第045話 ラウールの使い魔と姪っ子とシルヴィーは奮闘する


 ラウールの使い魔である深い藍色の羽を持つ梟。

 ――スペルディアだ。

 

 今、その使い魔は途方に暮れていた。

  

「まったく。ここまで己を捨てて戦いますかね……」


 己の主人であるラウール。

 彼は今、大地に倒れ伏している。

 その姿を傍らで見守るスペルディアだ。

 

 もはや事前に作っていた服はボロボロである。

 人工皮膚も、かなりの部分を失っていた。

 

 さらに言えば、だ。

 メタルボディも傷がついている。

 

 両腕もない。

 それでも表情は満足そうな主人を見て、スペルディアは思う。

 

 ――なぜ、こんなにも感情を揺さぶられるのか。

 

 スペルディアはずっと遺跡を守ってきた。

 ウル=ディクレシア連邦が崩壊して以降ずっとだ。

 

 守るべき主人は疾うにいない。

 それでもスペルディアにとっては、あの研究所ラボを守ることがアイデンティティであったのだ。

 

 だから――ラウールと契約した。

 規格外の魂子力を持つ人間。

 

 まさかたった一人で、研究所ラボの全機能が使えるまでのエネルギーを供給できる人間がいるとは考えもしなかった。

 今は寝ているが――暗黒重轟重力砲ラグナロクなど、ウル=ディクレシア連邦が健在であるときの最終兵器だ。

 

 たった一人の人間が起動させ、しかも十全に使えるなどあり得ない。

 

 ふふ……と小さく笑い声がでる。

 魂子力だけではない。

 

 スペルディアはラウールという人間にも惹かれている。

 その自覚はあった。

 ラウールが目覚めてからすぐに。

 

 興味深いのだ。

 自分とは真逆――だからこそ惹かれるのだろう。

 そう安易に考えていた。

 

 だが――どうにもそうではないように思う。

 なぜだろう。

 スペルディアにとって、仕えていて楽しいという感情を初めて持った。

 

 その理由がわからない。

 が、それでもいいとスペルディアは考える。

 

 マスターとの時間は長いのだから。 

 

 正直なところ、スペルディアには理解しがたい部分もある。

 なぜ自らの主人はここまで自己犠牲を厭わないのか。

 いや――主人であるラウールだけではない。

 

 その家族もまた同様だ。

 スペルディアは広域で偵察用ドローンを放っている。

 そのため様々な場所から情報を集めていた。

 

 主人の両親がそれぞれに戦闘をしていたシーンだけではない。

 ストラテスラ家の本邸で起こっていること、隣領の救援へでた家族のことまでしっかり把握していた。

 

「さて……どうしますかね」


 トコトコとラウールの周囲を歩くスペルディアだ。

 既に両親の治療は終えている。

 同じく預かっているヘッケラーも、だ。

 

 寝かせておくこともできる。

 が――どうやって家に帰すか。

 

 ラウールが起きていれば問題ないのだけど。

 肝心の主人は気を失っている。

 

 現在、ラウールの体内では治療用のナノマシーンが働いている。

 そのため回復までには、そう時間はかからないはずだ。

 

「先にシルヴェーヌ様から回復させておきましょう。魔力のことはまだ十分にわかっていませんが、体調を整える程度なら造作もありません」


 スペルディアが、ばさりと翼を広げた。

 そこから小さな虫型の治療用ドローンが飛んでいく。

 

「ん? あれは……ちぃ。ドローンの数が足りませんね」


 スペルディアの監視網に映ったのは魔物の群れだ。

 恐らくだが――退いている。

 進行方向がこれまでの魔物とは逆だから。

 

 あの超大型が居なくなったとわかったのだろう。

 だからオーマ大森林へと戻っている。

 

「ふぅ……ということは大侵攻スタンピードも収束ですね」


 あの超大型の魔物は、ふつう倒せない。

 ウル=ディクレシア連邦の最終兵器である、超重力兵器がなければ恐らくはどうにもならなかった。

 

 こんなことを言っても誰も信じないだろう。

 証拠もなにもかも吹き飛ばしてしまったから。

 ただまぁ……この森の惨状を見れば理解はできるかもしれない。

 

 キロ単位で吹き飛んでいるのだから。

 

「ううん……」


「マスター? さすがにまだ目が覚めませんか」


「……でへへ。……一房」


「なんの夢を見ているのやら……さて。マスターの寝ているうちに終わらせておきましょうかね!」


 スペルディアは再び翼を広げる。

 そして、ラウールの回りに多次元障壁をかけてから飛び立った。

 

 ストラテスラ家の本邸である。


「お姉ちゃん!」


 自分にもたれかかってくるシルヴィーを受けとめるコリーヌ。

 さすがに辺境に生きるお子様である。

 そのくらいは朝飯前だ。

 

「だいじょう……」


 ぶ、と声をかけることはできなかった。

 ものすごい爆発音が聞こえてきたからである。

 

 次の瞬間、本邸がビリビリと振動して大きく揺れた。

 暗黒重轟重力砲ラグナロクの余波だ。

 

「きゃあ」


 小さく悲鳴を漏らすも、コリーヌはなんとか転けずに踏んばった。

 この辺りで地震が起こることはない。

 つまり初めての経験だと言えるだろう。

 

「みんな! 怪我はない!」


 すぐに負傷者たちに声をかけるあたり、教育が行き届いている。

 コリーヌの問いに、あちこちから返事がかえってきた。

 どうやら新たに怪我人が増えることはなさそうだ。


「あぶない!」


 はえ? と素っ頓狂な声をあげるコリーヌ。

 その腕を引っぱるシルヴィー。

 

 コリーヌが体勢を崩したところをナイフが通過していった。

 後ろの壁にナイフが刺さる。

 

「ちぃ! 余計な真似を!」


 男だ。

 兵士の格好をした男である。

 その男が懐からもう一本のナイフを抜いた。

 

 ――瞬間、周囲にいた兵士たちが襲いかかる。

 一般の兵士といえど辺境を守る男たちだ。

 

 臆することなく飛びかかった。

 が、彼らを相手に有利に戦うコリーヌを襲った男だ。

 

「面倒くさい! 皆殺しといくか!」


 兵士を扮していた男の身体が盛り上がっていく。

 鱗に覆われていく身体。

 

 男の瞳孔が縦に割れていく。

 人の顔を割るようにしてでてきたのはトカゲのような顔だ。

 

 魔人である。

 トカゲ男とでも言うべきか。

 

 紫色の舌をチロチロとだしながら言う。

 

「ったく! 辺境のヤツらってのは厄介だ! だが、だからこそ殺しておく必要がある!」


 と、言いつつ。

 伸びた尻尾で近づく兵士たちを横薙ぎにする。

 

「まずは――あのガキから」


 トカゲ男がコリーヌのいた場所に目をやる。

 が、そこにはコリーヌもシルヴィーもいなかった。

 

「いいいいえやああああ!」


 トカゲ男の懐である。

 そこに小柄なコリーヌが入りこんでいた。

 

 未熟ながらも身体強化をかけた拳での肝臓打ち。

 お袋様直伝の鋭い拳が突き刺さる。

 

「ぐほお!」


 腹を抱えて、トカゲ男の顔が下がった。

 その瞬間、コリーヌは次の動きに入っていた。


「はいやああああ!」


 垂直にトカゲ男の顎を蹴り上げたのだ。

 どてん、とひっくり返るように転がるトカゲ男である。

 が――そのまま四つん這いへと体勢を変えた。

 

 カサカサカサと地面を這うように移動するトカゲ男。

 その狙いはコリーヌだ。

 

「きもっ!」


 辛辣な言葉を吐きつつ、身体の動きがとまるコリーヌ。

 そこへ立ち塞がる兵士たちだ。

 

 血しぶきがあがっても、味方が倒れても、兵士たちは退かない。

 それが辺境の流儀だから。

 

「はう!」


 コリーヌとともに移動していたシルヴィーの首筋にわずかな痛みが走る。

 同時に声が聞こえてきた。


『シルヴェーヌ様。今、体力を一時的に回復させる薬を打ちました。渡しておいた武器で応戦してください。いいですか、こちらで敵の動きを鈍らせますから、そこを狙って』


 ここにきて頼もしいスペルディアの参戦だった。

 兵士たちとトカゲ男が乱戦している。

 兵士たちが一人、また一人と倒れていく。

 

 シルヴィーは背中に背負った銃を構える。

 既に身体のふらつきはおさまっていた。

 

 ふぅと息を吐く。

 ラウールから渡されたレーザー銃である。

 辺境の地につくまで何度か練習した。

 

「落ちついて、ゆっくりと構える」


 片膝をつき、レーザー銃を構えるシルヴィーだ。

 赤い光点がトカゲ男の身体に見えた。

 

 照準はあっている。

 あとは引き金をひくだけ。

 

 だが、動きが速すぎて巧く狙えない。

 落ちつけ、と自分に言い聞かせるシルヴィーであった。

 

 スペルディアは言ったのだ。

 相手の動きを鈍らせる、と。

 ならば――それを信じるだけ。

 

 コリーヌが再び、トカゲ男の背後から忍び寄って、リバーブローを喰らわせた。

 瞬間、トカゲ男にむかってなにかが飛ぶのがシルヴィーには見える。

 

 なにかはわからない。

 が、それはトカゲの男の目を貫いたようだ。

 

「ぐおお! なんだ、なんだ!」


 顔を押さえるトカゲ男である。

 そのまま身体を震わせて……動きが明らかに鈍った。

 

「皆、周囲から引きなさい!」


 シルヴィーが声をあげた。

 同時に、トカゲ男を囲んでいたコリーヌと兵士たちが跳び退る。

 

 トカゲ男の脳天に赤い光点が灯った。

 躊躇することなく、引き金を引く。

 

 ほぼ同時に戦術高エネルギーのレーザーが発射された。

 

「あ゙……」


 脳天を焼かれ、貫かれるトカゲ男は、最期に間抜けな声をだしたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る