第025話 ラウールうっかり令嬢の秘密を知る


 バタバタと騒がしいグランツ商会だ。

 まぁそれもそうかと納得するオレである。

 

 とは言え、だ。

 さすがにこの部屋の中まではバタバタしていない。

 

 今はシルヴィーが再び眠りこんでいる。

 色々とあったからな。

 仕方ないだろう。

 

 オレもソファで寝そべっている。

 シルヴィーが起きていたら、行儀が悪いと怒られるだろう。

 だが、今はそんなうるさいことをいう令嬢は寝ているのだ。

 

 ぬははは。

 

「マスター、行儀が悪いですよ」


 わかってたけど、わかってたけど……。

 ぐぬぬ、となるオレである。


「スペルディア、オレもちょっと仮眠をとるから」


「承知しました。警戒は私に任せてください。今のところ不審者は近づいてきていませんから」


「おう、頼むな」


 たぶん眠れないとは思う。

 だが、目をつぶって横になるだけでもちがうのだ。

 疲労の回復が。

 

 もちろん今のオレの身体は機械だから肉体的な疲労はない。

 ただ生身の脳が疲れてしまうのだ。

 

 だから、目を閉じる。

 そして呼吸を整えるかのように深呼吸をした。

 気分だけ、だけどな。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

「スペルディア、よろしいかしら?」


 いつの間にか寝ていたみたいだ。

 まだ半覚醒ってところかな。

 

 うっすらとシルヴィーの声が聞こえてくる。

 近いのに遠くで喋っているような感じ。

 

「なんでしょうか?」


「少し話しておきたいことがありますの」


「伺いましょう」


「実はわたくしの目は精霊眼と呼ばれるものなのです」


 ――精霊眼。

 ううん……知らないなぁ。


「詳しくお聞きしてもよろしいですか?」


 お、スペルディア先生も知らないみたいだ。


「精霊眼とは魔力を見極める能力を持つ目のことなのです。きちんと力を引き出せればの話ですけどね」


「つまり……シルヴェーヌ様はまだ能力を引き出せない、と」


「正確に言えば、完全に引き出せないのです。不安定と言いますか、自らの意思とは関係なく魔力が見えたり見えなかったりするのです」


 うへえ。

 なんて便利な目なんだ。

 魔力が見えるなんて。


「……なるほど。それでマスターのことを訝しんでいたのですか」


 え? そうなの?


「話が早くて助かりますわ。ラウールの魔力が見えません。いえ、幽かに見えるのですが、こんな見え方は初めてですの。オフィサーナ、あの女狐もおかしいとは思っていましたが……」


「……シルヴェーヌ様。こちらも隠し立てしたくはないのです。ですが、先に言っておきます。それ以上、踏みこまれない方がよろしい」


「なぜ?」


「腹の探り合いはしたくありません。ですので正直に話せるところは話しますが、私たちの理由に踏みこんでくるということは後戻りできませんよ。興味本位ならここで退いてください」


 だろうなぁ。

 親爺殿やお袋様にだって内緒にしているんだから。

 おいそれとは話せない。


「なら、わたくしも本音で話しましょうか。先ほどは言いませんでしたが、わたくしはもう公爵家に戻ることはできません」


 ――ほおん。

 どういうことだってばよ!


「それは魔人と公爵家が繋がっているという証拠になるからですか?」


「ちがいますわ。わたくしが魔人に攫われたからですわ」


 なぬ!?


「魔人――マスターのことでいいのですね?」


「ええ。そのとおりです。実際にはラウールが救出してくれたということですが、あの場にいた者たちは魔人に攫われたと思っています。仮に無事に帰ったとしてです。その話を完全に否定することはできません」


 うん。

 よくわからん。


「……なるほど。悪い噂が回ってしまえば覆せないと。公爵家の権力をもってしても無理ですか?」


「完全には否定できないでしょうね。あの魔人はラウールでしたと言ってどこまで信じてもらえるか」


「面倒な……」


「ええ、面倒なのですわ。だからこそ、わたくしはもう公爵家に戻ることができません。戻っても迷惑をかけてしまうだけですからね」


 オレ、なんかやっちゃっいましたか?

 いや、これはやっとるな。

 確実に。

 

「……嘘の婚約が本当の婚約になる可能性があるのですね」


 おいおい、相棒。

 それはさすがにねえだろよ。

 

「むしろ、わたくしはその可能性が高いと思っています。南部辺境団は我が国ではありますが、ある意味で切り離された土地とも言えますから」


 うそーん。

 あるの?

 しかも、あり寄りのあり?


「なるほど。王都、すなわち中央の貴族どもも手をだせないと。それに付き合いのあるストラテスラ家との縁組みであれば、公爵家としても利益がないわけではない」

 

 おいおい。

 なんだか納得しちゃってるよ。

 相棒が。

 

「そのとおりですわ」


 はわわ。

 ちょっと! 目が覚めちゃったわ。

 アタイ、婚約しちゃうの!

 

「リゼッタ様とヴァレリアン様のお知恵を拝借といきたいところですが……さて、マスター! もう寝たふりはいいですよ」


 あ、バラしやがった。


「なっ!? 寝ていたんじゃありませんの?」


 シルヴィーがデカい声をだす。

 身体を起こして、頬をかいてみせる。


 ごめんよ。

 盗み聞きをする気はなかったんだ。

 聞こえてきたんだから、仕方ないよね。

 

「ラウール、どこから……どこから聞いていましたの?」


 詰められる。

 なんだかちょっと頬が赤い。

 

 目がうるんでいるような気がするぞ。

 かわいいな、こんちくしょう。


「ええと……シルヴィーが」


「ムダにタメずに早く言いなさいな!」


「屋台の料理を食べ過ぎたってところかな」


「そんな話はしていませんわ! 失礼ですわね!」


 御令嬢が手許のクッションを投げつけてきた。

 それを甘んじて受けるオレだ。

 

 だって、こんなときになんて言えばいいんだよ。

 前世からモテなかったオレには、ハードルが高すぎるっつうの。

 

「マスター、いかがなさいますか?」


 いいタイミングだ、相棒!

 

「いや、オレとしては前向きに婚約して……最低でも子どもは……」


「そっちの話じゃありませんよ。マスターと私のことをどこまでシルヴェーヌ様にお話しするかということです」


 ばか!

 そうならそうと先に言いなさい。

 余計な恥をかいたでしょうに。

 

「……任せる。難しい話はわからん。ただ……さっきもスペルディアが言ったけど、聞いたら後戻りはできないよ。きっと」


 前半はスペルディアに。

 後半はシルヴェーヌに。


「……気にならないと言えば嘘になりますわね。ですが……」


「シルヴェーヌ様、迷っているのなら今は棚上げにしておきましょう。まずはこの状況を改善させることに注力してください」


 スペルディアの言葉に対して、大げさに頷くシルヴィー。

 

「そうですわね……今すぐに決めねばならないという話でもないでしょうから」


 そこへ、コンコンと扉をノックする音だ。

 続いて、ネイネさんの声が響く。

 

「シルヴェーヌ様、お食事の用意ができましたのでお持ちしました」


「入ってくださいな。ラウール、扉を」


 はいはい。

 とことこ歩いて、扉を開ける。

 

 なんだっけか。

 手押し車みたいなやつに銀の帽子みたいなのがのっている。

 パカッとするやつだろ、知ってるっての。

 

 それにしても、めっちゃくちゃ良い匂いだ。

 

 ネイネさんが手押し車を押して入ってくる。

 銀の帽子みたいなのをパカッとした。

 

 おお! めっちゃくちゃ美味そう。

 

 豆の入ったごった煮ことポッシュ。

 それの豪華版みたいなのが盛られている。

 でっかい深皿がオレのだろう。

 

 いちおう小さいお皿もあるから御令嬢用か。

 

「これは南部ではよく食べられるお料理ですの?」


「ええ。特に南部辺境団の領地ではよく食べられていますわ。ポッシュという料理でございます。シルヴェーヌ様はあまり南部の料理はお口にされないのですか?」


「いえ、ノートス家は王国南部を切り盛りする家。もちろん南部料理も食べます。けれど、ポッシュでしたか。こちらは初めてだと思いますわ」


 シルヴィーの言葉にネイネさんが微笑んでみせた。

 大人の余裕ってやつか。

 

「このポッシュという料理は戦う者の食べ物とも言われています。理由は南部辺境団でよく食べられているからです。彼らは過酷な環境で戦い抜くために、この料理を食べて身体を作ると私は祖母から聞きました」


 へぇ……そうなんだ。

 知らんかった。

 ポッシュってそんな料理なんだ。

 

 待ちきれずに、スプーンで一口。


「うっま! なにこれ、こんな美味いポッシュ食べたの初めてなんだけど!」


 一口だ。

 一口で胃袋を掴まれちまったぜ。

 こんな美味い料理、毎日食ってんのか、あのおっちゃん。

 おのれ……ゆ゙る゙ざん゙!


 でも、まずは料理だ。

 夢中で食べる。

 

「ラウール、あなた行儀が悪いですわよ!」


「…………」


 無視だ。

 だって、美味いんだもん!


「ふふ……。よかったわ、お気に召したようで。ラウールくん、おかわりもありますから遠慮なくどうぞ」


 ネイネさんに親指を立てる。

 ニコニコした美人さんだ。

 笑顔がいいね。

 

「まったく。あんなに美味しそうに食べるなんて……わたくしも興味がでましたわ。いただけますか?」


「もちろん、お召し上がりくださいませ」


 ネイネさんが令嬢に給仕している。

 

「ラウールくん、こちらもどうぞ」


 台になっている部分の側面、その中には仕切りがあって籠が入っていた。

 大ぶりな籠と木の杯に入った飲み物を置いてくれるネイネさん。

 

 籠の中にはパンだ。

 黒パンだけじゃなくて、白いパンもある。

 

 いいいいやっっふううぅうう!

 

 シルヴィーの呆れた声が聞こえたような気もするが、とにかく夢中で食べる。

 どれもこれも美味い! 最高だ!

 

『マスター、蛮族が過ぎます』


『いいんだよ! 美味いメシ食ってんだから!』


 そう。

 美味いメシの前では素直になるのが礼儀ってもんだ。

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