第046話 ラウールは束の間の休みをとる


 なんとなく目が覚めた。

 ここは――と辺りを見る。

 更地になったオーマ大森林の一角だ。

 

「目が覚めましたか、マスター」


 オレの胸の上にとまっている相棒スペルディア。


「……おう。悪い。どのくらい寝てた?」


「ざっと三、四時間というところですかね」


 確かに……あれだ。

 空が少しだけ黄昏色になりかけている。

 

「マスター。先に言っておきます。今は最低限、動けるように回復しただけですので無茶はしないでください。この状態で無茶をしたら、次は回復までに相当の時間がかかります」


 いつもより真剣な口調の相棒だ。

 ということはマジなんだろうな。


「わかった。ってか大侵攻スタンピードはどうなった?」


 ふふ、と笑うスペルディアだ。

 なにがおかしいのかわからんぞ。

 説明を要求する!


「いえ、べつにどうということはないのです。ただ私とマスターが初めて顔を合わせたときも同じことを聞かれたので」


 ああ――そう言えば、そうか?

 よくわからん。

 

「今回はマスターの活躍でなんとか大侵攻スタンピードを退けました。というか、あの超大型を倒しきりましたから」


 思いだした。

 スペルディア、この野郎!

 あんな物騒な兵器を実装してやがったなんて。


「ばっかお前、なんなのあの兵器は!」


 頑なに試させようとしなかったわけだ。

 何回言っても秘密兵器は秘密なのが浪漫です、とか言って。

 

「はっは。信じられないのはこちらですよ! まさか暗黒重轟重力砲ラグナロクを十全に発射するなんて。マスターの魂子力が規格外すぎるのが悪いんです!」


 なぁにいいいい!

 そりゃあ褒めすぎってもんだろうが、ええ、おい。

 

 大変、気分がよろしい。

 もっとちょうだい!


「そんなことよりも報告しておくことがあります」


 なんだよ。

 せっかく気分がいいところなのに。


「先ほどのことですが、シルヴェーヌ様が襲撃されました」


「あ゙あ゙ん? どこのどいつだ、ごるぁ」


 一気に感情が冷えていく。

 

「落ちついてください。既に敵は排除されました。本命はシルヴェーヌ様ではなく、マスターの姪っ子のようでしたが。魔人の勢力が動きました」


「……排除?」


「救護所にいた兵士たちとコリーヌ嬢、そしてシルヴェーヌ様が協力して魔人を倒しました。私の主義からは外れますが、やはりシルヴェーヌ様には高エネルギー戦術兵器を渡しておいてよかったです。あれがなければ勝てなかったでしょう」


「無事なんだな?」


 確認をとっておく。

 ここ大事だからな。


「コリーヌ嬢、シルヴェーヌ様ともに怪我はありません。兵士たちは何人か大きな怪我を負いましたが、こちらで治療用のナノマシンを撃ちこんでありますので」


「本命は肩がコリーヌちゃんか。理由は?」


 ここも大事。

 ちゃんと確認しておかなくっちゃ。

 

「さて……魔人は既に死亡。尋問すらできませんでしたから。あくまでも推測の域は出ませんが……ストラテスラ家の排除が目的だったのでしょう」


 ふむ、と頷く。

 うちの実家って恨み買ってんのか?

 

「マスターのご実家は南部辺境団の取りまとめ役でもあります。また、辺境団でも最大の戦力を有していますからね。本命はストラテスラを潰すこと。ですが――大侵攻スタンピードの進行方向が、ほんのわずかですがズレてしまいました」


 ううーん。

 そんな大層なもんかねぇ。


「結果、マスターの両親、親族ともに領からでていました。残っていたのはマルギッテ婦人とコリーヌ嬢、あとは年端もいかない子どもたち」


「シルヴィーは?」


「王都からこちらへきているとは想像の埒外でしょう。そもマスターと私が居なければ移動ができませんし。恐らくですが王都では公爵家のお二方が偽装工作を行なっているはずです」


「ああ……そうか。敵からしたら、オレとシルヴィーはここに居ないのか。で、うちの実家を排除しようとしたけど、人が居なくて仕方なくコリーヌちゃんを狙った……って感じ?」


「正解です!」


 頭を下げる。

 心の底から感謝だ。

 

「助かった、ありがとな」


 執事がやるみたいに、片方の翼を前にだしてから器用に腰を折るスペルディア。

 なんだか様になってやがるな。

 

「どういたしまして。そもコリーヌ嬢にシルヴェーヌ様、それとマルギッテ婦人が亡くなったら、マスターが確実に暴走しますからね。そうならないように未然に阻止するのも相棒の務めですよ」


 さて、じゃあいったん実家に戻るか。

 

「マスター。まずは研究所ラボに戻りましょう。簡易的なものでも腕を修復しておく必要があります。あと、研究所ラボで預かっているヘッケラー氏、御母堂、御尊父の御三方のこともあるので」


 確かにそうだ。

 ってか、すっかり忘れてた。

 

 ――うん。

 オレってば両腕がなくなってたんだった。

 サイボーグだから換えはきくんだけど。

 

「……まぁいいでしょう。とにかく戻りましょう。あ、そうそう。マスター、兄君とジャンヌ夫人も無事ですから」


「手ぇ回してくれたんか?」


 なんとなくそんな気がする。


「まぁそれなりに。兄君はお怪我をされましたが、問題ありませんので」


「ふん。兄鬼め! 命が無事なら、それでいい! マルギッテ姉さんも、ジャンヌちゃんも、生まれてくる子も悲しまないですむからな!」


「マスター、口調と表情と内容があっていません」


「仕方ねえだろ! そこは察しろ!」


 ってことで。

 オレはスペルディアの案内に従って研究所ラボへ。

 

 魔物の気配がないオーマ大森林なんて初めてだ。

 よほどあの暗黒重轟重力砲ラグナロクの影響がでかかったんだろう。

 

 どうせ何日かしたら、元に戻るんだろうけど。

 束の間の平和ってやつが味わえるなら、それでいいと思う。

 

 森を抜けると、見慣れた古代神殿が姿を見せる。

 ちょっと懐かしく感じてしまう。


「スペルディア、親父殿たちの治療は?」


 神殿から研究所ラボへと抜ける。

 その道すがら、確認しておいた。


「既に終わっています。今は麻酔薬で眠ってもらっています」


「ほおん。どのくらい時間を稼げるんだ?」


「そうですね……まぁやろうと思えばいくらでも。ですが、長引くほど身体に麻酔薬の影響がでるかもしれません」

 

「オレの新しい腕ができるまでは?」


「正直に言っておきます。同じ物を作ることはできません。これは素材の問題ですね。研究所ラボに残っていた素材のすべてを使いましたから。ですので簡易的なものになりますが、ちょうど明日の今頃にできるかと」


 うん? それはいいんだが……ちょっと気になる。

 まさかフックみたいな形状の義手にならないだろうな。

 どこぞの海賊みたいになってしまう。

 

「そこはご心配なく。物質の転送装置とワイヤーフックはつけられます。ただし、終幕を訃げる鐘アポカリプスは搭載できませんってことです」


 あんな兵器、そうそう出番はないと思うけどな!

 

「どちらにしろマスターの腕を本格的に交換するのなら、やはり別の遺構を見つけなければいけませんね。そのための段取りも組んでおきましょうか」


「はうあ! 忘れてた! めっちゃ楽しそうなやつ!」


 古代神殿を抜けて研究所ラボへ入った。


「マスター、私室で休んでいてください。私はやることが多いので、ここで失礼します」

 

 パタパタと研究所ラボの中を飛んで行く相棒。

 それを見送ってから、オレは私室へと足を運んだ。

 

 簡素な部屋だ。

 白い壁と天井で囲まれたちょっと広めのワンルーム。

 寝台がひとつに、机と椅子のセット。

 

 さすがに殺風景なので、オレが言って作らせたポスター。

 好きなんだよね、映画のポスターが。

 

 特にちょっと古めの好きなんだ。

 禁断の星とか、大頭の襲撃とか、機械仕掛けのオレンジとか。

 

 なんとなくお洒落な感じ。

 それにオーマ大森林の植物を改造して作られた観葉植物もある。


 帰ってきたなって感覚があるのが不思議だ。

 もはやこっちが実家だな。

 

 寝台に寝転がると、どっと疲れがでてきた。

 あくびをひとつ。

 すぐに睡魔が訪れる。

 

 胸にこみあげてくる思い。

 満足感って言えばいいんだろうか。

 

 超大型の魔物。

 通天閣の大きさだぜ。

 よく、あんなもんと戦ったな。

 

 ふぅと息を吐く。

 今頃になって、少しだけ怖いと思う。

 よく乗り切ったもんだ。

 

 長兄や次兄も喜んでくれるかな。

 それに……あの鼻垂れども。

 

 やったぞ。

 お前らがいたから、大きな被害がでずにすんだ。

 

 そうだ。

 オレがやったのは最後の仕上げだけ。

 それでいい……。

 

『マスター、マスター。……この脳波の反応は寝ていますね……仕方ありませんか。脳の損傷がかなり酷かったですからね。今は……よい夢を』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る