第035話 ラウール辺境の地にたどりつく


 よし! 行くか!

 準備は整った。

 

 時間がないからと焦ってしまうのはダメだ。

 こういうときこそ用意をしっかりする。

 

 ってことで。

 オレは恥ずかしがるシルヴィーの服を変えてしまう。

 分子操作能力を使って。

 

 スペルディアに言われて戦闘服を作ったのだ。

 軽さと動きやすさを重視したものである。

 

 芳香族骨格を含んだなんちゃら結合によってどうたら。

 そんなの聞かされてもわかるわけがないでしょうが!

 

 まったく! 先生ってば!

 メタ系とパラ系とか言われてもさっぱりだってばよ!

 

 要は防弾・防刃性が異常に高いのと、難燃性が極めて高いのと組み合わせたやつってことで。


『マスターの記憶ではアラミド繊維が近いかと』


『なるほど。あれな、うん!』


『ですです。かつて戦国の時代に軍神と謳われた上杉謙信公が用いたとされる伝説の防具です!』


『だよね! 知ってる知ってる! 謙信ってばもうチートって呼ばれててな! ナハハハ』


『まぁ嘘なんですけどね』


『…………』


 ハハハ。

 こやつ、ついに嘘までつくようになりおったか。

 

『てめぇ! ふざけんな!』


 パタパタと飛んでシルヴィーの肩にとまるスペルディア。

 この使い魔め。


 シルヴィーは上下のセットアップで完全に軍隊仕様の戦闘服。

 足元は編み上げブーツ。

 上にはポケットがいっぱいのチョッキもついている。

 

 すげー美少女が戦闘服を着るとクるものあるな。

 前世からコスプレは好きだったけども!

 

 ここまで似合うか。

 恐るべしシルヴィー。

 

「どうですか? 似合っていますか?」


 髪を後ろで括ったシルヴィー。

 控えめに言っても、最ッッッッッッ高にかわいい。

 

 オレは思わず、親指をグッと立てていた。

 

「なんですの? それ?」


 首を傾げるシルヴィーだ。


「最高ってことさ」


 と、ウィンクしてみせる。


「あなた……キザな仕草が似合いませんわね」

 

 ほっとけ。

 そんなところで毒舌かますんじゃねえ。

 

『スペルディア。シルヴィーの武器を見繕っておいて』


『承知しました。正直なところ好みではありませんが、シルヴェーヌ様の体格などを考慮すると短機関銃あたりがよろしいかと』


『ああ――うん。スペルディア、それやるならシルヴィー専用にしといてくれない? オレも好みじゃない』


『気が合いますね、マスター。やはり私が正妻ということで!』


『ばっか、お前。オレ、シルヴィーと結婚するんだけど! 既に公爵家公認だもんに!』


『……戦争しますか? 正妻の座は譲りませんよ!』


 もういいってば。

 さて、行くか。

 

『スペルディア、結界を解除』


『畏まりました』


 多次元障壁が解除される。

 その足でシルヴィーを連れて、階下へ。

 慌ただしく動く、従業員たち。

 

 おっちゃんがいた。

 

「おーい! おっちゃん!」


 オレとシルヴィーを見て目を大きくするおっちゃんだ。

 そのまま駆け寄ってくる。

 

 オレの腕をとってぐいぐいと壁際に引っぱった。


「おい、ラウール! お前、シルヴェーヌ様にあんな格好させてどうするんだ?」


「連れて行くんだよ」

 

「……本気か?」


「本人がそう望んだからね。大丈夫、オレが守るよ」

 

「……わかった。なぁラウール、戻ってこいよ。美味いもん食わせてやるからさ。絶対に! 絶対に帰ってこい! な?」


 うん。

 ありがとう。

 おっちゃんの気持ちは痛いほどわかる。


 でも、ごめん。

 約束はできない。

 それが大侵攻スタンピードってもんだ。

 

 オレが強くなったところで、たかが知れているから。

 そこまで自惚れちゃいない。

 

 だから――。


「まぁシルヴィーのことは死んでも守ってやるさ。な!」


 ニカッと笑って拳を突きだした。

 その拳におっちゃんが合わせてくる。

 震えているのがわかった。

 

「ラウール、お前……」


「おっちゃん、辺境の生まれってなぁこんなもんさ!」


 だから笑う。

 笑って、おっちゃんを見る。

 

「すまねえ……すまねえ……」


 おいおい。

 いい年したおっちゃんが泣くなよ。


 しゃあねえ。

 やるか。

 

「マーロン・グラッセ! 貴君の献身、痛み入る! 南部辺境団ストラテスラ家を代表して礼を」


 右の踵を鳴らして、左踵にぶつけるようにして揃えた。

 右の拳を左胸の前に。

 

「貴君の献身があるからこそ、我らは死地に入ることができる。後顧の憂いを断つ。それもまた非情に重要な任務だ。わかるな?」


「おう!」


 おっちゃんの目に精気が戻ってきた。

 

「貴君らもまた英雄だ! 我ら辺境団のみが英雄ではない! 頼んだぞ! 我が戦友たちよ!」


「……おう! 任せとけってんだ! お前ら、聞いたな! やるぞ! オレらも英雄なんだってよ!」


 従業員たちからも気炎があがった。

 

「じゃあな! おっちゃん」


「また、な! ラウール!」


 拳を突きあわせる。

 今度は震えてなかった。

 

 うん。

 辺境に伝わる儀式ってやつだ。

 偶には役に立つ。

 

『ご満足しているところ申し訳ないですが、マスター』


『ん? 惚れ直したか?』


『いえ、名前はちゃんと覚えましょうね』


『はあ? ど、どどど、どういうことだってばよ!』

 

『マーロン・グラッセじゃなくて、ローマン・グランツ氏です』


 いやいや、オレがまちがうわけないじゃんか。

 お世話になってんだから。

 恩人の名前をまちがうなんて、そんなわけない!


『え? オレ、ちゃんと言ったよ!』


 絶対だ。

 ローマン・グランツって言ったもん。


『言ってませんってば』


 ドローンから撮影した動画を頭の中で上映された。

 ……オーバーキルって言葉を知ってるかい?

 このクソ人工知能の端末め。

 

『まぁローマン氏も気づいていません。今のうちに行きましょう』


『……だな』


 オレはシルヴィーの手をとった。

 そのまま分子操作能力を使って壁に穴をあける。

 

 玄関まで行くのに時間を取られたくない。

 本音はバレないうちに行きたいだけだ。

 

 おっちゃんの感動を壊すのもなんだしね。

 

 ちゃんと壁の穴を埋めてから帰るよ。

 うん。

 

 外に出た。

 今宵も月がきれいだ。

 

「シルヴィー。ちょっとだけ我慢してな」


「え? ちょ? なんですの?」


 シルヴィーの腰に手を回す。

 ほっそ。

 

 そんでもって、やわら……クソ。

 スペルディアめ、感覚を切りやがった。

 

 まぁいい。

 ワイヤーフックを使って、商会の屋根の上に。

 そのまま王都の町の上空を駆け抜けていく。

 

「きゃああああああ!」


 ステキな悲鳴が上がったけど気にしない。

 もうどうせ王都をでるもんね。

 

 スペルディアの案内を受けつつ、王都の防壁の外へ。

 シルヴィーを抱えたまま、全力で疾走していく。

 

「マスター、そろそろいいですよ」


 スペルディアが声にだして会話をしてくる。

 シルヴィーはと言えば、グッタリしていた。

 

 さすがに刺激が強すぎたのかもしれない。

 でも他にやりようがないじゃん。

 ついてくるって言ったんだから。

 

「マスター。行きにたくさん寄り道をしたお陰で王都から南部辺境団の領地までは、ほぼ正確な地図ができています。急ぎますよ!」


「まさか、こんなこともあろうかと?」


「そのとおりです。私に抜かりはありません」


「さすが先生!」


「のほほほほ。褒めてくれていいんですよ!」


 調子にのってやがる。


「まぁ時間がもったいないから後でな!」


「なんでだー」


 コンコンコンコンと高速で頭を突いてくるスペルディア。

 まったく。

 後で褒めてやるから。

 

「……絶対ですよ!」


「よし、じゃあ二輪車モードだ!」


 うぃいいいん、がちゃん。

 うぃいいいん、がちゃん。

 

 んー。

 この音はやっぱり嫌だな。

 美しくない。

 

「さぁマスター! デッパツするです!」


「いや、その前にシルヴィーは大丈夫か?」


 このスタイルだと、あんまり後ろがわからないんだよ。


「もちろんです。多次元障壁を使ってマスターの背中に固定していますから!」


「背中っていうな! シートって言え!」


「それはそれでなんか違うと思いますけど」


「うむ。まぁ無事ならいい! 飛ばしていくぞ!」


「はい。最速、最短でいきますからね。だいたい夜明け前には辺境の少し手前に到着する予定です」


 こうしてオレは月夜の荒野をひた走った。

 二輪車モードで。

 

 途中でシルヴィーが目を覚まして、状況がわからずに絶叫して、また気絶した。

 忙しい子だ。

 

 あれ?

 こんなに気絶するなら、秘密を明かさなくてもよかったんじゃ?


「今さらそんなことを気にしても意味がありませんよ。そういうのは結果論と言います」


 まぁそのとおりなんだけどな。

 もうちょい言い方ってもんがあるだろうに。

 

「マスター! 今なら川の上を走っていけます!」


「え? 嘘だろ? そんなことできんのかよ?」


 とんでもないことを言う先生だ。

 そんな物理の法則に逆らうようなことができるかってんだ。


「いいですか、沈む前に進む。それだけのことです」


「いや、それ理屈になってねえから」


「つべこべ言わずに行けええ!」


 知らねえからな。

 と、オレは進行方向をちょっとずらして川の中に入る。

 

 いや、跳ねた。

 水の表面をドンドコ跳ねていく。

 

「はええ!? 嘘だろ?」


「ふははははは! 我がウル=ディクレシア連邦の科学力に不可能はありません! ぬはははは!」



 スペルディアの案内は正確だった。

 そしてオレは今、辺境の領地まで山ひとつのところにいる。

 

 空が闇色から群青色へと変わりつつある時間帯だ。

 いったんここで休憩をとる。

 

 オレのためじゃなくてシルヴィーのために。

 さすがに色々あったからな。

 

「まったく! まったく! まったく!」


 気絶から復活したシルヴィーはご立腹だ。

 

「あなたは淑女への気遣いというものがありませんわ!」


 と言われても、だ。

 ちなみにシルヴィーは覚醒しては気絶するを繰りかえしていた。

 

 ……うん。

 オレのせいじゃない。

 大侵攻スタンピードが悪いんだ。

 

「ちょっとラウール! 聞いてますの!」


 はいはい。

 聞いてますよ。

 

「そんことよりシルヴィー」


「なんですの?」


「ほら、美しい日の出だよ! まるでボクたちの未来を暗示して……ぶげら!」


 シルヴィーから魔法が飛んできた。

 どうにもタイミングが悪かったらしい。

 

「まったく! あなたときたら! キザな台詞は似合わないと言ったでしょうに!」


 プンプンと頬を膨らませるシルヴィーだ。

 

『マスター、ここからは山越えなので二輪車形態はやめておきましょう』


『そうだね……もう怒られたくないもの』


 紛れもなくオレの本音だった。

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