第026話 ラウール公爵家からのお手紙を読む


「まったくどれだけ食べれば気がすみますの?」


 シルヴィーが呆れている。

 と言うのも、オレは三回目のおかわりを食べているからだ。

 

 ネイネさんが作ってくれたポッシュが美味いんだもの。

 素材の味がちがうっていうのもあるんだろうけど。

 なんだろうな、この美味さは。

 

「いや、ほんとに美味いんだってば!」


「美味しいのはわかります。わたくしも少しですがいただきましたから。基本的に南部料理はエーライアが決め手になることが多いのですけど、こちらのスープは地の美味しさがありますわね」


 食通みたいなこと言われてもな。

 まぁでも言いたいことはわかる。

 

 確かに香り高いエーライアの油が決め手なんだ。

 だけど、それだけじゃなくてスープそのものが美味い。

 しっかり出汁がでているっていうか……。

 

 そうか! 出汁か。

 うん。

 たぶん、そうだ。

 

「シルヴェーヌ様、さすがですわね。南部辺境団で作られているポッシュはもっと素朴なものになります。こちらは王都風に作り方を少し変えているのですわ」


 納得したのか、頷いているシルヴィーだ。

 さて、なんだかんだで三杯目も食べ終わった。

 

 お皿がピカピカになるくらいパンできれいに磨く。

 それを食べて終わり。

 

 まだいけるが、こんなもんだろう。

 

「ふぅ! ごちそうさまでした!」


 パンと手を合わせて、いつものやつをする。

 ちなみに、だ。

 いただきます、ごちそうさま、どういう意味なの? って定番のアレはない。

 

 なんでかって……しらんがな。

 なぜかこっちの世界でもそういう風に言うんだから。

 

「お粗末さまでした」


 ネイネさんもニッコリだ。

 オレも大満足である。

 

『マスター、ご報告があります』


 秘匿回線で話しかけてくるってことは。

 

『お察しのとおりです。少し厄介なことになったかもしれません』


『……どうしたんだ?』


『先ほどの蜘蛛男の脳から記憶のデータを抽出することに成功しました。分析をしていたのですが、前回のオーマ大森林における大侵攻スタンピードを仕掛けたのは、恐らくはこの魔人です』


『あ゙ん゙? 今、なんつった?』


『……マスター、落ちついてください』


『今、なんつった? 大侵攻スタンピードをしかけたって言ったよな?』


『マスター!』

 

『……スマン。ちょっとだけ時間をくれ』


 ふぅ……と息を吐く。

 息を吐いて、しっかりと吸いこむ。

 気分でしかないけど、やらないよりマシだ。

 

 つい、暴走しそうになっちまったからな。

 もう一回、丹田を意識して深呼吸だ。

 

 あの大侵攻スタンピードが人為的なものだった。

 可能性としては、スペルディアから報されていたけど。

 

 オレのことはどうでもいい。

 死にかけたけど、生きてるからな。

 

 許せないのは大侵攻スタンピードを玩具にしたってことだ。

 

 あれがどれだけの惨事を引き起こすのか。

 オレは嫌ってほど見てきた。

 

 友だちが、知り合いが、何人も食われてきたんだ。

 長兄と次兄も逝った。

 

 どっからか派遣されてきた騎士たちもだ。

 何人も、何人も死んだんだぞ。

 

 隣領の被害なんて目を覆いたくなるものだった。

 でも、しっかりと目に焼きつけたんだ。

 オレたちが退いたら、オレたちが負けたら、もっと被害がデカくなるからな。

 

 ――クソ。

 ふざけやがって。

 

「ラウール?」


「悪い、ちょっとだけ待って」


 シルヴィーの顔を見ることができない。

 きっと今のオレの顔はとんでもないことになってるから。

 自覚がある。

 

「……ダメだ」 

 

 こればっかりは一発で気持ちを切り替えられねえわ。

 ぎゅうと手を握られた。

 

 あったかい。

 やわらかい。

 良い匂いがする。

 

 顔をあげた。

 シルヴィーだ。

 

「ラウール、どうしましたの?」


「…………」


「言いたくないならかまいません」


 シルヴィーがぎゅうとオレの手を握る。

 

「あなたに何があったのかは知りませんし、無理に聞くこともしませんわ。ですが、今は心を落ちつけなさい。想像でしかありませんが、恐らくはあなたが本気で暴れたら王都は壊滅します」


 だろうね。

 そのくらいできる自信がある。

 

「そうなれば、さすがに我が家でもかばいきれませんわ。わたくしは、あなたに助けられました。ですから、わたくしにもあなたを助けさせてくださいな」


 シルヴィーが手を離した。

 と思ったら、オレの頭を抱えこむ。

 

 もっとやわらかい。

 もっとあったかい。

 もっと良い匂いがする。

 

「ラウール、わたくしにあなたを処分させるような真似はさせないでくださいな」


 ああ――クソ。

 女ってのは偉大だ。

 偉大すぎて、頭が下がる。

 

 決して、むにゅを楽しみたいからじゃな……スペルディア!

 感覚を切りやがったな、この野郎!


『もう落ちつかれたようなので』


『落ちついたよ! お前のお陰でな!』


『それは重畳。鼻をフガフガさせない!』


 ちっ。

 良い匂いを堪能したかっただけだよ。

 

『マスター、お気持ちはわかります。ですが潰しにいくのならしっかりと準備を整えてからです。それが辺境の流儀なのでしょう?』


『ああ、そうだな。準備は用意周到に』


『既に偵察用ドローンは放ってあります。情報が集まってからでも遅くはありません。いいですね?』


『わかった。スマンが頼む!』


『承知しました』


「ありがとう、もう落ちついたよ」


 シルヴィーに声をかける。

 きれいな瞳がオレのことを覗いてきた。

 確認しているんだろう。

 

「大丈夫ですわね」


「うん、助かった」


 マジで感謝だ。

 女の股に力と書いて努とする。

 前世ではいまいちピンとこなかったけど真理だな。

 

 男は永遠に女には勝てない。

 

「ふふ……甘々ですわー。ちょおっと部屋の温度が高くなりすぎですわね」


 ニヤニヤとしているネイネさんだ。

 いい性格をしてるな。

 

「シルヴェーヌ様、ローマンです。よろしいでしょうか?」


 シルヴィーがオレから離れて、寝台の上に腰掛ける。

 若干だけど、顔が赤いような気がするぜ。

 ふっ……オレのせいか。

 

 ネイネさんがシルヴィーに確認をとってから、扉を開けた。

 

 おっちゃんが入ってくる。

 うむ。

 見事なおっちゃんだ。

 

「たった今、公爵家に遣わしていた従僕が戻ってまいりました。こちらをご確認くださいませ」


 おっと、仕事が早い。

 手紙まで持って帰ってくるとは。

 

 シルヴィーが眉間に皺を寄せながら手紙を見ている。

 

「ラウール」


 と、手紙を渡してきた。

 

「見ていいの?」


「かまいません。半分ほどはあなた宛ですから」


 だったら遠慮なく。

 スペルディアもオレの肩にとまる。

 

 ええと……。

 お手紙の前半部分はシルヴィの心配と無事を喜ぶものだ。

 内容としては特に変わったことはないだろう。

 

 で、だ。

 中盤からはオレへのお礼がツラツラと書かれていた。

 なんだか難しい言葉の言い回しでよくわからん。

 

『マスターにもわかるように言い換えると、よくやった、引き続きシルヴェーヌのことを頼むと書いてありますね。ただやり方はもうちょっと考えてねともあります』


『うん……まぁ、終わりよければすべてよしってことで!』


『なんとかなりますかね?』


『するんだよ、オレとお前でな!』


 ふんす、ふんすと鼻息を荒くするスペルディアだ。

 喜んでいるのだ。

 わかりやすいやつめ。



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昨日の近況ノートでも書きましたが、ストックが尽きました。

次話以降は更新がゆっくりになります。

たぶんですが一週間で1~2話程度になるかと思います。

毎日更新ではなくなりますが、よろしくお願いいたします。

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