第013話 ラウール辺境を守る貴族としての矜持を思う


 翌朝のことである。

 カーテンを開けると朝日が眩しいくらいだ。

 うん、今日も快晴。

 

 天気が良いのはいいことだ。

 気分も晴れやかになるってもんよ。

 

 まぁオレの心は曇り模様だ。

 だって今日から始まるお嬢様の護衛任務があるからね。

 お嬢様は悪役令嬢っぽいけど、でもどうなんだろうな。

 

 まぁ考えたって仕方ない。

 一張羅の貴族風の服に着替えて準備万端だ。

 

 ぼちぼち歩いていくか。

 メシはあっちで食わせてもらうんだ。

 

 昨日は食べ損なったからな。

 公爵家の食事とやらの実力、見せてもらおうか!

 

「あ、そうだ。この荷物どうする?」


 そうなのだ。

 この貴族服に背嚢を背負うのは嫌なんだよ。

 

 だって、思いきり軍隊仕様なんだから。

 絶対に似合うわけがない。

 

「そうですね……マスター、荷物を収納できるような魔法はありますか? 我々の転送装置に似た魔法があればなおよろしい」


 深い藍色の梟が翼を繕いながら言う。


「ああー。それなアイテム収納とかだろ? オレもめっちゃほしかったんだけど、ないんだよな」


「へぇ……ご自身でお作りになろうとは思わなかったのですか? 以前、自慢しておられたではないですか。オリジナルの魔法を幾つか持っていたと」


 嫌みか。

 この梟は人の心のやわらかいところをズケズケと踏んでくる。


 まるでプロレスラーだ。

 ミサワかっての。

 

「できなかったんだよ! わかれよ、そこは!」


「おっと。これは失礼」


 ……ぜんぜん思ってないだろうが。

 さわかやな空気がだいなしだぜ、まったく。

 

「ならば仕方ありませんね。マスター、もう一度着替えましょうか」


「そうなるよねー」


 一張羅の貴族風衣装では、町歩きをするのに目立ちすぎる。

 逆に庶民街なら旅装の方がマシだろう。

 

 ただ貴族街へ入れてもらえるのかって問題はある。

 あるが、まぁその辺は公爵家になんとかしてもらおう。


 パパッと旅装に着替えて準備万端。

 一張羅はきちんと畳んでからしまう。

 

 そういうところはちゃんとしてるんだ。

 元シティーボーイだからな。


「じゃあ、そろそろ行くか!」


「デッパツするのです!」


「なぁそのかけ声はやめないか、絶妙に力が抜けるんだけど」


「せっかく気に入っていましたのに」


 ちょっと俯く梟だ。

 細かい仕草まで巧くなってやがる。

 

 宿を出て、公爵家へむかう。

 朝から王都の民たちは元気がいい。

 子どもがはしゃぎ回っている。

 

『マスター、ご実家と比べてはいけません』


『わかってはいるんよ。でもなぁ……』


 死んじまった幼なじみを思いだす。

 感傷的にはならない。

 ただ切ないだけだ。

 

 ぼちぼちと王都の町並みを見ながら歩く。

 あちこちで屋台がでていて、つい誘われそうになる。

 

『少しくらいは食べてもいいのでは? 時間もまだ早いですし』


『いいや、今日の朝飯は公爵家で食べるの!』


『マスターのお望みがままに』


 なにそれ、ちょっと格好いい言い回しじゃん。

 

『なぁスペルディア、ジャンヌちゃんたちのお土産ってなにがいいかな?』


『日持ちするもので、消え物がいいんじゃないですか』


『じゃあ……干し肉とか?』


『そうなりますけど……ものスゴく受けが悪いと思いますよ』


『だよねー』


 そういや蛇の肝の塩干しは捨てられたっけ。

 まぁなんか考えておこう。


 なんてスペルディアと秘匿回線で会話していると顔見知りの姿があった。

 

「おう! 昨日の坊主じゃねえか!」


 口ひげを蓄えた四十がらみの商売人。

 小太りでなんだか羽振りの良さそうな服を着ている。

 

 きっと奥さんの名前はネネだ。

 

 まぁ実際に羽振りがいんだろうな。

 公爵家に出入りできる商人なんて早々いないはずだ。


「おはよう。ええと……マーロン・グラッセさんだっけ?」


 たぶんそんな名前だったと思う。


「ちがうわ! グランツ商会のローマンだ!」


「惜しかった!」


「いや、惜しいとかじゃねえから! 人の名前はちゃんと覚えないと失礼なんだぜ!」


 まったく、と言いながらマーロンさんがオレを見た。

 いや、ちがうローマンさんだ。

 自分は坊主って呼ぶくせに。

  

「……もう公爵家に行くのか?」


 オレの耳に口を寄せて、小声で囁いてくる。

 こういう細かいところに気を使えるのが商人なんだろうな。

 返事を口にせずに、首を縦に振っておく。

 

「坊主、こっちこい」


 ぐいぐいと引っぱられて店の中に。

 けっこうな大店だ。

 

「迎えが行くって聞いてなかったのか? 馬車を用意してやるから、ちょっと待ってろ。あとメシは食ったのか? 食ってないなら用意させるぜ」


 おお、なんていい人なんだ。

 きっと世話焼きなんだろうな。


 迎えがくるなんて、すっかり忘れてたよ。

 朝飯たかりに行こうとしてたって言わない方がよさげだな。


「ありがとう! ローマンじゃなくてマーロンさん!」


「いや、ローマンであってるから! ったく礼儀に自信あるとか言ってたのはなんだったんだよ。よく無礼打ちされずに公爵家から帰ってこれたな」


 ブツブツ言いながらも、従業員を走らせるローマンさん。

 なかなか手際がいい。

 

 店の奥にある部屋に案内される。

 たぶんお得意さんとの商談用なんだろう。

 ちょっといい家具が揃っている。

 

『マスターのご実家より立派な家具ですけどね』


『やかましい!』


 余計なことを言うんじゃない。

 うちの実家のサロンだってがんばってる方なんだぞ。


「ほら、これ」


 お、これってなんだっけ。

 タコスだ、タコス。

 

 薄焼きの生地に野菜と肉がゴロッと入ってるの。

 作りたてなんだろう。

 手渡されたタコスっぽいやつは温かった。

 

「……美味えなぁ」


 しみじみとそう思ったんだ。


「オレも南部の出だからな。朝はやっぱりこれよ」


 ローマンさんが自信満々に言う。

 ってか自分の分もあるのか。


「え? うちじゃ食べてなかったけど! ポッシュに黒パンだったもん!」


 ポッシュってのはあれだ。

 具だくさんの豆スープ。

 風味のいいエーライアのオイルがたっぷりかかってるの。

 

 これに黒パンって固いやつをちぎってひたすんだ。

 具だくさんだから、朝からかなりボリュームがあるんだよ。


「はあん? お前さん、南部のどこ出身よ?」


「南部辺境団、ストラテスラ子爵家だけど……」


 おう、とローマンさんが額に手を当てた。

 

「そういうことは早く言え! この国の英雄じゃねえか! おい、南風みなみかぜの庭でいつもの買ってこい! オヤジたたき起こしてでも買ってくるんだぞ!」


 前半分はオレにじゃなくて、ただ叫んだだけ。

 後ろは従業員にだ。

 

「坊主、名前は?」


「ラウールだけど」


「そうか……」


 ローマンさんが片膝を折って、頭を深々と下げる。

 両手は胸の前。

 包拳礼のように片方で拳を作って、もう片方の手で包んでいる。

 

「ラウール・ストラテスラ様。知らぬこととはいえ失礼を致しました。ご海容いただきますれば幸いです。我ら南部の民、否、王国の民は南部辺境団に守られております。その代えがたき献身に対し、無辺の感謝と敬意を!」


 ああ――うん。

 そうなんだ。

 うん――なんていうか、ありがとう。

 

 べつに王国のためなんて大それたことを意識したことはない。

 そりゃあそういうもんだってわかってるけどね。

 

 まぁ仕方ねえって感じでさ。

 命張って……うん。

 

 感謝されるためにやってんじゃない。

 ただ魔物が襲ってくるから……。

 

 でもさ、なんでオレらだけって思いはあるよ。

 正直に言ってさ。

 

 たまたまそこに生まれただけでさ。

 命がけで魔物と戦って。

 何人も友だち死んで、長兄と次兄も居なくなった。

 

 それでも悲しんでいられなくて。

 魔物と戦って、戦って。

 

 心を殺して、戦うんだ。

 辺境に生まれたってだけで。

 

 だから――ありがとう。

 なんだか報われた気がする。

 

 うん――長兄と次兄にも聞かせてやりたかったな。

 なんだったら親爺殿やお袋様、兄鬼にも。

 

 やっぱり兄鬼はいいか。

 

『涙腺、つけとばよかったですか?』


『今、それを言うんじゃねええええええ!』


 空気を読まない人工知能の端末めが。

 まったく……お前にも感謝してるんだぞ。

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