第049話 ラウールシルヴィーの騎士になる


 夜の闇に紛れて王都に入った。

 気分はまるで怪盗だな。

 

「ちょ! ラウール!」


 こそっと王都の城壁に分子操作能力で穴をあけたわけ。

 それを怒っているシルヴィーだ。

 ちゃんと直してるんだから問題ねえって。

 

 あれだ。

 ちょっとだけ浮いてる感じはあるけども。

 爆弾置いて爆破したら、きっとテロテロテロロンって効果音が鳴るはずだ。

 

「シルヴェーヌ様。お静かに。衛兵に見つかります」


「あ……」


 と、口を噤むシルヴィーだ。

 なんかかわいい。

 

 まぁ今は光学迷彩を実装中である。

 スペルディアがコツコツ道具を作っていたらしい。

 シルヴィーの姿も消えているはずだ。

 

「よっし。城壁も抜けたし、ここから公爵家までは」


 跳んでいくかと言いたいところだった。

 だが、シルヴィーがぢっとオレを見ている。

 

「ラウール。わかっていますわよね?」


 ……はい。

 わかってますよ。

 ワイヤーフックで跳んでいくのはダメなんですね。

 

 だって、シルヴィーってば気絶したもんな。

 まぁ仕方ないっちゃ仕方ない。

 でもあのときは急いでたんだって言い訳は……しない方が良さそうだ。

 

「でも、公爵家まで歩いていくの大変じゃない?」


 なんたって王都は広い。

 庶民街を抜けて、貴族街に入って、さらに公爵家まで。

 けっこうな距離があるぞ。

 

「バカですわね。一度、グランツ商会に行きます。そこで馬車をだしてもらえばいいのですわ」


「おお! なるほど」


 まったく頭から抜け落ちてたよ。

 たしかにそうだ。

 おっちゃんのところを経由したらいいのか。

 

「じゃあ、スペルディア。案内を頼む」


『承知しました。マスター。今日はお茶目なところをださなくていいですからね!』


 そんなに釘を刺さなくたっていいだろうに。

 

 程なくしておっちゃんの店についた。

 王都といっても夜になれば、さすがに人通りが少ないな。

 

『ここは大通りですからね。もう少し裏の方に入っていけば、それなりに賑わってますよ。ターエー・ムラーシさんのお店とか』


 三日月髭のおっちゃんの店か。

 美味かったんだよなぁ。

  

『ところでスペルディア、監視の人間はいる?』


『いえ、確認できません。母屋の方に公爵家から何人か人がきているようですね』


『ほおん……それって邸の護衛ってことでいい?』


『そのとおりです。なので、いきなり邸に侵入とかやめてくださいね』


『なぜわかる!?』


 まったく優秀な使い魔様だ。

 

『マスター。そこの路地から店の裏手に回ってください。勝手口があるので』


 シルヴィーの手を引いて、路地に入る。

 ちょっとだけビクッとするのが伝わってきた。

 

 ちょっとショック。

 そんなに信用ないかね。

 

『いや、そこはちゃんと説明しましょうよ。いきなり路地に連れこまれたらビックリしますって』


 おっと。

 紳士たるオレが、これは失敬した。

 

「シルヴィー。こっちに勝手口があるから」


「……そういうことは先に言ってくださいまし!」


 つんとしているシルヴィーもかわいい。

 ちくしょう。

 これが持てる者の力だと言うのか。

 

 路地のちょっと奥に入ってから光学迷彩の機能を切る。


「シルヴィー。いま透明化の魔法は切ったから」


「わたくしにわざわざ言い換える意味なんてないでしょうに」


「ですよねー」


 他愛のない話をしつつ勝手口へ。

 勝手口の近くの壁にもたれかかっている男がいた。


 服装は王都の庶民御用達の麻のズボンに麻のシャツだ。

 

「こんばんはー」


 フレンドリーにいくぜ。

 ここで揉めたいわけじゃないからな。

 

「んあ? なにも……のだ?」


 門番らしい男がシルヴィーを捉えた。

 

「失礼いたしました。お嬢様」


 がらりと態度を変える門番だ。

 なにをか況んやである。


「ご苦労様です。聞いていると思いますが、こちらはストラテスラ家のラウールですわ。わたくしの騎士です」


 じいいんときた。

 機械のハートがばくばくするくらいには。

 わたくしの騎士です、破壊力が半端ねえな。


「承知しました。お入りください」


 同時に指笛を鳴らす門番だ。

 それが合図になっているのだろう。

 母屋の方から人の動く音が聞こえてきた。


「行きましょうか」


 シルヴィーが先頭だ。

 オレは斜め後ろにつく。

 スペルディアはオレの肩だ。

 

 あれよあれよという間に邸の中にとおされてしまった。

 応接室の中に懐かしい顔が見える。

 

「おっちゃん! 元気してたかー!」


 挨拶は軽いのりで。

 その方がいい。

 

 だけどシルヴィーは渋い顔だ。

 貴族だからな。

 認められないんだろう。

 

 あれ? オレも貴族だっけ?


「おお! シルヴェーヌ様、よくぞご無事で」


 シルヴィーの前で片膝をつくおっちゃんだ。

 ネイネさんはカーテシーをしている。

 

「あなたたちには世話をかけます」


 シルヴィーとの挨拶が終わった。

 立ち上がったおっちゃんがオレに近づいてくる。

 

「よく帰ってきたな! さすがラウールだ!」


 がしっと抱かれた。

 そういう趣味はない。

 が――おっちゃんの心遣いだ。

 

「ちょ、苦しいって」


 力を入れすぎじゃないか。

 

「悪い、悪い」


 そう言いながら、少しだけ声が震えているおっちゃんだ。

 泣いてくれているのだ。

 オレのために。


「さて、早速で申し訳ないのですが」


 と、シルヴィーが切りだした。

 オレを離して、目尻を拭うおっちゃんだ。

 シルヴィーの方をむく。

 

「一度、公爵家に戻ります。馬車をだしていただけますか?」


 畏まりました、とおっちゃんが頭を下げる。

 うむ、如在のない対応だ。

 

「シルヴェーヌ様。少し時間をいただきますので、こちらでおくつろぎください。ラウール、飯はいるか?」


「おう、山盛りで!」


「まかせとけ!」


 ネイネさんが部屋をでていく。

 きっと料理を持ってきてくれるんだろう。

 

「まったく、あなたときたら。馬車の手配ができましたら、すぐにでも出発しますわよ?」


 シルヴィーにむかって親指を立てる。

 わかってるってばよ。

 

 そのときであった。

 シルヴィーのお腹がかわいらしい音を立てる。

 

 あ……。

 

「ラウールは仕方ありませんわね!」


 ちょっと顔を赤らめたシルヴィーがオレのせいにする。

 まぁいいさ。

 そのくらい。

 あえて泥をかぶろうじゃないの。

 

 この可愛いお姫様のために。


「だって、シルヴィーの騎士だもんな!」


「その余計な一言でだいなしですわ……」


 呆れるシルヴィーであった。

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