第40話 後始末

 ミチルの事実上の降伏宣言のあと、仲間たちや囚われていたものたちは歓声を上げた。

「ばんざい! 勇者シンデレラばんざい! 魔道士のエミリーばんざい! ロバのドンクもばんざい!」

 あれ? 俺は?

 ――まあいいか。

「無事にエンディングを迎えられそうだな」

 俺は言った。

「これで、皆さんは冒険の続きができますね」

 シンデレラが言った。

「えっ?」

「えっ? 皆さんはそのために魔の山を登っているのでしょう?」

「確かにそうだけどさ。これだけの大立ち振る舞いして、これから山頂目指すってのはさ、あまりにもツラすぎねえ?」

「しっかりしてください、ホッシーさん!」

 シンデレラの手のひらが俺の背中をバシンと打ちすえた。痛ッ! こいつ馬鹿力すぎるだろ!

「傷薬と疲労回復薬を使えば、肉体的にはなんの問題もありません。あとは気持ちの問題です。さあ、山頂を目指そうではありませんか」

「まあ、たしかにそうだけどさ……シンデレラも来てくれるの?」

「残念ながら私はご一緒することができません。勇者として魔王の残党の暗躍を未然に防いだ後始末をしなければいけませんから」

 言う通り、あたりには倒れ伏した信徒がごろごろしている。こいつらが生き残ったら何をするかわからない。魔術を封じたうえで、地下深く監禁せねばならないだろう。

「なあ、勇者さんよ」

 ドンクは言った。

「娘の命は勘弁してくれねえか。これでも大事な一粒種なんだよ」

「ですが……」

 シンデレラはミチルを見やった。

「ふん。あたしは死ぬ気もないし捕まる気はないわよ。やろうって言うならやってやるわ」

 気丈に言い張るミチルだが、その声はとても弱々しかった。

「シンデレラ、頼む」

 俺は言った。

「ホッシーさん……」

「ミチルは情動的に幼いところがあって、まだ子どもみたいなやつなんだ。やっと成長の一歩をつかんだところなんだ。勝手な言い分なのは承知してるが、どうかこのまま見逃してやってくれないか。その分の罰は俺が引き受けるから」

「そんな、ホッシーさん」

 ミチルは口元に手を当てた。

「こんなアタシのために……やっぱり好き! 一緒に死んで!」

「懲りてねえじゃねえか! いい加減にしろよ!」

 シンデレラは俺を見つめた。

 俺はシンデレラを見つめ返した。

「魔王の与えたものをすべて捨てて下さい。自らの力を自ら封印するのです」シンデレラは言った。「完全にドンクさんの娘としてふるまって下さい。そうすることがあなたへの罰です」

「ずいぶん重い罰だこと」ミチルは言った。「魔王様には、この世界でも育て愛してもらった恩があるんだけどね。でも仕方ないのね」


「ホッシー! マントで逃げてくやつがいるよ!」

 ミルズが指を指した。

「あっ、あれ俺のマントじゃん!」

 白ローブの上に俺のマントを羽織った男――確か仲間からサントスと呼ばれていた男だ――が宙を浮いていた。

「はははーっ! さらばだ。愚か者の諸君! 私は逃げる!」

「ドラゴン」

 エミリーが言った。

 ドラゴンはカメレオンみたいに舌をびろ~んと伸ばすと、男をぱくりと飲み込んだ。そのあとプッとマントだけを吐き出した。

「ホッシー。このマントあんたのなんでしょ。返してあげるわ」

 エミリーはにっこり笑った。

「ドラゴンの唾液まみれじゃねえか。まあ、ありがとうよ」


「さて。確かに、シンデレラ殿の言う通りです。我々は山頂を目指しましょう」

 クロードが言った。

「言われるまでもないわい」

 ビッグスが言った。その腰元には銀色の手斧が光る。

「準備はいつでもOKだよ。一緒に目指そう」

 ミルズが言った。

「…………」

 ワンドルは特に何も言わなかったが、尻尾を振っていた。

「お前らってやつらは、本当に冒険に飽きたらねえんだなあ。まあいいよ。俺も一緒だ。当然だろ」

 仲間たちは笑顔で迎えてくれた。

「我々もお供します」

 レイニーが言った。

「山のことならお任せ下さい」

 バニヤンが言った。

「お前らに買われた以上、俺も最後まで仕事はしてやるよ。前世じゃろくな仕事してなかった俺だけどな」

 ドンクはそう言った。


 エミリーはワープゾーンを開き、捕まった奴隷たちをふもとの街に送り返した。

「ホッシーさん、アナタのことは今でも好きですから。アナタにふさわしい人間になれたとき、ふたたびアタシは目の前に現れます。それまでシンデレラと結婚したりしないでくださいね」

 そう言い残してミチルは消えた。


 スモールズが拘束され、その他の信徒たちも拘束された。


 そこからはシンデレラやエミリーたち英雄が担当するべき領域だ。


 俺たちは山道を登り始めた。

 きつい登り坂があり、登攀とうはんせざるを得ない崖があった。

 猛吹雪が吹き付けてきた。

 もちろん魔獣にも襲われた。

 ときにはキングモンキーを相手に立ち回ることもあった。

 俺たちにはマジックアイテムがあったし、山の精霊の加護もあった。なによりから固い信頼関係で結ばれていた。

 だから、なんとか到達することができたんだ。

 頂上まで。


 山頂にかかる暗黒の雲の中にはいると、そこは常時夜みたいな暗闇に支配されていた。

 猛獣の脅威もあったし、暗闇のなかは理由のわからない化け物でいっぱいだった。

 それでも俺たちは勇敢に戦った。

 幾多の困難を乗り越え、俺たちは到達したのだ。

 頂上に。

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