第022話 ラウールグランツ商会にて令嬢の本音を聞く


「うう……」


 苦しそうな声をあげる御令嬢だ。

 のろのろとしか歩けていない。

 

「……なんなんですの? わたくしよりも食べてたくせに」


 オレたちは屋台街で買い食いをした。

 それも盛大に。

 

 まぁオレの胃袋は文字どおりに無限だ。

 食った端から消化されていくからな。

 

 だが令嬢の方はそうではない。

 物珍しかったんだろうな。

 

 庶民の食べる食事ってものが。

 ラビビの串焼きに感動し、オレが作ったラビビの串焼きをはさんだパンをうまうまと食べていた。

 

 他にも魚介と野菜のスープに舌鼓を打ち、マンゴーに似た果物の入ったパイを食べ、珈琲もどきみたいな飲み物を飲む。

 

 オレ的にはパイがあたりだったな。

 ねっとりとした口当たりの果肉が甘くて美味かった。

 御令嬢もかなり気に入ったみたいでね。

 

 屋台だと一切れ単位で買うんだけどさ。

 ほぼホール分は食べたんじゃないだろうか。

 

 で、今だ。

 オレたちはグランツ商会にむかっている。

 

 というか店まではもうすぐだ。

 むしろもうオレの目には店が見えている。

 

 あとわずかな距離なんだけどな。

 御令嬢の歩みが遅い。

 

 近づけば近づいただけ遠ざかるような気がする。

 まるで蜃気楼みたいだ。


 シンプルに食べ過ぎ。

 そんな令嬢を背負って行こうかとも思ったんだけどね。

 提案したら、そんな恥ずかしい真似ができますかって怒られちゃった。

 

 だったら早く歩いてくれないかい。

 

「うう……お腹が……」


 御令嬢が呟く。

 

『スペルディア、なんとかならんのかい?』


『できるか否かで言えば、できます。当然ですよ、我がウル=ディクレシア連邦の技術力を軽く見ないでほしいですね』


『なんか含みのある言い方だな?』


『消化を促進する薬を調合することは難しくありません。しかし、なんといってシルヴェーヌ様に渡すのです? 魔法薬だの何だのという薬はありませんよ』


 ああ、そうか。

 理解できた。

 

 たぶんスペルディアが言うのは、オレの前世でいう薬みたいなもんだろう。

 一方でこっちの世界だと、基本的には魔法薬が使われる。

 

 薬草だのなんだのをあれこれして作るやつだ。

 オレのイメージ的には魔女が作るみたいなの。

 でっかい釜で草とか葉っぱとか入れてね。

 

『マスター、草も葉っぱも同じでは?』


『流せよ、そこは』


 要するに同じ薬でも見た目やらなんやらがちがうってことだ。

 

『そうなんですよね。偵察用ドローンで観察していましたけど、恐らくは植物に含まれるアルカロイドを利用しているのでしょうが、なぜあの作り方でできるのか理解できません』


『え? お前、覗いてるじゃんかよ!』


 コンプラにうるさい梟め。

 そういうのダブスタって言うんだぞ!


『のぞきではありません。研究で観察です』


 ぬぅ。

 よくわからんことを。

 

 つか魔法薬の生成って門外不出の技術とか聞いたぞ。

 おいそれとは教えてもらえないって。

 たしか魔法薬もギルドがあるんだったか。


『べつに構いません。こちらは作り方を知りたかっただけですからね。再現して魔法薬を販売しようとも考えていませんので』


 おっと。

 スペルディアとの会話に夢中になってたみたいだ。

 

「おっちゃん、マーロンのおっちゃん! おるかー!」


 店先から声をかける。

 ドタバタと足音も聞こえてきた。


「ローマンだっての! いい加減、人の名前を……」


 おっちゃんがオレを見て、口をパクパクと開く。

 いや、オレじゃなくて御令嬢の方かな。

 

「お、おま……ちょっとこい!」


 ぐぐいと腕を引っ張られて店の中に。

 

「おい! どうなってんだよ!? あの御方って」


 混乱してても、ちゃんと耳打ちするおっちゃんだ。

 さすがにできる商人である。

 

「いや、ちょっと訳ありで」


「はぁ……マジかよ」


 ボリボリと頭を掻くおっちゃんだ。

 

「悪い。でも、ちょっと協力してくれないかな?」


「わかってるよ。つか、ノートス家には世話になってんだからな、そのくらいは当然だ。で、どうしたらいい?」


『シルヴェーヌ様のための部屋と侍女の用意、あとは公爵家に取引の振りをして人を送ることを』


 スペルディアの言葉をそのまま告げる。

 あと、ついでに令嬢の分の胃薬もだ。

 

「わかった。ってか、胃薬ってなぁ……。なにやったんだよ」


 言いつつ、従業員たちに指示を飛ばすおっちゃんである。

 さすがに侍女はいないが、奥さんに頼むそうだ。


「なにって……買い食い?」


 マーロンさんの目がでっかくなった。

 こいつ信じられねえことしやがるって感じかな。

 

「……ほら、行くぞ。お嬢様をお迎えしなきゃな」


 おっちゃんと二人で店の外へでる。

 令嬢は苦しそうな表情をしていた。


「ちょっと! うぷ……」


「ほいほい。無理すんなって。グランツ商会のおっちゃんだ。何度か顔を合わせたことがあるんだろう? 協力してくれるってさ」


 オレが適当におっちゃんを紹介しておく。


「シルヴェーヌ様。状況が状況ですので、ご挨拶はいたしません。無礼をお許しください。とりあえず当家にて部屋を用意させていますので、ご不満はあるでしょうがそちらへ移っていただけますか?」


「承知しました。わたくしもこの状況で無理を言う気はありません。それよりも……快く協力を申し出てくださったことにお礼を。必ずやお父様から報いていただきますので」


「ありがたき幸せ。それではどうぞ、こちらへ。案内させていただきます」


 おっちゃんが先導して店の中に入った。

 ようやくひと息つけるな。

 

『もうひと息ついたではありませんか?』


『細けえこたぁいいんだよ』


『マスター、偵察用ドローンからの情報ですが、公爵家の周囲には既に怪しい人物が張りついています』


 ほおん。

 さすがに敵さんも動きが早いな。


『こっちにむかっているヤツらは?』


『今のところ感知していません』


『動きがあったら教えてくれ』


『承知しました』


 短くやりとりをしつつ、オレもついていく。

 

「ほへえ。こんな感じになってたのか」


 表通りに面している大店。

 それがグランツ商会だ。

 

 で、店の奥に行くと中庭のような場所にでた。

 そんなに広くはないけど、ちゃんとした庭になっている。

 

 庭の奥にあるのが母屋なんだろう。

 うちの新しい実家よりも大きいかな。


 年季が入っているけれど、きちんと掃除されている。

 侘び寂って言うんだろうか。

 

 古いけれど趣がある感じだ。

 レトロでお洒落な家だな。

 

 おっちゃんと令嬢の後に続いて母屋に入る。

 心の中でおじゃましまーすと言っちゃうのがオレだ。


 シティーボーイだからな。

 その辺はしっかりしてるんだ。

 

 母屋の二階、恐らくは上客用の寝室に案内される。

 でかくて寝心地が良さそうな寝台が目につく。

 

 調度品もよさげなのが揃っている。

 でっかい窓にバルコニーみたいなのもあった。

 

『スペルディア……障壁はどの程度まで張れる?』


 スペルディアに確認をとっておく。


『そうですね。私が単独で結界を張るのなら、せいぜいが半径二メートルといったところです。ですが時間をいただければ、この部屋全体を多次元障壁で覆うように細工できます』


『どのくらいの時間がかかる?』


『小一時間もあれば十分です』


『頼む』


「シルヴェーヌ様、改めましてご挨拶を。グランツ商会のローマンにございます。なんなりとお申し付けくださいませ」


 おっちゃんが部屋に着くなり膝をついた。

 

「このようなときなのです。挨拶はかまいません。ですが、あなたの心遣いには感謝致しますわ」


 ほへえ。

 食いしん坊貴族かと思えば、ちゃんとしている。

 さすが公爵家の御令嬢だな。

 

「おっちゃん、早速で悪いけどさ。オレ、メシが食いたい」


「お前が頼むんかーい! いや、べつにいいけどな。つってもすぐに出せるのはクルダーヤくらいだぞ?」


 クルダーヤ? なんだそれ?

 オレが首を傾げていると、おっちゃんが声をかけてくる。


「あれだよ、野菜と肉をはさんだ……」


 ああ、あのタコスみたいなやつね。

 いいよ、いいよ。

 ぜんぜんいける。

 

「うん、お願いします。お腹ぺこりーのなの」


「なんだよ、ぺこりーのって。わかった用意させるからちょっと待ってろ。あ、胃薬も用意させてるからな。シルヴェーヌ様はお召し上がりになりますか?」


「いいえ、わたくしはけっこうですわ。飲み物だけいただけますか?」


「承知しました。では、私は用意してまいりますので。おい、ラウール。くれぐれも失礼のないようにな」


 余計な一言を付け加えるおっちゃんだ。

 国の英雄だのなんだのって持ち上げてくれたのに。


「……あなた、まだ食べますの?」


 おっちゃんが退室した後で、令嬢がオレを呆れたように見ている。


「言ったろ? オレは無限に食えるって」


「……そうですか。そう言えば……お兄様もよくお食べになっていましたわね。お元気にされているのでしょうか?」


 最後の方は呟きだ。


「なぁなぁ聞いてもいい?」


「なんですの」


「なんで学園なんて行ったのさ? 揉めるのがわかってただろうに?」


 シルヴェーヌが俯いた。

 そして、ぎゅっと手を握りしめる。

 

「わたくし……どうしても理由が知りたかったのです。貴族ですもの、何かしらの事情があって婚約破棄となることはあります。ですが……」


 シルヴェーヌが顔をあげた。


「第三王子とはいえ殿下に嫁ぐことになるのです。妃になるためには様々なことを学ぶ必要があります。そのために努力を重ねてきましたの」


 手が白くなるくらい力が入っているシルヴェーヌだ。

 

「それを一方的に婚約破棄だと言われて納得できますか? いいえ、できませんわ! だから!」


 口調が荒くなった。

 感情が高ぶっているんだろうけど、大丈夫か?


「だから! 事情を聞きたかったのです……」


 べつに、とシルヴェーヌが続ける。

 

「本当の理由ではなくてもよかったのです。ただ殿下の口から、わたくしの何が悪かったのか聞きたかっただけなのです! 理由がわかれば、わたくしは前をむいて進めますから……本当にそれだけだったのです」


 なるほどねぇ。

 納得したかったのか。

 

 ……うん。

 やったことは褒められないけど。

 でも、その気持ちは理解できる。

 

「オレなぁ……ジャンヌちゃんって娘が好きだったんだけどさ、結局は兄鬼と結婚しちゃったんだよね」


「……そうですの?」


「うん。まぁフラれちまったわけ。でもさ、オレは理由がわかってたよ」


「どういう理由でしたの?」


「なんてことはないんだ。ただジャンヌちゃんは兄鬼が好きだったってだけ。もうどうしようもないじゃん」


「ふふ……そうですわね」


「まぁそんなもんだよ」


「話に繋がりがないのでよくわかりませんけど、わたくしを励まそうとしてくれたのですね」


 ポリポリと頬をかいてしまう。

 図星だったからな。

 

「でも、大丈夫ですわ。わたくし、殿下のことを慕っていたわけではないのですから」


 それでも、寂しげな笑顔をうかべるシルヴェーヌだった。

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