第002話 アルセーヌの覚悟と意地と運の良さ


 オーマ大森林の中。

 居るのはオレとアニキと直属部隊の連中のみ。


「いや残るならオレの方だろうが!」


 兄貴がバカなことを言う。

 先ずは大侵攻スタンピードと戦えるだけの体制を整える必要がある。

 

 そのためには人手がいる。

 だから足止めはオレひとりで充分だ。

 

「この面子だったらオレだよ」


 そう――。

 オレならまだ生き残れるかもしれない。

 微粒子レベルでの話だけどな。


「つか、アニキは結婚したばっかじゃねえか。マルギッテ姉さんを悲しませんな」


 いい女なんだよ。

 本当はオレが狙ってたんだ。

 でもマルギッテ姉さんには、端っから相手にされてなかったけど。


「ばっか……お前。本気か……」


 兄貴は優しい。

 優しくていい男だ。

 なんたってマルギッテ姉さんが惚れるくらいだからな!

 

 ちくしょう。

 そんなアニキだから、後のことを任せられる。

 いい領主になるよ、きっとな。


「辺境を生きる貴族の掟、忘れたわけじゃねえよな! ヘッケラー! アニキのこと、頼んだぜ」


 グズグズするアニキを見て、偵察部隊の隊長に声をかける。

 ガキの頃から世話になったオッサンだ。

 

 筋骨隆々で二メートルくらいある。

 そり上げた頭がチャームポイントだ。

 決してハゲてるわけじゃないって本人が言ってた。


「承知しやした。坊ちゃん、御武運を」


 ヘッケラーと拳を突き合わせる。

 これが辺境を生きる貴族の掟だ。

 

 死ぬのは怖くない。

 いや、怖いけどさ。

 

 それ以上に使命感みたいなのが強い。

 あーあ。

 オレも辺境の貴族に染まったもんだ。


「アルセーヌ! 勝手に決めるな!」


 叫ぶアニキに腹パンするヘッケラー。

 ザマァってなもんだ。


「坊ちゃんの心意気を無駄にしなさんな。若、ここは坊ちゃんに任せて退くんですよ!」


「くっ……バカな弟だと思ってたけど……あとで泣きべそかいても文句言うなよ!」


「うるせえよ……兄貴、じゃあな」


 拳を突き合わせた。


「行けっ!」


 オレの声をきっかけに兄貴たちが動く。

 

「ハレルの泉で待ってろ! 説教してやるからな!」


 兄貴に背を向けたまま、手をひらひらと振る。

 ハレルの泉ね……。

 

 生憎と転生者のオレはそんなもん信じてねえの。

 でもまぁ天国ってとこで待ってるよ。

 きっと似たような場所だからな!

 

 独りになった。

 深呼吸をする。

 森の濃い空気を吸って、吐く。

 

 身体が震える。

 怖い。

 いや、怖くない。

 

 膝がガクガクと音を立ててるみたいだ。

 

 怖くない。

 オレが怖いのは……あいつらが泣く顔を見ることだ。

 

 よし、腹は括れた。

 

「おおおおおおお!」


 全開。

 ふだんは抑えている魔力を身体の中でぶん回す。

 速く、大きく、鋭く。

 

「できることをやる。当たり前にやる。それだけだ」


 魔力を活性化させると、不思議と身体の震えもとまった。

 身体強化をして森の中を跳ぶ。

 

 目指す先は大侵攻スタンピードの大将。

 大型の混成タイプだ。

 

 色んな魔物の特徴が混ざっているから混成タイプ。

 ぶっちゃけキモい。

 オレの前世で言えば、宇宙生物みたいなやつだ。

 

 その前に邪魔をする魔物がいる。

 

 集中。

 研ぎ澄ませ。

 

「ウーの狭間に淀む不逞! 憂い、囀り、駆け回れ! バーモ・イーダー・グルード! 贄ならば存分に用意した、食い散らかせ!」


召喚コール! 闇空魚オズ・ダファーナ!】


 危険度の高い召喚魔法をぶっ放す。

 黒一色のピラニアみたいなやつが、わんさかでてくる。

 もうその辺りを埋めつくさんばかりだ。

 

 魚のくせに空を飛んでるし。

 エラ呼吸とかどうなっとるんじゃいと思わないでもない。

 

 ただこの召喚魔法の恐ろしいところは、下手したら術者を喰うってところだ。

 おっかねー。


「オルラあ! こっちだ!」


 蟻にカマキリになんかよくわからん虫の魔物の大群だ。

 オレは都会っ子だからな、虫は苦手なんだよ!

 汚物は消毒だあってな。

 

 魔力の続く限り、やる。

 ただで喰われてやらねえからな!

 

 召喚した闇空魚たちが魔物に襲いかかった。

 どんどん食い散らかしていく。

 

 なんて頼もしい子たちなの。

 やだ、あたい惚れちゃう。

 

 キュンキュンしてる場合じゃねえわな。

 雑魚どもは闇空魚に任せて、巨木の枝を渡って行く。

 目指すは大型の魔物。

 

 こいつが森の深層からきたから、魔物が押しだされている。

 だから倒すか、行き先を変えるように持っていく。

 

 まぁ倒すのは無理だ。

 十中八九、オレの魔法が通じない。


 だから、行き先を変えるようにしたい。

 そのためには最低でも大型の魔物に、オレを仕留めるべき敵だと思わせる必要がある。

 

 見晴らしのいい巨木の枝で息を整えた。

 胸の前で両手を合わせて、魔力を一気に練りあげていく。

 

「四方に座す精霊たちの声を聞け! 風の五芒、火の五芒、地の五芒、水の五芒!」


 オレの前に出現した巨大な魔法陣が仄かに光る。

 その大きさがオレの身長を超えた。


「嘆き、逆巻く、腥き血潮よ! 星の六芒と月の六芒を導け!」


 ここから超集中!

 

「ロー・イム・サ・イム・ロー! 天蓋を衝く迅雷となりて、万物の理を覆せ!」


神雷ペコラ・テスラ!】


 腹の底が震えるような震動。

 辺り一面に轟雷が降りそそぎ、前が見えない。

 

 どや。

 これがオレのできる最強の魔法だ。

 

 まぁ一発撃つだけで精一杯。

 こんなもの魔物との戦いで使うとは思わんかった。

 

「やったか!」


 一瞬だが大型の魔物の姿が見える。

 かなりのダメージが入っていると思ったんだけど……。

 嘘だろ?

 

 あいつ。

 足下にいる魔物を吸収してやがる。

 回復? いや、変身なのか。

 

 ここから先はもう命を賭けるしかねえわな。

 

「やったろうじゃねえか!」


 こんなのオレのキャラじゃねえんだけどな。

 仕方ねえ。

 ジャンヌちゃん、マルギッテ姉さん。

 成功したら、ひと房くらいいいよな?

 

 ひいては領民の、兄貴の、親爺殿のお袋様のためだ。


 魔物の群れに突っこんでいく。

 大型を目指して。


 心臓が痛い。

 頭痛が酷い。

 視界がぼやけてる。

 

 身体を動かすのが億劫だ。

 それでも、だ。

 

 斬った。

 斬られて、斬られて、斬った。

 

 吐く。

 吐瀉物を撒き散らしながら、また斬った。

 

 もう魔法は使えない。

 だから……斬る。

 斬られるよりも速く斬る。

 

 はは……オレってば天才か。

 こんなところで極意を掴んじゃうなんて、な。

 

 目の前に大型の魔物がいた。

 こっちなんて見てねえ。

 

 そらそうだ。

 ちっぽけな人間なんて相手にするかって話だろうよ。

 

 象が蟻の存在を認識しないのと同じだ。

 でもな、こっちには注意を引くくらいのことはできるんだ。

 

 近くにあった巨木を蹴って跳び上がる。

 

【日光拳!】


 ハゲてないけどな。

 全身から光を放つくらいならできるんだよ。

 

 身をよじらせる大型の魔物。

 近くでみると気持ち悪い。

 

 表面はコールタールみたいな黒だ。

 その表面からちょっと下に吸収された魔物がいる。

 

 デコボコになってるからわかるんだよ。

 グロい。

 

 全体的な形としてはあの有名な恐竜に似ている。

 いや、特撮映画の怪獣の方か。

 

 何個あるのかわからない目が、オレをとらえた。

 その瞬間、身体の不調を忘れるほどの怖気が走る。

 

 ぶるりと自然に震えちまう。

 圧倒的な捕食者に見られた――そんな気分だ。

 

 気がつくと、オレは駆けだしていた。

 巨木を伝って、最速、最短で距離をとろうとする。

 

 背後から空気を震わせるような叫声が追いかけてきた。

 

 怖い。

 シンプルに怖い。


 絶対に逃れられない死がそこにいる。

 だから振り向かずに、枝と枝の間を全速力で駆けた。

 

 とりあえずこれで大侵攻スタンピードの方向は変えられたと思うんだが……余波くらいはなんとかしてくれよ、兄貴。

 

 はぁ? なんだこれ?

 

 立ち止まってしまう。

 だって、オレの目の前には遺跡があったのだから。

 

 前世の記憶で言うなら、階段状のピラミッド。

 石作りのやつだ。

 

 嘘だろ。

 前世でも映像でしか見たことなかったのに。


 オーマ大森林に眠る古代遺跡!

 めちゃくちゃロマンがあるじゃねえの!

 

 と、思えたのもそこまでだ。

 アドレナリンが切れたんだと思う。

 

 誤魔化していた身体の痛みが、はっきりと認識できた。

 そこへ津波のように襲ってくる魔物の群れ。

 

 あーくそ。

 最悪だ。

 

 二重の意味で最悪だろう。

 こんな世紀の大発見をしたってのに。

 

 神よ! オレにセーブ機能をくれ!

 

 なんてことを言っても詮ないだけか。

 

 魔法はもう無理か。

 なら、肉弾戦だな。

 ……仕方ない。

 

 息がきれる。

 胸が裂けそうだ。

 

 腕が一本なくなってる。

 右……じゃなくて左か。

 

 まぁどっちでもいいや。

 くそ……かなり減らしたと思うんだけど。

 

 まだウジャウジャいやがる。

 虫は苦手なんだよ、マジで。

 

 あー夜か。

 夜。

 

 たぶん、そうだ。

 真っ暗だからな。

 なーんも見えねえ。

 

 こんな真っ暗なのが夜ってわけねえだろが! 

 ここは異世界だっての! 

 月が二個もあって、どっちかは必ず出てるんだって。


 ってことは目が見えてねえのか。

 

 で、たぶんだけど喰われてる? 

 いや違うか。

 

 たぶんアレだ。

 苗床ってやつだ。

 

 は……はは。

 さすがになぁキツいわ。

 

 もうここまできたら、やることはひとつだけだ。

 持ってけ、オレのありったけだ。


 奥歯に仕込んだとっておきの薬を噛みしめた。

 苦い? もう味もよくわからん。

 

 なけなしの魔力を暴走させるお薬だ。

 辺境では自裁用に使われる。

 

 暴走させて、暴走させて。

 

 ――キメの一言。


「ば……ばる……」


 瞬間、身体が痺れる。


 ちくしょう。

 言えなかった。

 

 絶対に言ってやろうって思ってたのに。

 最後まで締まらねえ。

 それがオレの人生ってやつか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る