第040話 ラウールよりも本気で怒るスペルディア


 蟻の口についている二本の大きな牙。

 クワガタの角みたいなやつ。

 

 あれが迫ってくる。

 めっちゃデカい。

 しかもトゲトゲがいっぱいついてる。

 

 頭を潰しただろうが。

 このタイミングじゃ回避は間に合わない。

 

 舌打ちをして、オレはミョルニルを水平にぶんまわした。

 牙が迫ってくるもミョルニルに粉砕される。

 

 クソっ。

 まだ生きてやがんの……か?

 

 と、オレは見た。

 蟻の頭と胴体のつなぎ目だ。

 そこからヒト型の身体が生えている。

 

 だいたいへその辺りで蟻の身体と同化している感じか。

 髪はない。

 ツルツルの坊主頭。

 

 顔の感じは女性っぽい。

 ただ胸もない。

 

 つるぺたーんだ。

 コリーヌちゃんと同じである。

 

 そいつは笑った。

 いや、単に唇の端をつり上げただけかもしれない。

 ただ嘲笑ったように見えたのだ。

 

「ほおん……」


 ニヘラと笑う。

 笑ってしまう。

 

 ミョルニルを持つ手に力が入った。

 

「あっちが本体か」


 地面に埋まっていた蟻の身体が持ち上がった。

 

「ごあああああああ!」


 ヒト型の部分が吼えた。

 電車二両分の巨体の体当たり。

 

 さすがのオレも受けとめられなかった。

 どん、という衝撃のあと一気に吹き飛ばされる。

 そのまま巨木の幹に背中を叩きつけられた。

 

「マスター!?」


「うはぁ……見てみろよ、これ」


 べっこりとオレの装甲ボディがトゲトゲの形に凹んでいる。

 こりゃあ人間の身体だと即死だ。

 

「……こ、ここ、こここ」


 スペルディアの様子がおかしい。


「殺すぞ、こらああああああ! よ、よくも私の、私の最高傑作を! 殲滅です! 虐殺です! 族滅です! 絶対に許さんぞ! 嬲り殺しにしてくれるわあああ! マスターがな!」


 お、おう。

 ドン引きである。


 なに、この子。

 どうしちゃったのよ。

 

「いけええ!」


 スペルディアからの号令がかかった。

 まぁ言われんでもいくけどな。

 

「スペルディア、多次元障壁の展開忘れんなよ!」


 そうだ。

 よく考えたら、さっきの激突のときにも……。

 

 おっと、これ以上はよくない。

 なんだかとってもよくない気がする。

 

「ごわああああああ!」


 棘がとんでくる。

 無数に。

 

 だが、多次元障壁の前でその棘は通用しない。

 既に効果は確認済みだからな。

 

 踏みこんで、跳ぶ。

 蟻の身体の上に乗る。

 

 蟻の本体が叫んだ。

 ぶんぶんと身体を動かして、オレを振り落とそうとする。

 が、無理なんだよ。

 

 なんたってオレはサイボーグ。

 しかも分子操作能力も使えるんだからな。

 

 靴の裏にはすでに金属製のトゲトゲを生成ずみだ。

 アイゼン? だっけか。

 雪山を登るときにつけるみたいなやつ。

 

 あれがガッチリ食いこんでいる。

 ちょっとやそこらでは剥がれんよ。

 

 一歩、歩くたびにがちーんと音がする。

 ふふふ。

 

 音が近づくたびに恐怖を感じているのだろう。

 だが、蟻の身体だ。


 背中部分を攻撃できる能力は限られている。

 そして、スペルディアの多次元障壁がある限り、オレは無傷だ。

 

 がちーん。

 がちーん。

 がちーん。

 

 一歩、蟻の背を踏みしめて近づくたびに、蟻の本体が吼える。

 ビビってるんだろう?

 だが、許してやんない。

 

 巨木に体当たりしたってムダだ。

 オレは絶対に落ちないから。

 

 がちーん。

 がちーん。

 がちーん。

 

 蟻の本体にとってはホラーだろう。

 オレの攻撃力の高さは身を持って知っている。

 

 そいつが自分を狙って、少しずつやってくるんだから。

 しかも音を立てながら。

 

「いーひっひっひ! いい気味です!」


 なんだか先生のご機嫌が直ってきているように思う。

 やってよかった、この作戦。

 

「おいおい! ビビってンじゃねえぞ、こるらあああ!」


 先生がちょっと調子にのってきた。

 

「へいへい! 死へのカウントダウンが聞こえるか!」


 おっと。

 あんまり調子にのるのは良くないぞ。

 きっと、後で恥ずかしい気分になっちゃうから。

 

「泣いても! 謝っても! 絶対に許してやらない! マスターがお前を殴るまでな! げーへっへっへ!」


 ……ゲスいんだけど。

 なんだ、その笑い方は。


 がちーん。

 がちーん。

 がちーん。

 

 で、オレは本体の目の前にいた。

 本体は口を開けて、オレを威嚇している。


 細い手をオレに伸ばしてくる。

 が、手刀でバッサリといってやった。

 

 もうなす術はない。

 身体をよじっているが逃げられねえもんな。

 

「じゃあな!」


 ミョルニルを振り下ろす。

 今度こそ、オレの勝ちだ。

 

「いえやあああああ! さすがマスター! あの顔、あの顔を見ましたか、いーひっひっひ!」


 相棒よ。

 そろそろ正気に戻って。

 

 どすーんと音を立てて、地面に落ちる蟻の身体。

 

「スペルディア、これ転送できる?」


「もちろんです。しっかり転送してください。大型の魔物を鹵獲したんですから、しっかり解析させてもらいます。腹にいるタマゴもね!」


 げーへっへっへ! と高らかに笑う相棒だ。

 いや、こんな相棒いやだな。

 どんだけマッドなんだよ。

 

 映画だったら、絶対に死ぬ役だ。

 とかなんとか言いつつも、大型の魔物を回収しておく。

 

「スペルディア、親父殿はどうだ?」


「あ、そちらは問題ありません。ヘッケラー氏も同様です」


 よし。

 一安心だ。


「うし、じゃあお袋様のところに行くぞ!」


「承知しました。その前にマスター、服を直しておいてください」


 あ、そうか。

 今のオレはスペルディアの人工皮膚も破れて、機械の身体が見えている。

 これを隠しておかないとな。

 

「人工皮膚に関しては、戦いが終わったら修復します。というか、ボディも直す必要がありますからね!」


 はいはいと生返事をしながら、分子操作能力を発動させる。

 服もしっかりと直したところで移動開始だ。

 

 お袋様の戦場まで駆けていく。

 ワイヤーフック様々だ。

 

 前方でどでかい衝撃があがった。

 同時にバリバリバリと空気を裂くような音が鳴る。


 あれは――お袋様の魔法か。

 一度だけ見せてくれた雷の上級魔法だ。

 

「スペルディア、ドローンを展開させてるな!」


「もちろんです!」


「お袋様が危ない場合は、すぐにでも割って入れ!」


「承知」


 オレもさらに急ぐ。

 もう眼下にいる小型の魔物は無視だ。

 

 森の中を駆けて、駆けて、ちょっと拓けた場所にでた。

 そこに居たのは満身創痍のお袋様。

 

 そして、瀕死になったものの生きている大型の魔物だ。

 

 巨鳥だ。

 なんでこんなデカい鳥が飛べるのかわからん。

 今は地面に落ちてるけど。

 

 そりゃあ、親父殿はこっちの鳥相手には戦えんわな。

 近接最強なんだけど、遠距離攻撃の手段がねえもの。

 石なげるくらいだ。

 

 それでもまぁ大抵の魔物は死ぬけどな。

 オオタニさんなんて目じゃねえ剛速球だからな。

 

「めじゃねえ、メジャーとかけてます?」


「事故だ、事故! そこは流せよ!」


 まったく小姑かっての。

 お袋様は……うん、見た感じ大丈夫そうだ。

 

「お袋様!」


 親父殿のときと違って、不用意に近づかない。

 ちゃんと学習しているからな。

 

「あん? ラウール?」


大侵攻スタンピードが起こったから戻ってきた」


 片膝をつき、肩で息をしているお袋様だ。

 ぎろり、とこちらを見た。


「……なるほど、優秀な使い魔殿だね」


 ガクリ、と力の抜けるお袋様。


「スペルディア、頼む」


「お安い御用です」


 麻酔針を射出して、お袋様を眠らせる。

 そのまま転送して治療だ。

 お袋様もけっこうな重症だったからな。

 

「さて、残るはこの大型か」


 巨鳥。

 翼の端から端まで入れたら、たぶん学校のプールくらいある。

 だいたい三十メートル弱ってところか。

 

 その巨鳥がでっかい目でオレを見た。

 もう飛べないのだろう。

 だが、翼を広げて威嚇してくる。

 

「ヒートアックスに換装!」


 溶断する大型の斧だ。

 なぶりはしない。

 

 ただ命はもらう。

 跳び上がって、上空から断頭の一撃。


「うるああああああ!」


 気合い一閃だ。

 地面まで切り裂く勢いで、巨鳥の首を落とす。

 

 さて、残るは超大型のみ。

 

「マスター! あとはあの大型だけですが、やりますか?」


「ま、やるだけやるさ」


 巨鳥を回収してから、ワイヤーフックを伸ばす。

 そして、スペルディアの誘導に従って、今回の大侵攻スタンピードの元凶である超大型のもとにむかった。

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