第41話 山頂
暗黒の雲の合間から太陽の光が差し込んでいた。暗黒の雲が発する
岩ばかりでなんにもない場所だった。苔ひとつ生えていない。
相撲の土俵ひとつ分ばかりのスペースに、俺たちは腰を下ろした。
「何にもないな……」
俺は言った。
「神殿くらいはあるのではと思っていたんですがねえ」
クロードは言った。
「山の精霊を閉じ込め、その地位を追いやった存在……てっきりそいつに会えると思ったんだがね」
「何もなかったと言って、山の精霊は納得するでしょうか?」
「しないだろうな、多分。でも現になんもないわけだが」
「見て、みんな。変なものがある」
ミルズは指さした。
地面に緑色の宝石が置かれていた。大きなエメラルドだった。ハイヒールのかかとほどの大きさで、墓標のように見えた。
「なんでしょうこれは?」
クロードが言った。
「さわってみたらどうなる?」
ビッグスがさわった。
「アホ、不用意に手を出すやつがあるか! いい加減学べよ!」
ビッグスが指をふれた途端、エメラルドが振動した。
「おいおい、なんか起きちまったぞ……」
エメラルドが砕け散った。その直後、エメラルドの置かれた地面から手が伸びてきた。人間の手のようだった。
「なんだ!?」
エメラルドの置かれていた地面一帯が崩れ去り、何者かが這うように飛び出してきた。
俺たちは武器を構え、そいつを見据えた。
「封印が解かれたのか」
そいつは言った。
人間だった。エルフではないし、ドワーフでもない。ゴブリンでも、ダークエルフでもない。
だが、何かがおかしい。
人間とは明らかに違う雰囲気があるのだ。
かつて山の精霊は現在の支配者についてこう言っていた。
――生き物でもなければ、死者でもない。精霊でも神でもない。異形のものよ
「ふむ」
黒髪に中背中肉。背は高く美しい容貌をした男だった。俺と同じ世界のヨーロッパ系の人間に見える。
「あなたは星神金太郎ですね。私のアーカイブのなかにあなたの名前が残っていました」
「お前は何者だ?」
「私は機械生命体34号通称ハンス。異世界探査ロボット。時空の壁を隔てた異世界の調査を行っているところでした。出身はあなたと同じ時空です。ただし、時代は西暦2124年になりますが。ちなみに、あなたは日本のゴシップ紙をにぎわせた有名人として世界の記録に残っています」
「そのゴシップ云々はともかく……異世界探査ロボットか。なるほどな。百年後はそこまで進んでるということか」
「ロボット? そりゃなんじゃ?」
ビッグスが言った。
「この世界で言う
「すると」クロードが言った。「このロボットという存在が神として祭り上げられ、この魔の山に封印されたのですね。古代人が邪神を召喚するために」
「その通り」ハンスは言った。「私はロボット三原則により人間を攻撃できないようになっている。それは異世界の存在についても同じだ。彼らのなすがまま、この山に封印されてしまった。この山の頂上には私の心象風景とも言える黒雲がおおいはじめた。ふれると異次元へと飲み込まれる黒雲が」
「それからずっとここにいたというわけか。でも、古代人どもはどこに消えたんだ? お前ひとりを残して」
「彼らは邪神の降臨に成功した。だが、手懐けることはできませんでした。みな殺されてしまった」
「当然の報いじゃな」
ビッグスはつまらなそうに笑った。
「私を解放してくれたあなたたちに礼を言わねばなりません。そして、開放された今、この山を元の主に返したい」
「大丈夫。ここにいるわ」
唐突に山の精霊が姿を現した。
「うわ、いきなり現れるなよびっくりするだろ」
「しかたないでしょ。ここは私の山なんだから。久しぶりね。無スキルの冒険者さん」
山の精霊は俺にチャーミングなウインクをひとつくれる。
「そして、異世界のロボットさん。約束通り私に山を返してくれるとはね。もちろん、いいわよ。受け取った」
突如黒雲が消えた。
抜けるような青空が広がり、太陽が顔をのぞかせた。
「すげえ。舞台の書き割りのように背景が変わったぞ」
「これが精霊の力ってものよ」
山の精霊は胸をそびやかした。
「ご迷惑をおかけしました。山の主よ」とハンスは言った。「今や山はあなたのものだ。私は元の世界に帰らせていただきたい」
「帰る帰らないはアナタの自由よ。ね、そうでしょう?」
山の精霊は俺たちに目配せした。
「もちろん異論はない」
「承知した」
ところで、とハンスは前置きした。
「星神金太郎はなぜこの世界にいるのですか? 2023年に死んだのでは?」
「異世界転生だよ。死んだ後、『裁定者』とかいうやつのもとに送られて、今はこの世界にいるんだよ。死後ここに降り立ったんだ」
「その話は大変興味深い。マルチバースとして隣接し合う世界線が人間の死により越境できるようになっているものだとは。それはともかく。星神金太郎。こちらの世界に戻ってくる気はありませんか?」
ハンスはそう言った。
「なんだって!?」
「元の世界へワープバックするときに、あなたを連れていくことができるでしょう。あなたの存在した世界からは百年後になりますが、それでもあなたは元の世界に戻ることができるのです」
「本当か!?」
俺は叫んでいた。
「ホッシー?」
ミルズが心配そうに見やった。
元の世界に帰れる。
ハンスの言う通り厳密にいうとここは俺の世界ではない。
あまりに前世の記憶が強すぎるからだ。
一方で、ハンスの世界は百年後とはいえ、結局は俺の世界である。
つまり、俺はいま自分の死にたい場所を選ぶ権利を与えられたということだ。
「ホッシー殿、どうするのです?」
クロードが問いかけた。
「俺は……」
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