第007話 アルセーヌ両親から無茶ぶりされる


 見知らぬ実家のサロンという名のリビングで、オレは正座させられていた。

 ――見知らぬ実家って、なかなかのパワーワードだな。

 

 ちなみに、こっちの世界にも正座ってあるんよ。

 それを知ったのは、何歳の頃か忘れるくらい昔のことだ。


「で、大侵攻スタンピードから、どうやって生き延びたんだい? 見たところ大きな怪我もなそうだけど」


 一人がけの椅子で足を組み、睨みつけてくるお袋様だ。

 どこのマフィアのボスだよ。

 

「ええと……その色々とありまして……うん。色々と」


 お袋様の額の血管がビキビキとスジを立てた。


「それを説明しろって言ってるんだよ、バカが」


「よろしいですか、御母堂。私、マスターの使い魔であるスペルディアと申します。以後、よろしくお願いいたします。さて、マスターは口下手のようですので、私から説明をさせていただいてもかまいませんか?」


 オレの肩にとまっていたスペルディアが喋りだす。

 

「しゃ、しゃべったー!」


 驚きの声をあげたのは肩がコリーヌちゃん。

 その横でジャンヌちゃんも目を丸くしている。

 兄貴や親爺殿はポーカーフェイスだ。

 お袋様は笑っている。

 

 あれ? そういえばマルギッテ姉さんはどこだ?

 

「兄鬼、兄鬼。マルギッテ姉さんは?」


「ああ、今は子どもを身ごもっていてな。上で休んでいるよ」


「はへえ……何人目?」


「……三人いるから四人目だな」


「うらぎりものー!」


 オレが叫んだ瞬間、お袋様が手にしていた酒杯が飛んできた。

 ぱかーんといい音を立てて、額にヒットする。

 

「うるさい、バカは黙ってな。スペルディアと言ったか。詳しい話ができるんだね?」


「もちろんです」


 なんか完全に主役の座を奪われた気がするぞ。

 スペルディアが肝心なところをぼかしながら話している。

 要は大侵攻スタンピードの進行方向を、オレの大活躍で変えたって内容だ。

 

 そのときにオレと出会って救われたから使い魔になったというデマを吹きこんでいる。

 ウル=ディクレシア連邦の遺構とか、その辺は丸っと隠しておくつもりみたいだ。


「なるほど、そういうことかい。で、治癒だなんだのに時間がかかって今になって帰参した、と」


 お袋様が言う。

 親爺殿、なんか言えよ。

 当主だろうが。

 

 そんな視線をむけると、親爺殿がオレを哀れむような表情をみせた。

 え? なに? 帰ってきたらマズかったの?

 

「アルセーヌ! よく帰ってきた! これで問題は解決だね」


 お袋様がオレを見て笑顔を見せている。

 その笑顔はどっちの意味なんだい。

 なんだか不穏な言葉が聞こえてきたんだけど。

 

「ああー」


 兄鬼が頬をポリポリと掻いている。

 親爺殿は苦笑、いやなんだその生暖かい目は。


 嫌な予感がビンビンするぜ。

 機械の身体じゃなかったら、ここでじわっと嫌な汗がでてたんだろうな。


 もうお家帰りゅ……。

 ってここがオレの実家だったわ!


「うちら南部辺境団を取りまとめしてる辺境伯って覚えてるか?」


 兄鬼の言葉に首を横に振った。

 そんなもん覚えてるわけねーだろうが。

 辺境伯って響きは格好良いけど、名前は覚えてない。

 

「だよな。まぁその話の出所は南部公爵家でな、辺境伯を通じてうちに通達がきたんだよ」


 確か……あれだ。

 うちの王国は東西南北に公爵家がある。

 つまり南部地域のトップってことだな。

 

 そこから通達? 聞いたことねえな。

 まぁ執務に関わったことないし、ふだんは付き合いがあるんだろうけど。

 

『スペルディア……逃げられるか?』


『時既におすしです。出入り口が塞がれています』


「はああん?」


 見れば、いつの間にかお袋様がオレの背後に回っている。

 

「クッ……そんなことだろうと思ったぜ!」


 話の内容を聞く前に逃げる。

 兄鬼の横をするりと抜けて窓へ。

 

 ざまぁ見ろってんだ。

 ……ぐはぁ。

 

 誰だ、オレの首根っこを掴んでいるのは。

 ……親爺殿か。

 

「親爺殿……それが久しぶりに帰ってきた息子にすることか」


「すまんな、まぁ諦めろ」


 なんなのよ、いったい。

 アテクシ、どうなっちゃうの?

 

「アルセーヌ、喜べ。お前に婚約者が決まった」


 お袋様がにやりとしながら言った。

 

「……婚約者!」


 なんだ、ぜんぜん逃げるようなことじゃなかった。

 ついに前世越しの童貞を捨てられるんだね、ママン。

 

 あ! オレ機械の身体じゃん。

 息子がないじゃん。


 ちょっと!

 大問題発生なんですけど!

 先生! せんせーい!


『問題ありません』


『なにがだよ! ナニがないんだぞ! バットもボールも!』


『我が連邦の技術力は世界一です。紳士・淑女たちヘンタイどものご要望にも応えられるだけの……』


『いやあ! 聞きたくない、聞きたくない!』


 初心うぶなオレを穢すんじゃない!


「そうか、そうか。嬉しいんだね。よかったよ、母親としてもこれで肩の荷が下りるってもんだ」


 お袋様の言葉を皮切りに皆が祝福の声をなげかけてきやがった。


「よかったね、アルセーヌくん」


 と、ジャンヌちゃん。


「おめでとう、アルセーヌ」


 兄鬼は拍手してる。

 

「おめでとう」


 胡散臭そうな笑顔の親爺殿。

 

「おめでとう?」


 首を傾げながらも拍手するコリーヌちゃん。

 

 くそ。

 このままエンディングを迎えてたまるか。


「それ、勘違いだからああああ!」


「やかましい」


 本日、二度目となるお袋様のコンボが炸裂した。

 

 なんなんだよ。

 これが家族愛ってやつか。

 

「御母堂、もう少し詳しく情報をいただくことはできませんか? さすがに今のままでは情報が少なすぎます」


 先生! さすが頼りになる相棒だ。

 ここで話の流れを変えるとは、やるじゃないか。

 

「まぁ使い魔殿の言うとおりか。まぁさっきも言ったとおりだが、公爵家がうちに婚約者をねじこんできたんだが」


「失礼ですが公爵家とマスターのご実家では、身分が釣り合わないのでは?」


「そこなんだよ! この話は絶対に裏がある。だけどねぇ、うちには中央の情報を探っている余裕はないからねぇ。今は辺境伯に頼んで事情を調べてもらっているが……うちの大切な息子に変な粉かけられてたまるかいって思うんだけど」


 お袋様が眉間に皺を寄せた。

 

「辺境団の他の家に話持ってけばいいじゃん」


 素直にそう思う。

 既に兄鬼はジャンヌちゃんとマルギッテ姉さんという両手に花の状態なんだから。

 

「バカが……こんな厄ネタを他家に押しつけられると思ってんのかい!」


 お袋様に吐き捨てられてしまった。

 そんなにバカとか言わなくてもいいじゃん。

 傷つくよ、オレだって。

 

 メタルなのは身体だけで、ハートは豆腐なんだから。

 

「なるほど。公爵家側で何らかの事情があり、通常では行われないはずの打診があった、と。しかし適齢期の男性がマスターの兄君しかいない。しかも既婚者である、と」


 スペルディアがわかりやすくまとめてくれる。

 そうそう。

 最初からそうやって言ってくれたらわかりやすいんだよ。

 

「そこに死んだと思われていたマスターが帰還したので、これ幸いと婚約者の候補にということですか。さて……それであちらさんは納得されるのでしょうか?」


「確かに死んだと思われていた息子が実は生きてました、は都合が悪いか。ちぃ。こんなことなら死亡報告をあげるんじゃなかったね!」


 え? そうなの?

 そんな仕組みとってんの?

 初耳なんだけど。

 

『マスター。貴族というのは常に跡継ぎの問題があります。なので継承権を持つ人間が現在どうなっているか、くらいは把握していて当然なのでは?』


 ぐぬぬ……なにも言い返せない。

 どいつもこいつも難しいこと言いやがって。


「御母堂、私からひとつ提案があります。実はマスターには弟がいたということでなんとかなりませんか。生まれつき病弱だったため継承権を持たせていなかったとかで」


「なるほど! それならばなんとかなるか。今まで誰の目にも触れなかったのも病弱だったから。で、病状が回復したから継承権を持たせることにした! いいじゃないか!」


 兄鬼と親爺殿の二人も頷いている。

 ジャンヌちゃんもだ。

 肩がコリーヌちゃんとオレはなんとなくの愛想笑い。

 

「ってことで、アルセーヌ! あんた今日から名前を変えな!」


「え? なんでそうなるの?」


「今日からマスターはアルセーヌの弟ということですからね。名前が同じではいけません」


「なるほど。そういうことか。うん、だったらラウールでおなしゃす!」


 そうなのだ。

 オレは前々からアルセーヌという名前が恥ずかしかった。

 なんせ、かの大泥棒と同じだからな。

 

 だけど、馴染んだ名前を捨てるのもアレだ。

 ってことで、ラウール。

 大泥棒アルセーヌの本名だ。


「ほおん、えらくスッと名前がでてきたもんだね」


「いやあ、前から機会があれば変えようかとこっそり考えてたからね!」


 あははーと笑うオレに本日三度目のコンボが決まった。

 

「気に入らない名前をつけて悪かったね!」


 ――理不尽。

 オレは本当に大切な息子なんだろうか。

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