第050話 ラウール公爵家とお話して一区切りつける


 ノートス公爵家邸の賓客用サロンだ。

 そこでオレは今、とてつもない疎外感を味わっている。


 まぁそりゃそうだろう。

 愛娘と久しぶりに再会できたんだからな。

 公爵家の当主様ったら、でれでれになっている。

 

 ご婦人の方もそうだ。

 真っ先にシルヴィーを抱きしめていた。


 色々あったからなぁ。

 ただまぁちょっと長過ぎねえかな。

 

 オレ、なんだかずっと待っているんだけど。

 

『マスター。だからと言って食べ過ぎですよ』


 相棒から辛辣な言葉が返ってきた。

 

『だって他にすることないだろうが』


 そうなのだ。

 もう待つだけの時間は十分に使ったと思う。


 だから、オレは顔見知りの従僕にいって食事をもってきてもらった。

 ネイネさんのところでも食わせてもらったけど。

 このくらいは軽いものだ。


「もう! お父様ったらいい加減にしてくださいまし」


 お、いいぞ。

 シルヴィー、もっと言ってやれ。

 

「うっ……しかしだな」


「もうさすがにいいだろう。ヴァレリアン」


 よし、そこだ。

 ご婦人。

 もっと抉ってやればいい。


「母上まで」


 しゅんとなっている公爵家のご当主だ。

 まぁ大貴族の当主といっても、やっぱり人の親なんだな。

 

 んーあれか。

 こういうギャップがあった方がモテるのかな。


『マスターは良くも悪くも裏表がありませんからね』


『それは美徳でしょうが!』


『ええ、貴族にとっては致命的ですけどね』


 いちいち刺してこないと気がすまんのかね。

 うちの使い魔は。

 

「ところでラウール!」


「もが?」


 シルヴィーが急に話しかけてきた。

 ちょっと喉に詰まるでしょうが。

 

「あなたはいつまで食事をしていますの? さっきもグランツ商会で食べていたでしょうに」


 んぐっと飲むこんで、シルヴィーを見た。

 やっぱり可愛い。


「それとこれとはべつ。そろそろ話は終わった?」


「終わりましたわ」


 オレの隣の席に座るシルヴィーだ。

 その対面にご婦人とご当主も座る。

 

「さて、ラウール。報告を聞こうじゃないか」


 ちょっと待って。

 そんな意思をこめて、手を前にだす。

 グラスに入った水を一気に飲む。


「ええと……大侵攻スタンピードはとめてきたよ。うちの親父殿とお袋様も健在。正確な被害はわからないけど、いつもに比べたらかなり小さい数字になっていると思う」


「……そうかい。よくやってくれたね」


 ぎゅうとオレの手を握りしめるご婦人だ。

 

「うん……まぁがんばってきたよ。あとシルヴィーの活躍も聞いてあげて」


 オレの言葉にカッと目を大きくする公爵様だ。

 まさか娘が戦場に出たとしても思っているのだろうか。


『マスターの言葉を額面どおりに受けとったらそうです』


「わたくしは……そうですわね。お父様、お祖母様、辺境の地は想像以上に過酷でした。正直に言えば、もっと支援をしなければと思いましたの」


 そんな枕詞から、滔々と語るシルヴィーだ。

 自分の目から見た辺境、そして大侵攻スタンピードの脅威を。

 

「ふむ……よくわかった。シルヴェーヌの言葉は覚えておくよ。決して悪いようにはしないから」


 ご当主様の言葉に、頷くご婦人だ。


「最後に、もうひとつご報告がありますわ」


 ん? まだ言うことあったかな?

 

「半分以上は成り行きでしたが、わたくし聖女として認められましたの」


「な、なんだってえええええ!」


 大げさに驚く公爵様とご婦人だ。

 なにをそんなに驚いているのか、さっぱりだ。

 聖女って認められたから聖女なんじゃないのか。

 

『マスター黙って』


 不思議そうな表情をしているオレを見るシルヴィーだ。

 ゆっくりと息を吐いて、口を開く。


「ラウール。聖女というのは、かんたんになれるものではありません。神に認められる必要があるのですから」


 だから、それは当たり前じゃないの。

 なんだかよくわからん。


「シルヴェーヌ様。よろしいですか?」


 たまりかねたのか、相棒が口を開く。

 もうこの場にいる面々にはバレているのだから。


「なんですか?」


「うちのマスターがさっぱり理解していません。もう少し順を追って説明してくれませんか?」


 公爵家の三人が嘘だろ、という目でオレを見る。

 ばかやろう、照れるだろう。

 

「ラウール、神に認められて聖女になる。これはとてもスゴいことなんだよ」


 ご婦人が先に口を開いた。

 

「だから、なにがスゴいのさ」


「神が認めたってことさ。うちのシルヴェーヌは神に認められたってことが大きいんだよ」


『要するにですよ、マスター。シルヴェーヌ様は魔人に攫われたということが瑕疵になっていたわけです。ですが、聖女に認定されたことでそのマイナスが帳消し、あるいはプラスになったということです』


『そんなもんか?』


『さぁ? 私にはわかりませんよ。神なき時代の人工知能ですからね。ただまぁ公爵家の方々が言うなら、この時代ではそうなのでしょう』


 オレは大きく頷いてみせた。


「うん。じゃあシルヴィーの救出を偽装しておく方がいいよね。だって今のままじゃ公爵家にとってもよくないんでしょ?」


「まぁそのとおりなんだが……いいのかい?」


 ご婦人が苦笑している。

 シルヴィーは下をむいたままだ。

 

「実家に堂々と帰れるようになるんだから、いいことなんじゃないの?」


 がしっとオレの手を握ってくる公爵様だ。

 

「ラウール! キミは弁えているね!」


 よくわからん。

 が、愛想笑いをうかべておく。

 

『まったく。まぁいいですけど……』


『言いたいことがあるならはっきりどうぞ』


『ここまで鈍感だと、どうにもシルヴェーヌ様がかわいそうです』


『え? なんでそこでシルヴィーがでてくるんだ?』


『これだから脳筋は』


 なんなんだ。

 はっきり言えっつうの!

 

『マスター、なんでもかんでも答えが返ってくるとは限りません。まぁ少し考えていてくださいよ。私が公爵に聞きたいことがあるので』


 なんのことだと思っていたら、スペルディアが話を切りだす。

 

「こちらからヴァレリアン様にお尋ねしたいことがあります。商国と魔人の勢力の関係、それと我らが不在の間、なにが王都で起こったのか」


 あ、これは難しい話だとピンときたね。

 

「ふむ。順を追って話そう。まずキミたちがくれた資料から、おおよそのことがわかった。あとは裏を取りたいんだが、エレアキニキ子爵の身柄をこちらに渡してくれるかね?」


「もちろんです。後ほど必ず引き渡します」


 スペルディアの返答に満足したのだろう。

 公爵様が語り出した。

 

「我らも裏を動かしてね。ある程度の確証は持っているんだが、魔人の勢力と商国は協力関係にある。そして我が国を混乱させようとしていたのは商国だ」


 なるほど、と相槌を打つスペルディアだ。


「まあそちらも予想していただろうが、中央貴族を大きくすることで利権の拡大を狙っていたらしい。我らとしては他の公爵家と連携し、中央貴族を根こそぎ排除する予定だ」


「……なるほど。四つの公爵家が力を合わせれば、十分な勝算がみこめる、と」


 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる公爵様。

 色々と企んでそうだ。

 

「情報の提供に感謝を。では、こちらも魔人のうち一体を提供しますので、そちらを使って偽装計画を進めましょう」


「……ほう。いいのかい?」


 目を細めて、スペルディアを見る公爵様だ。

 なんだかんだ言っても、やるときはやるんだな。


「かまいません。既に必要な情報は得ましたので。それにマスターのためにも、ヴァレリアン様には恩を売っておきたいですし」


「ふふ……お手柔らかに頼むよ」


 そこからシルヴィーの身柄を取り返す偽装計画の打ち合わせだ。

 オレはもう蚊帳の外だ。

 

 ご婦人はシルヴィーと話している。

 なんだか二人とも真剣な表情だな。

 

 暇だ。

 寝るか。

 ゆっくりと目を閉じる。

 

「ラウール! ラウール!」


「ふわぁ……どしたの?」


 目を開ければ、シルヴィーがいた。

 オレを起こしたのだろう。

 

「マスター、目を覚ましてください。これから偽装工作を行ないます」


 ううん、と伸びをする。

 で、オレを見ている人たちの顔を見た。

 公爵家の面々はどこか呆れているみたいだ。


「ん! わかった。やるか!」


 スペルディアに指示に従って王都を跳ぶ。

 シルヴィーを連れて。

 

 そして目的地である大公家邸へ。

 ここの地下室。

 まぁオレが吹っ飛ばしたところだな。

 

 ここでシルヴィーを見つけたことにする。

 その前に中を分子操作能力で戻しておく。

 

 要は館の火事があったけど、地下室は無事だったことにするみたい。

 

「あとは魔人の死体と、子爵のおっさんをおいて」


 魔人の死体に分子操作能力を使う。

 あの学園に現れた怪盗スタイルのオレと同じ格好に偽装だ。

 

 んでもって子爵のおっさんはまだ生きている。

 スペルディアが昏睡状態にしていたらしい。

 

 色々といじくったそうだけど。

 いったいなにをしたんだよ。

 

「んで、気絶したシルヴィーを寝かせてと」


 簡易的な長椅子を作って、そこに寝かせる。

 ううん、シルヴィーのドレス姿はやっぱりいいな。


「あとは公爵家の私兵が大公家邸で子爵と魔人を発見、魔人は殺してシルヴェーヌ様を取り返す、と」


「で、しばらくして聖女になったことを発表して終わり?」


「まぁそうですね」

 

 まぁ盛大なマッチポンプだ。

 あとはそれが上手くいくことを祈るのみ。

 

「マスター、別れを告げなくてもいいんですか?」


「また会えるだろ」

 

 確信があった。

 うん。

 シルヴィーとはまた会える。


「行くぞ、相棒!」


 念入りに偽装工作を施して、大公家邸を後にする。


「……ふぅ」


 遠くからシルヴィーが救出されるのを確認した。

 これで堂々と公爵家にも帰れるだろう。

 

 うん……まぁ婚約のことはいい。

 本音を言えば、めちゃくちゃ惜しいことしたって思うけど。

 

 でもまぁこんなもんだ。

 シルヴィーは公爵家の御令嬢。

 オレは片や貴族にもなれない半端者だからな。

 

 結婚がどうかとか夢物語だ。

 よかったんだよ。

 うん……。

 

「マスター……これで一区切りつきましたね」


「だな。じゃあそろそろ帰るか」


 慣れない実家にな。

 そんでもって、ちょっと休んだら出発だ。

 

 ウル=ディクレシア連邦の遺跡発掘の旅だな。

 それはそれで楽しそうだ。

 

「まったく格好つけるからですよ」


「うるせえ、男は黙ってやせ我慢なの!」


「はいはい。マスターには私という正妻もいますしね!」


 ちっ。

 口の減らない使い魔だ。

 

 夕焼けの太陽にむかって走る。

 さぁ気分変えていこうぜ、相棒!

 

「マスター! そっちは逆方向ですってば!」


「だから先に言えっての!」


 機械の身体に変わったってハートは豆腐。

 だからさ、そういうこともあるんだよ。

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