第008話 アルセーヌ改めラウール王都にむかう
なぜオレは正座をしているのだろう。
ああ、そうだ。
名前の件でお袋様がご機嫌斜めになったからな。
反省してるところなんだ。
「……
今、スペルディアがオレの代わりに説明している。
オレが
そして前回の
オレも初耳なんだけどな。
なんか難しい話はハブられている気がする。
「こちらも訝しく思っていたからね。南部辺境団の中でも最近は密に連絡を取るようにしているんだ。うちの連中も今は隣領方面と連携しているからね」
親爺殿も兄鬼も頷いている。
「それで防壁のところに誰もいなかったのか」
「はあ? どういうことだい?」
「え? いや誰もいなかったからちょちょいと壁を越えましてね、へへへ」
「このバカっ! そういうことは先に言いな! おかしいと思わなかったのかい!」
お袋様が立ち上がった。
兄鬼がささっと移動してサロンから出て行く。
腰の軽い兄鬼だ。
兄鬼に続くようにジャンヌちゃんも追いかけて行った。
「なんか用があったんじゃないの?」
オレにむかってお袋様と親爺殿がため息をついた。
「……あるせ、ラウール。お前の育て方は間違えたみたいだな」
親爺殿が渋い重低音の声で言った。
今さらそんなこと言うなよ。
オレに才能あるっておだててだろうが。
泣いて嫌がるオレに戦闘訓練しかしなかったくせに。
前世の知識がなけりゃ完全に脳筋に育ってたんだぞ!
これでもマシな方だ。
「ラウール。あんたは動かなくていい。さっきの件もあるからね、ハンニバルに任せておきな」
お袋様だ。
動くなというなら動かない。
兄鬼に任せてればいいだろう。
『スペルディア、近くに大型の反応はないよな?』
『ご安心を。大型の反応はありません』
「なぁ……今、思ったんだけど。ふつうに喋っていいよね?」
「そうですね、マスター」
コリーヌちゃんがケラケラと笑っていた。
昔のジャンヌちゃんみたいだ。
「ラウール、
いや、当たり前だからね。
オレは金持ってないわけだし。
そこで良いこと言ったみたいな顔しないでくれる?
「御母堂、できれば地図のようなものはありませんか。私が確認しておきます」
「……そうだね。使い魔殿の方が賢そうだ」
腹を抱えて笑う肩がコリーヌちゃん。
なぜ笑う。
いいか、オレとキミは親戚なんだぞ。
同じ血を引いてるんだからね!
オレはもう機械の身体だけど。
「親爺殿、そろそろオレも椅子に座っていいかな?」
「お前が椅子に座るのは早い」
「いや椅子に座るのに早いも遅いもないでしょうが!」
そんなこんなで時間が経っていく。
暫くすると兄鬼とジャンヌちゃんが無事に帰ってきた。
ちょっと魔物を追っ払うのに、いつもより遠くまで行ってたそうだ。
兄鬼たちが到着すると、ちゃんと見張りはいたんだと。
なんだかなーだ。
オレ、ボロクソに言われる必要あったか?
明けて翌朝。
オレたちは邸の前で、雑談を交わしていた。
ちゃんと旅用にでっかい背嚢を背負っているのだ。
行軍用のやつだけどな。
「じゃあな、気をつけていけよ、あるせ……ラウール」
兄貴じゃなくて兄鬼だ。
ツーンとオレは顔を背けた。
「もういい加減、許してくれよ」
苦笑いをしている兄鬼。
なんだか勝者の余裕にも見える。
「わかってる。わかってるけど悔しいの!」
複雑な男子心なのだ。
そんなオレにジャンヌちゃんが声をかけてきた。
「ラウールくん、王都のお土産よろしくね!」
「よろしくね!」
コリーヌちゃんまで。
お土産ってなぁ。
オレ、遊びに行くんじゃないんだけど。
「買えたらな」
「けちー」
母と娘のユニゾンであった。
あれ? 兄鬼とスペルディアがなんかコソコソしてる。
まぁいいか。
オレは気にしない。
「ラウール」
親爺殿がオレにむかって小袋を放り投げた。
キャッチして確認すると、どうやらお金のようだ。
「ちょっとは王都で勉強してこい」
無言で頷く。
任せとけってんだ。
勉強という名の遊びは得意なんだよ。
「じゃあ行ってくるよ、お袋様」
「ああ、行ってきな。ラウール、王都の貴族がどんなもんかは知らないけどね。舐められんじゃないよ。それとあんたの身体……いや、いい。スペルディア殿、このバカのこと、よろしく頼む」
お袋様にビッと親指を立てる。
スペルディアが翼を折り曲げて格好をつけた。
「任せとけって! じゃあ行ってくるよ!」
家族の視線を背中に集めてしまったな。
さすがオレだ。
うちの領を出てしばらく歩く。
っていうか、こっちの方向に行くの初めてだわ。
森の方にしか行ったことないんだもんよ。
ここから徒歩で十日ほど行くと、辺境伯領に入るらしい。
平原だ。
原っぱの中に続く道っぽいのが一本。
この道沿いに行けばいいって言ってた。
「マスター! ここは移動手段を使いましょう」
「お、いいね! そういうの!」
「では、決まりです!」
その瞬間だった。
うぃいいいいん。
がちゃん。
うぃいいいいん。
がちゃん。
うぃい……うぃいいん。
がちゃん。
なぜかオレの身体から音が聞こえてくる。
そんな風に思っていると、オレの身体が変形していた。
二輪車に。
「いや、オレが変形するんかーい!」
ツっこまずにはいられない。
ヘッドライトの位置に頭がある。
両手と両足の間に車輪がついている形だ。
つうか、このタイヤどっからでてきたんだよ!
コロコロして腹筋を鍛える器具を持っているみたいだな。
いや、あれよりも難易度は高いか。
なんせ踝のところでも車輪を挟んでいる形だもの。
「お、おい、本当に大丈夫なのか!」
「もちろんですよ。我が連邦の技術力をなんだと思っているのです。さぁ安心してデッパツするがいいです! マスター!」
「そんな言葉どこで覚えてきたんだよ!」
「マスターの記憶ですがなにか?」
言ってる間にスペルディアがオレの背中にとまった。
お前が乗るんかーい。
「さぁ道なき道を行くのです! 我らの前に道はなく、我らの後ろは道は続くのです! マスター!」
悔しい。
ちょっと格好いいじゃねえか。
よし、ならば行こう。
ぶろろろーん。
そんな音はでない。
でないが気分だ。
うおおお。
めっちゃ怖い。
っていうか速い、速いすぎる。
走ってから気づいた。
これ、どうやってとまるんだ?
ブレーキどこにあるんだ?
「マスター! 前方に巨石があります。ハンドルをきって!」
ちょっと待て。
ハンドルなんかねえじゃねえか。
今のままだと手首の可動域でしかタイヤが動かない。
たぶん角度にしたらちょっとだけだ。
こんな状態でどうしろって言うんだよ!
「マスター! 今のあなたの身体は機械です! 手首の可動域なんて雰囲気でしかありません! その気になれば百八十度はいけます!」
「ばっか! お前、そんなこと言ったって!」
でっかい岩がどんどん迫ってくる。
「思い切っていけー!」
スペルディアの声。
それに反応するように、オレの身体が動いた。
左側に進行方向がそれたのだ。
すんなりと手首は曲がった。
ビックリするほど曲がるんだもんよ。
それに驚いたのは右手だ。
なんと伸びーる右手だったんだよ。
いや、考えてみれば当たり前の話だ。
外側の手が伸びないと、ぐいっと曲がれないんだもの。
「これでわかったでしょう? 我が連邦の技術力が」
「ふぅ……まぁこのまま行くか。スペルディア、案内は頼んだからな」
「もちろんです。既に偵察用ドローンを飛ばして地図を作成しています!」
「さすが頼りになる!」
「マスター! 魔物が潜伏……」
どおん、と正面衝突だ。
吹き飛んでいく魔物。
あれは……たぶんイノシシ型のやつかな。
「よし、今日の晩飯ゲットだぜ!」
辺境生まれはたくましいのだ。
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