第047話 ラウール後処理を任せて王都へ戻る


「はいやあああ!」


 研究所ラボの実験場でオレは慣熟訓練をしていた。

 真っ白な、なにもない部屋だ。

 

 本当になにもない。

 部屋っていうか体育館くらいの広さはあるけどな。

 あと、ところどころに白い柱があるくらい。

 

 オレの新しい両腕は、なかなかいい仕上がりだ。

 だが、相棒からすれば不満が多いらしい。

 

 それでも見た目も重さも、操作感もほぼ同じだ。

 細かいところで違いはあるかもしれんけど。

 まぁ誤差って範囲で十分に収まるだろう。

 

 ワイヤーフックと物質の転送装置。

 あとは腕が伸びたりといった基本的な構造は同じだ。

 ただ――終幕を訃げる鐘アポカリプスは搭載されていない。

 

 その代わりにちょっとした兵器が実装されている。

 まぁ終幕を訃げる鐘アポカリプスほどの威力はないけど。

 

『マスター! 人工皮膚が完成しましたので、見た目を元に戻しましょう。その後で実家に移動してください』


『了解!』


『では施術室でお待ちしております』


 ってことで実験部屋をでる。

 とことこ歩いて施術室へ。

 

『マスター! そっちは真逆です!』


 おっと。

 オレのかわいいところが出てしまった。

 許せ、わざとじゃないんだ。

 

『ただの方向音痴でしょうに』


 相変わらず空気を読まない人工知能端末だな。

 まったく、もう。

 

 ってことで、サクッと人工皮膚の移植も終わらせてしまう。

 スペルディアが。

 

「……じゃあ実家の近くにまで戻って、親父殿とお袋様を転送したらいいんだな」


 相棒に段取りを確認しておく。


「そうですね。それがいちばん無難だと思います。超大型との戦闘から既に三日経過していますから。いちおうドローンの通信機能を使ってシルヴェーヌ様には、こちらの動きをお伝えしています」


「……なら安心だな」


「ええ……現状としては収束したとみていいでしょう。オーマ大森林内、及び王都でも魔人の動きはありません。公爵家のご婦人は派手に動く気のようですが」

 

「なぁ……オレって王都に帰った方がいいの?」


「そうですね。一度、帰って報告しておくべきですね。あとは……シルヴェーヌ様を公爵家に戻すための偽装工作もしておいた方がいいです」


「ふうむ。偽装工作……?」


 なんぞ?


「現状、魔人に誘拐されたことになっていますから。魔人の死体とともに奪還したという事実があれば、大手を振って公爵家に帰還できるでしょうに」


 ああ……うん?

 あ、そうか!

 

 オレが誘拐したことになってて。

 オレが魔人で、シルヴィーが……うん。


 まぁ細かいところは気にしなくていいだろう。

 相棒が巧いことやってくれるさ。

 

 な!

 

「まったく。いいでしょう! いいかげんなマスターの尻拭いをするのも正妻の務めですからね!」


 施術室をでる。

 領地に行く前に、親父殿たちの様子を見ておく。

 

 よく寝ておるわ。

 見た目は大丈夫っぽい。

 

 さて――あの鼻垂れどもだけど。

 あいつらも連れて帰ってやった方がいいな。

 

「マスター。お預かりしていたご遺体はすべてきれいに修復しておきましたので、あとはそちらの流儀で弔ってあげてください」


「悪いな。助かるよ」


「いえ、ちなみにどのように弔うのか聞いても?」


 興味津々なスペルディアが、オレの肩にとまる。

 

「神殿にいる神官が聖句を唱えてな。そんでもって神殿に伝わる浄化の炎ってやつで焼いて終わり。でな! これが不思議なんだけどさ。浄化の炎で焼くだろ、そしたら結晶が残るんだ」


 そう。

 オレもビックリしたよ。

 

 まぉ辺境だとちゃんと弔ってもらえることの方が珍しいんだけどな。

 あんまり死体とか残らないし。


「……結晶ですか? 骨は残らないのですか?」


「そう! 骨も残らない。けど、聖結晶っていうのが残るんだ。大きさは個人差があるんだけど、だいたい小鳥の卵くらいか。青みがかかった水晶みたいなのができるんだよ」


「……ふむ。やはり謎が残りますね。これも魔力の影響なのでしょうか……。ウル=ディクレシア連邦では火葬が一般的でしたが、骨は残っても他に結晶なんてものは残りませんでしたから」


 そこは激しく同意だ。

 たぶん魔力が関係しているんだろうけど。


「だよなぁ。オレの前世も同じだったよ」


「まぁ今はその謎を追うのは後回しにしましょう。やることが山積みですからね」


 だな、と同意して研究所ラボをでる。

 

 階段状ピラミッドのてっぺん。

 心地いい風が吹く。

 

 ちょおっとばっかし前とは風景が変わってしまったな。

 うん。

 思いきり、更地ができているのが見える。

 

 まぁまた何年かしたら木が生えてくるだろう。

 いや、あれだけ地面がえぐれてたら湖でもできるかもしれん。

 

「行きますよ、マスター。感傷に耽るのは後にしてください!」


 まったく人情の機微がわからぬ人工知能の端末め。


「おうよ! デッパツするぞ! とう!」


「だから、そっちは逆方向ですってば!」


「わ、わざとだよ!」


 ちょっとしたお茶目だ。

 本当なんだからね!

 

 新しいワイヤーフックの感触を試しながら、オーマ大森林を駆け抜けていく。

 既に魔物がちらほらといるけれど、まぁ小物ばっかりだな。

 偶に中層付近にいる蟲型の厄介なのがいるけど。

 

 指弾を使って、軽く殺戮していく。

 

 ふははは。

 虫けらどもめ。

 

 サクッとうちの領地の近くへ戻ってきた。

 こそっと様子をうかがう。

 

「マスター。大丈夫です。ここで問題ありません」


 スペルディアからゴーサインがでた。

 転送装置を使って、親父殿とお袋様、それにヘッケラーをこっちに。

 

 悪戯を仕掛けておきたいところだが、グッと我慢だ。

 怒らせると怖いからな。

 

 それと少し離れた場所に鼻垂れどもの遺体を安置する。

 死に化粧って言うんだっけか。

 きれいにしてくれたスペルディアに感謝だ。

 

「死者を弔うことに誠意を尽くす。それに時代は関係ありませんから」


 よくわかっているな。

 

「マスターはここで待機していてください。私が館まで行ってきますので」


 ってことで、スペルディアが空を飛んで行く。

 その後ろ姿を見守りながら、大木の幹に背を預けた。

 

 しばらくの間、空を見てボケッとする。

 歌う気分でもない。

 ただ――ボケッとしていると、遠くから声が聞こえてきた。

 

「おおーい!」


 視線をやると、ジャンヌちゃんとコリーヌちゃんがこちらにむかってきている。

 

「あるせ……ラウールくん!」


 ジャンヌちゃんだ。

 

「ジャンヌちゃん、悪いね、よびだして」


 首を横に振るジャンヌちゃん。

 コリーヌちゃんはお袋様と親父殿の無事を確認している。

 

「悪いのはこっちよ。本当によく戻ってきてくれたわ」


「親父殿とお袋様、それにヘッケラーのこと頼むね。たぶん、もう少ししたら目を覚ますと思うから。それと……」


 オレは鼻垂れどもの方に視線を送った。

 

「うん。わかってるよ。私だってここで生きてきたんだから」


 辺境では死体が帰ってくるだけで御の字だ。

 だけど――それでもな。

 やっぱり苦いものが残る。


「……うん。ありがとう」


 顔をあげる。

 ニパッと笑ってみせた。

 ジャンヌちゃんはちょっと涙目だ。

 

「ねぇねぇ……ラウール」


「どした? 肩がコリーヌちゃん」


「うっさい! うちには帰ってこないの?」


 オレを見上げているコリーヌちゃん。

 その頭にそっと手を置いた。


「オレ、ここに居たらおかしいからな。だから大っぴらには帰れないんだよ。ああ――そうそう」


 背嚢を下ろして、中をがさごそ。

 これ、完全にフェイクなんだけどね。


 転送装置を使って、王都のお土産を手の中に。

 

「ほい、これお土産」


 コリーヌちゃんの手に四つの髪飾りを渡してやる。


「コリーヌちゃんとジャンヌちゃん、それにマルギッテ姉さんとお袋様の分な。好きなの選びなよ、早い者勝ち!」


 はぁと大きく息を吐くジャンヌちゃんだ。

 

「ラウールくん。そこは嘘でも一人ずつ渡さないと。渡せないとしても、誰のお土産だからって指定しないとダメだよ」


「え? なんで?」


 マジで理由がわからん。

 早い者勝ちで好きなデザインを選んだらいいじゃん。

 

「ラウールは女心をわかってないわね! こういうのはね、キミのために選んできたんだって言われたいの!」


 まさかのコリーヌちゃんからのお説教だ。

 でも、いいことを聞いた。

 

「そういうもんかねえ」


「そういうものよ」


 ジャンヌちゃんとコリーヌちゃんが二人して頷いた。

 

『マスター。シルヴェーヌ様と今、そちらにむかっています。合流したら出発しましょう』


『了解』


 意外と早い出発になりそうだな。

 だったら今から挨拶を済ませておこう。


「ジャンヌちゃん。お袋様と親父殿、それに兄鬼にもよろしく言っておいてね」


「ん? どこか行くの?」


「ああ、さっきも言ったけどオレはここに居ちゃいけないから。いったん王都に戻るよ」


「そっか。じゃあ、またお土産よろしくね!」


「よろしくね!」


 ううーん、この。

 辺境に生きる女性のたくましさってやつ。

 オレは嫌いじゃない。

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