第029話 ラウール大炎上させる


 虫の死骸を踏み越えて、扉を開いた。

 そこはもうなんというか、ホラーな雰囲気が満載だった。

 

 石畳と石壁が続く狭い階段を抜ける。

 その先には金属製の扉だ。

 

 小生意気にも鍵がかかっている。

 ふん、と取っ手を強引に回して、鍵を粉砕してみた。

 

 ばぎゃん、と派手な金属音が鳴ったが仕方ない。

 

 直後、扉がむこうから開いた。

 顔を覗かせたのは、四十がらみの中年男性。

 

 だが、オレの目にはしっかりと見えていた。

 蛾のような顔と触覚が。

 

「おい! いい加減にしろって、鍵を何回も壊す……なん!?」

 

 瞬間、オレは扉ごと蹴飛ばしていた。

 扉が外れて、そのまま蛾男を奥に押しこめる。

 

 そこはちょっとした大きさの部屋だった。

 会議室とかくらいの広さはあるだろうか。

 

 机と椅子しか調度品がない殺風景な部屋だ。

 居たのはさっき蹴飛ばした蛾男、ナメクジ男に、キノコ女。

 姿が見えるのは三人だけ。

 

 派手な音を立てて、吹き飛んだ蛾男。

 そちらに目がいっている残りの二人。

 

 その隙をつくように、ワイヤーフックをとばす。

 

「ぎぃ!」


 キノコ女の捕縛成功。

 ちっと大人しくしてろ。

 

「なんだ!?」


 状況把握ができていないナメクジ男に突進する。

 金属製の指弾は既に装填ずみ。

 

 突進しながら二発。

 ナメクジ男にむかって放つ。

 どちらも命中したが、あまり効果がないようだ。

 

『スペルディア!』


『承知しています。既に戦闘情報を解析中です』


「ヒートアックス!」


 刃の部分をプラズマ化して超高温で溶断する片手斧だ。

 やっぱり武器はロマン!

 

 転送装置から送られてきたヒートアックスを振るう。

 ナメクジ男が腕をかざすが、一刀両断。

 

「ぎゃああああ!」

 

 汚え声だ。

 うずくまるナメクジ男。

 その頭から、オレは必殺技を決める。

 

「ソルトレイクシティ!」


 まぁかけ声は気分だ。

 ナメクジだけに塩まみれにしてやった。

 分子操作能力は強いぜ。

 

「うおお! しょっぺえええ」


 ナメクジは大量に塩をかけられると死ぬ。

 なんでかは知らない。

 

『マスター! 後ろ!』


 わかってる。

 ちゃんと見てるから。

 最初に蹴飛ばした蛾男がオレにむかってきている。

 

「ふざけんじゃねえ」


 蛾男の背中から三角形の羽がバサッとでた。

 その羽を震わせている。

 

 鱗粉か。

 恐らくは毒が含まれているはずだ。

 

『スペルディア!』


『十中八九、マスターの推測どおりです。呼吸による体内への鱗粉の侵入は心配不要です。ただ、あのような汚らしいものに私の最高傑作を穢されるのは我慢なりません!』


『どうすればいい?』


『マスター! 分子操作能力を使って少量のナトリウムカリウム合金を生成、続けて少量の水を生成してくだ……』


 どん、と衝撃波が発生して蛾男が吹き飛んだ。

 ほぼ同時に、轟音が響く。

 花火のときよりも下腹にくる。

 

 とんでもない爆発だ。

 オレの目の前真っ赤になってんだけど。

 

 なにこれ?

 とんでもねえな!

 

 この状況でもビクともしない、オレの身体ってなによ?

 

『マスター! その場を離れて!』


『おう』


 いやだって、もう壁がボロボロだもの。

 絶対、崩れるって!

 

 とりあえず入ってきた扉を抜ける。

 後ろでガラガラと石が崩れる大きな音が続く。

 

「うおおおおおお! マジかよ!」


 ――どおん。

 さらに爆発音が重なった。

 後ろから火が迫ってくる。

 

 階段を大急ぎで駆け上がった。

 また爆発音がする。

 

 なんでこんなに爆発するんだよ!

 

 一階に出た。

 轟と音がしたかと思うと、さっきの隠し階段から火が吹き出ている。

 

 古ぼけた建物に燃え移るのも時間の問題だろう。 

 マジでやばい。


 とにかく外へ。

 出入り口まで行ってる余裕はねえ!

 

「おらああああ!」

 

 壁をぶち破って、庭をゴロゴロと転がった。

 

 瞬間。

 建物自体が激しい音を立てて、燃え上がっていた。

 大炎上だ。

 

 うそーん。

 オレ、なんかやっちゃいました?


『やっちゃいました? じゃねえですよ! マスター!』


 おっと、スペルディアの言葉が荒いぞ。


『なにを怒ってるんだよ』


『言いましたよね、少量でって。なんであんなにバカみたいな量を作るんですか!』


『いや、そりゃあんなことになるなんて思ってないから……』


 ナトリウム……なんちゃらとか知らんって。

 合金って言うから金属だと思ってたのに液体だったし。


『液体金属ですよ。マスターにもわかりやすく言うと、水銀と同じです。常温では液体になる金属もあるんです』


『……水銀。水銀ってあんなに爆発するの?』


『……さて、何かしら証拠になる物がほしかったんですが、これだとどうにもなりませんね』


 無視された。

 スペルディアめ。

 

 でも、証拠か。

 ううん、どうなんだろうな。

 あの部屋には机と椅子しかなかったし。

 

 ありそうなら邸の方かな。

 でも、いまは絶賛大炎上してるもん。

 

 ちょっと周りが明るくなるくらいには燃え上がってる。

 まるで映画のラストシーンみたいだ。

 

『なぁスペルディア』


『どうかしましたか?』


『魔人って生き残ってないかな?』


 ふ、と疑問に思ったんだ。


『その可能性はほぼないでしょうね。マスターが生成したナトリウムカリウム合金が水と反応すると爆発、炎上するのは既に見てのとおり。水素が発生し爆発もしますし、強アルカリの物質も生成されるので言わずもがなです』


 そうなのか。

 あれか、科学反応ってやつかな。

 

『ですです。水蒸気爆発ってやつです。生物には耐えられないと想定します』


 ほおん。

 ま、とりあえず待ちましょうかね。

 

『マスター、戻らないのですか?』


『ここで待つ。光学迷彩の機能をオンにしといて』


『……見回りの衛士や他にも人が集まってきていますが、いいのですか?』


『あの蛾男が言いかけてただろ? 何回も鍵を壊すなって。ってことは他にもまだ仲間がいる。なら絶対に様子を見にくるよ』


『……なるほど。さすがマスターです』


 のほほ。

 もっと褒めろ。

 

『では、こちらでシルヴェーヌ様に報告をしておきます』


『よきにはからってくれたまえ』


『本当に戦闘に関してだけは優秀ですね』


『だれが脳筋やねん!』


 クソ。

 良い気分を返してほしいもんだぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る