第048話 ラウールのいない間での王都でのできごと


 ラウールが王都を発った夜のことである。

 ノートス公爵家は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

 なにせ辺境で大侵攻スタンピードが発生したと情報があったからである。

 情報の出本はラウールだ。

 

 どうやって大侵攻スタンピードの発生を知ったのか。

 その点に疑問は残るものの、公爵家のご婦人と当主は疑っていなかった。

 

 矢継ぎ早に指示を出し、使用人たちが動く。

 今、公爵家ができることは多くない。

 人手と援助の体制を整えることくらいだ。

 

 指示を出し終わった公爵家の当主ヴァレリアンが呟いた。

 

「母上……ストラテスラ家とは……」


 が、中途半端に口ごもってしまう。

 なんと言っていいのか。

 評価に困ったのだ。

 

 ラウールという青年が、高い戦闘能力を持っていることはわかっていた。

 だが――正直に言って想定外である。

 

 魔人という強敵をいともたやすく仕留めるのだから。

 何事もなかったかのようにラウールは話していた。

 

 実際にそうなのだろう。

 見た目に怪我を負っているようには見えなかったのだから。

 

「ああ……あの子は特別さ」


 公爵家の婦人リゼッタは紅茶を口に含んでから言う。

 ヴァレリアンは無言で婦人を見ている。

 

「あんたラウールの魔力が感じられないから、いまいち信じられないんだろう?」


 素直に首肯するヴァレリアンだ。

 そうなのだ。

 

 初めて対面したときから魔力を感じられない。

 それはこの世界における強者の条件を満たしていないのだ。

 だから、どうにも調子が狂ってしまう。


「私もね、最初はそうだったさ。だが――うちの暗部を殺さずに眠らせた手際は、どう考えたっておかしい。それが魔法によるものか、他の別の手段なのかはわからないけどね。あんなことができる人間は……辺境にもそうはいないよ」


 何度も聞いた話である。

 婦人が興奮して、当主のヴァレリアンに語って聞かせたのだから。

 

「エレアキニキ子爵、それに加えて中央貴族が魔人と繋がっていた。その裏にいるのがセレヒフゴーズ商国。まぁ酷い有様だねぇ」


 婦人が、ほほほ、と笑う。

 話を変えたのだ。

 

 まぁそれでも構わないとヴァレリアンは思う。

 今はそちらの対応が最優先になる。

 

「どうします?」


 短く聞く当主様だ。

 返ってくる言葉はだいたい予想がつく。

 

「急ぎ資料の要約を作らせて北と東、西にも報せる。その後、四公爵家で中央貴族を駆逐する……のが正解だろうねぇ。第三王子にも手が伸びているってことは、王家にも蟲が入っているかもしれない」


 ほぼ予想通りの答えが返ってきた。

 ただ、気になることもある。

 

「母上はなにか考えがあるのですか?」


 どこか含みのあるような言い方だったから。

 気になったのである。

 

「いや、いい。後ろに魔人の勢力がついているのなら、確実に勝てる方法をとった方がいい」


「うちだけで奇襲でもかけようと考えたのですか?」


 ヴァレリアンの問いに頷くご婦人であった。

 

「ま! 戦力が不足してるさ。ラウールがいりゃあね、それこそ好き放題やらせるんだけど」

 

 ご婦人はラウールのことを思い返す。

 古い貴族の在り方を体現するような青年を。

 今でも辺境では、その考え方を重視しているのだ。

 

 自嘲するような笑みが漏れる。

 やはり南部辺境団はこの国に必要だと改めて思うのだ。

 

 その立ち位置からの重要さではない。

 貴族としての在り方の問題である。

 

 そも南部を統括する公爵家は、辺境を重視せざるを得ない。

 ことは国全体に関わることなのだから。

 

 故に――他の北、東、西を統括する公爵家とも連携を取り、南部辺境伯を通じて人や物を初めとして、有形無形の支援をしている。

 その中でも懇意にしているのがストラテスラ家だ。

 

 今でこそ南部辺境団のとりまとめをしているが、もともとそのような役職はない。

 自然とそうなっただけである。

 それだけストラテスラ家の実力が突出しているとも言えるだろう。

 

「母上は随分と信用しているのですね?」


「もちろんさ。ストラテスラ家ほど信用できる家はない。ただ――」


 とリゼッタは少しだけ目を細めて、息子の顔を見る。

 

「ストラテスラは諸刃の剣さね。信用を損ねれば、その刃はこちらにむく。くれぐれもそのことを忘れないようにするんだよ」


「それは重々承知しています。正直なところ、あの力がこちらに向くと考えれば、どう対処していいのかわかりません」


「それが辺境ってものなんだろうね。まぁラウールは一種のバケモノさ。英雄と謳われるような存在か、はたまた王国を滅ぼす存在か。だけど、見たろ?」


 老婦人がほうと息を吐く。

 

「あの子はね、鏡のようなものさ。善意に対しては善意で、悪意に対しては悪意で返す。苛烈に見えるのは絶対に手を抜かないから」


「……ですか」


 少し黙りこんでしまう二人であった。

 そこへ従僕が部屋に入ってくる。

 

「失礼いたします。今し方、グランツ商会の者がこちらを」


 従僕が差しだしたのは二通の手紙である。

 一通はグランツ商会の代表であるローマンから。

 もう一通はシルヴェーヌからのものだ。

 

「ご苦労。そのまま控えていてくれ」


 ヴァレリアンの指示どおりに壁際に控える従僕である。

 先にシルヴェーヌからの手紙を開封するご婦人だ。

 ローマンからの手紙は当主が目をとおしている。

 

「ふむ……なるほどね。シルヴェーヌは付いて行ったか。しかし――こうなると偽装工作をしておいた方がいいかね」


 婦人の言葉に首肯するヴァレリアンだ。

 

「まったくあの娘は!」


 わざわざ付いて行かなくてもと思うご当主様である。

 なんだかんだで娘がかわいいのだ。

 

「まぁいいさ。ノートス家の者として辺境を知るのは悪いことじゃない。ラウールがいれば、そうそうおかしなことにはならないだろう」


「だといいんですがね」


 苦虫を噛みつぶしたような表情になるご当主様。

 その顔を見て、笑うご婦人である。

 

「娘がかわいいのはわかるけど、ほどほどにしておきな」


 ふふふ、と上機嫌に笑う。

 おかしかったのだ。

 

「母上!」


 ご婦人を睨みつけるヴァレリアンであった。


「おお怖い怖い。さて……あの子たちが辺境に行っている間は偽装工作をしておくか。ちょうどいい。その間に東と西と北に根回ししておくとするか」


「母上はどの程度で二人が戻ってくるとお考えですか?」


 公爵自身は考えたくないことも考えている。

 最悪は二人とも死ぬという結末だ。

 

 いかにストラテスラと言ってもだ。

 長兄に次兄、さらには四男まで死んでいるのだから。

 また今回も犠牲がでると考えて当然だろう。

 

「まぁ日数までは読めないが……不思議と負ける気がしないのさ」


 ニヤリと笑う公爵家の女傑であった。

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