第023話 ラウールと令嬢と奥さんと追跡者


 グランツ商会の母屋の客室。

 なかなか良い部屋だな。

 備え付けのソファにどっかり座るオレだ。

 

 シルヴェーヌは寝台で横になっている。

 かすかに寝息が聞こえるから寝ているんだろう。

 

 ここで寝顔を見に行こうものなら、スペルディアになにをされるかわからない。

 ってことで、オレはソファに座ってクルダーヤを食べている。

 

 タコスもどきの美味いやつだ。

 肉にしっかりスパイスが利かせてあるのがいいね。

 ちょっとしたジャンクフードを食べてる感覚だ。

 

「マスター、ちょっと研究所ラボから道具をこちらに送還してください」


「ほいよー」


 スペルディアの要請に応える。

 さっき言ってた多次元障壁を張るための道具だろう。

 

 ボトボトとオレの手の平から落ちる謎の物体。

 合計で八個か。

 

「マスターお手数ですが、部屋の四隅に配置してください」


「任せとけ。天井の四隅にも配置するのか?」


「お願いします」


 手早く道具の取り付けを終わらせてしまう。

 これで一安心だ。

 

 スペルディアの多次元障壁はかなり強い。

 オレでも最初は抜けなかったくらいだ。

 

「さて、メシの続きっと……」


 食おうとしたところで、コンコンと控えめなノックの音。

 どちらさんと問うと、おっちゃんの声がした。

 

「失礼します……ってお前、もうクルダーヤがなくなってるじゃねえか! どんだけ食いしん坊なんだよ」


「食えるときに食うってのが辺境の流儀なんだよ。いつ食えなくなるかわかんねえからさ」


 なはは、とおっちゃんにむかって笑う。

 そして気づいた。

 

 おっちゃんの後ろにご婦人がいることを。

 きれいな人じゃないか。

 ちょっととうが立っているけど、うん美人さんだ。

 

「なぁ……もしかしてだけど。もしかしてだけど、そちらの人はおっちゃんの奥さんなのかな?」


「あ? うん? そうだよ、シルヴェーヌ様の身の回りの手伝いをしてもらおうかと思ってな」


 ぽんとご婦人の肩に手をおくおっちゃん。

 それを見たオレは叫んでいた。


「うらぎりものー!」


「いや、べつにうらぎってねえだろ!」


「おっちゃんはこっち側だと思ってたのに!」


「こっち側ってなんなんだよ!」


 オレたちが騒いだからか、御令嬢も目を覚ましたようだ。


 部屋の真ん中辺りに足で見えない線を引く。

 その上で、奥さんを手招きする。

 訳がわからないものの、奥さんが線の向こう側に。

 

 御令嬢と奥さん、おっちゃんとオレという構図だ。


「な?」


 おっちゃんの肩をポンと叩く。


「なにが、な? だ! オレはあっち側なんだよ!」


「のんのんのん!」


 チッチッチとオレは指を揺らした。

 そして、おっちゃんと肩を組む。

 

「見てみ? あっち、持ってる側。こっち持ってない側」


「いや、あのな……」


 そんな話をしていると、御令嬢が笑い声をあげた。

 うふふと楽しそうに笑っている。

 

「ラウール、あなたは何を言っているのですか。本当におかしなことを……あはは、本当に……あははは」


 おっちゃんがボリボリと頭を掻いた。

 そして、お嬢様の前に跪く。

 

「シルヴェーヌ様。お休みのところ申し訳ありません。こちらは私の妻であるネイネと申します。シルヴェーヌ様の身の回りのことをお手伝いさせていただきますので、よろしくお願いいたします」


 惜しかった。

 一字ちがいだな。

 ネネとネイネ。


 おっちゃんに続いて、ネイネさんも膝を折る。

 なんだっけ。

 カーテン? みたいな挨拶の仕方だ。

 

『カーテシーですよ』


『そう、それ』


「ネイネと申します。お初にお目にかかります。シルヴェーヌ様のご尊顔を拝することができ、光栄至極にございます。身の回りのことであれば、このネイネになんでもお申し付けくださいませ」


 おお! なんかちゃんとしてる。

 

「ローマン、ネイネ。二人の心遣いに感謝しますわ。しばらくは迷惑をかけるでしょうが、よろしくお願いしますわね」


 ハッと声をあげる二人。

 うーん。

 なんかオレだけハブられてるような。

 

「あーネイネ、それからこっちがラウール。昨日、話していたストラテスラ家の子息だ」


「まぁ! 私たち王国の民は南部辺境団の皆様の献身あってこそ。誇り高きストラテスラ家の方にお会いできるなんて、光栄ですわ」


「お、おう……その……ありがとう」


 照れる。

 こんな真正面から褒められることなんてないからな。

 まぁでも悪い気はしない。

 

「まったく! ラウール、あなたは貴族としての教育をうけていませんの? きちんと対応なさい」


「……受けてないけど? いや、受けたのは受けたのか。絶対に舐められるなとか、敵は見つけたら殺せとか、戦うときは絶対に退くなとか。うん。そんな感じ」


 な? 戦闘民族みたいなもんなんだよ、辺境は。

 だけどなー。

 ここまで徹底しないと生きていけないのよ。

 

 オレの言葉に絶句する三人だ。

 

『マスター! こちらに急接近する者がいます』


『ほおん、何人だ?』


『……一人です。恐らくはあの魔人の仲間でしょう』


『なんでバレたんだか』


『まぁその辺はおいおい検証しましょう。まずは迎撃しますよ!』


「どうしたのですか?」


 オレが急に黙ったのを不審に思った令嬢が口を開く。

 

「ああ――たぶん敵だと思うんだけど、こっちに近づいてきてる」


 オレはおっちゃんを見る。


「おっちゃん、従業員を避難させてくれ。それとこの部屋は安全だから、動けないヤツらとかいたら連れてきたらいい」


「わかった!」


 なかなか迅速に行動するおっちゃんだ。

 

「ラウール?」


 御令嬢に視線をむけて告げる。


「さっきも言ったけど、この部屋はしょう……結界で守られてるから、絶対に出るな。スペルディア、頼む」


『承知しました』


 ネイネさんがいるからか。

 秘匿回線で話すスペルディアだ。

 

「じゃあ、行ってくるわ。……中庭でいいか」


「ちょっと! ラウール、待ちなさい!」


 御令嬢が声を張り上げた。

 

「なに?」


 ニヘラと笑ってみせる。

 

「……大丈夫なのですか?」


「あのな、どいつもこいつも同じこと言うなよ。相手が誰だろうが絶対に退かねえ。勝てるかどうかも関係ねえ。敵がきたら殺るんだよ。それが辺境の流儀ってやつだ! 覚えとけ」


 顔を真っ青にしている御令嬢だ。

 その隣に立っているネイネさんも同様である。

 

「スペルディア! ここは任せたからな!」


「マスター、ご存分に」


 急に喋るスペルディアにぎょっとするおっちゃんとネイネさん。

 まぁここにきて隠していても仕方ないと思ったのかな。


 バルコニーから中庭へと出る。

 しばらくするとバルコニーからおっちゃんの声が聞こえた。

 

「ラウール! 避難は終わった。あとは頼む!」


 その言葉にオレは腕をあげて、ヒラヒラと手を振る。

 直後のことだった。

 

 一人の男が走ってくる。

 これはスペルディアの流している映像か。

 

 服装はよくある庶民のもの。

 顔つきも取り立てて変わったところはない。

 ただ息も切らさずに走っている。

 

 ああ、もう店の前まできてるのか。

 

 入口は開いている。

 男は中へ。

 そのまま迷わず、店の奥へと進んでくる。

 

 なんでだ?

 どうやって位置を把握している?

 

 男が姿を見せた。

 スペルディアが映像を切り替える。

 オレの視点に加えてワイプみたいな感じで、さっきまでの映像が映っている感じだ。

 

「おう! シルヴェーヌって女がいるよな?」


 粗暴。

 乱暴。

 怒気まじりの声だ。

 

「さぁ? そんな女いないよ?」


「ほおん……まぁ嘘ついたところで意味なんかねえんだけどな!」


「……お前、あの女の仲間か?」


 あのラミアの人のことね。

 人って言っていいのか知らんけど。


「さてな。とりあえず……お前を」


 バカだなぁ。

 こっちは口げんかしにきてるんじゃねンだわ。

 さっきの会話の最中に、すっかり準備は完了済みだ。

 

 ノーモーションから指弾を放つ。

 今回は氷の弾丸じゃなくて、金属の弾丸な。

 重くて固いヤツだ。

 

「ぐはあ!」


 お! 今度は貫通したか。

 機動力を奪うために太ももを狙ったけど完璧だ。

 次の瞬間に、ばごん、と音を立てて店舗の壁に穴が開く。

 

 男が膝をつく。

 隙をつくように、超高速の移動。

 間合いを詰めて右から中段の回し蹴り。

 

「ちぃ!」


 男が腕をあげて防御するが、その腕ごといく。

 しっかりと体重をのせた蹴りが前腕の骨を砕いた。

 

 さらにもう一発ってところで、男がなにかを吐く。

 それは黒い霧状のなにかだ。

 

 いったん、後ろに跳んで下がる。

 

「てめぇ! いったい何者だ!」


 元気な男だ。

 つか、身体がモリモリッと変化している。

 あのラミアのときと一緒だ。


「見てのとおり、ただのイケメンだ!」


『目つきの悪い地味顔の、ですけどね』


『うるせえ!』


『マスターがご自身で仰っていたではないですか?』


『オレが自分で言うのはいいの! 他人に言われるのが嫌なの!』


『まったくワガママですね。そんなマスターに朗報です。先ほどのマスターの動きを見て、きゃあ、格好良いと言っていました!』


『なにい! どっちだ! ネイネさんか、御令嬢か!?』


『ローマン氏です』


『……』


 こいつはきっとオレをバカにしている。

 そうにちがいない!

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