第006話 アルセーヌ故郷で家族と再会する


 うん。

 そうだ。

 知ってた。

 

 オレの思いは片思いだってこと。

 

 だってジャンヌちゃんは兄貴のことをよく見てた。

 オレから兄貴の話を聞きたがってた。

 

 昔はさ。

 それを見て見ないふりをしてたんだ。

 

 だって認めたくなかったから。

 マルギッテ姉さんも、ジャンヌちゃんも兄貴を見てたこと。

 

 そうさ。

 わかってたんだ。

 本当はね。

 

 だけど――兄貴め。

 ゆ゙る゙ざん゙!

 

 両手に花か。

 いや両手で肩房ずつか。

 ふざけんな!

 

 これだからイケメンは嫌いだ。

 目つきの悪い地味顔バンザイなんだよ!


「え? アルセーヌくん? うそでしょ……?」


 ん? 肩がコリーヌちゃんの隣に女の人がいる。

 ああ、嘘だろ。

 今はちょっとみたくない顔だった。

 

「や、やあ。ジャンヌちゃん」


 なんとか平静を保てただろうか。

 絞り出すような声になっちまったけど。


「え? ほんと? 本当にアルセーヌくん?」


 ジャンヌちゃんだ。

 あの頃とはすっかり変わっちまった。

 なんつうか、大人びたとでも言えばいいんだろうか。


 背も高くなってるし、ばいんばいんは相変わらず。

 いや、ちょっとトップの位置が低くなってるか。


「……うん。そうだけど」


 うまく言葉がでてこない。

 きちんと目をあわせて話せない。

 だって、オレに涙腺があったら泣いてる案件だもんよ。


「……いえ、嘘ね! だってあのときの背格好と変わらないもの!」


 そりゃそうだ。

 十二年だもの。

 赤ちゃんが小学校卒業するんだぜ。

 こっちの世界に小学校はないけどな。


「じゃ、ジャンヌちゃんは、お、おばさんになったね」


 口が巧く回らなくて、つい言い間違えた。

 大人になったねって言いたかったのに!

 

「クッ……偽物め! 正体を見せろ! アルセーヌくんはそんなこと言わない!」


 はいやーと半身になって構えるジャンヌちゃん。

 なかなか堂に入った構えだ。

 そこにも年月を感じてしまう。


「え? 母上っておばさ……じゃないです! はい!」


 余計な一言を告げる肩がコリーヌちゃん。

 いいぞ、もっとやれ。

 

「ひとふさだけでも……ひとふさだけでもいっときたかった」


 ちょっとパニクってしまった。

 なんてことを口走っちまったんだ。

 

 だが、ジャンヌちゃんには効果があった。

 なぜか構えをとく。

 そして、オレを上から下まで見て言った。

 

「ふぅ……わかったわ。アルセーヌくんなのね。偽物じゃなくて本物の」


 あり? なんかおかしくない?

 なぜあの台詞でオレだと納得する。

 

 ここは異議申し立てをしたいところだ。

 だが、そんなことをしている場合でもない。


「うん。まぁ色々と訳ありでさ。親爺殿とお袋様、それに兄貴にも会いたいんだけど。そこで説明するから」


「……うん。わかった。じゃあついてきてね」


 ジャンヌちゃんが踵を返す。

 その背を追うように、オレも足を動かした。


「ジャンヌちゃん、館の場所って変わったの?」


「ええ、そうなの。五年くらい前かな。今までのお屋敷が古くなっちゃったからって。ちょっと離れた場所に新しく作ったの」


「へ、へぇ……」


 これが浦島太郎の気分なのだろうか。

 なんだか自分が知っている故郷とちがう。

 そんな気さえしてくる。


「ねーねー。大丈夫? さっきから顔が死んでるけど」


 肩がコリーヌちゃんの優しさが胸に響く。

 おじさん、ちょっと色々とあったんだ。


「お、おう……。大丈夫さ、きっと、たぶん、うん」


「大変ね……」


 なかなかかわいいことを言うではないか。


「ほれ、これをお食べ」


 腰につけた革袋から保存食をさしだす。

 お菓子ではないが、なかなか美味なのだぞ。

 食べたことないけど。


「なにこれ」


 言いながら、オレの手からグミ状のものを受けとる姪っ子。


「ヘビの肝を塩干したやつ。うまいぞー」


「いるかー」


 ぽいっと放り投げる、肩がコリーヌちゃん。

 オレはこの姪っ子が好きになれそうもない。

 

「ねぇねぇ。それよりその肩にとまってる鳥はなんなの?」


「鳥? ああ、スペルディアって言うんだ。オレの使い魔」


「ほおん、使い魔。触ってもいい?」


『断固、拒否します』


「いいってさ」


 逃げだそうとするスペルディアをむんずと掴む。

 そのまま姪っ子に渡してやった。


『グッ……マスターこの恨みは忘れませんよ』


「いやぁコリーヌちゃんに撫でてもらって嬉しいみたいだよ」


「ふふーん。当たり前でしょう!」


 ニヤニヤとしながら、使い魔と姪っ子を見る。

 ささくれだった心が癒やされていく。

 人の不幸は蜜の味! なんてな。

 

「ほーい。おしまい」


 姪っ子の手からスペルディアを取り上げた。

 

「えー! もうちょっといいでしょ!」


「梟ってのは繊細なんだよ。だから、また後でな」


 ぶーぶー文句を言う。

 そんな姪っ子に苦笑を漏らすジャンヌちゃんだ。

 

 ごめんね、と小さく謝ってくる。

 そのごめんねはどっちの意味なんだい!

 

 また心がささくれだちそうなところで、スペルディアがオレの頭の上にとまった。

 

『マスター』


『ん?』


『先ほど聞かれませんでしたので、追加の情報を』


 今、そんな気分じゃないんだけど。

 

『マスターは先ほど大侵攻スタンピードからの年数を聞かれましたがおかしいと思いませんでしたか? マスターが退けた十二年前から一度も大侵攻スタンピードは起きていません』


大侵攻スタンピードの周期はだいたい七年から八年だったか』


『マスターの記憶によれば。前々回の二年後に起きたと、そこから起算すれば、今年でちょうど十四年・・・目になります』


『もしかして大侵攻スタンピードが近いってこと?』


『その可能性はあります』


『スペルディア、頼んでいいか?』


『もちろん。最善を尽くしますよ』


 ……まったく。

 帰ってきて早々になんてこった。

 

 だいたい十分くらいは歩いただろうか。

 なんだか村の中も変わったところが多くてよくわからん。

 

 時折、ジャンヌちゃんが解説を加えてくれたけどね。

 ほら、あそこは仕立屋さんがあったところ、とか。

 

 正直、一に訓練、二に訓練、三四がなくて五に訓練。

 そんな生活をしていたオレからすると、なんとなくの雰囲気でしか覚えてなかったりするんだよなー。

 

 なのでジャンヌちゃんの解説に、あったねーとか適当に相づちをかますのが大変だった。

 

 村の中ではひときわ目立つ家。

 どうやらそこが領主の館らしい。

 

 ビフォーしか知らないオレからすれば立派な家になったな、という印象だ。

 古くてカビと埃の香りがするだけだった領主の館が、匠の手によって鮮やかに蘇ったのです――なんてな。


 ジャンヌちゃんに誘われて、オレは邸の中に足を踏み入れた。

 ただいまって感じがしない。

 これは、おじゃましまーす、だ。


 この時間なら皆がサロンにいるとのことで、そこに案内された。


「ええと、アルセーヌただいま戻りましたー」


 ビシッと敬礼をキメる。

 腕の角度は四十五度がこっちの礼だ。

 

「は?」


 親爺殿、お袋様、兄貴の三人の動きがとまった。

 懐かしい。

 

 やっぱり十年も経ってれば年をとって当然か。

 特に兄貴は貫禄がでたと思う。

 アゴ髭なんて生やしちゃってまぁ。

 

「アルセーヌ?」


 兄貴だ。

 懐かしい。

 嬉しい。

 よく生きてたなと安堵もした。

 

 だけどな!


「うっぜ、うっぜ、うっぜええええわあああ! このバカ兄貴! もんで、もんで、もまれて、もんでか! このオニちくしょうめ!」


 つい、言葉を荒げてしまう。

 兄貴だって知ってただろ。

 オレがジャンヌちゃん好きだったこと。


「兄貴あらため、兄鬼!」


 きいいとなっているオレに鋭い声が飛んできた。


「おい、アルセーヌ」


「はう!」


 ぎぎぎと首をぎこちなく首を回す。

 お袋様だ。

 元祖、鬼の方。


「それはなんの話をしているんだい? まさかとは思うが……」


 つるぺたーん。

 お袋様と姪っ子を見る。

 そして、オレはつい親指を立ててしまった。

 

 どんまい!

 

「本気で死んでこい! このバカ息子がああああ!」


 お袋様の鉄拳がオレの腹に突き刺さった。

 さらに顔が下がったところでアッパーカットがとんできた。

 久しぶりに帰ってきた息子に決めるコンボかよ。


「ああ――このバカさ加減はアルセーヌだ」


 兄鬼の隣で静かに頷く親爺殿であった。

 実に不本意だ。

 そんなことで納得するなよな。

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