第024話 ラウールは英雄なのか、否か


 グランツ商会の中庭で、不審者が変身した。

 モコモコっと筋肉が盛り上がる。

 

 腕は四本。

 足は六本。

 

 顔はたぶん蜘蛛っぽい感じ?

 多脚戦車っていうんだったか。

 あんな感じでちょっと格好良い。

 

 上顎から蟻みたいな大きな牙が二本。

 かちかちと打ち鳴らしている。

 

 まぁこっちの準備も整った。

 とりあえず殺るか。

 

『スペルディア、連携できる?』


『可能です。既に攻撃用のドローンも展開済みですから』


『適当なタイミングで頼むわ』


 こっちがスペルディアと打ち合わせをしている間に、変身が終わったみたいだ。


「コココ。お前には死んでもらうぞ」


 なんて言いながら、六本足を器用に動かして突進してくる。

 変身ってズルいな。

 身体のサイズがまるでちがうじゃないか。

 

 さっきまではオレとあんまり変わらなかったのに。

 今のコイツはそこそこ大きい。

 

 ちょっとした軽自動車くらいのが突っこんでくる。

 粘着する糸をだしたりしないのか?

 

 避けるのは難しくないんだけどね。

 ここで避けたら、後ろの母屋に被害がでる。

 

 だから――。

 

『スペルディア!』


『承知!』


 蜘蛛男の背後から、小型の針が発射される。

 それも無数に。

 

 これ、怖いんだ。

 針自体が超振動をしていて、貫通力があるんだよ。

 しかもご丁寧に毒入りってね。

 

「ぐがあ!」


 斜めからの打ち下ろしなので、オレに被害はない。

 ただ蜘蛛男の背中から腹へと貫通した針は無数にあった。

 

 細く、小さな針だ。

 さほど大きなダメージはないだろう。

 

 だが――それで終わりだと思うなよ。

 

「こいよ! 魔剣ティルフィング!」


 オレの手には物質送還の機能で取りだした高周波ブレード。

 まぁ見た目は剣というより鉈だ。

 切れ味よりも耐久性を重視したんだよね。

 

 スペルディアの作ってくれたものだからね。

 ふつうの鉈であるはずがない。

 なんちゃら言う重さと耐久力のある金属で作ってるそうだ。

 

 切れ味の部分は高周波による超振動で補える。

 一瞬で間合いに入って、六本脚に斬りつけた。

 

 鉈の重さを利用して、クルクルと独楽のように回りながら斬る。

 斬って、斬って、斬った。

 

 片方の足は全滅だ。

 当然だが、蜘蛛男のバランスが崩れる。

 

 苦しいんだろう?

 スペルディア特製の毒だからな。

 

『マスター、今回は致死性ではなく、神経を過敏にする毒を使用しております。どの程度の効果があるかはわかりませんが』


「……いでえええ、いでええよおお」


『効いてるみたいだけど?』


『原液を打ちこみましたから。マスター、死体の回収をお願いします』


『おいおい、まだ戦いは終わってねえっての』


 蜘蛛男の口から、黒い霧状のなにかが吐かれた。

 ちゃんと見てるんだからね。

 

 大きく跳び退く。

 ついでに空中でワイヤーフックを発射。

 蜘蛛男の残っている方の足を狙う。

 

 細かく調整をして、残っている方の足にクルッとまとめて巻きついたのを確認した。

 そのまま一本背負いの要領で引っこ抜く。

 

「だらっしゃああ」


 ついでにワイヤーを巻き戻す。

 

「ぱわー!」

 

 ぐおんと音を立てて、一気に蜘蛛男の巨体が持ち上がった。

 その勢いで投げつける。

 

 ――がしゃあああん。

 

 ……あ。

 忘れてた。

 母屋に大激突する蜘蛛男。

 

「ぐはっ!」

 

 スペルディアが多次元障壁を張っている部屋以外のガラスが割れてしまった。

 

 外壁に打ちつけられた蜘蛛男が、ずるりと壁を落ちる。

 紫色の血の跡が生々しいな。

 

「なん……なんだ? おま……」


『マスター、待ってください!』


 妖怪首置いてけになろうとしたオレをとめる声。

 寸前で超振動鉈をストップする。

 

 ギリギリだったな。

 首から血が流れとるぞ。

 

『ん? どうした?』


『鹵獲して研究対象とします。先ほどは手に入れ損ないましたけど、今回は手に入れます』


 スペルディアのセリフが終わらないうちに、オレはその場から跳び退いた。

 すかさず攻撃用の小型ドローンから、麻酔用の針が打ちこまれる。

 

 一瞬でガクリとうなだれる蜘蛛男だ。

 

『スペルディア。さっき斬った足もいる?』


『もちろんです。すべて回収します』


『はいはい。わかりましたよ』


 オレは先に斬った足を回収する。

 その後に寝ている蜘蛛男も転送装置で送ってしまう。

 

『のーほっほっほ! いい研究素材が手に入りました』


 超絶ご機嫌になっているスペルディアだ。


『なぁスペルディア、母屋の修理って分子操作能力でなんとかなる?』


『当然です。マスターの力があれば、ちょちょいです』


 ってことでガラスの破片なんかを回収しながら、パパパッと能力を使って壊れた箇所を修繕していく。

 まぁそんなに時間がかかるようなことでもない。

 

「うし! これで終了だ」


「お、おい! ラウール!」


 おっちゃんだ。

 バルコニーから声をかけている。

 スペルディアが障壁を解いたんだろう。

 

「おう、おっちゃん! 母屋、壊してごめんな! でも直しといたから、弁償しろとか言わないでねえ!」


 バルコニーのおっちゃんに手を振りながら言う。

 弁償とか勘弁してくれって話だ。


「言わねえよ! 命救ってもらったんだからな!」


 いよっと声をかけて、一階部分から二階のバルコニーに跳ぶ。

 このくらいはお茶の子さいさいってやつだ。

 っていうか、機会の身体になる前からこのくらいはできたもんね。

 

「うお! スゲーな。さすがストラテスラ……」


「なにそれ? ストラテスラ家がスゴいんじゃなくて、オレがスゴいの! わかった?」


 コクコクと素早く頷くおっちゃんだ。

 

「ラウール、あなたは……」


 御令嬢だ。

 なんだか真剣にオレのことを見ている。

 

「ひとつ聞きたいのですが、辺境ではその強さが一般的なのですか?」


 ううん。

 一般的かどうか問われると答えが難しいな。

 

「さぁ? かなり特殊だと思うよ、オレは」


「シルヴェーヌ様。マスターは辺境の、ストラテスラ家の切り札です。さすがに南部辺境団と言えど、マスターと同程度の強さを持つ者はほとんどいません」


「承知しました。ラウール、あなたの働き、正しく英雄の如くですわ。事が落ちつけば必ず報いますから」


 なんかよくわからんけど、とりあえず頷いておく。

 

「おっちゃん、公爵家に使いをだしてくれる?」


「ああ――それは大丈夫だ。ってか、さっきの避難ついでにうちの丁稚を使いにだした」


「シルヴェーヌ様、実家にお手紙を書いてください。たった今、公爵家で人が動いています。マスターに同行していた侍女が戻ったので、シルヴェーヌ様の捜索にむかうのでしょう」


 続けて、スペルディアが問う。

 

「シルヴェーヌ様、王都にて公爵家が動かせる人員はどの程度でしょうか? 余りに人員を割きすぎると公爵家邸が狙われる可能性が高まります」


「王都に常駐できる公爵家の私兵は百人までと決まっています。これは従僕や侍女を含めない、騎士と従者の人数ですわ。お父様とおばあさまのことですから、もちろん襲撃の可能性も考慮しておられると思いますが……」


 それよりも、と御令嬢が言う。

 

「わたくしのお母様が動かれる方が怖いですわよ。かつて南部辺境団ストラテスラ家と肩を並べて戦われた御方ですから。今は所用があって領地に戻られていますが……もしわたくしのことを知ったら……」


 なにやら小難しい話が続いている。

 オレにはさっぱりだ。

 ってことでソファにどっかりと座る。

 

「おっちゃん、おっちゃん」


 と、小声でおっちゃんを呼んだ。

 

「どうした? どっか痛めたのか? 魔法薬ならすぐに用意させるぞ」


 人のいいおっちゃんだ。

 こんなに心配してくれるなんて。


「問題ないよ。怪我なんてしてないし。でも、腹減ったからなんか食わせて」


 こともなげに言ったオレを訝しげに見るおっちゃんだ。

 だが、それも一瞬のこと。

 ニヤリと唇を曲げて、笑い声をあげる。

 

「まったく、ストラテスラ家ってのは大したもんだ。いや、ラウールがスゴいんだったな」


 快活に笑うおっちゃんだ。


「ネイネ、悪いけど」


「ええ。承知しましたわ。我が国の英雄さんにお料理を振る舞えるなんて思ってもみませんでした」


「オレも従業員たちを呼び戻しに行ってくる」


 オレに告げるおっちゃんだ。

 まぁ今、御令嬢はスペルディアと忙しそうにしてるからな。

 仕方ない。

 

「大盛りでおなしゃす!」


 オレにできるのはこれくらいだ。

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