第010話 ラウール襲撃される


 仏頂面をさらす御令嬢。

 とんでもないバインバインさんだ。

 

 対照的によく笑うご婦人。

 うん、やっぱり愛嬌のある人っていいな。


「ふふ……すまないね。笑ったりして」


「おばあさま!」


 キッと視線を鋭くさせる御令嬢だ。

 美人はね、怒ると怖いんだよ。


 顔が整っているからか。

 とっても迫力があるね。

 

「じゃあ、そういうことなんでこの辺でお暇します」


 さっさと帰ろう。

 これでもう義理は果たしたはずだ。

 王都まできたんだから十分だろう。


「悪いけど、まだ帰すわけにはいかないねぇ」


『マスター』


『わかってる』


 そうなんだよな。

 この部屋に入ったときから気づいてたんだ。

 

 部屋の天井裏に五人。

 隣室か、壁の裏の隠し通路かわからないけど、そっちにも五人。

 

「でも、そちらのお嬢さんは嫌そうだけど?」


 おっと。

 言葉遣いが悪くなってしまった。


 つい、ね。

 敵が身近にいるとわかればスイッチが入っちゃうんだよ。


「その様子なら気づいているんだね?」


「ああ――もう、嫌だなぁ」


 ボリボリと後ろ頭を掻いた。


「やるってならやるよ。それが辺境の流儀だからね」


 以前のオレならここで魔力の威嚇ができた。

 だが、今は魔力がなくなっちまったからな。

 威嚇ができない。

 

 だから、精一杯の顔を作ってみる。

 声音もあえて低くしてみたけど……。

 端から見たら、ただのガキが粋がっているようにしか見えんわな。


「……ノートスを相手に立ち回ると?」


「相手が誰か関係あるの?」


 相手を選んでケンカを売る。

 そんな上等な真似、辺境じゃできねえんだわ。

 

 ご婦人の目つきが鋭くなる。

 でも怖くはない。

 

 こちとら辺境の凶悪な魔物と戦ってきてるんだわ。

 

 ただ、ここで理解できた。

 魔力の感知まで鈍っている。

 

 オレが使えないのは仕方ない。

 だが、感知まで鈍るのは困る。

 

 やっぱり実戦はしておくもんだ。

 

『マスター既に攻撃用のドローンも展開済みです』


『なら昏睡させろ』


『承知しました』


 どさり、どさりと倒れる音がする。

 それは微かな音だ。

 だけど、オレのサイボーグイヤーはきちんと拾うんだよ。

 

「ふぅ……」


 ご婦人が息を吐いた。

 どうやらケンカはしないみたいだ。

 

「悪かったね、謝るよ。あんたが本当にストラテスラの者か試しておきたかったんだ」


 軽く頭を下げるご婦人。

 だが、オレにはわかる。

 目がまだやるって言ってるんだもん。


「ほおん。まぁ……今回だけだよ。次はないからね」


「まぁ! おばあさまになんて口を利くのかしら!」


「黙ってな」


 ああ、それが合図だったのか。

 でも残念でした。


 襲撃者が現れないことにご婦人の表情が少しだけ変わった。

 見逃さないよ、オレは。


「裏のヤツらならこないよ」


「…………」


 無言のご婦人。


「雑魚が何人いたって同じだよ」


 ご婦人がじっとオレの目を見てくる。

 もう戦う意思はないみたいだ。


「……これっきりにするよ。それと殺したのかい?」


 両手を軽くあげるご婦人。

 令嬢の方は目を丸くしている。


「言ったでしょ。次はないからって」


 疲れた。

 こういう駆け引きって得意じゃないんだよな。


 近くにあった椅子にドカッと腰掛ける。

 おう、座り心地がいい。


「感謝する。改めて挨拶をしようじゃないか。私はリゼッタ・ナルバエス・ノートス。こっちは……」


 ご婦人が令嬢に促している。

 令嬢は相変わらずのしかめっ面だ。

 本当にオレのこと嫌なんだな。


「シルヴェーヌ・ローレリーヌ・ノートスですわ」


「ラウール・ストラテスラだ……です」


 イラッときてるのはオレの方だっつうの。

 王都くんだりまで足を運ばせておいて、いきなり襲撃されそうになったんだからね。

 

 コンコンと自然と指がテーブルを叩いていた。

 

「改めて、謝罪をするよ。試して悪かったね、ラウール」


 嘘くせー。

 悪いなんて思ってないくせに。

 

「さて、あんたにここに来てもらった理由は聞いているだろう? うちのシルヴェーヌと婚約してもらいたいからだ」


「おばあさま! わたくしは反対です! 自分の身くらい自分で守れますわ! こんな山猿が私の婚約者だなんて!」


 うるせえなぁ。

 イライラが増す。

 コンコンがゴンゴンに変わるぞ。

 

「まだ理解していないのかい? あんたの婚約破棄には裏があるって言ってるだろう」


「それは……」


 口ごもる令嬢だ。

 

「いきなり公爵家の娘と婚約と言われたら訝しんで当然だろうさね。だから、こちらも事情を話すよ」


 ご婦人の話を聞いた。

 解説はスペルディア先生だ。

 

 事の発端は目の前にいる御令嬢の婚約破棄だ。

 幼なじみでもあった第三王子から、突然に告げられたって話なんだわ。

 

 ひょっとして悪役令嬢ってことか!

 ちょっとワクワクしたね、オレは。

 

 だから、口が悪いのかなんて思いながら御令嬢を見てたら、めっちゃ怒られた。

 嫌らしい顔で見るなってさ。

 どうもニヤニヤしてたのが気に入らなかったらしい。

 

 で、その第三王子なんだけど、別の令嬢との結婚を発表かと思いきやそうではないそうだ。

 

 ここでオレは思った。

 悪役令嬢じゃないじゃん。


 婚約破棄を告げられたのが学園で開かれた夜会であったことやらなんやら。

 そのお陰で令嬢は家に逼塞しているらしい。

 

 で、ご婦人はこの婚約破棄には裏があると考えた。

 それも当然だろう。

 なんたって公爵家に根回しもなかったそうだから。

 

 第三王子ってのは、そこそこ評価されているらしい。

 オレが同じことやったら、とにかく袋だたきだね。

 絶対だ。

 

 ご婦人としては、これは揉めごとが起きそうだと判断したわけだね。

 実際に何度か公爵家に侵入者がいたそうだ。

 

 狙いは御令嬢。

 

 そこでオレが喚ばれたってわけ。

 令嬢の護衛役だね。

 でも、見知らぬ男がちょろちょろするのは外聞がよろしくない。

 

 ってことで婚約者・偽装になったそうだ。

 そう、偽装なんだよ。

 

 要は婚約者のふりってわけだ。

 そりゃオレだってわかってるよ。

 

 目の前にいるぶすっとした顔の美少女が高嶺の花だって。

 ぶすっとしてたって美少女なんだぜ。


 そりゃもうJちゃんやM姉さんとはタマがちがう。

 二人には悪いけど泥亀とお月様だ。


 おっと。

 個人的な感情は抜きにしてって評価だけどな。

 決してオレがフラれたからってわけじゃないぞ。

 うん。

 

 それにしてもよくわからん。

 なぜ、わざわざ辺境から喚ぶのか。

 

 どうせ偽装なら王都にいる貴族でもよかったんじゃないの?

 

「私が知る限り、王国内で最も信用できるのがストラテスラ家だからね」


 そんな自信満々に言われちゃあ仕方ない。

 オレは知らなかったんだけど、うちの実家と南部公爵家にはけっこうな繋がりがあるって言ってた。

 スペルディアが。

 

「で、護衛っていつまで? 王都を離れてもいいの?」


 オレの質問にご婦人が目を閉じた。

 あれこれ考えているのだろう。


「そうさね、落ちつくまではお願いしたい。場合によっては王都を離れるのもいいけど……居場所はこちらに伝えておいてもらうよ」


「護衛はいつから始めたらいいのかな?」


「今日からと言いたいところだが、こちらにも少し事情があってね。明日からでお願いするよ」


「了解。じゃ、宿に迎えをよこしてくれるんだよね?」


「そうするよ」


 ご婦人との交渉が終わる。

 令嬢は仏頂面のままだ。

 ニコッとしてれば、もっとかわいいのに。

 

「わたくしは認めていませんからね!」


 はいはい。

 そうは言っても、これはお仕事なのだ。

 ちゃんとやるってばよ。

 

 ご婦人にそう伝えて、公爵家の邸をでる。


 太陽が傾いていた。

 黄色みの強い光がやけに眩しい。

 

 裏門から出て、のんびり歩く。

 

 しまった!

 公爵家で晩ご飯ごちそうになるんだった!

 

 まぁいまさらいいか。

 せめて美味い飯屋のことを聞いておけばよかったかな。

 今から戻って門番に聞いてみようか。

 

『マスター』


『ん! わかってる』


 公爵家を出た後から付けてきているヤツらがいる。

 人数は五人。


『さて、今度は公爵家ではないようですけど』


『王都ってのは物騒だな』


 気づいていないふりをして、王都の中を歩いていく。

 表通りから路地裏へ。

 路地裏からさらに裏道へと抜ける。


 スペルディアの偵察用ドローンで王都はマッピング済み。

 王都出身よりの小僧よりも、裏道マニアだぜ。

 

 裏道の先の行き止まりだ。

 だいたい十メートル四方の小さな空き地。

 

「おい!」


 予想通りに食いついてくるチンピラたちだ。

 チンピラ……でいいのかな。

 

 服装とかきちんとしてるんだけど。

 雰囲気からすると、冒険者崩れってところか。

 

 無精髭にスキンヘッドがリーダーかな。

 あんまり鍛えられた感じはしないけど。

 

「お前、ノートス家に何の用だ」


 オレよりバカがいた。

 そんなこと喋るわけねえじゃんか。

 このスキンヘッドめ。


「バカじゃない? お前こそ、どこの誰なんだ?」


 ふっ。

 オレはクールにいくぜ。

 まずは事情聴取からだ。

 

「言うわけねえだろうが、バカ!」


 むきいいい!

 バカにバカって言われた!

 

 後ろの四人は笑っている。

 

 こいつら大したことねえな。

 本気でケンカ売るつもりか。


「なぁ……お前らオレとケンカすんの?」


「はぁ? ケンカになると思ってんのか! こっちは五人もいるんだぞ!」


「やるんだな。わかった」


 オレの中でなにかが冷めていくのがわかる。


 分子転写能力で静かに氷の弾を作った。

 魔法で作るのにさんざん苦労したけど、今なら詠唱も要らないし、あっという間だ。

 

 氷の弾丸を親指で弾く。

 指弾ってやつだね。

 慣熟訓練のときに覚えた技だ。

 

 けっこう便利なんだよね。

 

 声もださずに後ろにいる二人が崩れ落ちた。

 後頭部にも穴が空いているから即死だろう。


 オレの指弾はたぶん世界一だ。

 他にこんなことしてるやつがいないだけだけどな。

 

「は? なにを?」


 リーダーが言う。

 間抜けが、見たらわかるだろう。


「? 殺したんだけど?」


 ビックリした顔すんなよ。

 ケンカを売ってきたのは、そっちじゃないか。

 

 オレらのケンカは殺し、殺されだろうが。

 まったく野蛮なファンタジー世界だぜ。

 

 慣れたくねえけど、慣れなきゃやられるんだって。

 本当になんて世界だ。

 

「はあ? 殺したってイカれてんのかよ!」


 とにかく無視だ。

 リーダー以外の残る二人に目をつけて指弾を飛ばす。

 またもや肉の花が咲く。


「お、おい!」


「貴族の流儀ってやつだろ? なんなんだよ、マジで。ムカつくな。やられたくないならケンカ売ってくんなよ」


「そんな貴族の流儀は知らねえよ!」


 スキンヘッドのリーダーが叫んだけど、オレは首を傾げるばかりだ。

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