第38話 雪原の戦い2

 エミリーの乗ったドラゴンが、敵の真っ只中に突っ込んだ。そこで火炎を放ち、何百もの化け物を焼き討ちにする。

 そのドラゴンの背の上から戦地へと飛び立ったのは、シンデレラだった。

 敵の上空を飛び、晴れ渡った青空を映して輝く剣をかざす。そのまなざしはまっすぐミチルへと向けられていた。

「行きますよ、ミチルさん!」

 シンデレラが剣撃を放った。

「くるがいい、勇者気取りのバカビッチ!」

 ミチルは怒鳴った。

 その瞬間、ミチルの全身を半円球の障壁バリアがおおった。

「くっ!」

 シンデレラは顔を歪め、一歩引く。

 あの障壁にはとんでもない瘴気しょうきがあふれているのだ。勇者といえども命の危険すらある障壁だ。

 シンデレラが引いた瞬間を狙って、ミチルは猛攻を仕掛けた。

 彼女もまた「超高速」スキルの所有者だった。

 目にも止まらぬ早業で槍の刺突が繰り広げられる。

 武器と武器とが切り結ぶ無数の剣戟けんげきの声がこちらにまで響いてくる。

「やっ!」

 翻弄ほんろうされているばかりのシンデレラではない。

 彼女も剣を振るって、その一撃一撃をはね返す。

 両者の腕は互角。

 その武器の性能もおそらく互角。

 常人には理解できない世界での戦いが繰り広げられていた。


 ビッグスは斧を手に、スモールズに対峙していた。

 スモールズが黙っていると、ビッグスは痛みに体を震わせる。息が荒い。立っているだけでもやっとといった感じだ。

「これでは戦う前から勝負がついているようなのではないか、わが弟よ」

 あわれむような目でスモールズは見た。

「せいぜい苦しまぬように一息に首を落としてくれよう」

 スモールズは仕掛けた。

 その体が二重に分裂し、左右からビッグスへと攻撃を仕掛ける。

 右か、左か。

 どちらかが幻影で、どちらかが実態だ。

 しかし、ビッグスはどちらにも攻撃をせず、ただその場で斧を振るっただけだった。斧の風圧が虚しく雪煙をまき上げた。

「悪あがきとは見苦しいぞ!」

 スモールズの剣の刃は、今にもビッグスに到達しようとしていた。

「まだだ」

 ビッグスの鋭い視線がスモールズに向けられた。


 前線ではエミリーのドラゴンが敵の大半を食い止めていた。

 そこをすり抜けて迫ってくるのは――オーク、グレムリン、ダークトロル、ダークエルフ……魔界のオールスターどもだ。さらに、まだミチルへの信仰を捨てていない白ローブたちも襲いかかってくる。

 奴らを迎えるのは俺たちだ。

「やっ」

「いけっ!」

 後衛でレイニーとバニヤンは弓の腕を振るう。なかなかの命中率で、こちらに到達する前に魔物の命を奪った。

「…………」

 いつもは前衛にいるワンドルも今回は後衛だ。

 彼は武器の扱いに長けている。遠隔攻撃もお手の物で、ボウガンを手につぎつぎと邪悪な敵を雪の上に沈めた。

「行くぞ、ミルズ!」

「うん! やってやろうじゃん」

 ミルズは姿を消した。

 透明化のナイフで敵を撹乱かくらんする作戦だ。

「打って出ましょう」

 クロードが一歩前に出た。

「風よ!」

 雪を巻き込んだ強風が迫りくる者へと吹き荒れた。

「みなさん、今です! 突撃!」

「おおおお!」

 相手の動きが鈍ったところを、奴隷から開放されたやつらが、武器を持って突撃する。

 地鳴りにもにた響きが巻き起こる。

 両陣営の得物が火花をちらした。


筋力強化エンチャント皮膚硬化エンチャント!」

 青白い光と赤い光を味方サイドの全員に降りそそぐ。これだけいるとエネルギーの消費もなかなかのものだ。魔力をため込んでいた宝石が片っ端から粉々に崩れ落ちていった。

 これでお値段いくら分ぐらい失ったことになるんだろうな?

 ――でも、背に腹は変えられねえよな。

 魔力による助勢を得た仲間たちは思う存分に力を振るう。剣で、槍で、斧で、迫りくる敵をほふった。


「魔術はね、こう使うのよ。スキルなしのホッシーさん」

 ドラゴンの背の上で、エミリーはオーケストラの指揮者が使うような細長いステッキをふるった。

 すると、雲を突き抜けて天上から黄色い光が辺り一帯に降り注ぎ、邪悪なものたちをつまみあげて空へと持ち上げていく。

空中捕縛キャプチャー!」

 何百というオークが、グレムリンが、ダークエルフが空に持ち上がっていく。奴らは空の上でもがき、暴れ、ついには諦め、その後、光の中でその姿を消滅させられた。

「なんだこりゃあ!」

「神聖魔術ですね」とクロード。「魔のものの動きを空中で封じ、浄化する。ここまで強い魔術を見るのは初めてです」


「やあっ!」

 ビッグスの聖なる手斧が振り抜かれた。その一撃はあやまたずスモールズの黒剣を破壊した。ぴきぴきと金属のひび割れる音が雪山の澄んだ空気の中に響き渡った。

「勝負あったな」

 ビッグスは言った。

「なぜだ」とスモールズは目を丸くした。「なぜ見破った」

「雪煙じゃよ。分身を見分ける方法を思いついたんじゃ。雪煙がその身につくかが見極めどころじゃ。実体のほうは雪煙をその身に付着させる。一方で、分身は実体でないがゆえに雪煙をその身に吸い込む。その一瞬を見極めたのじゃ」

「頭を働かせるとはお前らしくもない」

「わしだって成長するんじゃわい」

 ビッグスは斧をスモールズに向けた。

「観念せよ。貴様の陰謀もこれまでじゃ」

「殺せ」

「殺せじゃと?」

 ビッグスのまなざしがキラリと光った。

「ヘイルヘムタッキー!」

 ビッグスの足がスモールズの股間を蹴り上げた。

「ぬお……ッ!?」

 顔を青ざめさせ、全身をがくがく震わせるスモールズ。

「きさ……ま……」

「目を覚ませ馬鹿者が。そう簡単に死なせてやるものか。貴様はこれまでやってきたことの罪の重さを噛みしめるのじゃ。らくらく死に逃げさせはせんぞ」

「く……そ……」

 スモールズは意識を失って倒れた。


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