第039話 ラウールは大侵攻をとめられるのかい?


 駆ける。

 オーマ大森林の中を。

 立体機動を使って巨木と巨木の間を縫うように。

 

 しっかりとさっきの魔物は回収した。

 

 時折、見える小型から中型の魔物は無視だ。

 通りすがりに、指弾を撃って牽制くらいはするけど。

 

 だが、少しずつ魔物の量が多くなってきている。

 それだけ大侵攻スタンピードの中心地に近づいているってことだ。

 

 前のときも大変だったからなぁ。

 あんときは禁呪指定の召喚魔法使ったんだっけか。

 

「マスター、前方五十メートルに魔物の大軍です」


 いったん手頃な巨木の枝に足をつける。

 落ちついて話を聞きたいからな。

 

 スペルディアが脳内に映像を展開してくれた。

 おうおう。

 めっちゃいるじゃないか。

 

 昆虫型が多いだろうか。

 オレのきらいなやつらだ。


「……派手にいくか」


「ええ、あの大公邸を灰燼に帰したやつをいきます!」


 ああ、あれか。

 なんちゃらかんちゃら合金に水だっけかな。


「ナトリウムカリウム合金です。思いきりぶっ放してください」


「え? いいの?」


 前のときは散々怒ったのに。


「あのときとは状況がちがいます。こちらで多次元障壁を張って、爆発に指向性を持たせますから! 思い切りやってけっこうです」


 指向性? どういうこった。

 

「爆発というのは基本的に全方位に拡散します。ですが逃げ口と障害を与えてやれば、逃げ口に集中するんですよ」


「ええと……あれか。風船の空気が抜けてくみたいな?」


 なんか今、ため息をつかれたような気がする。

 だってよくわからんのだもの。

 

「マスター、そろそろ準備を」


「おうよ! もうだしていいのか?」


「私が合図をしたらお願いします。多次元障壁を展開……準備完了です」


 返事の代わりに全力で分子操作能力を使う。

 ナトリウム合金に水だな。

 ドバドバっと生成される液体金属と水が反応する。

 

 ドドンと下腹を叩かれた衝撃が走った。

 魔物の群れがなぎ倒されていく。

 

 うへぇ。

 大爆発ってやつなんだろうな。

 魔物が吹き飛ばされて、エグいことになっている。


 これもう禁呪レベルじゃねえの?

 なんだかとんでもないものを見せられたような気がするぞ。

 

 メラメラと燃える魔物たち。

 ついでに森も燃えてる。

 

「え? 森が焼けるのってマズくない?」


「空気を遮断すれば問題ありません」


 多次元障壁を局所的に展開して、火を消してしまうスペルディアだ。

 なんかスゲーな、おい。


「さぁ道は開けました!」


「お、おう」


 ちょっとドン引きの結果である。

 

「我らの前に道はなく、我らの後ろに道は続くと言ったでしょう。また魔物の群れがきますよ。ドンドンいきましょう!」


 どっかんどっかんと爆発を何回かやっていると、さすがにコツがわかってきた。

 うん。

 ムダに大きな爆発を起こさなくても対処できる。

 

 ただ、数が多い。

 こんな大軍は初めてかもな。

 たぶん前回の大侵攻スタンピードよりも大規模だ。

 

「マスターの推察は当たっています。そしてより深層から魔物がでてきていますね」


「そうだなぁ。オレも見たことがない魔物がいるもんな」


「本当は回収して解析に回したいのですが……」


 悔しいという気持ちが伝わってくる口調だ。

 さすが先生。

 マッドだぜ。

 

「今、とても失礼なことを言われたような気がします! ぷんぷん!」


 ぷんぷん! とか言うなって。

 笑うだろうが。


「あ、マスター! そろそろ大型の場所に到着します! どうやら御尊父と御母堂は二手に別れて、進行を遅らせているようですね」


「近いのはどっちだ?」


「御尊父の方です!」


 スペルディアの誘導どおりに移動する。

 少し行くと、大型の姿が見えた。

 

 うへえ、と思わず口走る。

 

 だって、でっかい虫型の魔物だったから。

 気持ち悪いな。

 

 あれはトゲトゲがいっぱいついた蟻か?

 

 ムダに大きくて、特に腹がでかい。

 電車二両分くらいはありそうだ。

 

 女王ってやつだな、きっと。

 

 親父殿は、と。

 おうおう、がんばっておるな。

 あんだけデカい魔物相手に一歩も退いてねえ。

 

 さすがだ。

 しっかし、親父殿の身体強化はエグいな。

 オレでも注視してなきゃ、姿を見失っちまう。

 

 どんだけだよ。

 

 そんな親父殿の攻撃でも、あの虫型の装甲を貫けていない。

 イノシシ型の魔物くらいなら、殴ったら貫通するのに。

 

「スペルディア。なにか対策は?」


「そうですね……急ぎ解析しています。ただ……その前に御尊父の魔力がなくなりそうです」


「スペルディア! 親父殿を救助するから治療を頼む」


「承知!」


 狙いを定めてっと。

 親父殿の動きが速すぎて、オレのくそエイムじゃ無理だ。

 

 すぺ……と、声をあげそうになった瞬間だ。

 親父殿が膝をついた。

 魔力切れか。

 

 ちゃあああああんす!

 

 ワイヤーフックを飛ばして、親父殿の身体をグルグル巻きにする。

 そして一気に引っぱった。

 

「よう。親父殿」


 にこやかに、さわやかに声をかける。


「おるらああああああああああ」


 ぶっとばされた。


「ぶるわああああああああああ」


 クソオヤジめ。

 オレを敵だと勘違いしやがったな。

 吹っ飛びながら、オレは親父殿を見た。

 

「あれ? アルセーヌか?」


 くるりと空中で回転して、間近に迫った巨木の幹に足をつく。

 幹を足場にして、軽くジャンプ。

 親父殿の前に着地した。

 

「いってええな! なにすっだよ!」


「いや悪い。新手の魔物がきたのかと思ってな」


 ぜんぜん悪そうにしていない親父殿だ。

 

「まぁ大侵攻スタンピードの最中だ。仕方ねえ」


 と許してしまうオレもオレだと思う。

 ただまぁわかるんだよ。

 

 ぐるりと敵だらけ。

 味方は誰一人いない状況で戦ってんだから。

 

「で、なんでここにいる?」


 親父殿が鋭い目つきでオレを見た。


大侵攻スタンピードが起きたから」


「ま、あとは任せとけって」


 オレの言葉を合図にスペルディアがドローンから麻酔針を撃ちこむ。


「……お前……」


 パクパクと口を動かして、言葉にならない声をだす親父殿だ。

 だが、オレには理解できた。

 

 まぁ任せとけって。

 

 ぽん、と親父殿の肩を叩く。

 その手にべっとりと血がついた。

 まぁボロボロだからな。

 

「スペルディア、治療を頼む」


「承知しました」


「さて、やるか!」


 駆けだす。

 音を置き去りにするような速度で。

 虫型相手は気がのらない。

 けど、そんなことを言ってる場合じゃねえ。

 

 最高速になったところで、大ジャンプ。

 上空からの跳び蹴りを挨拶代わりにかます。

 

 どごん、と派手な音が鳴る。

 電車二両分はありそうな蟻が地面にめりこんだ。

 

「マスター! 退避いいいいい!」


 追い打ちをかけようとしたところに、指示が聞こえてきた。

 その瞬間、オレはワイヤーフックを飛ばして、蟻の身体を飛び越える。

 

 次の瞬間。

 蟻の体表にあった棘が射出されていた。

 何百、何千あるかわからない。

 

 オレの手くらいはありそうな棘だ。

 それが超高速で四方八方に放たれる。

 

「ちぃ」


 面倒なと思いつつ、むかってくる針をすべて手刀で打ち落とす。

 がががっと巨木を半ば貫通する棘。

 なんちゅう威力だ。

 

「よくわかったな」


「御尊父の身体を調べたところ、いくつも棘が刺さっていましたので」


「助かった!」


 さすがのオレでも直撃したら、ダメージがあっただろう。

 蟻の方を見る。

 射出したトゲトゲが、ぐににと伸びていた。

 

「うへえ、まだ打てるのかよ」


「クールタイムはだいたい三十秒程度でしょう。その間に近づいて粉砕しましょう。マスター、ミョルニルをおすすめします」


 ――ミョルニル。

 神話武器シリーズのひとつだ。

 もちろんモチーフはアレ。

 

 雷神の持つハンマー。

 原典だとあんまり大きくは書かれていない武器なんだけど。

 

 そこはそれ。

 オレはロマンを求めるロマンチスト。

 

 スペルディアに言って作ってもらった。

 バカでかいハンマーヘッド。

 ヘッド全体がプラズマで赤熱化する仕様の武器だ。

 

「わかった。頼む」


 オレの手にミョルニルが出現した。

 持ち手を含めて、全長が百八十センチくらいある。

 超大型の武器だ。

 

 今のオレでしか操作できない。

 そんな大物である。

 

 ミョルニルを肩に担ぐ。

 どしん、とした重みが肩に伝わってきた。


「スペルディア。次のトゲトゲは防げるか?」


「もちろんです」


 さぁ勝負だ。

 ブルブルとトゲトゲが、いや蟻が全身を震わせた。

 瞬刻の後――トゲトゲが発射される。

 

「多次元障壁を展開してあります」


 オレの目の前、だいたい三十センチくらいのところで、棘がすべて弾かれていく。

 

「あと、五秒ほどで射出時間の終了です!」


 わかった。

 五、四、三、二、とカウントダウン。

 

「障壁解除します!」


 スペルディアの声と同時に駆けた。

 狙いは蟻の頭。

 

「うらあああああああああ!」


 跳んで、赤熱化したミョルニルを思いきり振り下ろす。

 ってか頭の位置が高いんだよ。

 

 ぐしゃあ。

 

 手応えあり。

 蟻だけに。

 

 いや、今のなし!

 プライドが許さん。

 

「……蟻だけに」


「やかましい!」


「マスター! 危ない!」


 なに!?

 頭を潰したはずの蟻の顎がオレに迫っていた。

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