってたんだ。

 でも、ぜんぜん扱いがちがうの。

 

 そりゃ南部辺境団ってまとめて呼ばれるってことは、ひとつひとつの家の名前は知られてないってことだもの。

 そこいくと辺境伯って名前はでかい。

 

 するっと通ることができた。

 そのお陰もあって、王都まではスムーズに移動できたと思う。


 あとお金もけっこうもらっちゃった。

 王都に行くまでの顎足枕代ってことだったけど、かなりの額が入ってた。

 気前のいいおじさんなのだ、辺境伯は。

 

 資金が増えたこともあって色々と寄り道したから、時間がかかっちまったけどな。

 物見遊山半分、もう半分はスペルディアの希望って感じだ。

 

 王都ってのはでかい。

 城壁の形が五角形になってるのは初めて見たよ。

 五稜郭とかあったなぁと思いだしたくらい。

 

 王都の中はざっくり言うと、庶民用のエリアと貴族用のエリアに分かれている。

 外周に近い部分が庶民用だ。

 

 庶民用って言っても、ちゃんと道が舗装されているのにはビックリした。

 小石を敷き詰めて、固めてあるだけなんだけどな。

 剥きだしの地面よりは歩きやすい。

 

 オレとスペルディアは庶民エリアにある、ちょっといいお宿に部屋をとった。

 旅装をといて、荷を降ろし、腰を落ちつける。

 日はまだ高いといっても、もう少しで夕暮れ時だろう。

 

 ってか部屋が広いな。

 お宿っていうから、ビジネスホテルみたいな部屋だと思ってたんだけどね。

 これ、ふつうの部屋だわ。

 

 いや、なんちゅうか。

 オレの部屋より広いし、調度品も豪華だし……。

 くそ、なんか見せつけられてないか。

 

 まぁいいや。

 ふぅと息を大きく吐いて、気分を切り替えた。

 

「で、公爵家にはどうやって繋ぎとるんだっけ?」


「わざとらしい。マスターもお気づきになっているでしょうに」


 それもそうかと納得する。

 王都に入ったとき、衛兵の詰め所から不自然にでて行った人間がいたんだよね。

 

「じゃ、しばらくは宿で待ってるか」


「それがいいかと」


 ごろん、と寝台に横になった。

 クっ……実家のよりフカフカじゃねえか。

 

「なぁスペルディア、ふと思ったんだけどな」


「なんでしょう」


「なんでオレたちって公爵家の領都じゃなくて王都にきたんだよ?」


 素朴な疑問だった。

 なぜ王都なのか。

 そこがよくわからん。


「御母堂に聞いています。件の御令嬢が王都に滞在しているからですよ。何でも王都には貴族の令息、令嬢がかよう学園があるとかないとか」

 

「ほおん」


 あれか。

 よくわからんけど、ゲームかなんかで見た。


「そっか。了解」


 短いやりとりをしていると、部屋のドアがコンコンと音を立てる。

 公爵家はなかなかせっかちだな。

 

 オレは大慌てで持ってきた一張羅に着替えるのだった。

 

「マスター、鬼がでるか蛇がでるか、確かめにいきましょう」


 なんとも憎い言い回しをする使い魔だ。


 オレを迎えにきたのは南部出身の商人だった。

 さすがに公爵家の馬車ではこないか。

 荷台に押しこまれるようにして入ったオレは、荷物に紛れて公爵家までドナドナされるのであった。

 

 なんか扱い悪いんだけど。

 まぁそんなもんか。

 

 ノートス公爵家は王国南部を治める大貴族。

 その名にふさわしい大邸宅だった。

 思ってたよりも、十倍はスゴい。

 

 なんじゃこれ。

 庭とかすげえ。

 前世でもこんなきれいな庭は見たことがねえ。

 

 ほへえ、と声がでちまった。

 

「坊主、これ裏庭だからな」


 商人のおっさんがオレに言う。

 

「え? これで?」


「おうよ、正門にある前庭はもっとすげーぞ」


 オレの顔が面白かったのだろう。

 商人のおっさんがクククと小さく笑う。

 

「坊主、おめーが何者か知らねえけど、公爵家に喚ばれるってすげーことなんだぜ。くれぐれも失礼がないようにな」


 商人のおっさんが拳を突きだしてくる。

 コツンと合わせてオレは言った。

 

「任せとけって! 礼儀には自信あるんだぜ!」


「自信あるヤツはそんな言い方しねえっての!」


 お互いに笑っていると、従僕を名のる男が姿を見せた。

 商人のおっさんと別れて、従僕に案内される。

 

 いちおう本人確認ってことで、辺境伯の通行証と実家のあれを見せておく。

 

 従僕っていうけど、なんか良い服きてるな。

 燕尾服ってやつか。

 

「失礼いたします。ラウール・ストラテスラ様をお連れいたしました」


 重厚で豪華な装飾が施された扉のむこう。

 そこはもうオレの知る貴族の世界とは別世界が広がっていた。

 

 なんだろ。

 前世で見た上級貴族の生活みたいだ。

 

 ケーキがないならお菓子をお食べみたいなことを言ってた人いるじゃん。

 あの世界観だ。

 

 その世界に馴染んでいる住人が二人。

 ひとりは老婆って言っていいのかな。

 

 年を食っていることはわかるけど上品そうなご婦人がいる。

 白髪なのか、元からそういう髪色なのかわからん。

 が、若いときはさぞきれいだったんだろうなって人だ。

 

 今ひとりが恐らくは件の令嬢だろう。

 透明感のあるアイスブルーの髪に、アメジストの瞳。


 控えめにいって極上の美女だ。

 いや、美女というにはまだ二・三年早いか。

 でもバインバイン。

 

「えー本日はーおひ、お日柄もよく……」


『先生! 先生、挨拶の仕方教えてちょうだいな』


『まったく礼儀に自信があるんじゃなかったのですか?』


『いいから! 早く!』


『お初にお目にかかります。ただいま紹介にあずかりましたラウール・ストラテスラと申します。はい、どうぞ』


「ただいま紹介にあずかりましたラウール・ストラテスラと申します。はい、どうぞ」


『はい、どうぞ――は要りません』


『ややこしいことするなよ!』


「あーこっちの肩にとまってるのは使い魔のスペルディアで……と申しますです」


 ぎこちない。

 まぁ仕方ない。

 そんなこと教えてもらってねえんだから。

 

 目を丸くして笑ったのは、ご婦人の方だ。

 声をあげて笑っている。

 

 で、問題は件の御令嬢だ。

 オレを見て、思いきり眉をしかめていた。

 

 朱をさしたように赤く、形のいい唇が開く。

 

「おばあさま、わたくし、この山猿は気に入りませんわ!」


 なに言ってんだ、この御令嬢。

 誰が山猿だっての! オレは時代を先取りしたサイボーグなんだよ!

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