第003話 アルセーヌ機械の身体に転生する


 夢だ。

 懐かしい夢を見ていた。

 そんな記憶だけがある。

 

 あれ? オレ、生きてんの?

 なんでだ?

 

 身体が重い。

 ってか動かない?

 

 なんでと思う前に声が聞こえてきた。

 

「お目覚めですか、マスター」


 その声は自然なように聞こえた。

 ただ男性でも女性でもない。

 不思議な声だ。

 

「ああ、喋らなくてけっこう。と言うよりも、今はまだ喋ることができませんからね」


 どういうことだってばよ!

 

「詳しいことは後で御説明いたします。ですので、もうしばらくは夢を見ていてください」


 そんなこと言われてもなぁ。

 と思っていたら、ものすごく眠くなったで……ござる。


 エロい夢を見ていたと思う。

 そうとてもエロい夢だ。

 

「マスター。マルギッテ姉さん、そこはらめえとはどういう意味ですか?」


 はう! なんて酷い目覚ましなんだ。

 こんな音声、オレは設定してないんだけど。

 

「あれ?」


 身体が動く。

 目が見える。

 音も聞こえるし、声もでた。

 

 ぐるりと辺りを見る。

 病院っぽい感じの施設だ。

 辺りは一面、白色ばっかり。

 

 ベッド以外はなにもない。

 窓も、枕も、椅子も机もない。

 

 いるのは深い藍色をした梟だけだ。

 三十センチくらい?

 梟ってこんな大きさだっけか。

 

「改めましておはようございます、マスター。私のことはスペルディアとお呼びください。そうですね、わかりやすく言うと使い魔ですね」


 使い魔――ねぇ。

 使い魔ってのは調教師テイマーの特殊魔法だ。

 親密度をあげた魔物と魂のちぎりをもって契約する。

 

 ちなみに辺境には調教師テイマーはいない。

 なぜなら辺境の魔物は殺しにくるからだ。

 

 親密度もクソもない。

 サーチアンドデストロイの権化だからな。

 やぁこんにちは、なんてやってるとマルカジリだ。


 オレも魔法は辺境の中でも使える方だと思う。

 でも、調教師テイマーの特殊魔法は触ったことすらない。

 

「ええと……どういうこと?」


 魔物のいる世界だ。

 剣と魔法のファンタジーだ。

 喋る梟くらいはなんてことない。

 

 だけど……どうにもおかしい。

 

「簡潔に説明します。魔物の群れに追われていたあなたは、なぜか私たちの主となる資格を有していました。まぁ私たちにとっても積年の夢であった人物です。多少は問題がありましたが、契約をさせてもらいました」


 契約……それで使い魔か。

 ん? 契約?


「本人の意思は?」


「知りませんよ、そんなことは」


「悪徳業者!?」


 オレの言葉に梟は目を丸くさせていた。

 だが、すぐに元のすました顔つきに戻る。


「業者ではありません。ましてや悪徳でもありません。失礼な。ウル=ディクレシア連邦です。お間違えなきよう。まぁ契約と聞けば不安に思うかもしれませんが、私たちもマスターを必要としています」


「つまり?」


「悪いようにはしないってことですよ」


 梟がちょっと悪い表情になったように見えるのは気のせいか。

 こほん、と梟が咳払いをする。


「では、状況を説明します。マスターは瀕死の重傷を負っていました。肉体の損傷は約九割。さすがに私たちウル=ディクレシア連邦の誇る技術をもってしても治癒はできませんでした」


 ほう、とオレは声をあげた。

 

「マスターには生命維持と契約の履行を求める必要がありました。そこで我がウル=ディクレシア連邦の誇る超高度サイバネティックス技術の粋を集めてサイボーグ化したのです」


 まるで、えへんとでも言いそうな梟だ。

 心なしか胸を張っているんじゃないか、こいつ。

 

「サイボーグか……ロボットじゃねえの?」


「バッ……マスター。いいですか! ロボットというのは全身の百パーセントが機械になります! しかしサイボーグは生体と機械の融合なのです! マスターの場合は脳以外がすべて機械、つまりサイボーグなんです!」


 めっちゃ早口になったぞ、コイツ。

 つか最初バカって言いそうになってない?

 

「お、おう……? ん? ちょっと待った。今、なんて言った?」


「マスターはサイボーグだと」


「いや、その前だよ。脳がなんたらかんたら」


「ああ、マスターの肉体は損傷の具合が酷かったですからね。すでにこちらで処理・・してあります」


「はああん?」


 思わず、オレは自分の手を見ていた。

 両手ともに機械のものだ。


 というか、あれだ。

 有機的な機械とかそういのじゃなくて、完全にメタリックに輝くボディである。

 

 このまま宇宙の刑事にでもなれそうな勢いだ。

 金ぴかだったら、宇宙戦争に巻きこまれるぞ。

 

「はう!」


 メタリックなボディに反射するオレの顔。

 そこはもうあれだ。

 完全に特撮ヒーローを思わせるデザインになっている。

 

「マスター。どうかなされましたか?」


「どうかなされましたか? じゃねえ! オレ、オレ……」


「どうです? 美しいでしょう? 格好良いでしょう? このスペルディア、必ずお気に召していただけるものと自負しております」


「却下だ! やり直しを要求する!」


「なんでだー!」


 コンコンコンコンと高速で嘴で突いてくる梟。

 だが、効かぬ。

 このメタリックボディの身体にはな。

 

「…………」


 未だにオレを突つく梟をむんずと掴んだ。

 そして、なでくり回してやる。

 

「ぐわ、マスター!?」


 すげえな、この身体。

 機械なのにしっかり触感が備わっている。

 梟のモフモフ加減がしっかり……あれ?

 

 この梟は義体か。

 モフモフの下にしっかり機械の感触がある。

 

「……ふぅ」


 息を吐く。

 いや、吐いたふりになるのか。

 もう肺なんてないんだから。

 

 ああ、クソ。

 頭では理解できるんだけどな。

 

 瀕死のオレを助けるために、スペルディアはサイボーグにするしかなかった。

 だけど……どうにも心が追いついていかない。

 

「マスター?」


 おっと、いつの間にか愛でる手がとまっていたようだ。

 梟を放してやると、ふよふよと宙に浮く。

 

「あーくそ、仕方ねえってわかってんだけどな!」


 なんだ、この感情は。

 いらだってる?

 

 いや、ちがう。

 よくわからない。

 わからないけど、ネガティブな感情なのは間違いない。

 

「ふぅううう……」


 深呼吸。

 こういうときは深呼吸だ。

 嫌な感情を腹の底から、息にのせて追いだす。

 

 これが辺境で学んだことのひとつだ。

 気持ちの切り替え。

 いつまでも悔やんだって仕方ない。

 

 ダイスは一度しか振れないのだから。

 

「悪かったな。落ちついたよ。で、ひとつ聞きたいんだけどいいか?」


 ちょっとだけ神妙な顔つきになっているスペルディア。

 なかなか愛いやつではないか。


「なんなりと」


「魔物の群れはどうなった? オレは大侵攻スタンピードの方向を変えることはできたのか?」


「この遺構に群がっていた魔物は殲滅しました。マスターと契約したお陰です。ただあの大型の魔物については仕留めておりません。が、森の奥へと帰って行ったのは確認しました」


 ってことは大侵攻スタンピードは収束したのか。

 ならよかった。

 

 命をかけた甲斐があるってもんだ。

 本当によかった。

 

「なぁ……機械の身体になっても胸の辺りに熱いもんがこみあげてくるんだな」


「当たり前です。マスターはロボットではありません。我がウル=ディクレシア連邦の誇る最先端技術で蘇ったのですから」


「でも、涙はでないんだな」


「でるわけありませんよ。涙腺なんてつける意味がありませんし」


 まぁ! なんて言い草なんでしょう。

 この子ったら。


「この人でなし」


 言いながら、スペルディアを掴んでモフる。

 

「ちょ、マスター! な、なにをするだー!」


 おほほ。

 機械の梟でも言い間違えるのね。


「……マスターのバカ、人でなし!」


 しばらくモフりを堪能した後だ。

 スペルディアは空中で羽を繕っている。

 

「サイボーグにしたのお前だろ?」


「ぐぬぬ……まぁいいでしょう。マスター、私からもひとつ聞きたいことがあります」


「ん? なんだよ?」


「マスターは先ほどロボット・・・・と言いましたよね? なぜその言葉を、概念をご存じなのです? 私たちが知る限り、現在ではそれを知る者はいないはずですが?」


 あー、これはやっちまった。

 さて……どうするか。

 

「それなー。なぁスペルディア」


「なんでしょう?」


「誰にも言うなよ?」


「承知しました。マスターとの間に結ばれた守秘義務というやつです。私たちは誰にも漏らしません」


 うむ、と納得する。

 そして息を大きく吸った気になって、オレは覚悟を決めた。

 

「おれな、転生者なんだ」


「ハハハ! ご冗談を。アハハハ! そんなわけないでしょうに! ハーハッハッハ!」


 大笑いする梟。

 オレはこいつが大っっ嫌いかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る