第012話 ラウール辺境の流儀を叩きこむ


 結論から言おうじゃないか。

 オレは北部料理にとっても満足した。

 

 いや、ターエー・ムラーシさん。

 ごめんよ、変な疑いをかけて。

 

 あ、ターエー・ムラーシさんは、おじさんだったよ。

 なんだかこう細い三日月の弧の部分を下にしたような髭だった。

 

 なかなか気のいいおじさんでね。

 北部料理の特徴なんかも、しっかり教えてくれた。

 

 北部ってのは豊かな穀倉地帯があるそうなんだ。

 地元じゃ黄金の波なんて呼び方をするらしい。


 ちょっとしゃれてやがる。

 南部辺境団なんてそのまんまだぞ。

 

 ええ、おい。

 手抜きじゃねえのか。

 

 まぁいい。

 あと牧畜なんかも盛んだったって言ってた。

 

 だもんで、基本的には小麦料理が多くてね。

 チーズとかヨーグルトなんかの乳製品も使われてるのが特徴なんだってさ。

 

 前世で言うピロシキみたいなのが、特に気に入った。

 要は挽肉と野菜の細切れが入った揚げパンなんだけどね。

 

 すごく美味かった。

 チーズも入ってたりして、ピザを思いだしたね。

 トマトソースがあったら完璧だった。


 他にも身体を温めるような料理が多かったね。

 煮込み料理なんかは素晴らしかったし、なんと言っても忘れちゃいけないのが水餃子っぽい料理だ。

 

 餃子ってよりはお団子みたいな形だったけど。

 でも味は餃子とほぼ同じ。

 

 いやぁ堪能した。

 ターエー・ムラーシさん、マジで神だわ。

 世界線がちがえば似た名前でも問題なかったな。

 

 ま、最後の方は泣きが入ってたけど。

 さすがに食い過ぎたか。

 

 今のオレは惑星野菜の人たちとタメを張るフードファイター。

 まぁ財布の方はだいぶ軽くなっちまったけどな。

 

 店をでる。

 ターエー・ムラーシさんが見送ってくれた。

 

「坊主、次くるときはもっと喰わせてやっからな! 負けねえぞ!」


 そんなおじさんの言葉に振り向かず、手の平をヒラヒラとさせて応えてみた。

 一度はやってみたかったんだよね。

 この去り方。

 

 すっかり陽が落ちて、夜になっている。

 けっこう長居したんだな。

 美味いメシを食ってると、時間を忘れちまう。

 

 王都ってのはスゴいな。

 魔道具が通り沿いに置いてあって街灯になってる。

 これ魔道具を消したりつけたりするお仕事でもあるんだろうか。

 

 ……ありそうだな。

 なんか下っ端貴族の利権になってそう。

 ここからここまでは、ウチがやるからとか。

 縄張り争いもあったりするんじゃなかろうか。

 

 ふぅとひとつ息をつく。

 

『なぁスペルディア……』


 めんどくせーけどやるか。

 騒動の目は小さなうちに摘んでおく方がいいんだよ。


『ええ、解析結果はでています。既に北部料理は完璧に再現でき……』


「そっちなんかーい!」


 おっと。

 ふつうにツッコんじまった。


 道行く王都の民たちよ、ジロジロ見るんじゃない。

 顔が真っ赤に……ならないわな。

 

 そそくさと移動する。

 

『マスター、そっちでは遠回りになります!』


『うっせ、お前のせいで恥かいたじゃねえか!』


『大丈夫ですよ。変わった人がいるくらいにしか思われてませんから』


『それが問題だっての!』


『まったく仕方のないマスターですね。では三つ目の角を左に曲がってください。その先の道を左に折れて、真っ直ぐです』


『了解』


 数分後のことだ。

 

「うわぁ、とってもいい匂い。そうそう、これが北部の煮込み料理の醍醐味だな。よおし、今日は張り切って食べちゃうぞーってちがうわ! ここ、飯屋やないかーい!」


『マスターが言ったんじゃないですか。北部料理を堪能したいって!』


「そうだけど、そうだけども!」


『マスター、また変な目で見られてますよ』


「お前のせいだろうが!」


 くう……最近、会話の幅が広がってきてやがる。

 いや、オレがツッコむからか。

 

 ボケるのを楽しんでいる空気さえあるぞ。

 さすが超高性能人工知能。

 学習能力が高い。

 

『冗談はさておきまして。マスター、解析が完了しました。九頭竜ヒュドラ会の位置、関係組織の位置もすべて把握ずみです』


『そう、それが聞きたかったの!』


『では、行きますか』


『夜間戦闘って大丈夫なのか。そういや試したことなかったな』


『ばっ! なんてことを仰るのです! マスターの義眼に使われているのは、ただの義眼ではありません。赤外線や紫外線などの不可視光線にも対応可能です。さらに熱感知など、様々な事態に対応できるだけではなく、マスターの補助人工知能とリンクして画像や映像の再生、その他にも……』


 めっちゃ早口になるスペルディアだ。

 どうもこの手の話が大好きらしい。

 

 そうなんだーを繰りかえすだけの時間を過ごす。


『あの程度の雑魚が相手ならば、何人いても私とマスターの敵ではありません。で、あるのならひと息に飲みこんでしまいましょう』


 スペルディア先生の講義がようやく終わったようだ。

 よし、ここで決めの一言だ。


『ちんぴら王に、オレはなる!』


『いよっ! さすがマスター!』


 ――その日。

 王都の裏社会にはびこる、幾つかの組織が姿を消した。

 

 ってナレーションを入れたくなるくらいには活躍したぞ。

 うん。

 だいたいスペルディアのせいだ。

 

 あいつが気持ちよく煽ってくるから。

 ちょっと大変なことになっちゃった。

 

 たぶん三桁近い人数いったんじゃないだろうか。

 建物も何棟か潰したし。

 いくらスラム街といえど、はしゃぎ過ぎたみたい。

 

 スペルディアは研究対象がどうのこうのとウハウハしてたけど。

 

 さすがに王都の衛兵もきたしね。 

 念のために顔と身長、服装を変えておいたけど。

 

 あ、おいらサイボーグなんで、そのくらいは余裕ッス。

 ただ身長に関してはプラスマイナス十センチていどだけどね。


 顔の方はけっこう自由が利くんだ。

 今回は頬に十字傷を作っておいたから目立つはずだ。

 

 あ……目撃者全部いっちゃったわ。 

 まぁなんかあったら公爵家パワーに頼らせてもらおう。

 

 で、今だ。

 オレは宿に戻ってきている。

 

「いやぁ……今日はがんばったな」


 ぼふん、と寝台に寝転がる。

 行儀が悪いことこの上ない。

 でも、ここには誰もオレを叱る者はいないのだ。


「素体がたくさん入手できたのはいいですが……マスター、もう少しきれいにやれませんか?」


「ばっか、お前の兵装ってのが強すぎるんだよ」


 そうなのだ。

 スペルディアが今回用意したのは戦槌ってやつなのね。

 要は持ち手が長くて、先がでっかいハンマーをイメージしたらいい。

 

 しかもぶっ叩く面とは反対の面に加速装置までついてるの。

 それは振り回して戦ったんだ。


 例えばの話ね。

 自分の部屋の中で、ハンマー投げの選手が獲物を振り回したらと想像してみたらいいよ。

 

 怖いって。

 まぁやったのはオレなんだけど。

 

「のほほほ。それはそうです! 我がウル=ディクレシア連邦の技術力を甘く見てもらっては困りますよ! のほほほ!」


 片方の翼で口を隠しながら笑う梟。

 オレはお前の方が滑稽だと思うよ。

 どこのお嬢様気取りだ。

 

「衛兵の様子はどうなってるんだ?」


 スペルディアのことだ。

 きっと偵察用の小型ドローンを飛ばしている。

 あのちっさい虫型のやつな


「訝しんでますね」

 

「そりゃなぁ。争った形跡はあるのに死体はないんだもん」


「ええ……なので結局は魔物の仕業かと思われてますね」


「まぁいいか。公爵家には聞かれたら報告しとこう」


「あちらにも辺境の流儀をわかっていただいた方がいいかと思いますよ。舐めたらこうなるぞってね」


「わかってるよ」


 目を閉じる。

 めんどくせー。

 

 これなら魔物と戦っている方が楽でいい。

 在るのは生きるか、死ぬかってシンプルなルールだけだもん。

 

 人間相手はしがらみができるからなー。

 まぁ舐めたら殺すけど。

 それが辺境の流儀ってやつだ。


「ああ! オレも脳筋に染まってるなぁ!」


「なにを今さら……」


 ちょ。

 スペルディアってば。


「マスターが知性的だったことなどありません」


「はあ? お前、それはちょっといくらなんでも言い過ぎだろ!」


「マスターの兄君が仰っていました」


 ああ――あの出発前に話してたことか。

 

「あいつはどうしようもないバカだけど、家族思いのいい奴だと。戦闘だけは辺境でも傑出した天才だからとも仰ってましたね!」


「なんですと!」


 そう言うことは、もっと早く言ってほしい。

 バカだなんだの言い続けてこられたんだから。

 

「正直に言います。慣熟訓練を推奨したのは、まず身体を思いどおりに動かせないと判断したからです。しかしマスターは……まぁいいでしょう。だからね、マスター」


 スペルディアがちょっとだけためる。

 その間が居心地悪い。

 

「私はあなたを力の限りサポートします。それが王国の安定に繋がると兄君は仰っていましたから」


「おいおい。泣かせるようなこと言うんじゃないよ……」


 ちくしょう。

 ずるいぞ、そんなこと言うなんて。


「マスターは泣けませんけどね!」


「知ってるよ!」


 しんみりさせてくれない使い魔め。

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