第015話 ラウール王都の学園で悪乗りする


「まったく! 誰に似たんだか!」


 ぐしゃりと前髪を掴む公爵様。

 ううん、イケメンオヤジってお得だなぁ。

 こんな仕草でも格好いいんだもの。

 

 オレが同じことやってみ。

 女性陣は文句いうぞ、きっと。

 似合わないからやめろ、とか。

 

「ラウール、あんたに頼みがある」


 ご婦人が鋭い視線をむけてくる。


「うちの子を、シルヴェーヌを助けてやってほしい」


「いいけど? それが依頼された仕事だし? でも学園って言われてもわからんよ?」


 ふふっとご婦人が笑いを漏らす。

 

「いいんだね? 仮に相手が第三王子でも」


 念押しされた。

 たぶん、これは思いやりってやつなんだろうな。

 

 いや、ご婦人の中でも迷いがあるんだろか。

 なんだか試すような雰囲気があるけど……。


 余計なお世話だって話だ。

 昨日も言ったけど、もう一回だけ言うぞ。


「ンなこたぁどうでもいいの! こちとら相手選んでケンカするなんて、上等なことをした覚えがねンだわ!」


 腹が立った。

 無性に。

 なんだかバカにされた気分だ。


大侵攻スタンピードだからって逃げてられねンだよ! 不利だからとか、勝てねえからとか、ンなこと言ってたら皆が死んじまうんだよ」


 そうだ。

 長兄は笑って逝った。

 次兄はちょっとだけ泣きそうな顔で逝った。

 

 でも二人は絶対に退かなかった。

 退かなかったんだ。

 

 死ぬのがわかっててもな!

 

 そんな兄貴たちの背中を見て、育ってきたんだ。

 辺境を、ストラテスラを舐めんじゃねえ!

 

「ふざけんな! 日和ってんじゃねえ! 相手が誰だろうが関係ねえだろが! やんのか、やらねえのかどっちだ! てめえら口だけかよ、バカヤロウ!」


 腹が立つ。

 なにが貴族だ。

 なにが公爵家だ。

 

 オレらはそんなお前らを守るために命張ってンのかよ!

 

「……やる。やるに決まってるだろう!」


「母上……」


 ご婦人が泣いていた。

 ぽろり、ぽろりと涙をこぼしている。

 

「長いこと王都の生活に浸りきってたみたいだね。情けない。本当に情けない……これじゃテオに顔向けできないじゃないか」


 目頭からこぼれた雫を指で拭ったご婦人だ。

 その瞳には、明らかに先ほどとちがう意思が宿っていたと思う。


「ラウール・ストラテスラ! 思う存分にやってきな! 私がすべて責任をとる。中央貴族どもめ、私の首がほしいならくれてやろうじゃないか! ただし、あいつらの首と引き換えだ!」


 いいねぇ。

 そうこなくっちゃ。

 

 その気概にオレは拳を突きだした。

 コツンとご婦人も拳を突き合わせる。

 お互いに犬歯をむきだして笑った。

 

 あと五十年若かったらくどいてるところだぜ。

 

『それだと相手は一桁ですけどね。マスターはそちらの気がおありで?』 

 

『そこまで落ちてねえわ! ってか、わかってるよな、相棒!』


『もちろんですよ。既に王都内の全地形は把握ずみです。ちなみにあの御令嬢には追跡用のドローンをはりつけてありますので、位置も既に特定しています』


『じゃあ、ド派手にぶちかますとするか!』


『望むところです! 王都でマスターの悪名を轟かせましょう!』


『悪名とか言うなよ、照れるだろ?』


『…………ツッコんでくださいよ』


 改めて、思う。

 この梟はオレで遊びすぎだ。

 

 なんだかんだあったけど、オレは公爵家をでて学園にむかっている。

 

 スペルディアによると、お嬢様は学園の中にある大講堂にいるらしい。

 そこに多くの学生たちが集まっているそうだ。

 

 おうおう。

 悪役令嬢っぽくなってまいりました。

 

 さすがに公爵家の馬車だ。

 学園の門なんで素通りだよ。

 そのまま大講堂の前までノンストップだ。

 

「ラウール様」


 さっきのメイドさんだ。

 口元にあるほくろが色っぽい美人さん。

 一緒に乗ってきたんだ、どうしてもって。

 

「お嬢様は決して悪い御方ではありません。だから、だから

……お願いします」


 祈るようにオレを見るメイドさんに、オレはビッと親指を立てて応えた。

 

「任せとけってばよ!」


 メイドさんを置いて馬車の外にでる。

 

 ――大講堂。

 つってもアレだ。

 見た目はでっかい教会みたいな感じ?

 

 大聖堂っていうんだっけか。

 正面にでかい入口があって、建物の左右に尖塔がある。

 

 ふむ。

 ド派手にいくといったんだから。

 ちょっと演出にこだわってみるか。

 

 大講堂の壁を蹴り、出っ張りに指を引っかけて、登っていく。

 正面の二階か、三階か。

 そこにあるでっかいガラスを分子操作を使って、身体がとおるくらいの穴を開けてしまう。

 

 ……うへぇ。

 中に入ると、これまたスゴい。

 まずオレの目にとまったのは、でっかいシャンデリアだ。

 

 キラキラしてて、めっちゃきれい。

 芸術品だって言われても納得するぞ。

 

 問題は赤い絨毯が一面に敷かれている一階部分。

 

 そのど真ん中に件の御令嬢がいる。

 対峙しているのは、なんかいかにも王子様って感じのやつ。

 いけすかねーイケメンだ。

 

 その王子様の後ろに取り巻きだろうか。

 こっちも高級そうな服を着た男連中がいる。

 何人か女子も混ざっているのか。

 

 御令嬢と王子たちを中心に生徒たちの輪っかができていた。

 

「どういうことなのか、お聞きしていますのよ」


 オレのサイボーグイヤーは地獄耳。

 この距離でも御令嬢たちの声がはっきり聞こえちゃうんだよね。


「どういうこともない! シルヴェーヌ、キサマとの婚約は破棄になった。それだけのことだ」


「だからご説明ください、と申しております」


「ええい! うるさい! キサマとはもう終わったのだ!」


 激高する王子っぽいやつ。

 その隣に黒いドレスを着た女がいる。

 

 たぶんだけど年上かな。

 なんだか蛇みたいな印象の女だ。

 

 その女が笑った。

 いや嘲笑ったというべきかな。

 

「シルヴェーヌ様、あなたは既に婚約を破棄された身。それでもしつこく殿下につきまとうなんて、なんてみっともないのかしら」


 おーほっほっほ。

 下品な笑い声だ。

 なんか口が臭そう。

 

「これだから大貴族の娘は厄介なのですね」


「殿下が嫌がっておられるのだぞ! 控えろよ」


「あなたに魅力がなかった。それだけでしょうに」


 取り巻きたちから声があがった。

 それを聞いても、令嬢は怯まない。

 キッと前を見据えたまま、手にした羽根扇で王子を指す。

 

「殿下! わたくしはあなたにお聞きしているのです! なぜ理由もなく婚約を破棄されたのか。それを知りたいのです」


「……ええい、面倒な。誰か、シルヴェーヌを摘まみだせ。せっかくの婚約発表の場だというのに!」


 王子の言葉に取り巻きたちが動く。

 だが、令嬢の声が大講堂の中に響いた。

 

「触れるな! わたくしを誰だと思っていますの! 下がれ、下郎ども!」


 ハハっ……強い。

 でも、そろそろ限界かな。

 

『スペルディア、頼んでおいたマスクできてるよな!』


『もちろんです。しかし……本当につけるのですか?』


『ばっか、お前。マスクはロマンよ、ロマン』


『……では、転送します』


 オレの左手にマスクが現れる。

 せっかく、こんな貴族っぽい服を着てるんだからな。

 それなりに用意はしなくちゃいけない。

 

 むふふ。

 このフォルム。

 この質感。

 

 しっかりとマスクをつける。

 もはや気分は怪盗だ。

 そう、ラウールという名前は伊達ではない。

 

『スペルディア、帽子、帽子がない!』


『はいはい。マスター御所望のシルクハットですね。片眼鏡モノクルの必要はありませんね?』


『マスク被ってるからな!』


「きゃあああ!」


 準備が整ったところで、御令嬢の悲鳴が響いた。

 見れば、取り巻きの一人が腕を掴んでいるではないか。

 

『よし、行くぞ! スペルディア!』


 オレは颯爽と豪華なシャンデリアに跳び移った。


『まったく、マスターのこだわりは理解できないときがありますね。まぁでも楽しそうにしているので良しとしましょう』


 なんてことを言うんでしょう。

 保護者気取りの相棒め。

 まぁいい、今は気分がいいから聞かなかったことにしよう。


『おーい、早くこいってば!』


『はいはい。ではやりますよ!』


『やれ!』


 オレの合図とともに大講堂内の灯りがすべて消えた。

 一瞬で暗闇に包まれたことで、あちこちから悲鳴が上がる。

 

「ふははははは!」


 オレの笑声が大講堂内に響き渡った。

 ちょっとマイクで大きくしといて正解だったな。

 めっちゃ注目を集めているはずだぞ。


「可憐な女性に無体をふるうとはなんという蛮族か。天に代わりて、この私がそこな女性を邪知暴虐の嵐から守ってみせよう! とうっ!」


 オレは意気揚々とシャンデリアから飛び降りるのだった。

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