第037話 ラウール断固たる決意をする


 領主邸の一階である。

 身重のマルギッテ姉さんには遠慮してもらった。

 代わりに案内役は、肩がコリーヌちゃんだ。

 

 長いようで短い時間を離れてたけど、まぁ変わってないわな。

 つるのペタンだ。

 

「……お姉ちゃん、すっごいキレイだね」


 童女の素直な感想だ。

 そうだろう、そうだろう。

 うちのシルヴィーはかわいいし、キレイなんだ。

 

「え? そうですか? ありがとう」


 ニコッと微笑むオレの聖女様。

 どうよ。

 でゅふふふふ。

 

『気持ち悪いですね』


『気持ち悪いって言うな!』


 まったく。

 この人工知能の端末は!

 

「はえええ! でゅふふふふ」


 見ればコリーヌちゃんの頭をシルヴィーがなでている。

 気持ち悪い笑い方をするコリーヌちゃんだ。

 

『血は争ませんね、マスター』


『うるせえよ』


 大広間で雑魚寝になっている負傷者たち。

 けっこうもう広さ的にはギリギリかな。

 収容場所が足りなくなりそうだ。

 

「シルヴィー、やれるか」


 血の臭いが充満していた。

 呻き声も聞こえてくる。

 

 忙しなく動き回る領内の神官たち。

 そこは紛れもなく戦場だ。

 

「……ふぅ」


 と、大きく息を吐くシルヴィーだ。

 少しだけ目を閉じて、カッと見開く。

 

「確かに精神的な負担が大きいですわね。あなたに聞かされていなければ、ダメだったかもしれません。ですが、大丈夫です。ラウール、あなたは自分のなすべきことをなしなさい」


 キリッとした表情になるシルヴィーだ。

 目をキラキラさせてコリーヌちゃんが聖女を見ている。

 

「コリーヌちゃん、無理はしなくていいけど。シルヴィーについててやってな」


「うん! わかってる!」


 オレもその小さな頭をなでる。

 

「じゃあ、オレは行くよ。シルヴィー、頼む」


 拳を突きだして、コツンとあわせる。


「まかされました。あなたこそ無理は……いえ、辺境を、この国の民たちのことを救ってきてくださいな」


「まかされた!」


 踊り場から飛び降りて、邸の外にでる。

 

『マスター、少し厳しい戦場があります』


『案内しろ!』


 同時に走りだす。

 ワイヤーフックを使って、屋根の上に。

 すっかりこの挙動が板についてきたな。

 

 こっちの方が早いからな。

 シルヴィーがいないから全速全開だ。

 

 一気にオーマ大森林の中へ踏みこんで行く。

 だいたい一ヶ月ぶりだってのに懐かしい気分だ。

 

 空気が濃い。

 その密度の高い空気を裂くように移動する。

 

『マスター! マズいです。こちらで牽制を加えておきます!』


『頼む』


 巨木の枝から枝へ。

 急げ、急げ、急げ。

 

 見えた!

 

 少し拓けた場所で戦っているのは……ヘッケラー?

 兄鬼直属の精鋭部隊にいたと思ったけど。

 

 禿頭の大男が一人で魔物と戦っている。

 魔物の数はだいたい十くらい。

 

「ヘッケラー! 伏せろおおおおおお!」


 大声で指示をだす。

 その瞬間、地面に身体を投げ出すヘッケラーだ。

 

「おうらああああああ!」


 魔物は魔獣タイプ。

 パッと見たところ大物が多いか。

 

 スペルディアお手製の大型戦槌を転送した。

 思いきり水平に振り回して、魔物の群れの間に割って入る。

 

 ちょっとした惨劇だな、こりゃ。

 最後に残った魔物に近づいて、一気に叩き潰す。

 文字どおりにぺちゃんこだ。

 

「ふぅ……大丈夫か?」


 顔なじみに声をかける。


「あ? え? 坊ちゃん?」


 寝ていたヘッケラーが立ちあがって、オレを見た。


「おう! 久しぶりだな」


 ニカッと笑ってみせる。

 そういや前は顔を合わせなかったからな。

 

「話には聞いてやしたが……ハハ。相変わらず元気そうで」


 かはっと血を吐くヘッケラーだ。

 身につけている鎧で傷がついていない場所がない。

 鎧で守られていない部分は血だらけだ。

 

「……こりゃ、お恥ずかしい」


「ってか、兄鬼の部隊じゃなかったの?」


「坊ちゃん、あれからもう十年以上経ってるんですぜ。さすがに引退しますわ。今ぁ訓練場の教官をやってまさぁ」


 あーそれでか。

 残念だけど後ろで倒れてるヤツらはもうダメだろうな。

 

『……既に事切れています』


「ヘッケラー、残念だけど」


 オレが言葉を濁した意味がわかったんだろう。

 無言で頷く大男だ。

 

「へっ……こいつら坊ちゃんに憧れてやしてね。英雄アルセーヌみたいになるって。お前らは坊ちゃんとはちがうって何度も怒鳴ったんですがね……」


 ぐいと乱暴に目尻にうかんだ涙を拭う教官だ。

 ……仕方ない。


 大侵攻スタンピードってそういうもんだ。

 ヘッケラーはオレなんかよりも、十分に承知している。

 だから慰めは要らない。


「そっか、じゃあヘッケラーには、まだまだ働いてもらわないとな」


「こりゃ厳しい。ですが……」


 と、膝をつくヘッケラーだ。

 かなり無茶をしたんだろう。


『スペルディア、治療できるか?』


『もちろんです』 

 

「ヘッケラー、寝てていい。オレが運んでやる」


「坊ちゃん……おれぁあんときのことを」


 ふらふらとヘッケラーの頭が揺れる。

 スペルディアがドローンから針を打ちこむ。


「喋らなくてもいい。なんとかしてやるから。任せろ」


「へへ……奥方様の血が濃いなぁ……坊ちゃん……頼みましたぜ」

 

 がくり、とヘッケラーの身体から力が抜けた。

 

『大丈夫なんだよな?』


『ええ、問題ありません。入眠剤を撃ちましたから眠っただけです』


『ああ……そういうことか』


 オレは掌をヘッケラーにかざす。

 転送装置で送るためだ。

 

『氏の治療はこちらに任せてください』

 

『……任せた』


 腹の底がふつふつと煮えたぎるような感覚。

 久しぶりだ。

 

『後ろのヤツらも転送していいかな』


『ええ、丁重に保管しておきます』


『……悪いな』


 近づいて、わかった。

 こいつらの顔は全員知っている。

 

 友だちの弟、パン屋の跡取りもいた。

 領主館で働いていた爺様の孫もだ。

 ジャンヌちゃんの弟の友だちに……マルギッテ姉さんの末弟もか。

 

 ったく。

 ……十二年か。

 そりゃこいつらも戦場にでるわなぁ。

 

 まだ全員、洟垂はなたれだったくせに。

 

 お前らが本当の英雄だよ。

 辺境のために悪いな。

 

 せめて後できちんと葬ってやるから。

 

 お前らが守りたかったもの。

 オレが守ってやるから。

 

 だから、ゆっくりと眠れ。

 全員まとめて、転送装置で研究所ラボに送る。

 

 涙はでない。

 でも、心が軋む。

 胸が痛い。

 心臓もないくせに。

 

 風が、吹いた。

 

「……行くぞ!」


 やる。

 絶対にやる。


「承知しました。ドローンで確認できる範囲になりますが、今のところ戦局は安定しています。ただし、こちらにむかってくる魔物の群れが複数確認できます」


「潰す。そんで、親父殿とお袋様を追う。兄鬼とジャンヌちゃんは大丈夫そうなんだろう?」


「今のところは。では、マスター。やりますか! ウル=ディクレシア連邦の本気というものを見せてあげます!」


「ハハっ……いいね。派手にいくぞ! 相棒!」


 オーマ大森林を駆ける。

 太陽が昇ってもなお薄暗い森の中を。

 

「マスター! 接敵準備を!」


「任せとけ!」


 魔剣ティルフィングを装備する。

 大物の武器を使うこともできるんだけどね。


 こういう場合は継戦能力が物を言う。

 なんたって数え切れないくらい獲物がいるんだから。

 

 両手に一本ずつ。

 高周波ブレードのティルフィングを装着する。

 今の身体なら筋肉の負担を考えなくていいからね。

 

 三十分経ったら煙がプスプスでるなんて御免だ。

 とにかく長く戦えなくちゃ話にならない。

 

 ちゃんと前の大侵攻スタンピードで学んだからな。

 

 ――見えた。

 蜘蛛型の魔物が八体。

 それにイノシシ型の魔物も三体いる。

 

「スペルディア!」  

 

「牽制はこちらに任せてください!」


 攻撃用のドローンから針が射出される。

 完全に出足がとまった魔物の群れ。

 

 そこに突っこんでいく。

 今はもう遠慮なんてしなくていい。

 全速でだ。

 

 一歩の踏みこみで数メートルを埋める。

 その勢いで魔剣ティルフィングを振り回す。

 こちらは当たりさえしたらいい。

 

 本物の剣みたいに刃筋を考える必要もないのだ。

 当たれば斬れる。

 

 ワイヤーフックを使って木立の間を移動する。

 立体起動ってやつだ。

 すれ違いざまに魔物を屠っていく。

 

「おるらああああああ!」


 ははっ。

 しかし以前とは戦い方が真逆だな。

 魔法使って仕留めるのが得意だったんだけど。

 

 やっててよかった、体術。

 しごきまくってくれた親父殿とお袋様に感謝だ。

 

「マスター! 大物がきます!」


「やったらああああああ! かかってこいやあああ!」


「……やっぱり狂戦士で正解でしたね」


 ええい、水を差すな。

 いいところなんだから!

 

 まったく、この使い魔は。

 そんなことを思いながら、オレは大型の魔物に突っこんでいくのであった。

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