第017話 ラウールラミアと戦う


「スペルディア! お嬢さんを頼んでいいか?」


 返事を聞く前に走りだす。

 

『承知しています。既に多次元障壁を展開中ですので、マスターはあの魔人に注力してください』


「任せた!」


 ラミアを追って、大講堂の外へ。

 その瞬間になにかが飛んでくる。

 

 なに? と認識するまでもなく躱す。

 この身体になってスゴいのは動きが最適化されたことだ。

 脳と補助用の人工知能の反応がスゴい。

 

 人間の身体だと脳からの伝達が実際に身体にとどくまでに、ほんのわずかな時間だけどタイムラグがある。

 そのラグがほぼゼロって感じだ。

 

 思った瞬間には身体の動きが完了している。

 

 たぶん大侵攻スタンピードの最後の最後で掴んだ感覚に似ているんだ。

 まったくもってチートな性能だぜ。

 

 後ろで誰かの悲鳴があがった。

 どうなったか知らんけど。

 

 最小限の動きで躱し、走る。

 壁の向こう、数メートル先でラミアが口を膨らませた。

 

 十中八九、毒液。

 

 今のオレなら見てからでも躱せる。

 性能を信じて、最短距離を突っこんでいく。

 

 毒液の塊か。

 霧状にして吹きかけるのは近接のみかな。

 

 まぁ最悪は毒液にかかっても、オレならなんともないだろう。

 なんたってメタルボディなんだからな。

 

 心配しなきゃならないのは、金属を腐食させるような毒だ。

 いや、その辺はスペルディアがなんか言ってたっけ。

 

 ……忘れた。

 今は目の前にことに集中だ。

 

 最小限の動きで躱しつつ突進する。

 前なら魔法が使えたから牽制できたんだけどな。

 

 分子転写能力を発動してもいいけど……魔法に偽装させることはできないからな。

 なるべく手の内を明かしたくない。

 

 なら――仕方ねえ。

 辺境仕込みの体術でがんばるか。

 

「小癪な!」


 そんな台詞を吐く前に毒液用意しとけっての。

 ほら、もう間合いに入ったぞ。

 

 遠間から牽制のジャブ――嘘だろ?

 こんな機能ついてたっけ?


 オレの腕が伸びたんだ。

 錯覚とかそういうチャチなものじゃなくな。

 ぐぃいいんと伸びた。

 

 感覚的に十センチほどだろうか。

 明らかに届かない、牽制のためのジャブである。

 それが届いてしまった。

 

 ヘビ女の顔が後ろにのけぞる。

 軽くジャブを打っただけなのに……。

 

『マスターが寝ている間に夜なべして、少々改造をしております』


『そういうことは先に言えよ!』


『サプライズです!』


『サプライズ過ぎて、どうにかなりそうだよ!』


『それは重畳』


 スペルディアと会話していても余裕がある。

 なぜならオレの脳には補助の人工知能がついているからだ。

 目の前の状況が刻一刻と分析されていく。

 

 なんかあれだ。

 戦闘力がいくつとか、いつか再現できそうな感じ。

 

 顔を後ろにのけぞらせたラミアの懐に踏みこむ。

 オレが得意なのは超がつく近接戦闘だ。

 

 肘と膝、肩や頭突きなどを使うのが得意なんだよね。

 その方がダメージを与えられるっていうか。

 どうにもパンチやキックがしっくりこなかったんだ。

 

 だから辺境の武術でもかなり特殊。

 ここでも異端だったわけだ。

 

 ラミアの懐に潜りこんで、深く膝を沈める。

 そのままの勢いをもって肘撃を無防備な腹へ。

 

 うはぁ。

 なんだ、この弾力。

 

 ぎゅうと肉が詰まっているような感触。 

 細っこく見えても、やっぱり魔物か。

 大してダメージを与えられていないはずだ。

 

 だが、ここで離れることはしない。

 一撃で効かないのなら連撃に切り替える。

 

 さっきの肘撃とは反対の肘を使って顎をかちあげる。

 ちぃ……紙一重のところで躱された。

 

 だが、甘い。

 ラミアの体勢はよくない。

 これなら決まる。

 

 ゼロ距離からの掌底。

 無寸勁ってやつだ。

 

 ラミアの胸、心臓の上に手の平をあてる。

 むにゅりとした感触はしなかった。

 

 硬めのバスケットボールみたいな感触。

 ぜんぜん楽しく……決していやらしい気持ちはないぞ!

 絶対にだ!

 

 こうなったら遠慮なくいける。

 踏みこみと同時に力を伝達させて爆発させた。

 コツは関節と筋肉を巧く使うことだ。

 

 機械の身体で無寸勁を再現するのは大変だったんだぞ。

 喰らえ、必殺の――。

 

 視界の外に一瞬だけ黒いなにかが映った。

 その瞬間にオレは回避行動に移る。

 ボクシングでいうスウェーに似た動きだ。

 

 直感的な判断だった。

 オレの目の前、わずか数センチのところをなにかがとおりすぎていく。

 

 あれは――尻尾か。

 いや、なんて言えばいいんだ。

 足が変化した先っちょの方か。

 

 次の瞬間に女の頬が膨らんだ。

 またもや回避行動をとるオレである。

 

 今度はバク宙をしながら大きく下がった。

 せっかく間合いを詰めたのに。

 

 ぶふーと深緑色の霧を吹きだすラミアだ。

 それは予想ずみ。

 芸のないヤツだ。

 

 ……ふぅ。

 前哨戦はオレの勝ち。

 今のところは優勢って判定だろう。

 

『マスター! あの程度の個体に手こずってもらっては困りますね!』


 ちょっと距離が空いたところで先生から厳しい言葉がとんでくる。

 たぶんドローンで偵察しているんだろう。


『さっき、それなりに強いヤツって言ってたじゃん!』


『それは王都内の一般的な戦闘力を持つ人間と比べてです。マスター、そろそろ本気をだしてください』


『本気って言ってもなぁ。たぶん、次かその次くらいで勝てるよ、オレ』


 自信があった。

 もうラミアの動きは見切ったんだからな。


『いいえ、認めません。我がウル=ディクレシア連邦の力を見せつけるのです! 圧倒的で破壊的で殺戮的なマスターを見せておくのです!』

 

 なんだ、コイツ。

 急にスイッチが入ってやがる。

 

「……仕方ねえ、やるか」


 こっそりと分子転写機能を使うことにした。

 分子操作っていう無茶苦茶を実現したこの機能はスゴい。

 つか、ちょっと強すぎるんだよな。

 

「ふん、やるのはこっちの方さ、死ねえ!」


 ラミアが叫びながら地を這うように突っこんでくる。

 その速さは想定していたよりも三割増し。

 

 なるほど。

 尻尾の部分をバネみたいにしてんのか。

 

 だが今のオレなら十分に対処できる速さだ。

 大口を開けて、噛みつこうとしているのだろう。

 長い牙が顔を覗かせている。

 

 その顔を目がけて膝を繰りだす動きをしてみせる。

 ラミアがニヤリと目で笑う。

 

 わかってる。

 この一撃は想定済み。

 耐えて、カウンターの一撃だろう。

 

 甘いんだよ。

 分子操作能力でオレの膝に長さ三十センチほどの石筍が生える。

 一瞬でだ。

 

 石筍といっても、石じゃなくて金属だけど。

 

 ラミアが目を見開いた。

 さすがに想定外だったんだろう。

 今さら回避行動をとろうとしたって遅いんだよ。

 

 軌道を変えて逃げようとするラミアの頭を両手で捕まえた。

 間髪入れずに膝をお見舞いする。

 

「ごべ……」


 それがラミアの発した最期の言葉だった。

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