第020話 ラウールはスペルディアに弄ばれる


 スペルディアと御令嬢が話をしている。

 真剣な表情で、だ。

 

 まったく頭に入ってこない難しい話さ。

 ふ……ぼっちバンザイである。

 

 ってことで、オレは暇だ。

 ぶらぶらと足を動かしてみる。

 

 いい天気だ。

 うん。ここはひとつ歌でもうたってみようじゃないか。

 前世のオレはカラオケが特技のひとつだったからな。


「てってれーてってってってーてっててー、曇る空をつき破って、ふらいあうぇー、ふらいあうぇー」


 おお、なんか久しぶりに歌ったけど、良い感じだ。

 つか声真似の機能とかついてんの?


「からだの中に広がるとらうまー」


「マスター黙ってください。うるさいです」


 怒られた。

 スペルディアめ。

 ちょっとくらい歌ってもいいじゃないか。

 

「あと、トラウマを体中に広げてどうするんですか?」


 え? トラウマじゃないの?

 正解はなんなのさ?

 逆に知りたいんだけど。

 

「パノラマですよ」


「うっそだあ!」


「本当ですよ。まったくなぜマスターがそう覚えているのか、逆にこちらが聞きたいくらいですよ」


 オレとスペルディアが言い合っていると、あはははと明るい笑い声が聞こえてくる。

 御令嬢だ。

 

「不思議な調子の歌ですわね? それは辺境で流行っているのかしら?」


「シルヴェーヌ様、マスターは偶にああいうことをするのです。気にしたら負けです」


 ぐぬぬ。

 そりゃあ確かに言えないけどさー。

 変人扱いはやめてくれないかしらん?

 

「ほおん……あなた面白いわね。山猿から格上げしてあげるわ!」


「誰が山猿やねん!」


 御令嬢の言葉についツッコんでしまった。

 ほほほ、とお上品に笑うシルヴェーヌお嬢様。

 うん、やっぱりかわいい。

 

「そうね、じゃあサルってところかしら?」


「サルから卒業させてくれよう!」


 うふふふと楽しそうな御令嬢である。

 

「さて、だいたいの話は理解したわ。ラウール、あなたにはひとつお願いがありますのよ」


 微笑んではいるが真剣な口調になる御令嬢だ。


「はいはい。なんですかね?」


「わたくしのこの瞳、この瞳の色も変えてくださいまし」


 ほおん。

 なんだそれ。

 変身願望でもあるのか?

 

「変なことを考えていないでしょうね。わたくしのこの瞳……とても珍しい色なのですわ」


 そこで言葉を句切る令嬢だ。

 なんだかちょっと考えこんでいる。

 

「恐らくは王都でこの瞳の色はわたくしだけ。なのでいくら髪の色を変えても、瞳の色が変わっていなければバレてしまいますわ」


 ああ――言われてみればそうかも。

 こっちの世界の人たちは髪色とか瞳の色とかカラフルだ。

 

 親爺殿は金髪に碧眼だし、お袋様は銀髪で青色の瞳をしている。

 兄鬼は明るい茶色の髪色にオレンジ色の瞳のイケメンだ。

 オレは地味な黒髪黒目だけどな。

 

 でも、確かにアメジストみたいな瞳の色は見たことがない。

 

「だから――どうせやるのなら瞳の色も変えておきなさい」


 この絶妙な命令口調。

 それでも偉そうに聞こえないのってなにか秘密があるんだろうか。

 

「承知しました。マスターの魔法・・なら造作もありません」


 ってことで御令嬢に話をしたのね。

 まぁそれが無難だろうな。


「……ふうん。魔法・・ねぇ……」


 なにその含みのある顔。

 なんかちょっと怖いんだけど。

 

「まぁいいわ。今は時が惜しいの。さっさとなさい」


 令嬢が目を閉じた。

 おお、これってキス顔ってやつなの?

 めっちゃかわいいんだけど。

 

「マスター……」


「わかってるよ。スペルディア、いつもの頼む」


 オレの脳内にどう分子操作したらいいのかがでてくる。

 本当に便利な機能だ。

 

 魔法がなくなったことは惜しい。

 が、今はこの新しい力を使うのが楽しかったりする。

 

 手の平で令嬢の目を隠すようにあてる。


「はいやー」


 気合い一発。

 うにゃむにゃと適当な詠唱をかましてカモフラージュしておく。

 

「できましたよー」


 同時にかざしていた手を下ろす。

 令嬢がゆっくりと目を開けた。

 そこにあったのは緑色の瞳だ。

 

 けっこう見かけるタイプの瞳の色だね。

 ジャンヌちゃんと一緒だ。

 

「これで疑われる可能性は低く……髪の毛を編んでおく方がいいかしら?」


 ストレートのきれいな髪を触る令嬢だ。

 こういうところは女の子だな。


「いや、もういいんじゃない?」


 もう面倒臭くなってきているオレである。

 

「……あん? 乙女心をわからないようね。やっぱり山猿に格下げですわ!」


「……三つ編みでよろしいでしょうかね?」


 前世の話だ。

 オレの上にはずぼらな姉がいた。

 姉というの名の暴君だ。

 

 その暴君は風呂上がりに必ずオレに髪を乾かせという。

 ついでに髪を編めというのも定番だった。

 

 お陰でトリートメントの仕方から、髪の編みこみまでだいたいのことは覚えてしまった。

 まさしく身体中に広がるトラウマだろう。

 

「よきにはからってくださいまし」

 

 ――まったく。

 つやつやでサラサラの髪の毛。

 ってまったく感触がしねえ。

 

「当然です。マスターから邪な思考を感じましたので」


 とは言えだ。

 ささっと手早く三つ編みにしてしまう。

 髪を留めるのに紐を使っておく。

 

 小袋の中に手を突っこんで、ササッと分子操作で作ったのだ。

 

 うん。

 我ながらイイできである。

 

「ほい、できたですよー」


 オレが言うと、令嬢が魔法で水鏡を作って自分の姿を確認している。

 なかなか魔法の発動がスムーズだ。

 しっかり練習しているんだろう。

 

「……まぁいいでしょう。山猿にしてはよくできましたわ。褒めてあげますわ」


 にゅっと頭を突きだすオレである。

 

「なにをしていますの?」


「叩いてほしいということでしょう」


 スペルディアの余計な一言に間髪入れず実行する御令嬢。

 スパン、といい音が鳴る。

 

「ちがうわ! なでろってことだよ!」


 褒めてあげるなんて言うから。

 オレだって偶にはなでてほしいんだよ。


 にこポなでポくらいしてやんよ!

 そのくらいの気迫だったのに。

 

「そうならそうと言いなさい。無言で頭を突きだされても意味がわかりませんわ」


 え? やってくれるの?

 再度、頭を突きだすオレである。

 

 令嬢の手がオレの髪に触れた。

 そこで感触が途切れる。

 

「……スペルディア、この野郎! ケンカ売ってんだな!」


「コンプライアンス違反です!」


「やかましい!」


 さすがにこれは切れるぞ。

 いや、マジで。

 

「だいたいこの私という正妻がいる前で他の女にニヤニヤするのは気に入りません!」


「はぁん!? おまっ……お前ってば女だったの?」


 衝撃の告白だった。

 ちくしょう。

 うっかりしてたぜ。

 

 人工知能の端末だもんな。

 そこに性別なんてないってのは思いこみだったか。

 

 クソ……。

 嫉妬してやがったのか。

 愛いヤツめ。


「人工知能の端末に性別なんてあるわけないでしょうに」

 

 童貞の純情を弄びやがって。

 この人工知能端末め!


 オレはやっぱりコイツが大っっっっっっ嫌いだ!

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