第016話 ラウールの本気に王都が震撼する


 手を掴まれて、叫んでいる令嬢。

 その隣にシュタっと降り立つオレ。

 

『スペルディア!』


『はいはい』


 消えていた灯りが再び灯る。

 その瞬間、オレは令嬢の腕を掴む蛮族の腕を手刀で打った。

 

 ――ぼぎん。

 

 あれ? かなり手加減したんだけどね。

 まぁあれだ。

 うん、ちょっとしたアクシデントってやつだ。

 

 腕が途中で変な方向に曲がった男が床に蹲って叫んでいた。

 うるさいな。

 ここが見せ場だってのに。

 

『スペルディア! 黙らせて』


『はいはい』


 男が黙った。

 なんかしらの薬を撃ちこんだんだろう。


『さっきからノリが悪い! なんだってんだ!』


『いや、あの……マスター。申し上げにくいのですが……』


『そういうの後にして! 今いいところなの!』


 まったく。

 ここからが見せ場なんだからな!

 風情を理解せぬ人工知能め。


「大丈夫かな、お嬢さん?」


 声をかけたオレの方を見る御令嬢。

 その御令嬢の顔が引き攣った。

 

 おいおい。

 顔を引き攣らせても美人だなんて初めて見たよ。

 やっぱ可愛いは正義だな。

 

「…………」


「さぁ私がきたからにはもう大丈夫。下賤な輩には指一本たりとも触れさせませんぞ、ふははははは!」


 御令嬢を後ろに隠して、と。

 オレは目を見開いてとまっている王子たちを指さした。


「そこの邪なる者たちよ、断罪の時間だ! 己の罪を数えながら震えてろ!」


 きゃああ。

 最高に決まった。

 これもう完璧だろ。

 

「ま、魔人だああ! 魔人がでたぞおおお」


「え? ちょ!」


 魔人? え? オレ?

 そこはキサマ、何者だっ! でしょうが!

 

 つか魔人ってなに?

 

『――魔人はですね。魔物の中でも人語を解する種族を指します。ちなみに魔人というだけあってヒト型の種族であることも条件ですね』


 スペルディアの方が詳しい。

 そうそう、辺境なんて魔物しかいないもん。

 魔人とか初耳だなー。


『……マスター、まだお気づきではありませんか?』


『なにがだよ?』


 とすん、と音がする。

 隣を見ると、令嬢が青い顔をしてへたりこんでいた。

 

「え? なに? どういうこと?」


『そのお姿ですよ、マスター』


『なにがだよ?』


 貴族風の黒い服にシルクハット。

 顔にはマスク。

 

 ばっちり決まっているじゃないか。

 怪盗スタイルだろ?

 ちがうのか。

 

『いえ……そのマスクが問題なのです』


 なにを言っちゃてるんだ、この梟は。


『え? どこが? なんの問題もないだろう?』


『いいえ! そのマスクは怪しすぎます!』


『ワハハハ! 冗談でもそんなことを言うんじゃありません! みんな大好きペストマスクだぞ!』


『この世界にペストはありませんが?』


『ナハハハ! な……なんて言った?』


『この世界にペストはありません』


『……ってことは?』


『ただのヘンタイです』


『そんなわけないだろうー、ええ、おい』


 悪い冗談を言わないでくれよ。

 そんなわけないだろうに。


『いえ、ただのヘンタイです』


 ――無慈悲!


『嘘だろ!?  嘘だと言ってよ、スペルディア先生!』


『いいえ現実です』


『じゃ、じゃあひとつ聞くけど、さっきから魔人、魔人って言ってるのは?』


『率直に言いますと、マスターのことで間違いありません』

 

『なん……だと』


 そのタイミングで御令嬢から、きゅうという声が聞こえた。

 どさりと音を立てて、崩れ落ちるお嬢さん。

 

 え……と、あれ?

 どういうこと?

 

『マスターのことを魔人だと勘違いしたのでしょう』


「うっそだー! 傷ついちゃうよ、オレってば」


『マスター、ふつうに声にでています』


 それだけショックだったんだよ。

 わかれよ。

 

「なんてこった。まったく予定が台なしだぜ」


 思わず、天を仰いでしまう。


「あなたが誰だか知らないですけど、ふざけていますの?」


 オレに声をかけてきたのは、王子の隣にいたヘビっぽい印象の女だ。

 見た目だけならいい女なんだけどな。

 まったくそそられない。

 

 だって――。

 

「うるせえな、お前誰だよ? オレにそんな口きいていいと思ってんの?」


「あら? さっきの芝居がかった口調とはちがいますわね?」


 黒の羽根扇で口元を隠して、おほほ、と笑う女だ。

 まぁ様になってるのはなっているんだけどな。

 

 そんなことよりオレとふつうに会話している状態に、王子様たちがドン引きしてるぞ。

 さっきから顔が引き攣りまくってるじゃねえか。

 

「……これは失礼」


 右手は腰の前に。

 左手は腰の後ろに回して、ぺこりと頭を下げる。

 どこかで見た執事っぽい動きだ。

 

 どや? ちゃんと再現してやったぜ。

 

 ちなみにうちの実家に執事なんていませんでした。


 お屋敷で働く使用人はいたけどね。

 だいたいが年を食ったり、怪我で身体を悪くした人たちを雇ってたからさ。


 執事ってのとちょっとちがうと思うんだ。

 オレのことを坊主って呼ぶ人もいたし。

 べつにいいんだけど。

 

「で、何者ですの? そこな負け犬とはどういう関係でしょう」


 負け犬ねぇ。

 シルヴェーヌお嬢様、言われてるぞ。

 

「そんなこたぁどうでもいいんだよ。お前こそ魔人ってやつだろ?」


 オレの言葉に、一瞬だが女の動きがとまる。

 

「ぶ、無礼な! この私を誰だと思っているのです!」


 いいのかい?

 気づいてないようだけど、王子たちの目が泳いでるぞ。

 信じてはいるけど、信じ切れてはいないんじゃないか。

 

「だから、魔人だろ?」


 そう――オレには確信がある。

 だって、そんな風にしか見えないから。

 

 これがスペルディアがオレに搭載した機能のひとつだろう。

 オレの義眼は超高性能だって言ってたからな。

 

『もちろんです! 我がウル=ディクレシア連邦の技術力に不可能はありません!』


「戯れ言を! 殿下! いいのですか! あのような魔人とも人ともつかぬ輩に私がいいように言われて!」


 はい、オレから視線を外したな。

 その瞬間を待ってたんだ。

 

 一瞬で氷弾を生成して指弾を飛ばす。

 その狙いは過たずに、女の額に命中する。

 

 大きくのけぞる女。

 だが、昨日襲ってきたヤツらとちがって弾が貫通していない。

 

 威力は同じなんだけどな。

 おかしいなぁ。

 

「……きゃああ!」


 ヘビみたいな女はなにをされたのかわからなかったんだろう。

 一瞬だけとまってから悲鳴をあげた。

 だけどな、もう遅いんだよ。

 

 その額から紫色・・の血が流れているんだから。

 

「お、オフィサーナ……その血の色は……」


 王子が指さしながら、女に言った。

 ヘビのような女は、うっすらと笑みをうかべる。

 

 小さな笑声から、やがて哄笑へと変わった。

 その瞳が縦に割れる。

 

「やれやれ……うまくいっていたのですけどねぇ」


 女の雰囲気が変わったのを察知したのだろう。

 王子たちが後ずさっていく。

 

 周囲を取り囲んでいた生徒たちも同様だ。

 悲鳴をあげている女子生徒もいる。

 

 なんだよ、お前ら貴族じゃねえのかよ。

 貴族なら戦えっての。


「バレバレだっての」


「こうなったら仕方ないですねぇ。皆殺しといきましょうか」


 女の身体がモリモリッと大きくなった。

 特に顕著なのが腰から下だな。

 

 完全にヘビの胴体に変わっている。

 先が二股に分かれた長い舌をだし、上半身は鱗に覆われていく。

 

 ラミアだったかな。

 

『マスター。なかなか強力な個体のようです』


『うん、わかってる。まぁ見とけって』


 オレは思った。

 魔人なんて知らねーけど魔物だったら倒す。

 それが辺境の流儀だからね。

 

 つか、さっきまで講堂の中で取り囲んでたお前ら。

 さっそく逃げてんじゃねえよ。

 

 いやべつに戦えとは言わんけどさ。

 悲鳴あげて腰抜かしたり、そういうのはみっともないよ。

 さすがに。

 

 あと、王子の取り巻き。

 さっきまでの威勢の良さはどこいったんだよ。

 ママ、助けて……じゃねえ。

 

 ふぅと息をはいて――心を殺す。

 

 スッと頭が冷えていく。

 同時に、オレは動いていた。

 

 少しの助走をつけて跳ぶ。

 そのまま両足を揃えて、水平にラミアの顔面を蹴飛ばした。

 

 超加速ドロップキックだ。

 ラミアが人の輪を割るように吹き飛んでいく。

 

 壁を突き破って大講堂の外へ。

 さぁここからが本当の勝負だぜ。

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