第37話 魔王の娘
魔王の娘が背後に控えているからか、シンデレラの猛攻やドラゴンの炎を受けても、相手はひるまなかった。むしろますます勇猛果敢に立ち向かってきた。
もしかしたらミチルには味方のパワーを賦与するカリスマのスキルがあるのかもしれない。
だが、所詮俺たち(というかシンデレラとエミリー)の敵ではない。
あっという間に敵を
「勇者ふぜいになんたるざまなの、あなたたち」
籠のなかから、女性が一人姿を現した。
ロングボブの黒髪、それに異世界の黒装束。いかにも悪役の女キャラが着るような露出度高めのやつだ。
アンニュイ気味の表情をしたその女はまちがいなく、ミチル本人だ。
「うそ、やだ……」
俺と目が合うと、ミチルは口元を手でおおった。
「ホッシーさん。生きていたの? よかった……これって運命よね!」
「運命もクソもあるかよ。俺を殺しておいて」
「えっ? ホッシーを殺したのは魔王の娘だったの? どういうこと?」
ミルズが言った。頭の上には三つぐらいクエスチョンマークが浮いている。
「話すと長くなる」
「ああ、改めてみるとなんてイケメンなのかしら。この世に存在しているのが信じられないくらい整ったお顔立ち……」
夢見るような口調でいうと、ミチルは顔を赤らめた。
「あの女、趣味悪すぎよ」
とエミリー。
おい、それひどすぎないか?
「おい、ミチル。それより何が目的なんだ。邪神ベルゴスを降臨させて、体内に取り込むといったな。そんなことをして何になる。お前が邪神に支配されるだけなんじゃないのか」
「それはないわ、ホッシーさん」とミチル。「お父様――魔王様の書架に邪法が書かれていたの。あなたにわかりやすくいうと、まずは邪悪な世界から邪神の情報をダウンロードして、体に取り込むのに邪魔になる邪神の精神をDELETEした後、その膨大なエネルギーをZIPファイルみたいに圧縮する。それから体内に組み込むといったところね。邪神の精神をオミットしているし、エネルギーも圧縮しているからから問題なく体に迎え入れることができるわ」
「この中じゃ俺しか分からんな、その例え」
「なんなら、おれも分かるぜ。お前らと同じ現代人だからな。今はロバだが」
ロバのドンクが言った。
お前生きてたのか。
その上には、ダークドワーフのスモールズが乗っていた。
「――そして、邪神の力をもってお嬢様が世界を統治することになるのだ」
ミチルに付け加えるようにしてスモールズが言った。
「いえ、違うわ」
とミチル。
「この世界にいる全員の命を滅ぼす。私とホッシー様以外はね」
「なんですと」
スモールズは眉をしかめた。
「それでは話が違う。我々で統治する王道楽土の話はどうなった。お父上の時代からの約束のはずでは。第一、あなたがただけが生き延びて何になるというのか」
「私とホッシー様の完璧な世界を作るの。それだけよ」
こともなげにミチルは言った。
ヤンデレ、ここに極まれりだな。
「ホッシー殿、この女性にとことんまで愛されているようですね。まったくうらやましくはないですが」
クロードは言った。
「一体どうしてあんな娘にホレられてるんだい、ホッシー」
ミルズは言った。
「国分町の裏道で優しくしてしまったからかな」
「けっ。いやらしい意味にしか聞こえないぜ」
ドンクが苦々しげに言った。
「悪いが私は手を引く。ここで死ぬつもりはない。黒の剣を作り続けたいのだ」
ロバを降りたスモールズに、ミチルは何をするでもない。好きにしろということなのだろう。
だが、そのスモールズの前に立ちはだかる影があった。
「そこは通さんぞ」
「ビッグス。貴様なぜ」
スモールズは目を剥いた。
そこには、呪いの痛みに顔をしかめながらも銀色の手斧を持って仁王立ちするビッグスの姿があったからだ。
「貴様は危険だ。兄としてお前を許すわけにはいかん」
「手負いの獣か。呪いを受けて全身痛みにさいなまれているスキルなしのお前が、スキルありの私にいどんで勝てるつもりか」
「そのつもりだ」
ビッグスは手斧を握る手に力を込めた。
「ミチルさん、あなたがホッシーさんを好きな気持ちはわかります。わたしも彼のことが好きですから」
シンデレラは言った。
そう言った。
えっ? まじで言った?
「ですが! だからといって独り占めにしようとする気持ちまでは理解できません。世界を守るため、そしてホッシーさんを守るため、私はあなたに立ち向かいます!」
「両思いじゃん!」
ミルズは言った。
「両思いってどういうこと?」
ミチルの声が固くなった。
「ホッシーさん……あなた、また浮気をしたのね! 私というものがありながら!」
「だから浮気もなにも付き合ってねーだろうがッ!」
「許さない……。その女殺してやるんだから!」
ミチルは話を聞いていない。一方的にブチ切れていた。その目は赤く染まり、全身が青色に染まる。体積は二倍にも膨れ上がり、俺たちを見下ろすほどの大きな背丈に変貌した。
驚くのはそればかりではない。彼女の背後の空間に穴が空いた。それはワープゾーンのようなものなのだろう。そこから、何百という鬼が姿を現したのだ。凶悪な鬼どもは吠え声をあげて俺たちをにらみつける。
「なんか最悪な展開になっちゃったね」
ミルズは顔を青ざめた。
「言ってはならないことを言ってしまったようですね」
クロードも冷や汗を流した。
「お前ら、脅威を増してんじゃねーぞ!」
「大丈夫だ。僕たちが一緒なら怖いことはない」
俺のそばに現れたのは、ワンドルだった。槍と弓を手に、戦列に加わる。
「ワンドル、お前も呪いを受けたんだろ、そっとしていろよ!」
「じっとしていられない。微力ながら加勢するよ」
「ったく、バカ野郎が」
鬼の軍勢が、口火を切ったようにこちらに向かって走り出した。地響き。地鳴り。槍や剣で武装した凶悪な面構えの連中を前に、俺は武者震いが止まらない。
「やってやろうじゃねえか!」
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