第044話 ラウールの不在の辺境でのことと奥の手と


 ――ストラテスラ家本邸一階。

 

 戦闘服に身を包み、背中には未来型の銃を背負った聖女シルヴィー。

 今、彼女もまた戦場のまっただ中にいた。

 

 血の臭いがあふれかえる本邸の一階。


「シルヴィー様! お願いします」


 承知しました。

 と、言いつつもシルヴィーは目を閉じて祈る。

 治療の甲斐なく息を引き取った患者のために。

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」


 側についているコリーヌがシルヴィーを支えた。

 立ち上がったときに、ふらりと身体が揺れたからだ。

 

「問題ありません。ありがとう」


 次々と負傷者が運びこまれる地獄のような救護所。

 死者は邪魔だと言わんばかりに、外に運ばれていく。

 

 救護所で従事する人間の顔が暗い。

 それはそうだ。

 感情を押し殺さないとやってられないのだから。

 

「お姉ちゃん……」


 心配そうにシルヴィーを見るコリーヌだ。

 まだ幼いながらも、彼女もまた辺境の血を引く者である。


「はりゃあああああ!」


 突如として大声をあげるコリーヌだ。

 皆の注目が集まる。

 

「皆、大変だと思うけど、もうちょっとがんばろう! もうちょっとだけでいいから! きっとお祖父様とお祖母様がなんとかしてくれるわ!」


 そこへドオオンと地鳴りのような音が響いてくる。

 

「ほらね、あれはきっとお祖母様の魔法よ! お祖母様の魔法ってすごいんだから! 魔物なんかには負けないわ! だから皆の力を貸して、お願いします!」


 シルヴィーは見た。

 コリーヌの肩が震えているのを。

 

 だが、そんなことはおくびにも出さない。

 彼女とて辺境の地で戦う貴族の一員なのだから。

 

 明るく振る舞う少女。

 その姿に勇気づけられる。

 

 だから――シルヴィーもまた腹を括った。

 

 そして思う。

 ほんの少し前に知り合った不思議な男の子の背中を。

 

 シルヴィーとて貴族の女子である。

 王都では学園にも通っていたのだ。

 

 だから――同世代の男のことは見ている。

 その誰ともちがった雰囲気を持つ不思議な男。

 

 シルヴィーには理解できないことばかり。

 でも、彼には命を救われた。

 一度、二度……辺境にくるまでずっとだ。

 

 きっと彼は今もまた無茶をしているんだろう。

 自分のことは押し殺して。

 皆を守るために。

 

 だから――。

 

「コリーヌ、少し私の手を握っていて」


「ん? わかった」


 理由はわからないが、言われたようにする少女だ。

 そしてシルヴィーの顔を見上げている。

 

「四方に座す大天の星よ! ヘイラ・マグナ・アテー=ナ! 汝が愛しき光をあまねく者へ!」


 詠唱であった。

 神聖魔法第三位階に位置する大呪文だ。

 

「癒やし、平穏、安寧、ネルトゥスの星々から吹け、愛しき女神たちの慈愛の声よ!」


 シルヴィーの身体から大きな魔力が放出される。

 

「聞け! 愛し子らよ! 慈悲深き女神の恩寵を!」


霊峰に吹く癒やしの白銀風ヴァナ・ディース!】


 聖女シルヴィーの身体を中心にして風が吹く。

 それは癒やしの風だ。

 風に触れた者の傷を癒やし、心を癒やす。

 

「……しゅごい」


 コリーヌは見た。

 その風に触れた者たちが、傷を癒やされていくところを。

 瀕死の重傷だった者も回復している。

 

 というか、だ。

 負傷者だけではなく、従事する者たちの顔色もよくなっている。

 

 だが――。

 繋いだ手に急に体重がかかるのを察したコリーヌだ。

 

「お姉ちゃん!」


 ガクリと膝を落とすシルヴィーだ。

 ここまで負担がかかるとは。

 

 継続して回復を続けるには、使いたくなかった手段である。

 だが、腹を括ったのだ。

 

 もう出し惜しみはしない、と。

 

「大丈夫。少しだけ休ませてく……」


 コリーヌの小さな身体にもたれかかるシルヴィーであった。

 


 遠くで超大型が身体をぶるりと震わせた。

 べちょん、べちょんと黒い雨が降るのが見えた。

 

 ふぅ……仕方ねえ。

 最後の最後、切り札をきるときだ。

 

「第一指定ワードをお願いします!」


 スペルディアの声を合図にオレも声を張り上げた。


「古の六賢人の名をもって鍵となす!」


 オレの胸の中央が輝く。

 今までとは比べものにならないくらいの痛みが全身を貫いた。

 くらり、とふらついて膝をつく。

 

 ……ぐうう。


「マスター!」


「スペルディア、痛覚をカットしてくれ」


 できるよな。

 さんざんオレの感覚をカットして遊んできたんだから。


「……よろしいので?」


「お前がいるからな!」


「まったくもう! まったくもう! マスターの正妻は私! であるのなら無茶に付きあうのも正妻の務めというものです!」


 ふんす、ふんすと鼻息をしている相棒だ。

 調子にのっているのなら、それでいい。

 

 痛みがカットされた。

 同時に立ち上がって、大声を張り上げた。


「サ=リア! ダ・ルニア! ル=ト! イ・ンパ! ナ=ボール! ラ・ウル!」


「起動ワードを確認しました。封印を解除します!」


 うぃいいいんと甲高い音がする。

 同時にオレの両腕が形を変えていく。

 

 右と左で対照的な形をしているんだよね。

 なんだろう。

 三本の黒光りする棒が伸びて、三角形状に変形した。

 

 それを頭上に掲げる。


「マスター、第二指定ワードを!」


 やっぱりこの儀式はちょっとワクワクするな。

 自分で設定したんだけど。


「七つの天をもって力となす!」


 うおおおおとムダに吼える。

 

「ウリエル! ラファエル! ガブリエル! ラグエル! ゼラキエル! レミエル! ミカエル!」


「第二指定ワードを確認しました! 終幕を訃げる鐘アポカリプスを起動します!」


 天にむかって掲げている両手がうぃいいいんと音を立てる。

 左右の腕が合体して、ひとつの巨大な未来兵器にかわった。


 三本の棒が伸びた三角形状から六角形へ。


 それは長大な銃身のようにも見える。

 が、実際にはもっと恐ろしいものだ。

 終幕を訃げる鐘アポカリプスってのは。

 

「マスター! 第三指定ワードを!」


 これで最後だ。

 

「支配の及ばぬ支配者の名をもって裁きを!」


 オレの下半身がうぃいいいんと音を立てて変形する。

 そして、大地にがちんとボルトを打ちこむ。


「ダゴン! ニャルラトホテプ! イグ! シュブ=ニグラス! ヨグ=ソトース! クトゥルフ! アザトース!」


「第三指定ワードを確認。暗黒重轟重力砲ラグナロクを起動します!」


 コオオオオと奇妙な音が鳴る。

 同時に掲げた腕の中央に強大な力が形成されていく。

 

 風が、渦巻く。

 ずずず、と地面が震える。

 ざわざわと巨木が揺れた。

 キュィイイイインと甲高い音に変わる。

 

「マスター! 暗黒重轟重力砲ラグナロクの充填完了しました!」


 オレは天空に掲げていた両腕をゆっくりと振り下ろす。

 狙いを未だ蠢いている超大型に定めた。

 

「くったばりゃあああ! 暗黒重轟重力砲ラグナロク発射!」


「発射!」


 発射の反動でオレの身体がズズズと地面を引き裂いていく。

 どんだけの反作用があるんだよ。


 ――それは暗黒の塊であった。

 黒より黒い球体が真っ直ぐに超大型に進んで行く。

 

 同時にオレの両腕が崩れ落ちた。

 一度しか使えない最終兵器だ。

 

「退避してください、マスター!」


「がってん!」


 結果は見ない。

 っていうか、見ていられない。

 

 下半身がガシャンガシャンと音を立てて通常モードに。

 

 だってあれは超重力兵器だから。

 小型のブラックホールを飛ばすんだ。

 

「マスター! 多次元障壁を展開します」


 両腕がないと上手く走れない。

 ってか、泣き言なんて言ってられん。

 ちょっとでも離れないと。

 

「マスター! ブラックホールが超大型に接触します!」


 走れるだけ走って、巨木の陰に隠れるオレだ。

 

 スペルディアがドローンからの映像を見せてくれた。

 

 超大型の魔物にブラックホールが命中した。

 ――瞬間。

 ブラックホールに吸いこまれていく。

 

 ちょっとでも抵抗できるのがすげーわ。

 あれ、絶対に逃げられないのに。

 

 ずず、ずずとブラックホールに吸いこまれていく超大型。

 身体の半分ほどが吸いこまれてもまだ蠢いている。

 なんで生きてんだよ。

 

 それでも抵抗できたのはわずかな間だけだった。

 きゅぽんとあの通天閣がブラックホールに吸いこまれる。

 

「反転五秒前。マスター耐ショック体勢を!」


 ブラックホールが反転する。

 吸いこんだ分だけ、放出するんだって。


 吸いこみっぱなしはあり得ないってスペルディアが言ってた。 

 ホワイトホールってやつさ。 

 

「スペルディア。こっちこい!」


 腕がないから抱けないけど、懐にとまらせる。

 瞬間、映像が切れた。

 

 上か下か、それとも右か左か。

 もうどうなっているのかもわからない。

 そのくらい転がって、転がって、転がった。

 

「ッッ………………いってええ」


 音も衝撃も半端なかった。

 でっかいなにかにぶち当たった。

 

 岩か。

 うん。

 岩だな。

 

 まだ地面が揺れてるけど、大丈夫。


「……無事か?」


 相棒に声をかける。

 

「ぶはぁ! 誰ですか、あんな危険な兵器を実装したのは!」


「お前だ、お前」


「なにぃ! 小前田が犯人か! 一歩前にでろ! こらぁ!」


 相棒にツっこむのが面倒になって、よっこらせと立ち上がった。

 

 辺り一面が吹き飛んでいた。

 オーマ大森林の一部が完全に更地になっている。

 そして、超大型の姿も見えなくなっていた。

 

 うん。

 すげーな。

 更地だぞ、更地。

 どんだけだよ。

 

 でも……嬉しい。

 だから――。

 

「よっしゃらあああああああいい! だらあああああああ!」


 勝った。

 勝ったんだ。

 あのバケモノみたいな超大型に!


「ふぅ……ギリギリでしたね」


 先生もよくやってくれた。


「やったな! 相棒!」


「もちろんです! これがウル=ディクレシア連邦の技術力です! 現在、わずかに残ったドローンで確認していますが、魔物の痕跡はありません。完全に消滅しています!」


 ふんす、ふんすと鼻息を荒くするスペルディア。


 だが――そこが限界だった。

 目の前が暗転する。

 

「マスター! マスター!」


 相棒――おつかれさん。

 ……オレはちょっと寝る。

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