第004話 アルセーヌ今後の目標ができる


 何もない白い病室のような部屋で、梟が大笑いしている。

 その姿を見て、オレは――拗ねた。

 

 一大決心をして言ったんだよ。

 こっちの世界で初のカミングアウトさ。

 それを冗談だと嘲笑いやがった。

 

 なんて梟だ。

 使い魔だのなんだの言いながら、ぜんぜん敬意がない。

 まったく、これだから機械ってやつは。


「もうそろそろ機嫌を直してくれませんかね」


「うっせー」


 やさぐれたオレの心を癒やしてみろってんだ。

 この梟型のロボットめ。


「だから謝っているではありませんか。私たちの知る知識とはまったく異なることを言われたのです。冗談としか思えませんよ」


 深い藍色の梟がそこで大きく息を吐いた。


「魂――私たちは魂魄と呼んでいます。さて、この魂魄ですが私たちにとっては、かなり重要なものなのですよ。そもそも私たちウル=ディクレシア連邦では、質量をエネルギーに変換する技術を有していました」


 ぐぬぬ。

 これはちょっと聞きたい。

 オレのオタク心をくすぐるじゃねえか。

 

 質量をうんちゃらってあれだろ。

 アインシュタインの有名な公式だ。

 いーいこーる・どえむがしすたーってやつ。

 

「この技術はかなりいいところまでいったのですが、最終的には人の手で制御できないことがわかったのです。そこで私たちはもう一つ、安全でかつ巨大なエネルギーを持つものを発見しました」


 ほほう。

 これは面白くなってまいりました!


「それが魂?」


 ふと頭によぎったことが口にでた。


「ご明察です。私たちは魂魄からエネルギーを取りだす技術を開発しました。それを魂子力こんしりょくと名づけたのですよ。この遺構もまた魂子力で動いています。それはマスターがいたからです」


 ううむ。

 よくわからんけど、なんとなくわかる。

 これ、大事。


「マスターの魂子力。それは常人とは比較にならないほどの容量があります。故に私たちはマスターと契約をしました。そして、私たちの理論からすれば転生はありえないのです」


 褒めたまえ。

 もっと褒めたまえよ、スペルディアくん。

 キミの悪い癖だよ、ちょっとだけ褒めるのは。

 のほほほ。


「ですがマスターの言うように転生があるのなら、この莫大なエネルギーにも説明がつきます。恐らくですが界を渡ることによって魂に力がついたのでしょう」


 よくわからん。

 なぜ界を渡ることで魂が強化されるのだ。

 そこんとこ詳しく。

 

 って、たぶんスペルディアもわかってないんだろうな。

 だから恐らく・・・なんて保険をかけたとみた。

 

「マスターの言いたいことはわかります。その辺は追って研究していきますよ。伊達にここは研究所ラボではありません。さらなる魂の構造の研究にも役立ちそうですからね」


 うむ、とひとつ頷く。

 鷹揚にいくのが偉そうにするポイントだ。

 ここでオレの頭脳がひとつの疑問を思いついた。


「魔力ってのはどうなってんだ?」


「そこですよ。マスターには知っておいていただきたい。私たちウル=ディクレシア連邦が健在だった時代には、魔物も魔力もこの世界には存在しませんでした」


「ほ、ほう……」


「つまり私たちウル=ディクレシア連邦が崩壊した後、何者かがこの世界に介入し、魔力や魔物という存在を作り上げたのです。どうです? この謎を追ってみたくはありませんか?」


 おいおい。

 そういうことは早く言ってくれなきゃ。

 めちゃめちゃ面白そうじゃねえか。


「そこでマスターに提案があります。中長期的な目標として、私たちの遺構を探していただきたい。私たちはマスターと契約するまでは最低限の活動しかしておりませんでした」


「つまりなにが言いたいんだってばよ?」


「この世界の各地に眠る遺構の中には、私と同様の存在がいるはずです。そうした遺構を復活させ、世界の謎を解くのです! そしてマスターはバージョンアップしていくのですよ!」


 はきゅーんときたね。

 バージョンアップとかなにそれ。

 ロマンチックじゃん。


「やりゅ! めっちゃ面白そう」


「そうでしょう、そうでしょう。では中長期的な目標はそれとして、短期的な目標はマスターの慣熟訓練を行なうことを強く推奨します」


「……慣熟訓練」


「端的に言うと、その身体になれろということですよ。私は必要以上にマスターを縛ることはしません。基本的には自由にしていただいてけっこう。ですが、まずは慣れてください」


 まぁ任せておけって。

 訓練大事。

 

 これも嫌ってほど辺境で学んだことだ。

 いざってときに動けないんじゃ話にならない。

 

 次に聞きたいことをきいておく。


「実家に帰るのは?」


「ご家族にはマスターの生存をお知らせすべきでしょう。この世界では数少ない伝手なのです。失うのは得策ではありません」


「伝手とか言うな。なんか打算だけで動いているみたいだろ。でもなぁ……」


 今のオレはあれだ。

 宇宙の平和を守る刑事のような姿なのだ。

 この姿でアルセーヌですと言ったって誰も信じてくれねえ。


「そんなマスターに朗報です。現在、我がウル=ディクレシア連邦の誇る最新の人工皮膚培養施設の起動に成功しました」


 ほう。

 ってことは、見た目が元に戻ると。

 そういうことですか、スペルディア先生!

 

「……そんなに期待をこめられても何もでませんよ? 私たちが誇る最先端の技術をマスターに提供するだけです」


「キミはやればデキる子だと思っていたんだよ。ははは。よろしく頼むよ」


「おまかせあれ」


 その日からオレの慣熟訓練は始まった。

 ウル=ディクレシア連邦の遺構ってのは地下に広い。

 もちろん慣熟訓練のための施設も充実していた。

 

 研究所ラボというだけのことはあるのだ。

 

 それにこの身体は思っていたよりもスゴい。

 身体強化をかけた肉体よりも動けるなんてな。


 そして何日か経過した後のことだ。

 念願の人工皮膚を手に入れることができた。

 

 そこまではよかったんだよなぁ。

 でもさあ。

 

 スペルディアが画像を見せてくるんだ。

 これで再現するぞって。


「いいや! オレの鼻はもっと高かったね! すらっとしてたもん」


「なにをバカなことを! 我が連邦の誇る最高の技術でもってマスターの頭骨から復元したデータなのです。間違いなどあろうはずがありません」


「ばっか、お前。オレはぱっちり二重で、もっと愛らしい目をしてたの!」


「そんなデータは存在しません!」


「なにおう!」


「これだけはマスターの名誉のためにしたくありませんでしたが、仕方ありません。こちらはマスターの記憶から読み取れた生前のご尊顔です」


「……卑怯よ! そんなの卑怯よ!」


 アテクシの心は深く傷ついたわ。

 なんてことをしてくれるのよ!


「おわかりいただけましたね?」


「いいじゃないの! ちょっとくらい夢見たってさぁ」


「ダメです。マスターの希望をとおすと、ご家族が誰だかわかりません。それでは顔を再現する意味がありません」


「正論ばっかり言うんじゃねえ! この人でなし!」


「人工知能端末ですけどね」


「きいいいいぃぃぃぃ」


 オレはやっぱり、こいつが大っっっ嫌いだ!

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