第018話 ラウール色んな意味で恐怖を与える


『お見事! やればできるじゃないですか!』


『言ったろ? もう勝てるって』


『いよっ! マスター! かっこいい! 惚れ直しました!』


 ふふふ……恐ろしく気分がいい。

 いいぞ、褒めろ。

 もっと褒めてくれ。

 

 今、わかった。

 やっと理解した。

 

 そう。

 今までのオレは育てられ方を間違っていたわけだ。


 オヤジ殿にお袋様。

 口を開けば、だいたいオレの悪口だ。

 

 アホだの、バカだの。

 サボるな、真面目にやれ。

 肉ばっかり食うな、豆を食え。

 

 罵詈雑言の雨あられだった。

 

 ――ちがう。

 

 オレの求めていたのはこれだ。

 確信を持って言おうじゃないか。

 

 オレは褒められて伸びるタイプだ、と!

 

『鼻が……ですか?』


『やかましい!』


 なんて会話をしつつ、いちおうラミアの死体を確認しておく。

 もう死んでるな。

 

 フリじゃない。

 そりゃそうか。

 

 だって顔面に大穴があいてるんだもん。

 ちょっとグロテスク。

 

『なぁ……この死体どうする?』


『正直に言えば、鹵獲しておきたいのが本音です。解析を進めるには十分な駒ですからね。ただ……私たちが回収すると能力を見せることになるのが困りものです。理想は公爵家の派閥に検分させるべきです』


『じゃあ放っておくか。誰も盗むヤツなんていないだろ?』


『そう願いたいものですが……現状ではその方がいいかもしれません』


 スペルディアと方向性を確認しておく。

 これ大事。

 

 じゃあ、お嬢様の様子を確認しておくか。

 

 大講堂の外から中へと戻る。

 さっき開けた壁の穴をとおって。

 

 さぁ英雄の凱旋ぞ!

 喝采せよ!

 

 なんつってな。

 

「ぎゃあああああ!」


「魔人が戻ってきたああ!」


「なんで戻ってくるのおおお」


「みんな殺されるぞおおお」


 あれ? なんでこんな扱いなの?

 もう完全に大講堂の中がパニック状態だ。

 

 スペルディアは御令嬢の側でこちらを見ている。

 そして、翼を使って器用にオレを指していた。

 

『マスター、お忘れかもしれませんが』


『あんだよ! なんなんだよ、この扱いは!』


『ペストマスクを付けたままです』


「わ、忘れてたあああああ!」


 頭を抱えて、しゃがみこむくらいにはショックだ。

 みんな大好きペストマスクなのに。

 これじゃあ完全に悪役だ。

 

「た、たすけてえええ!」


「おい、逃げろ、逃げるんだよ!」


「オフィサーナ様を殺したのか? この魔人めっ!」


「さっきの毒のやつもコイツの仕業だろう!」


 口々に叫ぶ学園の生徒ども。

 命の恩人にむかって、なんて口のきき方をするざますか!

 アテクシ、傷つきましてよ?

 

 つかよー。

 こいつら貴族のお子さんじゃねえのかよ。

 

 なんでこんなに無様なんだ。

 魔人はどう見たって、あの女だったじゃん。

 皆殺しだーって言ってたじゃん。

 

 オレ、助けたんだよ。

 

 あーなんかだんだん腹立ってきた。

 

 つか貴族って舐められたら終わりだろ?

 腰抜け過ぎるんじゃねえ?

 

『マスター、とりあえずマスクを外しましょうよ』


 ついさっきまではその気だったんだけどね。


『……いや、もうよくね? 今からこいつら皆殺しにして魔人のせいってことにしちゃえば?』


『まぁそれも選択肢のひとつですが……あまりおすすめはしませんよ?』


 スペルディアの歯切れが悪い気がする。

 いつもはもっとズバッと切りこんでくるのに。


『なんでさー?』


『お忘れですか? マスターがノートス家の御令嬢を助けたというのは皆が覚えているはずです。既にここから退避した者もいます。ならば第三王子の勢力はこう言うでしょうね。ノートス家は魔人と繋がっている、と』


『いやいやいや、魔人と繋がってたのはそっちの方じゃん』


『それを証明する手立ては? 先ほどの言葉をお聞きになったでしょう? 悪役はマスター、その悪役が助けたのはノートス家の御令嬢であるシルヴェーヌ様です』


 クッ。小難しいことを。

 要するにアレか………………。

 

『マスター。無理をしなくてもいいです』


 ……はい。

 ごめんなさい。

 ちょっと格好つけてみました。


『ちなみに外にある魔人の死体ですが、つい先ほど回収されてしまいましたよ』


 ……誰に?


『十中八九、あの魔人の仲間でしょうね』


『ってことは……オレが悪役になっちゃう?』


『状況はかなり悪いですね』


 スペルディアの歯切れが悪いわけだ。

 さっき放置しとこうって言った死体が回収されたから。

 予想外だったとはいえ、落ち度を気にしているわけか。

 

 なかなか人工知能端末といっても人間くさいところがあるじゃないか。

 

『どうしますか、マスター?』


『スペルディア、こういうときはな。もっと引っかき回した方が面白くなるんだよ! 見とけ!』


 オレは腹を括っている。

 今さら評判なんて気にしないからな。

 

『スペルディア、派手な音を立ててくれ!』


『承知しました』


 同時に、どおんと空気が震えた。

 どんな手を使ったのかはわからんけど、いい感じだ。

 混乱していた学生たちの動きがピタッと止まった。

 

「ふははははは! そこの第三王子、名をなんと言う!」


 ちょっと芝居臭かったか。

 まぁ演技なんてしたことねえんだもんよ。

 全力でやるだけだ。


「……な! ぶ、無礼だぞ」


 取り巻きの一人なんだろう。

 赤い髪をした男が第三王子の前にでる。

 そいつの太ももに指弾を放つ。

 

 悲鳴をあげて転がり回るバカ一号。

 

「もう一度だけ問おう、そこの第三王子、名は?」


 今度は割りこんでくる取り巻きはいない。

 赤髪と緑髪の二人がオレの餌食になったからかな。

 

「……わ、わたしは!」


 ぷくく。

 声が裏返ってやんの。

 

「殿下、このような魔人に御名はもったいのうござい……」


 今度は茶色の髪をした取り巻きが口を挟んだ。

 その瞬間に指弾を放つ。

 

「……フェレオル。私はアールバリ王国の第三王子。フェレオル・ウリンク・アールバリ」


 優男風のイケメンが台なしだぜ。

 そんな死んだ目をしてちゃ。

 

「フェレオル……ククク、弱者にふさわしき名前だな。キサマにそこの娘はもったいない!」


 何を言われているのか、よくわかってないんだろう。

 第三王子も取り巻きたちも、その周囲にいる学生たちもだ。

 皆が、注目はするが動きを完全にとめている。

 

「我は怪盗! お宝を奪う者なり! この場で最もお宝にふさわしい彼女を奪う者なり!」


 目が点になる第三王子。

 予想外すぎて、状況が飲みこめていないのだろう。


 よしよし。

 これぞ訳のわからんことをして、煙に巻く作戦だ。

 

「ふははははは! 彼女はもらっていく!」


 御令嬢を左手を使って、一瞬で抱きあげる。

 スペルディアがオレの肩にとまった。

 

「え? ちょ?」


 まったく状況を飲みこめていない王子様。

 残念だったね。

 

 右手首の内側に備え付けられている小型のワイヤーフックを、蜘蛛男がやるようにして射出する。

 目標は大講堂に入るときに使った、上階にある手すり。

 

 よし、しっかりと引っかかったな。

 ワイヤーを巻き上げて、一瞬で上階へ。

 

「さらばだ!」


 入ってきた穴から大講堂の外へでる。

 そのまま下に降りるという愚行はしない。

 

 ワイヤーフックを再び射出して、一気に大講堂の屋根まで駆け上がった。

 

 おお。

 なかなかいい眺めだ。

 風がちょっと強いけど、足場は安定してるから大丈夫だろ。

 

「どーよ! これで完璧じゃね?」


「どう完璧なのかはわかりませんが……とりあえず場を混乱させたのは確かですね」


 ハハハ。

 そうだろう、そうだろう。

 もっと褒めてくれていいんだよ。

 

「ところで、マスター」


 スペルディアが改まって言った。


「この後のことはどうするおつもりですか? このままだと公爵家にも帰れませんけど?」


「うん、考えてない」


 さわやかに。

 にこやかに。

 はれやかに。

 悪びれない。

 それがコツだ。

 

「このバカああああ!」


 コンコンコンコンと嘴でオレを突くスペルディアであった。

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