第39話 父娘

「うあっ」

 流れ矢がレイニーの右肩に突き刺さった。

「大丈夫か、レイニー」

 すかさずバニアンは傷薬で治療をする。

「ありがとう。死ぬかと思ったよ」

「簡単には死なせないさ。それに、俺たちには頼もしい味方がついてるからな」

 レイニーたちの方に向かってきた小鬼の一体が突如悲鳴を上げて倒れた。

「任せておいて!」

 透明化したミルズの声だけが聞こえてきた。後ろから刺したのだ。

「勇者だけじゃない。あの人たちもすげーよ」

「ああ。こんなすげー人たちと頂上を目指せるなんてラッキーだな」


 惨憺さんたんたる光景の広がる戦場で、敵も味方も立ち尽くしていた。開放された奴隷たちは、白ローブの者たちを取り押さえ、異世界から来た鬼をすべて駆逐した。

 全員の視線が、最後まで戦っている二組――シンデレラとミチルへと向けられていた。

 もはや人間の目では何が起きているのかわからないほどの事態が巻き起こっていた。

 超スピード、超パワー、超ダメージが生み出す壮絶さ。

 白い光と黒い光がぶつかりあっているように俺には見えた。


「降伏してください、ミチルさん。あなたの味方はもうどこにも残っていません。奴隷さんも皆解放されました。異世界から来た鬼さんたちも全滅です。あなたが戦う理由はないのではないですか!」

 シンデレラは言った。

「うるさい! 浮気女! 泥棒猫! 寝取り厨! アンタをぶっ殺すまでアタシはとまらないわよ!」

 ミチルは叫んだ。

 シンデレラが受けたダメージが驚くほど少ないのに比べ、ミチルは満身創痍まんしんそういといった様子だった。

 怒りの変身はとけ、今は華奢な女の姿にしか見えない。

 このまま戦えば、シンデレラが打ち勝つことは明白だった。


「ミチル、もうやめろ。これ以上戦う意味なんてねえよ。俺とシンデレラはまだ付き合ってもいない。それに大体、ミチル。そもそも俺たち付き合ってすらいねえじゃねえか――」

「違う! だってホッシーさん、アタシに優しくしてくれたじゃない! 国分町の路上で傷ついていたアタシを慰めてくれたじゃない。これってアタシを『愛してる』ってことなんじゃないの?」

 魔王の娘の両目からは涙があふれていた。

 膨大な魔力を持ちながらも、その精神はあまりにか弱かった。

 やがてシンデレラの剣に斬り伏せられ、ミチルはふたたび死後の裁定者と会うことになるだろう。

 その後ミチルにはどんな転生生活が待ち受けている?

 きっと繰り返しだ。

 サイコじみた人生を何度も何度も繰り返すのだ。

 そんなミチルを誰が救うのだ?

 きっと俺ではない。

 ミチルが俺に向けている感情は一瞬の幻でしかないのだから。


「ここで俺様の登場ってわけよ」


 意外なやつがミチルのもとへと進んでいった。

 天に向かって突き立った細長い両耳。よれよれの立て髪。短い四肢。背中の荷物。

 間違いない。

 ロバのドンクがそこにいた。

「な、何やってんだよお前、死ぬ気か⁉︎」

 ドンクは短い足でよちよちと雪原を歩くと、その丸い両目をミチルへと向けた。

「何よ、ロバ。殺されたいの?」

 ミチルは冷ややかに見やった。

「死ぬ気はねえよ。穏やかに行こうぜ。ここで出なきゃ誰が出るって場面だから出張ったまでのことだよ」

 ドンクはミチルを背にして、シンデレラに向きあった。こうべを垂れて、たてがみを雪の地面になすりつけた。


「なあ、勇者のお嬢ちゃん。こいつを殺さねえでくれ。頼む。残酷で身勝手で頭のおかしいヤツだが、俺にとってはいつまでも小さな小さな子どもなんだよ。いつまでもな」

 ドンクは地面にくっつくぐらいに頭を下げた。

「何をわけのわからない言って……」ミチルの顔が引きつった。「アンタまさか」

「それと、星神金太郎。お前にも頭下げておくぜ。すまなかった。この通りだ。俺の娘を殺したのはお前だと思ってたんだが、真相は逆だったんだな。何年もお前を憎んでた自分がアホらしくなるぜ」

「ドンク、お前は――」

「皆まで言うなよ。いまではここで時空を越えて一堂に会することができてよかったと思ってるぜ。お前にしたら勝手な話だろうがな」

「そりゃあな。俺は身勝手に殺されてこっちにきてしまったわけだし」

 それでも。

 俺たちは仲間の顔を見る。

 クロード、ミルズ、ビッグス、ワンドル。

 それからレイニー、バニヤン。

 そして、シンデレラ。

「結果論だけど、そうだな。俺はここにこれてよかったと思ってるよ」

「だろ? ミチルがやったこと、許してやってくれよ」


 そしてドンクはミチルに振り向いた。

「みんなに謝っておけよ。迷惑かけたってな。許してもらおうぜ。他人に頭ぺこぺこさせるのが真っ当な生き方ってもんなんだよ」

「いまさらなに父親ヅラしてんのよ」

 ミチルはにらみつけた。でも、その両目には闘志というものが全くと言っていいほど感じられなかった。

「いや、父親ヅラさせてくれ。前世じゃできなかったからな。親子水入らずすごそう。こっちの世界でな」

「アンタなんか大嫌い。この世で一番大嫌い。他の男と駆け落ちした母親ババア以上に大っ嫌い!」

「嫌われて当然だ。婆さん家にお前をあずけて、ほったらかしてた。最悪な父親だよな。でもさ、お前が死んだって聞いた時には涙が止まらなかったんだよ。首吊るくらい後悔したんだ。だから、この世界でのお前には生きていて欲しいんだ。頼む、このとおりだ。生き延びてくれ!」

 ドンクは地面にめり込むぐらい頭をおしつけた。

 まったく、こんなに情けないロバの姿は見たことがない。

 ミチルは自らの手をぎゅっと握り、それから力を緩めた。

「自分の都合ばっかり言って。やっぱり大嫌い」唇を震わせてミチルは言った。「恥ずかしいからもう土下座やめて。アンタの言う通り、降伏するから。みんな、それから星神さん。ごめんなさい」

 ミチルは頭を下げた。

 その言葉を聞いて、シンデレラは剣を鞘に収めた。

 それが戦闘終了の合図となった。

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