第021話 ラウール王都で御令嬢とデートをする


 ワイヤーフックを使って王都の空を駆ける。

 なんてことはしない。

 

 だって、令嬢もいるしね。

 なんだかんだでうるさい相棒もいる。

 

 従って、ちょこっとだけ移動をして、人気のない路地裏に。

 こういうときはスペルディアの偵察用ドローン様々だ。

 めっちゃ的確に状況が把握できるからね。

 

『で、ここからは目立たないように歩いていくんだったな』


『ですです。ローマン氏のグランツ商会までは、こちらでナビゲートしますのでお任せください』


 なんてことを秘匿回線で話ながら王都を歩く。

 隣にいる御令嬢は興味津々だ。

 

 あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。

 お上りさん全開である。

 

「なぁなぁ聞いてもいい?」


「……わたくしに言っていますの?」


 言いながらも、あちこちを見ている御令嬢だ。


「なんでそんなに王都が珍しいんだ? ずっと住んでたんじゃねえの?」


 純粋な疑問だった。

 王都に住んでいる御令嬢なのに、なんでだ。

 そんなオレの言葉を聞いて、彼女はふっと息を吐いた。

 

「あなたがどういう生活をしていたのかは知らないけれど、わたくしは王都を歩いたことがありませんのよ」


「はぁあ? なんでさ」


「貴族とはそういうものではないの? 必要な物があれば届けてもらえるし、商人が御用聞きによくくるわよ?」


 あ、それでマーロンさんに繋がってくるのか。

 つうか公爵家ってスゲー。

 そんなの超お得意さんにしかしないんじゃないの?

 

『ローマン氏ですよ』


 スペルディアは無視して令嬢に目を向ける。


「出歩く必要がないってこと?」


「そうね。家からでる場合は馬車を使いますし、自分の足で町中を歩くことは初めてですわ」


 はへえ……うちとは大違いだ。

 オレなんて馬車に乗ったことねえぞ。

 王都にくるまで。

 

「すげーな。貴族って」


「……あなたも貴族に連なる者でしょうに」


 若干、呆れ気味の令嬢であった。

 

「まぁ周りからはお上りさんと思われた方がいいか」


「お上りさんってなんですの?」


 あら、かわいい。

 小首を傾げる仕草がとっても似合っている。


「今のシルヴィーみたいな人のことだよ」

 

「ちょ! あなた!」


 頬を赤らめている御令嬢だ。


「え? なに? なんかマズいこと言ったか?」


「わたくしのことをシルヴィーって」


「……だって本名をそのまま呼ぶわけにはいかないだろ?」


『マスターの仰るとおりです』


 ほら、スペルディアだって太鼓判を押している。

 変装してるんだから、そんなもんだろうよ。

 

「……まったく、その様子だと……あれは!」


 御令嬢の目が屋台に釘づけになっている。

 ここは屋台街なのか。


『ローマン氏のグランツ商会まではこの道が最も危険が少ないと判断したのですが……裏目にでましたか』


『ばっか、お前。メシってのは大事だぜってさんざん語り尽くしただろうが』


『マスターが特殊だと思っていました』


 悪びれもなく言う使い魔だ。

 コイツはオレのことをどう評価しているのだ。

 

「お、おい。走るなって。ったく」


 御令嬢がパタパタと足音を立てて走っていく。

 ばいんばいんがぶるんぶるんだ。

 オレも追いかけて行く。

 

「ふわぁ! とっても良い匂いですわね」


 串焼きの屋台の前で足をとめている。


「お! お姉さん、お目が高いね!」


 屋台の親爺もニコニコだ。

 こんな美少女が表情をとろけさせているのだから当然か。


「こちらはなんという食べ物ですの?」


「うん? お姉さん……ひょっとして」


 屋台のおっさんが眉根に皺を寄せた。

 

「おっと! おっちゃん、余計な詮索はなしってことで」


 割って入る。

 屋台のおっさんもオレを見て、頷く。

 なにを納得したのかしらんがな。


「お、おう。悪かったな、お互いにその方がいいか」


「悪いな、これ何の肉なの?」


「ここいらじゃラビビって呼ばれてるウサギ型の魔物の肉だな。塩と香草を使って味つけするのが王都風なんだ。オレは東部の出でな。そっちの調味料を使ってるんだ」


 なにやら壺の中にタレが入っている。

 

『解析しますか?』


『いや、東部料理も食べたいからいい』


 スペルディアとの会話をおくびにも出さずに口を開く。


「わかった。とりあえず五本包んでよ」


「まいどあり!」


 屋台のおっさんに十本分の金を渡す。

 

「お、おい。兄ちゃん」


「遠慮なくとっといて」


 口止め料ってことだけど、ちゃんと通じたんだろう。

 おっちゃんが小さく頷いたからね。


「……美味かったらまた買ってくれよな」


「ありがと!」


 でっかいバナナの葉っぱみたいなのに包まれた串が五本。

 赤茶色のソースがかかってる。

 見た目は合格だ。

 

 うん。

 めっちゃ美味そう。

 

「ら、ラウール! あなた、そんなものを買って、ど、どどど、どうするのです?」


 口ではそんなことを言いながらだ。

 令嬢の目は串焼きにしかむいていない。

 

 ほーれ。

 右に動かせば、顔が右に。

 左に動かせば、顔が左に。

 

 むふふ。

 仕方ねえな。

 買い食いの楽しさってやつ、教えてやろうじゃない!


「シルヴィー。あそこに長椅子ベンチがあるから座ろうぜ。いや……その前にもうちょっと仕入れておくか」


『マスター! そんなことをしている暇は!』


 スペルディア先生だ。

 真面目なんだから、もう。


『いいんだよ、これで。今のシルヴィーは気づいてなくても、神経が張りつめてるからな。ちょっとくらい羽目外した方がいいの!』


『……人間の心理ってやつですか』


『難しいことはわからん。けど、そういうもんなんだよ』


 ごり押ししてみる。

 まぁ実際に無理してるところはあるだろうからな。


『承知しました。では、周辺の警戒はお任せを』


『悪いな』


「ラウール! 仕入れるっていうことは他にも……」


「ああ、気に入ったやつ適当に買ってくぞ!」


「まぁ! なんていけないことを!」


 口調と表情がぜんぜんあっていない。

 とっても嬉しそうな令嬢だ。

 

 うん。

 やっぱりかわいいな。

 

 令嬢とスペルディアを引き連れて、屋台街でめぼしいものを買っていく。

 やっぱり王都というだけあって、色んな食べ物を売ってる。


 他にもちょっとした雑貨なんかもあって、見るだけでも楽しい。


「お! これなんかお土産にいいんじゃねえの?」


 オレが見つけたのは、ちょっとした細工物が入った髪飾り。

 ジャンヌちゃんとコリーヌちゃんへのお土産だ。

 

 お袋様とあとマルギッテ姉さんにもいるか。

 挨拶だけはした姪っ子や甥っ子たちにはまだ早いな。

 ……親爺殿と兄鬼はいいや。

 

「お土産にしますの?」


 令嬢だ。


「うん。うちの家族から頼まれてたんだ」


「そうですか。髪飾りということは贈り物のお相手は女性でしょう? ならばこちらの方がよろしいかと思いますわ」


 令嬢が勧めてきたのは、ちょっと愛らしいデザインのだ。

 正直なところ、オレにはどっちがいいとかわからない。

 なので令嬢の勧めるままに、五つ・・の髪飾りを手にとった。

 

「あら、まとめて買ってくれるなら値引きしてあげるわ」


 店員のおばさんが優しい。

 なんだかニヤニヤしているのが怪しいけど。


「ほんと! じゃあ……」


 本格的に値切りに入るオレである。

 こういう交渉ごとは得意なんだよね!

 

「……じゃあ、一つあたり……ごべっ」


 こういうときは感覚を切らないスペルディア。

 オレの後頭部を叩いたのは令嬢だ。

 

「どこに一の単位で値切るバカがいるのです!」


「いや、ここにいるけど」


 そんなオレを無視する令嬢だ。

 おばさんにむけて謝ってしまう。


「申し訳なかったですわ。こちらは元の価格で購入します」


「い、いいのよ。もともと値引きするって言ったのはこっちだしね」


 そんなやりとりのあとでオレは正規の値段を支払った。

 まぁべつにいいけどな。

 

「……あなたは正気ですの?」


 店の前から離れると、令嬢に手を引っぱられる。

 そのまま端の方まで連れて行かれた。

 

「ええと……なんの話?」


「貴族が値切りをするな、とは言いません。商取引なのですから、そうした感覚も必要でしょう。ですが一の単位でなんて恥ずかしくありませんの?」


「……すんません」


「次からはもう少し貴族であることに矜持を持ち、値切りをするにしても潔くなさい」


 ううん。

 まぁなんだろうな。

 お金持ちにはわかるまい。

 

 辺境の貧乏貴族の懐事情なんて。

 あれ? でもローマンさんのとこじゃ辺境の素材は高値で売れてたし……。

 

 ひょっとしてオレだけ騙されてた?

 

『気づくのが遅いですよ、マスター』


『え?』


『マスターのご実家はそれなりの資産を形成しております。ただし、それは大侵攻スタンピードの被害を見越してのものです。なので普段は質素倹約を心がけているのでしょう』

 

 おっと。

 思っていたよりまともな理由が返ってきた。

 

『そうなのか……オレ、なんも知らなかった』


『御尊父様に御母堂様、どちらもマスターを領主にする気はまったくなかったようですからね』


『……もし兄鬼が死んでたら?』


『養子でもとったんじゃないですか?』


 冷てえなぁ。

 おい。

 キンッキンに冷えてやがる。

 オレってそんなにダメな子なのか。

 

「ちょっと! 聞いてますの?」


 うん。

 聞いてるよ。

 聞いてるけど。

 

「さぁ買い物に戻りますわよ」


 なんとなく空気を察したんだろうか。

 令嬢がオレの手を引いて、前を歩く。


『マスター、あなたは領主にむいていないのですよ。敵に対しては過剰なまでに怜悧冷徹になれるくせに、身内には甘々なんですから。そんな人は領主にむきません』


 スペルディアが続ける。

 

『領主とはときに身内であっても非常な決断をくださねばならないもの。そんなことをさせないために、マスターのご両親は領主にさせる気はなかったのです』


「…………」


 これも親の愛ってやつか。

 なんちゅうか、あったけえなぁ、おい。

 

『手の平をクルクル返しすぎでは?』


『ばっか、今のオレの手首は三百六十度回るんだからな!』


 なんたって機械なんだもの。

 

『マスター三百度六十度だと一周回って同じですね!』


『爽やかに言うんじゃねえ!』


 まったくすぐ混ぜっ返すんだから!

 スペルディアってば。

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